見出し画像

団地の花子さんと死にたい死神くんの人生実況解説動画 第21話

「はーい、みなさんおはこんばんは~。死神界のアイドル☆団地の花子さんでっす。え? おまえ如きがアイドルなわけないって? あっはは~、そーですよ? でも私、生者ですから。死んでるみなさんに比べたら生者パワーがキラッキラ……あ、ごめんなさい、石投げないで! それ墓石でしょ? 罰当たりめ……あ、自分のだからいいのかあっはは~☆」

 ……うん、ごめんて。耳惠ちゃん、目がないくせにそんな冷たい視線(?)向けないでよ。花子が頑張ってテンションアゲアゲ☆したらこうなるんだってば……。

 一人っきりの人生実況解説動画。正直、動画に出来るわけがないから(花子氏に編集技能あるわけナッシング)、こんなペラペラ喋る必要ないんだけど。

 でもさ、やっぱり好き勝手言ってやりたいわけですよ。

「そんなこんなで、人生実況解説動画、早くも最終回となりました~。ぱふぱふ~。え、まだ四回でしょ終わるの早すぎるって? だって相方の死神くんが転勤になっちゃったからしょーがないじゃん。アイツが悪い! 花子、悪くない! はい復唱、花子、悪くないっ‼ …………はい、おっきな声でありがとうございます。てなわけで、最後は不肖花子が一人で実況解説して参ろうと思います。あー疲れた」

 うん、開始早々疲れたな。最後まで持つかな、これ。
 でも、始めちまったモンはしゃーない。冥界だか黄泉の国だかで、この録画を見て、死神くんが『フヒッ』と笑ってくれるなら。

 ちょ~と花子さん、頑張っちゃうもんねー♡

「てなわけで、最終回のターゲットはぁ~……でけでけでけどんっ! 藤原の宗一郎さん! え、誰だって? ヤダなぁ、みんな大好き死神くんのことじゃないっすか~。あんな色素と幸薄そうなイケメンフェイスしておいて、ソーイチローですよーふっふー。どうしてウチの家系はこんな名前が渋いんだか……あ、宗一郎どのは私のおとーさんです。私の旧姓は藤原花子でした。わたしとみんなだけのヒ・ミ・ツ♡」

 ほんと、ヨネ子やら宗一郎やら花子やら。もうちょっとアンドレ☆オスカーみたいなカッコいい名前は付けれんのかね、と思うけど。でも藤原アンドレも御手洗オスカーも嫌なので、名付けって本当難しいね、と思う今日のこの頃。

 そんな好き勝手喋っていると、ずっと踏ん張っている眼球くんが疲れたと言わんばかりにプルプルしだしたので――本題に入ろうと思います。

「はーい、それじゃあ本編いきまっしょい! 眼球くん、どぞっ!」

 私が声を掛けると、眼球くんがブルブルし始めました。
 目から映し出されるハイビジョンに映るのは、お綺麗な一軒家……というより、お屋敷でした。白い壁。赤い屋根。一等地に建つ立派なお屋敷で、すっぴんなのに目鼻立ちがくっきりのお母さんに抱っこされている赤ちゃん……が、多分お父さんでございます。

「え~……赤ちゃんですね。おばあちゃんはこの頃も美人です。おじいちゃんは……すでにおでこが光ってます。おそらく十年後にはさらに倍の広さに悩んでいるでしょう。私は知っている、その胡散臭い毛生え薬は効果ない。どんまい。気持ちだけじゃどーにもならなかったね」

 たとえどんなに剥げていても、おじいちゃんはそんな母子を見て、だらしのないくらい幸せそうな顔をしていた。すやすや眠るお父さんにちょっかいを出しては、赤ちゃんが泣き出して。そしておばあちゃんに怒られる。おばあちゃんはこの頃から怖かったんだね。

 だけど、めっちゃ幸せそうな家族です。

 そして眼球くんがブルっとすれば、お父さんはだいぶ大きくなってました。お子様スーツを着て、面談を受けてるようです。

『ふじわらそーいちろーです。すきなものは、おかあさんのおみそしるです』

 そんな微笑ましい面談は、無事合格した様子。
 だけどその合格祝いの中、若かりしおばあちゃんはお姑さん……私のひいおばあちゃんに台所へ呼び出されています。

『あんたの能無しが遺伝されてたらと思ってヒヤヒヤしたけどねぇ。宗一郎はうちのれっきとした跡取りですから。荷が重いと感じたら、いつでも母親役を下りていいですからね?』

 そう言って濡れ頭巾を顔に投げつけられているのは……イビリってやつなのかな?

