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団地の花子さんと死にたい死神くんの人生解説動画 第12話


 なんやかんや家に着いたのは、深夜十二時すぎ。
 それでも、玄関を開けると部屋は明るかった。その色も、その声も。

 そして例の『ディザイア』な音楽をガンガンに掛けながら、死神くんが大笑いしていた。眼球くんのハイビジョンが、私が『ディザイア』連呼し終えた後を写している。支店長が『ほんとアイツ女見る目ねーなー』とひとり酒をしていた。

 この様子だと、どうやら今回も隠し撮りを動画にされそうである。

「ヒーヒヒヒヒッ。いやぁ、あの熱弁は今回も傑作でしたなぁ。ディザイア……ねぇねぇ花子氏ぃ。『desire』の意味、ちゃんと知ってますぅ~?」

 くそぉ。死神くんも橋元くんも、どうしてそんなに発音がカッコいいんだ⁉

 しかも、振り返ってきた死神くんのご尊顔は、とても悪い笑みで。一周回ってその見下してくる顔が眩しい。だって小鼻の膨らみ加減が異なるとはいえ、ミハエル様に小馬鹿にされるとかなんたるご褒美?

 だから、私は一言コメントした。

「やっぱり、ご飯は死神くんのご飯がに限るね」
「フヒ?」

 私は一番英語が苦手だ。だから英語の歌詞なんてさっぱりわからないけど……。

 それでも、今日も家に流れる音楽は嫌いじゃない。

 どうせ恋をするなら、楽しい方がいい。
 退屈な人といるくらいなら、自分を熱中させてくれる人といた方がいい。
 たとえそれが次元違いの恋だろうとも――。
 本人が夢中になれるなら、それでいいじゃないか。
 きっと彼も今頃、大好きな『レイチェルたん』に抱きついているのだろう。
 彼は微塵も『寂しい』と感じていないはず。

 そして、私も――

「今回の動画が好評だったら、また豪勢なご飯作ってね」
「今からリクエスト聞いておいてあげますよ」
「それじゃあ、北京ダックなんていかがでしょう?」

 私の提案に、死神くんが長いまつげをパチクチしてから、小首を傾げる。

「ダック……は花子氏の財布じゃ無理ありますので、普通の鶏さんでいいですか?」

 くそおおおお。正直に言ってくれやがって!
 でも、しょせんダックとコッコの違いがわからない貧乏舌ですから。

「その代わり、お腹いっぱいお願いしやっす!」
「フヒッ。了解しました!」

 私には天使も堕天使もいないけど――死神くんの満面の笑みが、今の私の『ディザイア』だ。結局『ディザイア』がなんなのか、誰も教えてくれないんだけどさ。 


 そして、後日談。
 無事にお見合いを断れたお礼と称して、また橋元くんに食事に誘われました。だけど今日は昼間で、行く場所は聖地です。

「それじゃあ、花子さん。一時間後にここで待ち合わせで」
「どうして? 一緒に回ろうよ」

 ヲタクの聖地。獅子の穴。アニメグッズや同人誌等々、一つのビルにお宝がギュッと押し込められたヴァルハラにやってきました。橋元くんは変装なのか、丸い眼鏡を掛けてます。ダウンコートにジーパンっていうどってことない格好だけど、イケメンが隠せてないよ。

 すっぴんに、以前津田さんに笑われた一張羅。そんな自分が首を傾げると、イケメンが整った眉根を寄せる。

「でも俺、R18コーナー行きたいんすよ」
「あ、それなら私もBL見たい」
「それ、俺にも見ろと?」
「なんならオススメ紹介しよっか?」

 年上として当然の提案をすると、橋元くんが思いっきり吹き出す。イケメンとはいえ、さすがに唾飛ばされるのはいかんな~と顔を袖でふきふきしていると、橋元くんが丸眼鏡をクイッと上げた。

「いいでしょう。それなら、俺もオススメの百合を紹介してあげます!」

 そんなこんなで、一緒に聖地巡礼にGO! 
 一つのビルとはいえ、雑多な細い通路の隅から隅まで見て行けば、時間はあっという間に溶けていく。ビルを制覇した頃には、日も暮れて。お腹がぐ~と鳴り出した時、重そうな袋をほくほく顔で抱えていた橋元くんが聞いてくる。私はお金がないから、薄い本一冊しか買ってないんだけどさ。課金は公式に費やすタイプだ。

「今日、本当にここで解散でいいんすか? 俺、奢りますよ」
「いいっていいって。さすがの私も、年下にそう何度も奢られると気が引けるし」

 さっきもコラボカフェでご馳走になっているのだ。さすがにお夕飯まで厄介にはなれない。それに、今日は約束しているしね。

「今日ね、家で北京コッコが待っているんだ。初めて『うぽつ』コメントが付いたんだって」
「こっこ……え? 花子さん一人暮らしじゃないの?」
「あれ、そんなこと話したっけ?」
「いや、津田さんからそう聞いてたんすけど……あれ、実家?」
「違うよ?」
「え、それじゃあ……同棲? うそ、え? 花子さんが⁉」

 なんかめっちゃビックリされているけど……同棲。その単語はなんかインモラル雰囲気がして、年上のお姉さんっぽいね。厳密に死神と暮らすのが同棲というのか甚だ疑問ではあるが――年上のお姉さんっぽいから、そういうことにしておこう!

 私は薄い本の入った袋を抱えて、「ふひっ」と笑う。
 今日の北京コッコは、ひときわ美味しく食べられそうだ。


※第二章はここまで。
章タイトルは「訳ありエリートイケメン君」でした。

第三章は「ずっと座っているおじいちゃん」です。


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