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Polar star of effort (case7) アスリートとアスリートに関わる全ての人達に・・・

                      Case 7 27歳 男性 サッカー
 
長谷川 真 27歳 男性 サッカー選手
 チームは県社会人リーグの1部でしのぎを削っているという。
 この施設でトレーニングを始めて、もうすぐ5カ月経とうとしていた。
 「監督にフィジカルが弱いから体幹を鍛えた方が良い、と言われたんですけど、体幹トレーニングをお願いできますか?」と言う。
 身長170㎝、体重65㎏とサッカー選手らしい締まった身体つきだが、近年のサッカー選手としては、確かに大きい方ではない。
 本人も気にしているようで、大きい選手に当たり負け、競り負けてしまうとのことだった。
 仕事に練習にと忙しく、来館数が少ないため基本の種目、動作を伝え、練習場やチームのウェイト設備を利用して自主トレをしてくれていた。
 結果、柔軟性と立位姿勢、基本的な動作は身についていた。
 彼の場合、サッカーで結果を出すことを急いでいる。早めにできたらそれに越したことはないと思い答えた。
 「なるほど、体幹部の強化だね。了解です。やってみようか。」
 「プランクとか、バランスボールとかですか?」体幹トレーニングの知識は多少持っているようだ。興味ありげに聞いてきた。
 私は、「いや、スクワット。」と答えると
 彼は、「え?スクワット?それは脚やお尻のトレーニングじゃないんですか? ああ、そうか、重い重量を担いで支えるのに腹筋や背筋の力で体幹部を固定するようにして鍛えるんですね。」と言う。
 「いや、体幹部の力は極力抜いちゃう。」
 「え?それじゃ体幹部を鍛えられないですよ。」
 「常識的に考えるとそうだよね。ここからは常識じゃない世界。非常識の世界へようこそ。(笑)」そう言って真君を見ると、「からかわないでちゃんと説明してよ!」と顔に書いてあった。
 スクワット動作の確認と身体の状態の最終チェックを兼ねて、「壁際スクワット」を行う。もし「壁際スクワット」を行った際、骨盤直上の腰に痛みを感じるようであれば、まだ負荷を掛けたスクワットは実施できない。動作を妨害している部位を探し、アライメントの改善を行う必要がある。
 壁に爪先を付けて立つ。足幅は腰幅ほど、腕を伸ばして真上に挙げる。そのまま壁に沿ってしゃがんで後ろに倒れずキープできれば合格。
 もちろん、深くしゃがむことができれば、それに越したことはないが、浅くても背中がしなり、腰の痛みがなければ問題はない。
  大事なことは、胸腰椎移行部(胸椎第12番周辺)から背骨がしなり、この周辺に圧迫感、詰まる感覚によってこれ以上下にしゃがむことができない。止まってしまうという感覚を掴むことが重要である。「じゃ、真君やってみよう」

             

 「結構きついですね。でも分かります!肩甲骨の下あたりがメッチャ突っ張る感じがあります。そこでストッパーが掛っている感じです。」
 「うん。それなら負荷を掛けたスクワット、大丈夫だね。これからやってもらうスクワットは、ただのスクワットじゃないよ。全ての競技動作だけでなく人間の日常動作全ての大原則となる動き。」
 「マジっすか。凄いですね。でもそんなものあるんですか?」
 「歩く、走る、跳ぶだけでなく、野球のバッティング、ピッチング、ゴルフのスイング、スキー、サーフィン、スケート、自転車、テニス、卓球、相撲、ボクシング、とにかく全てのスポーツの動作に共通の基本動作。もちろん、サッカーの蹴る動作にも当てはまる大原則。」 
 大袈裟に聞こえるかもしれないが、いわゆる一流アスリートと呼ばれる人たちは、全てこの大原則に基づいて競技動作が行われている。
 断言してしまうが、この大原則から外れて競技をどれだけ頑張っても一流になることはできないのである。
 逆にとらえるなら、その大原則さえ理解すれば一流アスリートへの道が開けるということになる。

 鍵を握るのは体幹部の3部位。それが肩甲骨、胸腰椎移行部、骨盤である。
 「その大原則って何ですか?」
 「重心移動、自重、重量など自分に掛かる負荷。まとめて重力。この重力を利用して
 肩甲骨、胸腰椎移行部、骨盤を連動させ体幹部の張力を引き出すことで力を発揮させること、これが人間の身体の使い方の大原則。」
 「?ちょっと、何を言っているのか分からないです。」

 私は続けて真君に確認した。「ショルダープレス(Case4参照)やってたよね。ちょっと思い出して。」

 「ああ、腕に掛かったバーベルの重さで肩甲骨が寄って、体幹部がしなって、そのバネでバーベルを持ち上げる種目ですね。あれは、肩や腕の力を使わなくても物を持ち上げることができて、目から鱗でした。」
 上半身と下半身の境目は胸腰椎移行部である。体幹部も胸腰椎移行部を境に反対に動く。
 例えるなら、歯車。