 だけど負けん気の強いおばあちゃんは、一生懸命教育ママをやっているようです。

『ほら、宗一郎! 自分の名前くらい漢字で書けなくてどーするの。あと十回書け!』
『ママ……ほら、宗一郎はまだ幼稚園生なんだから……』
『でも、隣の家のカツヤくんはもう書けるって!』

 おもちゃ一つ散らかっていないリビングで。頭の上でそんなやり取りをされながら、宗一郎くんは目に涙を浮かべて懸命に鉛筆を握っていた。宗一郎。宗一郎。らくがき帳には、ひたすら不器用な漢字が並んでいる。

 私はずびっと鼻を啜った。

「え、どうしよう……私もう泣きそうなんだけど」

 そうコメントしても、誰も返してくれる人はおらず。
 眼球くんが震える。
 そのまま小学校、中学校へ進学していく宗一郎。有名私立を順調にエスカレーター式に進学していたようだが、問題は高校入学直後に起こった。

『え、医学部?』
『そうだよ! アンタこないだの模試でも学年一位だったんでしょ? 医学部くらい入れるだろう?』

 意気揚々と勧めるオバチャンになったおばあちゃんに、宗一郎少年の顔は渋る。

『でも、うちの大学医学部ない……』
『外部進学すりゃあいいじゃないか! 大丈夫、宗一郎なら出来るさ! 塾ならいくらでも通っていいからさ! ほら、ここの医学部なんかいいんじゃない?』

 そうして、毎日塾に通い出した宗一郎氏。学校での友達はみんな内部進学するのか、部活や恋に勤しんでいて。たまにラブレターを渡されても、勝手に鞄を漁る母親に見つかれば、ビリビリに破かれてゴミ箱行き。そしてなぜか、小一時間正座で説教くらう宗一郎氏。

 ……いや、ばっちゃん。そりゃないぜ……? 花子ドン引き。女の子から手紙もらって、ドッキドキしていたお父さんの様子ときたら……それからのこの顛末に、花子の胸もズッタズタだよ? ちょっとおばあちゃん嫌いになりそう。元から苦手ではあったけど。

 そうして、一人で勉強だけし続ける宗一郎氏。合格発表では、異様に喜ぶおばあちゃんの隣で、宗一郎氏はホッと息を吐くだけだった。

 だけど――大学入学してから、宗一郎氏はイキイキとしていた。どうにも医学部の勉強が性に合っていた様子。特にお友達とキャンパスライフを満喫している映像は一向に流れない。眠る間も惜しんで、勉強や実験に明け暮れる日々。それに、おばあちゃんもひいおばあちゃんに鼻高々の様子だ。

 よかった……のかな? まぁ、お父さんが楽しんでいるならいいか。

 そんな映像に見入っていると、耳惠ちゃんがツンツンと私の肘を突っついてくる。あ、喋れってか? めんごめんご。

「あー……お父さん本当にモテてたんすね」

 今日もルンルンとラットを解剖する白衣姿お父さんは、とても美形だった。そりゃあ、ミハエル様よりも明度は暗いし、髪型はオシャレ感ゼロのきのこ頭。それでもおばあちゃん譲りの目鼻立ちに、横目でときめく医学部女子は少なくない様子だ。

 デートに誘われても、『ラットに餌あげなきゃならないから』と毎度断っているようだが。ラットが恋人? 私の母親はネズミもどきだったのか? 花子のつぶらな瞳は、たしかにラット譲りかもしれんが。 

 だけど善き哉、そうは問屋がおろさなかった。

『すみません、来週から入院予定の糖尿病患者に投与予定である非定型抗精神薬について相談したいことが』

 六年間の大学を無事に卒業し、宗一郎氏は二十四歳。研修先の病院で、運命の出会いを果たした様子。

『すみません、私まだ新人でして……少し時間もらってもいいですか?』

 はい……お母さんです。薬の相談をしに行ったお父さんの質問を、薬剤師のお母さんはわからなかったらしい。だけど翌日、分厚い本を抱えたお母さんは、とてもわかりやすくその質問の答えを教えたそうだ。

 その映像を、眼球くんはいいアングルで押さえてくれていました。図説を指差すお母さんの横顔を、宗一郎氏がガン見しています。花子でもわかる、これは恋にオチたな。

「ぷっ」

 それからの宗一郎氏は、笑っちゃうくらいに熱烈だった。
 いやぁ、病院の調剤室に薔薇の花束を持ってきちゃいかんよ。薬剤部長っぽい人から説教されてます。項垂れる宗一郎氏に、思わずメモを渡すお母さん。

