回転する寿司店
「ようこそ!」
男は回転寿司屋を訪れた……、一人回転寿司だ。
あれ?ようこそって、挨拶。「いらっしゃいませ」じゃないのか男は思った。
入店すると板前らしき人たちがズラりと並んで出迎えてくれた。
「どうぞそのままカウンターへお座り下さい」センターにいる板前がそう言った。
男は席に座った。
ふと目の前のカウンターテーブルを見ると、皿だけがくるくると回っているではないか。
男「はっ!?」不思議に思った。無理もなかった普通回転寿司というのはレールに乗ったコンベアが動いて、進んで巡回しながら廻る、それが俗に言う回転寿司だからだ。それがこの店のカウンターに専用の回転装置が設置され、皿だけがくるくると回っているのだから。
板前「お客さん、初めてですか?」
男「え〜〜まあ…、そうですね」
「ようこそいらっしゃいました、ありがとうございます。当店ではお任せコースとご自分で選ぶコースに分かれております、どちらがご希望でしょうか」
「あ〜、そうなんですね、じゃお任せでお願いします。」
「かしこまりました、ありがとうございます。何か苦手ネタとかございますでしょうか」
「いいえ、寿司は何でも食べれますのでお願いします」
「承知いたしました」
板前は寿司を握りはじめた。見事な握りっぷりだ、無駄のない動き、シャリに山葵、ネタをのせ素早く握り、最後はぐっと締める。
「はい、どうぞ」
くるくる回る装置にマグロが乗った皿が置かれる。
その場でくるくる回る寿司!?
男「へぇ〜珍しいですね、こういうの?始めてです」
板前「はい、うちは皿自体が回るんです」
男「あ〜…、なんかそうみたいですね、これってなんでですか?」
「私どもの握る寿司を見て欲しいからです」
男「…………あ〜なるほど、そうですか…」
「寿司自体が回る事によって、様々な角度から寿司を見る事が出来ます」
まるでカーモデルのショーイベントみたいだった。
「特に海外のインバウンドの客層から人気があります。くるくる回る寿司を動画で撮影し、YouTubeなどで投稿されたり、インスタ映えするとかで今はとても人気があがってます」
「今、我々寿司職人は海外から注目を集めているんです」
「Sushi Masterの称号を得ている職人はとてもリスペクトされ人気があります」
男「寿司マスター?その基準ってなんなんです?」
「修行の年数です。例えば10年修行したらAランクのシルバーMaster、20年でしたら特AのゴールドMaster、30年なら最上位のSランクのレジェンドの称号でスーパーヒーローなのです」
「つまり寿司職人に付加価値をつけた時代が訪れたのです」
「我々は寿司職人アーティスト、寿司という食べられる芸術を鑑賞してもらい、技も間近で見れてそれを食べに来ているのです」
男「う〜〜んそうでしたか…でも正直に言うと日本人の私は寿司は静かに安く、ただ美味しく食べさせてもらえばそれでいいですけども…」
板前「そうですね、我々のスタイルは日本人の方々にはマッチしません。ですからターゲットはインバウンドのお客なのです。」
「円安で今海外からの富裕層のお客は数十万円とか時には百万円食事をしていってくれます」
「我々職人たちの長く厳しい修行の成果はどうにか報われるのです」
「インバウンドさまさまって訳なんですね」
「その通りです」
こんなインバウンドビジネスの店はすぐに潰れると男は思った。
ただ、時間を掛け一つの事を極め続けた者にしか分からないものがある。
例えば1年で10年分のスキルを習得したとしてもやはり深みは出ないだろう。
私も後輩に10年やってきて分かった事を教えた事があるが、軽く流されてしまった事がある。今凄い事を教えたんだからね、そんな事は言わなかった。
その事がまさか10年分のスキルだというのはおそらく本人は分かってない。
物事は失敗と成功を繰り返した者にしか分からない。
しかし時間というのはとても重要で、10年も寿司屋で修行するのは時間の無駄、早く習得して独立した方が良い、というのもまた正解。というよりも技術を習得し、独立しても修行は続くのだ。
要はいかにその職業を長く続けるかがとても重要なのだろうと思った。
長く寿司を握り続けたレジェンドに支払う料金は、寿司に人生を懸けてきた代償を支払ってもらうようなものだ。
確かにそれで職人たちは報われるかもしれない。
日本人はいかに安く食べるかの節約志向にある、高い寿司屋はそれなりの人達や特別な時にしか利用しない。
時間と寿司と職人の価値を知っているのはよそ者で他ならない外国人なのかもしれない。
この店では最初は若い職人が握るのだが、終盤につれベテラン職人が握ってくれる。まるで柔道の先鋒で始まり中堅〜で終わるように、、、そして大将・レジェンドの職人歴50年のSushi Masterが登場し、大トリを飾るのである。
おそらく外国人にはその違いは分からない、日本人にすら分からない。分からなくてもいい、これは価値感の問題なんだ、30年、それ以上に寿司を握ってきた者の技術と味を堪能する事が目的なのだから。
これはもうグルメではない、エンターテインメントに近い感じだ。寿司職人たちが長年かけて培ってきた努力と結晶が今ここに集結しているのだ。
了