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小説「荒廃する世界に、花束を」

第一話「テレビに花束を」

「今日は、テレビの最期の日でした。皆さん最後まで、良い1日を」

壊れかけのラジオ放送。代わり映えの無い日々にこだましていた。
僕たちは色々なモノの最期を見送る”終末屋”というものをやっている。依頼があれば、依頼物を査定し、相応しいと判断したモノには最後の日をいつにするかを決め、こうやってラジオ放送で最後の日までの一週間を放送し続ける。

「それいつもやってて、楽しいわけ?アンタしか最期の“ニンゲン”はいないのに」
彼女が面白くなさそうに、コーヒーを啜りながら話す。そう、彼女が言った通り僕はなんの変哲もないただの人間。少し背格好が大きくて、それなのに小心者でいつも彼女に怒られているような、至って普通の人間。
ただ、全く機械化していない最後の人間として生きている。

「面白い、面白くないは関係ないんだ。これはカタチ。人間で言う情緒ってもんだよ」
「人間って大変そうね。アンタも機械化すれば良かったのに。そうすれば最期は一緒だったかもしれないのよ?」

彼女は、リリィといってこの世界の前の住人。所謂、荒廃する前に生まれた存在。体の半分以上が機械化していて、艶のある髪に幼く見えるこの顔。だが年齢を聞けば僕より年上だった。でも機械に侵食されているからなのか、記憶が曖昧で僕より知らないことが多い。
機械化は、世界が廃れてしまう前に行われた半永久的に生きる手段だ。医療や最先端技術がどれだけ発達しても、出生率が世界的に激減してしまったため取らざるを得ない手段だったみたいだ。
大体7歳前後で機械化するかしないかの選択をする。ほとんどその時期が機械化のスタートラインだが、しなくてもその後毎年のように案内が届く。もうそういった案内もなくなってしまったけれども。

「機械化なんてしなくても、どうせ終わりはくるし、どうせなら君に最期までそばにいて欲しいからね」
「…情緒的なことを言ったって、私には理解できないよ。だって、壊れる側のものだもの。いつか順番が回ってくるわ。今回はテレビだっただけ。どうしてテレビにしたの?」

「…元々嫌いだったんだ。こうなる前の世界から当たり前のようにあってさ。みんないつも画面の向こうを見てるんだ。僕は”ロマンチスト”っていうのかな?どうしても見て欲しかったんだよ。現実は画面の向こうじゃないよって。だから誰も関心を持たなくなった今なら、真っ先に選ぼうって。これで現実しかなくなっただろ?」
「よくわからないけど、このテレビから流れてくるものは今ではないってことね」

つまらなそうに聞いている彼女だけれども、少し寂しそうな顔をしている。ちょうどよかった暇つぶしが明日には無くなってしまうのだから、少し悪い気もするけれども放送局の人達とも今日で最後にしようって前から決めていたことだったから仕方がない。数年前に視聴率が0%になる日が増えていったそうだ。去年依頼を受け、僕の個人的な私情もあって、今日を最後の日に決めた。

「最期に何か見たい番組とかはあるかい?」
「再放送ばかりのこの時代に、まともにやっているような番組なんてないでしょ?」
「でも、この”最後の花園”って番組好きだよ。僕の行ったことない地域にまだこんな花が咲いてるってわかるし」
「それアンタが植物好きのお花畑野郎だからでしょ」
「辛辣だなぁ…」

いつもつけっぱなしのテレビのチャンネルを変える。何気ない動作でも、これが最期だって思うとなんだか寂しくなってくる。明日から静かな生活になる。テレビがなくなったからと言って、ラジオやインターネットがなくなるわけではない。どうせ明日には、彼女はラジオを流し始めるだろう。

代わりになるモノはいくらでもある。それが数十年前、インターネットがテレビの役目を果たしたように。

「リリィ、テーブルに足を乗せないでくれないか。小さいテレビなんだから余計画面が見辛くなる」
「私はいつもこのスタイルだったの。文句を言うなら、いつものようにサイドの小さいソファに座ればいいじゃない」
「今日はここに座って見たい気分なの」