 そのメモには、『日曜日映画でも見に行きませんか?』

 病院の通路で『よっしゃああああああ』とガッツポーズを決めた宗一郎氏は、案の上看護部長っぽい人に怒られてました。

 そうして、あれよあれよという間に結婚式。
 うわー、お父さん。鼻の下伸ばしてらぁ。イケメン台無し。
 だけど、その結婚式の傍らで。黒い着物を着たおばあちゃんは、ひいおばあちゃんに言われてました。

『ふんっ。宗一郎のお見合い話も勧めてたのにさ。幻滅だよ。やっぱり能無しの息子は能無しだったね。この恩知らず』

 ひっどいなーひいおばあちゃん! この人のお葬式にだけ行ったことあると思うけど……たしか幼稚園生だった花子氏、お経の最中にうさぎのぬいぐるみを『ぷひー』と鳴らしたんだよね。それでお母さんに怒られた記憶しかないけど……いやぁ、鳴らして良かったよ。知ってたら、もっとぷひぷひ鳴らしたのにさ。けっ。

 まぁ、そんなこと知ってか知らずか――眼球くんがブルッとすれば、新郎新婦の間に愛の結晶が生まれてました。この珠のような御子は当然、わたくし御手洗花子でございますっ! 旧姓、藤原花子ですね。

「え、めっちゃ可愛い。天使じゃん。私、天使。まじ天使」

 自画自賛オツ☆ て思うかもしれないけど、そうでもないと思うよ? 父親である宗一郎氏も鼻の下伸びてますし。こう見るとおじいちゃんにそっくりだな。頭皮以外。

 お家はあの大豪邸と違って、めっちゃ見覚えのある感じですね。団地です。研修医時代はお給料安かったから生活が大変だったと……昔お母さんのお小言を聞いたことがございます。

 それでも……めっちゃ幸せそうだから、いいんじゃないかな。私も覚えている不満は何もないし。まぁ、ゼロ歳児の頃の記憶があったらビックリだね。あっはは☆

 そんな小さな花子氏も、眼球くんがブルッとすれば、ぷくぷくすくすく大きくなりまして。

 幼稚園生くらいかね。うん、ぷくぷく。父さんは毎日帰ってきたり帰らなかったり、お医者さんとして頑張っているようです。それでも、欠伸を噛み締めながらいつも遊んでくれていたと思うよ。おやまの公園のおやまによく一緒に登ったもん。これはうっすら覚えてる。

「おや?」

 だけど、眼球くんが見覚えのない映像を流します。
 お父さんと二人で、田舎の川に遊びに来たようです。これは旅行なのかな? お母さんはあまり体調が良くないらしく、お宿でのんびりしているそうですね。だけど温泉なんかに興味のない幼稚園児は、お父さんと近くの川で遊ぶことにした様子。

 温泉宿の近くの川辺。川幅もそれなりにあり、同じように魚釣りとかしている親子がちらほら見られます。花子氏も例に漏れず――石を投げてました。ぽちゃん。ぽちゃん。永遠と、ぽちゃん。ぽちゃん。

 え、花子ちゃん。それ楽しいのかな? 水切りって言うんだっけ? 水面をぽーんぽーんと跳ねるアレを頑張っているわけでもなくってさ。本当にぽちゃん。ぽちゃん。と投げ込んでいるだけで、ケタケタ嬉しそうなんだけど⁉ こっわ。我ながら、なんかこっわ!

 そんな様子を、お父さんの宗一郎氏も欠伸を噛み殺しながら、嬉しそうに見守ってました。

 だけどその時、事件が起きたようです。

『あっ!』

 小さな花子氏が大きな声をあげてしゃがみ込みます。良い感じの石を見つけた様子。だけどその笑顔を、お父さんは見ていませんでした。

『花子……花子⁉ はなこおおおおおおおおおおおっ』

 慌てて川に走っていくお父さん。しゃがんでいる花子氏の横を通り過ぎて――あーなるほど。川の中にいるお姉さんとおんなじようなワンピース着ているから、見間違えたのね。寝ぼけたのかな、おバカさん☆

 でも、そのオバカさんは……川で足を滑らせて頭をゴツン。そのまま、どんぶらこっこ、どんぶらこっこと川下に流れて行きました。

「はああああああああああああああああああああ?」

 私が机を叩いて絶叫すれば、眼球くんが映像を変えます。
 お葬式です。当然、遺影で笑っているのはおばあちゃんの家で祀られているお父さん。

 私の肩を抱く喪服を着たお母さんが、ずっとずっと泣いている。私は何が起きたか理解できないのか、ずっとポカンとした顔をしていた。

 えー……とね? リアル大人の花子ちゃんも、あることを思い出します。
 たしか、死神くんと出会い頭に名刺を見せてもらいましたよね? そこに書いてあったと思うのですよ。

 あの世娯楽提供課所属 溺死(仮)=露喰薔薇。

 ロックベルは、ほら、死神くんが好きなように名付けたと言ったじゃないですか。自分の憧れと母親の趣味を混ぜたかどーだか。まぁ、おばあちゃんの趣味は古い少女漫画ですよ。薔薇ね。それはそれでいいんだ。

 問題は溺死(仮)。カッコカリってなんやねん、ツッコむタイミングを逃していたかと思いますが……確かにこれ、溺死だね。川で溺れたから。でも転んで頭ゴツンして気絶したから、溺れたわけで? 頭部外傷による何か? そもそも寝不足で娘と他の子を見間違えて突撃してったから溺れることになったわけで? 過労と睡眠不足?