スクワットの場合、肩甲骨に乗せたバーベルの重量によって肩甲骨が下がり、体幹部の歯車の動きを発動させるのである。

 身体に掛かる負荷によって、肩甲骨、胸腰椎移行部、骨盤を連動させ、体幹部の歯車の動きを引き出す。
 「じゃ、真君、まず動作確認してみよう。実際バーを担いでスクワット動作をやってみて。ショルダープレスの肩甲骨が寄る動きと壁際スクワットの動きを合体させる。」

 大事なことは、土踏まずから伸ばした地面に対する垂直の線(中心線)から胸は前に臀部は後ろへ同じ割合ではみ出すようにポジションをとる。すると結果的に線上に頭頂部が位置し、身体の軸が作られる。つまり、土踏まずから伸ばした中心線と身体の軸が同一になるのが理想である。
 これができると、背骨で支えることができ、これ以上下に下がらない。
 肩甲骨、胸腰椎移行部、骨盤の連動が上手く可動できれば、図らずとも勝手にと言うか、結果的に中心線と体軸が同一になる。この「図らずとも結果的に」ということが重要なのである。

 真君が「どうですか?大丈夫そうですか?」横目でこちらを見ながら不安そうに聞いてくる。
 「いいね!次は少し負荷を掛けよう。軽めの20㎏で試してみよう。さっきのバーを担いだスクワットと何も変わらない。全く同じ動き。」

 単に脚部を鍛えるスクワットと体幹部を鍛えるスクワットとの最大の違いは、しゃがんだ時に脚の力で「止める」のではなく勝手に「止まる」ことである。
 壁際スクワットのように、あるいは身体の軸と中心軸が同一のポジションが取れれば、背骨がしなり、背部の圧迫感で、それ以上下に下がらないポイントをつかむことができる。つまり勢いよくしゃがんでも自分の意志とは関係なく「止まる」ことができる。
 真君は、よく分からないといった表情で「深くしゃがめないです。こんなに浅くていいんですか?」確認してきた。
 「大丈夫。脚じゃなく体幹部を鍛えるスクワットだから。それでいいの。」
 「なるほど、じゃ、この姿勢で腹筋背筋の力で体幹部を固定するんですね。」
 「逆だよ。下にしゃがんだ時に力を抜いてみよう。」
 「え?無理ですよ。潰れちゃいます。」
 「もちろん完全に脱力するわけではないよ。今までやった動作をできるだけ力を抜いてバーベルの重さを受け入れる。受け入れることが大事。大丈夫。勝手に止まってそれ以上下に下がらないから。」
 「わ、わかりました・・・あ! フゲッ これは・・・」思わず息が吹き出たようだ。