僕らの生活は決して楽ではない。生活に必要な物資は、政府から定期的に配給されたりするが、生身の僕にとっては食べられないものばかりだ。機械化した人達なら、多少の不純物が混ざっていても問題なく食べれるが、僕はオイルや鉄くずを食べてるような感じがして1週間腹を下した。今、リリィが飲んでいるコーヒーも僕は飲めない。オイルシュガーという特殊なものが入っていて、内臓まで機械化してしまった人はそういったオイル入りのモノを定期的に摂取しなくてはいけないらしい。簡単に言えば、機械に油を注すみたいなことだそうだ。

「そうだ、今度極東に行ってみようよ。実際にこの桜が咲いてるところを見てみたい」
「嫌だね、そんな浮足立ったとこ。治安も昔に比べたら随分悪いし、それに行くのに何日かかると思って。春に間に合うわけないだろ」
「そうだけど、来年を目安に依頼をこなしつつ向かって行けば困窮せずに暮らせるんじゃない?」

「やっと手に入れた家をもう手放す気?せっかく政府も「居住地を決めてくれて物資が配給しやすくなる」って喜んでたじゃない」

リリィの言う通り、家は一昨年ぐらいに住み始めた。この時代、家に定住する人は空き家を見つけて正式な手続きを踏めばすぐ住めるといったお手軽なものになっている。だが、物資や居住地を狙うギャングもいるためまず安全確保など色々なことをしなくてはいけない。定住者はギャングに狙われることも多く、大半の人は中立区といった政府のお膝元で定住する。

ここは幸いにも、元々ギャングも少なく静かな土地だったためせっかくだからと定住を決めたが、今年の始め物資配給に来るロボットがギャングに見つかってしまったらしく最近襲撃が多くなってきている。

「政府のこともあるけど、だいぶ定住しすぎてあまりよくない仕事も増えてきてるからそろそろ出ないといけないのもあるし…」
「……アンタのそういうきっぱり言わないところ、私は嫌いだね。出るんだろ?私も刺激の多い生活は嫌いじゃないし、この地域のコーヒーにも飽きてきたところだ。準備でもしてくるかな」

リリィが立ち去った後の部屋では、静かにテレビの音がこだましていた。何度も見た桜が特集されている回。こんな世界で、本当にこんな薄桃色の花が咲いているのかは定かではないが、もしまだ咲いているなら見に行きたい花だった。

「アンタも準備しなよ。諸々の連絡は私がしとくから、さっさと動きな。一番困るのはアンタなんだから」
「わかってるよ。シンさんによろしく伝えといて」
「あー面倒くさい。またぐちぐち小言を言われるよ。こちとら面倒な仕事を受けてやってるっていうのによ。少しは物資を増やせって感じー」
シンさんは、僕たち専属の政府の仲介人。普段はあまり連絡を取らないけれで、仕事だったり配給の件だったりでいつもお世話になっている。

「はははっ。それはリリィの言い方が問題かもよ。言えばちゃんと聞いてくれる人だから」
「それはアンタだけ。荒廃者にも優しくしろってよなー」

テレビの電源を消す。もう二度とつけることのないテレビに、花瓶から抜いた花を目の前に置いていく。

「副業で花屋でも始めたら?」
「花屋より、植物学者の方が今の時代重宝されるから僕はそっちを目指すよ」
「真面目君だな~」

立ち上がって、出発する準備を始めた。



出発する時刻になり、旅専用のトラックに乗り込む。久しぶりの長旅に、彼女もワクワクしているように見えた。

「今度は東に向かっていくの?」
「それが今回の最終目的地の方向だからね」
「ラジオはしっかり持った?あれがないと仕事できないでしょ」
「ちゃんと持ったよ。さて、出発しますか」

エンジンをかける。昔は電気で走る車があったらしいが、今はゴミを燃料に走る車の方が重宝されている。今では当たり前だが、昔は映画の中の世界だった。

「次は何の最期を見届けに行くんだい?終末屋殿。」


「次は、手紙の最期だ」

次なる目的地へ、アクセルを踏んだ。



その日、全世界のテレビが役目を終えた。


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