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はやく大人になりたかった、あの頃

「はやく大人になりたいな~」
たしか小学生の頃、そんなことを思うときがよくあった。
幼いながらに、なぜ「はやく大人になりたい」という気持ちを抱いていたのかというと、「大人は勉強しなくて良い」という単純明快な理由からだ。

中学や高校の頃、「大人になっても使うのって、足し算・引き算・掛け算・割り算くらいで、『三角比を用いた木の高さの求め方』なんていうのは絶対いかす場面なんかないでしょ」と、嫌いだった数学にはいつも何かとケチをつけていた。興味関心すら持たず、その結果いつも数学のテストは低い点数ばかりだった。
もちろん、上記の手段で木の高さを求める方法を、仕事柄活用される方もいらっしゃるかもしれないが、当時の私はそんなことどうでも良かったんだろう。

そんな私は、小学生から大学までの、いわゆる『勉強がつきもの』であった期間、勉強が嫌いだった。
中学から部活に明け暮れ、気が付けば大学も部活で選んでいたから、当時の私の人生における軸は「部活動」であって、「部活動>勉強」という方程式が心の中には出来上がっていたが、顧問の先生に怒られるからとか立場上、「文武両道」という偽りの衣を身にまとったつもりでいた(強いて言ってもかろうじて、文武両道できていたのは大学生の頃だけかな)。

そして、社会人になってしばらくは、これまでやってこなかったことを身につけ仕事としてこなすため、「勉強の日々」を送っていたが、あの頃は自分自身が「勉強をしている」という意識はなく、ただただ「仕事をしている」という意識だった。
転職して、地域おこし協力隊として徳之島に移住をしてからようやく「日々勉強させて頂いている」という意識になり、「勉強」がどれだけ自分自身にいろいろなものを与えてくれるのかに気がつくことができた。そして、それは協力隊を卒業した今もなお、日々新しいことが自分にとって勉強になっていることをひしひしと感じている。

今思い返せば、小学生のころ早く大人になりたかった、ゆえに嫌いだった「勉強」は、学問を学ぶことに対する勉強であって、経験を積むための「勉強」は全く嫌いではなかった。

小学生の頃、茶道をするおばあちゃんをもつ友達が、近所に住んでいた。「お茶会に行けば和菓子が食べられるよ」という友達の誘い文句に乗せられて、友達とそのおばあちゃんと一緒にお茶会に行ったことがきっかけだったが、定期的に何回かお茶会に連れて行ってもらったことがある。
お茶を頂く前、頂いた後それぞれの作法があり、一杯のお茶を戴くまでにいくつもの過程を順序通りにこなさなければならない。
子どもからすると、一見めんどくさいと思うことなのかもしれないが、当時の私はすごく楽しんでいた記憶がある。
少し苦いお茶を、きちんとした作法で上品に戴きながら、美しく甘い和菓子を食す。当時の私にはすごく大人らしい経験だったゆえに楽しかったのだろう。
これも一つの「勉強」だと思うが、当時そんな意識は一切なかった。

中学や高校、大学の頃も同じ。確かに学問を学ぶことの「勉強」は毛嫌いしていたが、当時は当時で、私にしか経験できなかった、つまり私だから勉強できたことというのは山ほどある。
当時、そのことに対し「勉強になっている」という意識があったか、そうでなかったかというだけの話なのだろう。

このことに気づいた今、私は一人の娘を育てる母であり、仕事を通じて高校生や中学生に対してお話をさせていただく機会もある身である。

学問の学びを通じ得たことというのは、人生のいかなるタイミングにおいて、ひょんなことからいきることすらある。身につけておいて全く損になることはないのだよ、と伝えたい。学問から自分の得意を見出し極めることによって、その行く先に大成が待っているかもしれない。
なにより、「勉強」は学問を学ぶことだけではないということ。部活動を頑張ることも、趣味に没頭することも、たくさんの本を読むことも、いろんな人と接し繋がることも、それもまたひとつの「勉強」であり、それはこの先大人になっても続いていくことなのだよ、ということを伝えたいなと思った。

人は生きている間、勉強をし続ける生きものだ。
ただ、学問を学ぶことがすべてではなく、自分の糧となるものすべてを勉強ととらえることができ、かつ新しい学びに積極的に踏み出すことができれば、人生はより豊かになるのだろう。

はやく大人になりたがっていたあの頃の私に声をかけるとするならば
「30歳の私は勉強が大好きになったよ。早とちらず、今できること周りの友達をより大事にしてね」と言いたい。


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