【ショートショート】レンズ越しの恋
僕には気になる人がいる。
ずっと前から知っているはずなのに、彼女のことを考えると、頭がぼーっとして体が熱くなる。
僕の趣味は、自慢のレンズで近所の住宅街を観察すること。
飽きもせず、もう10年近く続けている。
あの子を見つけたのは、彼女がまだ小学生の頃。
玄関で母親に手を振って、元気よく駆け出していく姿がとても可愛らしかった。
音は聞こえないが、きっと大きな声で「いってきます」と言っているはずだ。
それからというもの、朝学校へ出掛けて、夕方帰ってくるあの子を見守るのが日課になった。
忘れ物をして慌てて引き返す姿、走って転んでランドセルの中身が飛び出してしまった姿、学校で嫌な事があったのか涙を流しながら帰ってくる姿。
そのどれもが昨日の事のように思い出せる。
毎日彼女を見ていると、色々な事が分かってくる。
家族構成は、父親・母親・彼女・ペットの犬だ。
一人っ子で、兄妹は居ない。
母親には姉妹が居るらしく、時々従姉妹の女の子を連れて遊びに来るのを見かけた。
ビジネスマンの父親は夜の帰りが遅く、毎晩9時とか10時まで仕事をしている。
母親は近くのスーパーでパートタイマーをしているのか、制服のエプロン姿で出掛ける様子をたびたび見ている。
朝早くに父親が、夕方に母親が犬の散歩に出掛け、夕方は彼女も一緒の時がある。
彼女は学校の他に、ピアノとスイミングに通っている。
毎週火曜日は、音符の模様が散りばめられたバッグで出掛けているから、習っているのはピアノだろう。
毎週土曜日はプールバッグを持って玄関で待っていると、スイミングスクールの迎えのバスがやってくる。
彼女はどこに出掛ける時でも、楽しそうだった。
きっと、勉強も習い事も一生懸命なんだろう。
僕もそれを見習って、前向きに生きていこうと思えた。
彼女は中学校へ進学しても、相変わらず母親に手を振って登校していた。
だんだんと女性らしく成長していくその姿に、僕は以前と違う感情が芽生えるのを感じていた。
部活動はテニスを始めたようだ。
学生カバンにラケットを背負って登校する姿が眩しかった。
友達もたくさんできて、女の子2〜3人で帰る姿もよく見るようになった。
ある日、彼女が一人で帰ってくる途中、後ろから怪しい男が付いてきている事に気づいた。
サングラスにマスクを着け、キョロキョロと辺りを伺いながら、等間隔でぴったりと後ろを歩いている。
彼女が玄関へ入ってしまうと、しばらく家の前に立ち尽くした後で何処かへ去っていった。
次の日も、その次の日も男は現れた。
このままじゃ、彼女の身に危険が及ぶかも知れない。
僕は意を決して警察へ通報した。
すると、男はすぐに連行された。
やった! やったぞ!
僕が彼女を守ったんだ!
その日から、彼女を誰かがつけていないか、怪しい人間は居ないか、それだけを気にするようになった。
そう思うようになってから、何だか行き交う人全員が怪しく見えた。
月日は流れ、彼女は高校生になった。
この頃にはハッキリと自覚していた。
僕は、彼女に恋をしている。
頭の中は彼女の事でいっぱいで、何も手につかない。
いつもの風景を眺めていても、彼女がいないだけで、街並みは灰色に映った。
朝出掛けてから、彼女が帰ってくるまでが、永遠のように長く感じるようになった。
帰ってくる時間も徐々に遅くなるようになった。
勉強が忙しくなったのだろうか。
日に日に、彼女への想いは募っていった。
ある時、彼女は同じ歳くらいの男と一緒に帰ってきた。
とても仲良さそうに話しながら、家の前についてもずっと立ち話をしている。
別れてからも、彼女はその男へずっと手を振っていた。
僕の胸はざわついた。
彼女は僕だけのものだ。
これまでだって、僕が守ってきたんだ。
景色はもう、ずっと灰色のままだった。
次の日から、僕は行動を起こした。
彼女に近づくものは、みんな僕の敵だ。
僕は、目に映るもの全てを排除するために動いた。
おかしい……
体が熱い……
頭がぼーっとする……
僕はどうしてしまったのだろう。
僕の目にはもう、何も映らない。
彼女に会いたい。
一度でいいから、彼女に触れたい。
カチャカチャ……
「あったあった、これだ」
「熱っ、排熱できなくてオーバーヒートしてるぞ」
「10年以上前のモデルじゃないか。部品が劣化しているな」
「ここのところ、誤動作ばかりだったからな。1日に100回以上も通報があったそうだ」
「不審者を検知して自動的に通報する監視カメラなんて、まだ動いているモデルがあったのか」
「ああ、クラウドではなく単独のAIが搭載されている、わりと珍しいモデルだ」
「それで、これ修理するのか?」
「まさか! こんな厄介なカメラは、もうお役御免だよ」
<おわり>
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