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団地の花子さんと死にたい死神くんの人生実況解説動画 第19話

 三月の給料日まであと三日。そんな生きるのが一番ツラい月曜日。
 その辞令は突然やってきた。

「え、転勤?」

 私の疑問符に、担当課長代理佐藤さんは「だから」と苦笑する。
「転|属(・)ね。内勤から外勤……調剤薬局に薬を運ぶ――俗に言う配送部署に――来月の契約更新のタイミングで異動してもらいたいんだ」

 なんやて佐藤。身体は大人、心は|永遠の厨二病(エターナル・ラビリンス)の花子に、お主は何をおっしゃるの?

「三月のこのタイミングで、担当者が家族の介護を理由に急に退職することになっちゃってね。新人の配属はもう決まってるし、人員が足りなくなっちゃって。ちなみに、今の経理は人員削ることになったから」
「えーと……つまり?」

 ポコポコと疑問符浮かび上がるにつれて、なーんか嫌な予感が増していく。
 こうした読みこそ当たってしまうから、人生なんてクソなんだ。

「経理で派遣さんを雇うのはやめることになったから。引き受けてもらえないなら、来季からは他の会社かな? 急な話だけど、派遣元には相談済み。でも、もし今回の話を受けてもらえるのなら、四月からは正社員ね。三ヶ月間は仮雇用だけど……まぁ、御手洗さんなら大丈夫でしょ」

 あと二週間の付き合いである課長代理は、呑気に笑う。

「ま、急なことで悪いけど、三日以内に返事ちょうだいね」

 御手洗花子は、かつて派遣先の上司に言われました――もう少し喋れるようになろうね、と。

 そんな内弁慶エリートな派遣さんに、外回りの正社員になれと?
 しかも受けぬなら、容赦なくクビでございます。

「え、即答で受ければいいじゃん。正社員おめでとう。お祝いしないとね!」

 お昼休み。どこからともなく話を聞きつけた《総務のスパルタクス》こと津田真愛さん(マジでこの二つ名付いてるらしいんだけど、何したんだ?)は、「どこ行こうかな~」とスマホで検索し始める。

 私はちょっとネチョついているおにぎりを食べこぼしながら、思わず首を傾げた。

「おめでとう? どこが?」

 すると、津田さんの顔も上がる。

「え、だって念願の正社員でしょ? うちの会社、福利厚生めっちゃいいよ。半額以下で泊まれる温泉やホテルもたくさんあるから、いっぱい遊ぼうね!」

 これ以上お主に付き合えというのか、なんてツッコむ余力もなく……私は美味しくないおにぎりをアルミにないないする。

「でも外勤だよ? 私が、この御手洗花子が、営業?」
「営業じゃなくて配送でしょ~?」

 それはそうだけど……でも、外回りと言われたら営業スマイルトーキングしか想像できない私からしたら、五十歩百歩なわけでして。
 それでも、津田さんはずっと嬉しそうだった。

「いやぁ、良かったよー。最近花子ちゃん元気なかったからさぁ。橋元くんとも上手く行ってないみたいだし……外回りの仕事で、イケてる薬剤師ゲットできたらいいね!」

 ……うん。今日も安定の津田さん。その思考回路はいっそ清々しくて嫌悪感すら抱かなくなって参りましたよ。私の聞き流しスキルもうなぎのぼりだ。

 でもね、ちょっと右から左にできないこともあるんだ。

「なして橋元くん?」
「だって最近連絡取ってないんでしょ? 橋元くんがデートに誘っても断ってるって」

 いやだから、どうしてそれを津田さんが知っているのかな、ていうね⁉
 まぁ……なんか聞いたら異界の闇に堕ちそうなので、花子は聞かぬフリですが。

「あ、不安なら橋元くんに相談してみたら? 部署が違うだろうけど、ずっと内勤のわたしよりは詳しいかもだし」

 そんなご意見には、ちょっぴり心が動かされた花子です。
 でも、津田さんがそんな良心で終わるわけがない。

「そういや、お金返して?」
「はい?」
「先週のカフェ代」

 …………先週の土曜日か。パイーン代。そういや払ってなかったな。

「いちおう、花子ちゃんから返してくれるの待ってみたんだけどさ。一向に返してくれないからさ」
「ごめん、すっかり忘れてたよ」

 私は大人しくお財布を取り出す。その間津田さんは「いやあ、忘れてただけならいいんだど」なんて笑っているけど。いくら貧乏でもね、人様にタカろうなんて乞食精神はありませんものよ。津田さんもきっちりレシート見せてくれるから、きっちりぴったし……足りない小銭分はオマケしてもらいました。

「てか、給料日前にちゃんとお金持ってるんだね!」

 ……そんな失礼なことを言われたから、これでチャラということで。

 給料日前の月曜、夜七時。東京にあるさいたま県民の街の個室居酒屋。

「わざわざ出てきてもらってすみません。最後の病院がここに近くて」

 あのあとすぐにメールを入れておいたら、さっそく時間を作ってくれた橋元くん。さすがだぜ、同志よ。今日もネクタイを緩めたスーツ姿からは、かけらもヲタクを醸させない。

 それでも個室に駆け込むそうそう「忘れないうちにログボだけ回収させて」とスマホをいじり出す熱意、アッパレです。そういや、私は何日ログボ逃してたかな……。 

「いやいや、こっちが無理に時間を作ってもらったんだから。ごめんね。忙しいのに」
「大丈夫っすよ。どうせ家に帰っても、今日はどのゲームもイベントないですし」

 一通りログボ回収を終えたのか、橋元くんはメニューを開く。そして私にも追加を確認してから、スマートにお酒と軽食の注文を終えた。

 そして、「さて」と頭を下げる。

「ひとまず、正社員雇用おめでとうございます」
「いや、なんで知ってるのかな?」

 私はメールに『少々相談したいことがあるのですが、三日以内で時間作れる日ありますか?』としか書いていない。だから、ふつー『来月からの怒涛のイベントラッシュの課金割合についての相談かな?』と予測すると思うのですが……。