 えーと……? うーんと……これ、死因は何になるんだろう? 溺死? なるほど(仮)付けたくなるわこれ。

 死神くんの謎が解けて、映像は終わるかと思いきや――眼球くんが今までにないくらい踏ん張っております。え、大丈夫? 頭(?)の毛細血管が赤くなってるよ? 切れちゃうよ? ぷっつりしちゃったらヤバいんじゃないの?

 と、私が声を掛ける手前で、最大級のブルブルをした眼球くんが映したものは――

『いやー無理だってば。僕に死神業なんて。そもそも僕、生前勉強くらいしかしたことありませんし。黄泉に行きたがらない魂の説得とか無理無理。しかも、娯楽を作れって? は、こちとら生前なんも娯楽ったことないですよ。青春? なんですか青い春って。僕の青春はラットですが。キャンパスライフとかラットと一緒にいた記憶しかありませんが? は?』

 ふよふよと空を浮遊している足のないおばけが映ってました。はい、死神くんです。ミハエルそっくりの死神くんが、黒いマントを羽織ってやる気なさげに団地の上をふよふよしてます。

 うーわ。やる気ね。しかも愚痴多いな。

『まぁ、娯楽課になって唯一良かったことは、出張って体で、いつでも娘の様子を見に来れることですかね。まったく、花子はいつになったらマトモになるんだか……こんなんじゃお父さん、いつまでも成仏出来ないですよ。花子に彼氏でも出来たら呪ってやる』

 おーい、おとーさーん。言っていることめちゃくちゃでーす。
 でもそんなお昼の団地街で、死神くんが『ん?』と目を凝らします。

『花子?』

 その視線の先には、真冬にも関わらずびしょ濡れOLの姿。そのOLは死んだような目で団地を昇っていって――古びた扉をガンガンガタガタ。屋上の扉を開けようとしている。

 その様子に、死神くんの顔が引き締まった。

『花子、やめなさい!』

 死神くんがOLを物理的に止めようとしても、その手はスカッと通り抜ける。当然、OLはまるで気づかない。

『くっそ!』

 それに舌打ちした死神は――屋上への扉をすり抜ける。そして黒マントを脱ぎ捨てた死神は、『冥界規律違反ですが』と毒づいてから、ブツブツ呪詛みたいなものを呟いて。

 あとは、目を閉じても覚えている。
 OLが扉を開くと、白シャツの先客がいるのだ。

 そんな先客に、OLは声を掛ける。

『ちょっ、待って! こんな所で何しているの? 扉閉まってたよねぇ⁉ 勘弁してよ何で自分が死のうとする前に人の死ぬとこ見なきゃなんないの寝覚め悪い……寝覚め? 死に覚め? なんだか知らないけどとにかく止めてくださーい‼』

 私が目を開けると、眼球くんは見知らぬアングルで映していた。生気たっぷり大慌てのOLを背後に、屋上の縁ギリギリの位置で浮かんでいる死神は――泣きそうなくらい、優しい顔で安堵していて。

 そして、死神は素知らぬ顔で振り返る。

『あー今から死ぬ予定の方ですか? お騒がせしてすみません。僕もちょっと死ぬだけなんで。あと少しだけ待っていてもらえますか? ほんとにちょっと。ちょっとだけなんで』

 でもね、死神くん。泣きそうなのは、こっちの方なんだよ。

「何してるのかなあ?」

 ほんとさ、死んでも娘の心配してさ。しかも、なんか違反なんでしょ? そりゃそーだよね。もう死んだ後の人が、生きている娘に姿晒して、挙げ句に同居するとかダメに決まってるよね。そんなの……冥界とやらに行ったことなくてもわかるよ。

 それなのにさぁ、ほんとさー。お医者さんになれるくらい、頭いいくせにさぁー……

「ほんと……ばっかじゃないの……」

 私は泣いた。とにかく泣いた。朝になるまで、私はずっと泣いていた。
 机に突っ伏す私を、お仕事をやめた眼球くんと耳惠ちゃんは、ずっとずっと短い手で撫で続けてくれていた。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?