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団地の花子さんと死にたい死神くんの人生実況解説動画 第18話

 どんなに泣いても、お腹は空く。

 なんやかんや朝ごはんを抜いていた私の腹の虫は正直で。そんな私に、おばあちゃんは「仕方ないねぇ」とご飯を作ってくれるという。どうやら、またサバカレーのようだ。

 実は、私は知っている。おばあちゃんは料理が苦手でね、サバカレーが唯一の得意料理なのだ。お母さん曰く、子供の頃から見かねたお父さんが台所に立ってたんだって。それでもお金持ちだったから、お惣菜や外食も多かったらしいけど。

 そんなわけで、先週と同じメニューなことに何も文句ない孫の花子は、作っていただいている間にアルバムを見ています。若かりしおばあちゃんやおじいちゃんもだけど、子供の頃のお父さんをこんなマジマジ見るのも初めてかも? 小綺麗なお家で生活する小さなイケメンの姿に……ちょっと胸の奥がざわめきます。

 ダメよ、花子。このショタに二次元の血が騒いじゃダメ。さすがに実の父に萌えるとか……普通に引く。

 だけど、アルバムも三冊目になって。だんだんとお父さんが大きくなってきた時、

「ん?」

 私は首を捻った。このランドセルショタ……もう少年かな。なんかすっごく見覚えがあるぞ?

 そりゃあ、お父さんなんだから、見覚えがあるに決まっているけど……徐々にお仏壇の写真そっくりになるのは、当たり前の前の助……。

 そうしてま一一ページ捲った学ラン少年は、黒髪ながらもどことなく外国人風。ミハエル様ほどじゃないにしろ、日本人としては目鼻立ちがくっきりしているんだね。若かりし頃のおばあちゃんも派手顔だし。ちなみに花子はおじいちゃん似だ。がんばれ、私の生え際。

 そして、見覚えのある大学の門の前で恥ずかしそうに笑う青年は――

「え?」

 私の最推し、『魔法の騎士さま』のミハエル=シュテンハルクにそっくりだった。そりゃあ、明度や彩度や前髪の束感、まつげの本数や耳たぶの厚さ等々、若干違う所は多々あるけれど。なんか薄っすらどことなく、ビビッと好みの三次元青年の姿が、そこにはあって……

「おばあちゃんおばあちゃんっ!」
「なんだい、喧しいねぇ」

 くつくつ煮込まれたお鍋を掻き回しているおばあちゃんに、私はアルバムを持っていく。

「この人! このイケメン誰っ⁉」
「誰って……アンタ、自分の父親の顔もわからんのかい? まぁ、大学入ってから随分と大変だったみたいで、顔つきは変わったかもしれないけど」

 やっぱり医学部に行かせたのが間違いだったかねぇ、とおばあちゃんはごちる。自分に学がなくて苦労したから、息子には同じような目にあってほしくなかったと。そんな親心をぷつぷつ語るおばあちゃんの話は、右から左で。

「……おばあちゃん、ごめん。一旦、家に帰っていい?」
「はあ?」

 唖然とするおばあちゃんを置いて、私は鞄も持たずに玄関を飛び出した。

 もう誰も見覚えのある人がいない桜通り。あのベンチに座っているのは、子連れのお母さんだった。小さな子どもがおばあちゃんと遊んでいるのを、疲れた様子で眺めている。

 その前を子供にだけはぶつからないように「すみません」と走り抜けて。

 団地のエレベーターは十階にいた。待つ間は、とにかく心臓がうるさくて。早く。早く。だけど同時に、ずっと来ないで欲しいような気がして。一階に着いてしまえば、そこから四階に上がるのはあっという間だ。ポケットから鍵を取り出し、震える手でドアノブを回す。

「死神くんっ⁉」

 ――おや、ずいぶん早いお帰りで。

 そんな呑気な声が、帰って来なかった。簡単に整理整頓された部屋には、私の洗濯物が丁寧に干されている。電気は着いていなかった。だけど、ほんわかとしたベランダから自然光は、真っ白に洗われたレースのカーテン越しに差し込まれている。台所からは、美味しそうな匂いがした。カレーだ。お鍋の蓋を開ければ、おばあちゃんと同じサバ缶カレー。おばあちゃんのものより具材が多く、どこか美味しそうではあるけれど。

 それなのに、玄関の傘立てに鎌がない。黒いマントが干されていない。ミハエル様にそっくりの優しい笑みがいない。なんのBGMもかかっていない。

 代わりにテーブルの上にあるのは、一枚のメモだった。


 転勤になりました
 今までお世話になりました。
 どうか、動画のターゲットにされて、恥ずかしくない人生を。 


「死神界の転勤って何⁉」

 しかもお前、私をターゲットにする気まんまんですか?
 私がツッコんでも、誰も解説してくれない。

 一人ぼっちの静かすぎる部屋で、私はツッコミを続ける。

「お父さんのばか……」 
 
 御手洗花子。二十四歳。独身。派遣社員。
 副業――は、その日で解雇となった。


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