 橋元くんはあっさりと答えを吐いた。

「津田さんから聞きまして」

 津田あああああああああああ!
 ……まぁ、いつも通りだよね。話が早くて助かるよ。はあ。

「で、配送とMSの違いを知りたいんすよね?」

 そうして、飲みながら話す橋元くんの説明はとてもわかりやすかった。

 橋元くんのお仕事――俗にいう営業さんのことをMSと言うらしく――これは私のイメージ通り病院のドクターや薬局の薬剤師に対して、各メーカーの薬品説明や卸価格の交渉をするのが主な仕事らしい。対して、私が打診されている配送は、言葉通りお薬を届けるお仕事。しかも管理が大変な麻薬などはちゃんと薬剤師資格を持っているMSが届けてくれるので、基本的には本当に薬を運んで、現地の薬剤師と検品して、伝票のやり取りをするだけらしい。もちろんそれ以外の雑務もあるが……それはまあ、支店内でするので内勤と変わらない。しかも各薬局への薬の仕分けは、仕分け担当の人が別にいるので、本当に『運ぶ』ことがメインの仕事になるという。

「そういや、花子さん免許持ってるんですか?」
「いちおう、ペーパーだけど……」

 あまりに運転しないので、ゴールドの免許証。両親のススメで大学入学前と一年の夏休みを利用して取ったものの、その後身分証明書以外の役割を果たしたことがない輝かしいカードである。
 なんとなくそれを見せれば、橋元くんの顔が渋る。

「じゃあ、運転の練習はした方がいいですね……毎日運転することになるので」
「マ?」

 マジか。運転? この御手洗花子の集中力は十分が限界だぞ? だいたい超高難易度ダンジョン一周するくらい。

 私が「うーん」と眉間に力を入れていると、橋元くんが腕時計を見た。

「あ、そろそろいい時間ですね。送りますよ。会社の一つ先の駅でしたっけ?」
「え、いいよ。子供じゃあるまいし。これでも橋元くんより年上だよ?」

 私は至極当然のことを言っているつもりだが、さらりと伝票を持った橋元くんは言う。

「でも、最近花子さんの様子おかしいですし。どうせ俺も会社に寄りたかったんです。明日使う書類を置いてきてちゃって。朝五時起きするより、レンタル自転車で帰った方がラクっす」

 そしてスタスタとレジに向かう橋元くんの後を、慌てて私は追いかけた。

「橋元くん、家どこなんだっけ?」
「あー、会社からチャリで三十分くらいっすかねー。でも電車だとぐるっと回らなきゃならないから、一時間かかるんすよ。おかしくありません?」

 そんなお喋りしているうちに、橋元くんが会計を進めてくれる。もちろん私も出そうとするけど……う、ちょっと半額にはお財布の中身が微妙。本当にすっからかんになるな。あと二日……まぁ、残っているだけ奇跡みたいなモンなんだが。
 そんな葛藤をしていると、橋元くんがカードを出しながら言う。

「あ、でも彼氏さん迎えに来てくれたりしないんすかね?」
「彼氏?」

 私がキョトンと小銭を探す手を止めると、暗証番号を打ち込んでいた橋元くんと目があった。

「だって同棲してるんでしょ? もしかして、上手く行ってないから元気ないんすか?」

 あー、やっぱり元気なさそうに見えるんですか……。
 でも、死神との共同生活が永遠に続くわけはないからさ。

「うーん、転勤、しちゃってね」
「あーなるほど……遠距離恋愛っすね」
「父親と?」

 私が苦笑すると、カードを受け取る橋元くんが目を丸くする。
 ……えーと。私も同棲相手が、まさか死んだ実の父親だと思っていなかったけどさー。
 思わず唇を噛みしめると、橋元くんが言う。

「それ、同棲言わない」
「うっす」

 いえす。そのとおり。全然インモラルはありませんでした。まぁ、インモラルって意味がよくわかってなかったりしますが。そこは安定の花子クオリティ。

 レジの前に置いてある小さな籠から、橋元くんが飴を取ってくれる。

「はい、どーぞ」

 飴ちゃんくれるのは嬉しいけれど……その子供扱いは、レディの自尊心が傷つくこともあるわけで。

「……橋元くん。私、橋元くんより年上ぞ?」

 お店を出ながらむくれると、歩きながら自分も口に飴を放り込んだ橋元くんが聞いてくる。

「花子さん。誕生日いつですか?」
「え……三月三十日だけど……」
「お、奇遇っすねー。俺と三日違い」
「へ?」

 えーと……ちょっと花子計算するよ。橋元くんは、私より学年が一年下で。それで三日違い? てーと?

「三月二十七日?」
「ぶっぶー。四月二日っす。いやー、惜しかったなぁ。あと一日早く生まれてたら、花子さんと同級生だったのになー」

 いつになく軽口を弾ませる橋元くんが、ニヤリと笑った。

「それで? 俺より三日も早く生まれた先輩がなんだって?」

 ひょおおおおおおおおおおおおおおおおおお!
 いつもさり気なく先輩風吹かせていた花子が、猛烈に青ざめたことは言うまでもない。


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