(ハーフ)は、大袈裟にやってます。↓  

                        
 「止まった瞬間、バーベルの重さで体幹部がしなるというか、つぶされるような感覚があります。」 
 「その、体幹部がしなったバネを利用して立ち上がる。」
 「はいはい!わかります!自分の体幹部がバネになった感じです。これなら全く疲れないですね。」彼の感覚を逃がさないようにと慌てて動作しているのが妙に可笑しかった。 
 「そう。これが本当の体幹トレーニング。この動作を身に付けて、あとはそのまま負荷を上げていけば体幹部の筋肉が勝手に鍛えられる。」と私は、笑いながら答えた。
 体幹部の筋力で固めて身体を支持するのではなく、むしろ力を抜いて負荷を受け入れることで肩甲骨、胸腰椎移行部、骨盤を連動させ身体の軸を作らせる。負荷に対して真っ直ぐ軸が形成されれば、骨格で支えることができる。すると、力んでないのに大きい負荷を支えることができるだけでなく、バネの作用を使えば負荷を押し返すこともできる。
 一般常識的には、大きい力を生むには筋力。力を入れて重力に抵抗するものと考えられている。
 そうではなく、むしろ力を抜いて重力に抵抗するのではなく受け入れる(利用する)ことで体幹部の出力を引き出す。
 つまり、力を抜いた方が重い負荷を支えることができるとともに、大きい力が発揮できるのである。しかも力んでないので疲労度も最低限に抑えることができる。  
 「力を抜いた方が大きい力が出る!なるほど、それで非常識の世界ということなんですね。」 
 単純に筋力任せで負荷に抵抗するのではなく、力の方向に軸を合わせれば、体幹部が勝手に連動して負荷に対して無駄なく力を発揮してくれる。
 一流アスリートは、無意識にそのような身体の使い方を行っているのである。 これが、一流アスリートと呼ばれる人たちと一般のアスリートの違いなのである。 
 「大野さん、力を抜いて負荷を受け入れるとスクワット動作で体幹部が鍛えられるのは分かりました。あと、全ての競技動作の大原則って言ってましたけど、それは、どういうことですか?」 
 競技動作の基本は、体幹スクワットで行った体幹部のバネを使うことである。
 走ることも跳ぶことも投げる、打つ、自転車、スキー・・・・全て肩甲骨、胸腰椎移行部、骨盤の連動から生まれる体幹部のバネで動くことが大原則なのである。
 ポイントを絞って言えば、胸腰椎移行部が使われていることが重要。どんなに綺麗なフォームに見えていても胸腰椎移行部が使われていなければ、それは良い動作ではない。
 反対に、見た目ひどいフォームでも胸腰椎移行部が使われていればOKなのである。
 あとは、競技の特性、技、動作に応じて腕の位置、足の位置、力を発揮する方向が変わるだけ、バリエーションが様々あるだけで、要は胸腰椎移行部が使われていれば良いということなのである。
 極論で言うと「体幹部」とは「胸腰椎移行部」と言っても過言ではない。肩甲骨と骨盤の役割は、胸腰椎移行部に力を伝達すること、さらに胸腰椎移行部からの出力を末端部に伝えることなのである。
 「真君、単純でしょ?単純なんだけどバリエーションが無限にあるから複雑になるんだよね。」
 「単純にして複雑。複雑だけど単純ってことですか。」
 「そう、真君は、この動きをサッカーに応用させていけば良い。大きい選手に競り負けないだけでなく、走るスピードも速くなるし、キック力も上がる。なぜなら動作の大原則に気づいたんだから。」
 「大きい相手と競り合うと力の方向が難しいですよね。」
 「そう。そこが競技の難しい処、瞬時に軸を合わせないといけない。でも、単純に言うと、こんなイメージかな。」


 「ああ、分かります。これが横になったり斜めに傾いたり、高い低いなど、いろんなパターンがあるってことですね。」

 それから1ヵ月後、真君に調子を聞いてみた。
 「いやー。難しいです。バーベルを使ったスクワットでは、確実に感覚はつかめましたけど、サッカーのプレー中は、まだまだ分からないですね。」
 そう、トレーニング動作は最も基本的な動き。つまり難易度で言えば簡単な動きである。競技動作は、環境、状況、相手の出方、自身の状態等々、様々な要因が絡む。
 その中で、理想的な動作をするのは至難の業なのである。
 「この基本の動きを、サッカーの動作に昇華させるのが専門の選手やコーチたちの分野になるんだよ。でも、まだまだ実際の動作に近づけていくための動作トレーニングは沢山あるから、今後取り組んでいこう。」
 「はい。お願いします。でも、やるべきことと言うか、目指す方向性はハッキリ理解できたので、なんか不安が無くなって良かったです。」

 スポーツや競技を心から楽しんでいるうちは良いのだが、必ず、もっと強く、もっと上手く、もっと成績を上げたい。と考え始める。
 ここが分岐点である。現在は様々な情報が溢れている。上達を求めて検索すれば、いくらでも情報が得られる。専門家、権威のある先生達が発信している情報を精査し判断する術は彼らにはない。全ての情報を正しいと信じて迷子になってしまう。
 ましてや、憧れの選手が「○○をやったらパフォーマンスが上がった。」と言えば、誰でもその「○○」をやれば自分も憧れの選手に近づけるのではないかと考える。当然である。 
 しかし、同じ「○○」をやっても結果は同じにならないことがほとんどである。
 なぜか?同じ種目をやっていても身体の使い方が根本的に違うのである。一流選手は、一流である時点で他の人とは身体の使い方が違う。
 同じ「○○」をやっても、見た目は同じだが、中身は全くの別物なのである。
 当然、トレーニング効果も別物になってしまう。
 本質を理解しないで、溢れる情報をもとにトレーニングを行っても結果にはつながらない。むしろ、無駄に筋肉に負担をかけパフォーマンスが低下するだけでなく、疲労度も増し、ケガにつながってしまう。
 努力すればするほど、求める結果から遠ざかってしまうのである。
 それは、目指すべき指標がないからである。身体の使い方の本質、指標を彼らに提示できれば、目標に向かって真っすぐ向かうことができ、迷子になることはない。

 そんなことを考えながら、彼の背中を見送った。


スタートラインに立ち、結果を残すのはアスリート本人である。
トレーナーとは、常に裏方の存在なのである。

このお話は、一部事実を元にしていますがフィクションです。
この事例が、全ての人に当てはまるとは限りません。トレーニング、ストレッチをする際は、専門家にご相談ください。


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