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「8歳で80年生きた天使」プロジェリア症候群の娘と生きた8年 No.7

プロジェリアの確定診断〜今を大切に精一杯生きること

娘が2歳の冬のことでした。
「プロジェリア」という難病の確定診断を受けたのは…
800万人に1人という難病。
1年で通常の10倍のスピードで体が老化してしまう。
当時は治療法はもちろん、原因もわかっていませんでした、

「お母さん、残念ですがりさちゃんは長くは生きられません。ご自分の人生のことも考えてください」と、ドクターに言われました。

そんなことを言われても受け入れられるわけがありません。
正直、その時の記憶ははっきりとしていませんが、呆然としていたのは間違いありません。

2歳半すぎて、お話も上手になって日々成長する娘との生活は本当に楽しかったのです。
お友達とも遊べるようになって、公園に行ったり、買い物に行ったり普通の生活がやっとおくれるようになっていたのに…

「この子がいなくなってしまったら、私は生きていけない」

この想いを感じると、私はりさを愛することが怖くなってしまったのです。
いつか別れるときは来るんだ…
こんなに可愛い娘と別れるなんて考えられない。
愛すれば愛するほど、別れなければならないいつかが、とても怖くなったのです。

寝顔を見ているとこの感情をどうしたら良いか本当にわからなかった。
でも、愛することを加減するなんてできない…
本当に言葉では言い表せないくらい苦しかった。

その頃の私の心は、とても不安定で朝起きると体も心も重すぎて、洗面所で座り込んで泣き出したり、激しい頭痛に襲われたりもしていました。

でもりさと過ごしていると、癒されて体調や気持ちが落ち着く…
そんな毎日でした。
可愛い娘が先に旅立ってしまうことがわかっていながら、日々を生きていく。
周りには、そんな過酷な状況の人は見当たらず…
とにかく必死でした。

そんな毎日が続いたある日、私は、りさを連れて死にたいと本気で思いました。
車で山中に行って…と本気で思いました。

しかし、自分の病気のことをまだ全くわからないりさは、元気に無邪気に笑って遊んでいます。
そして、元気をなくしている私を「ママ、どうしたの?大丈夫?」と気遣って頭を撫でで慰めてくれます。

その時、私は思ったんです。
「りさは今、元気で笑ってる。今は元気に生きている。今をこの子は精一杯生きてるんだ… 」
 
 そうだよ、この今を大切にしないと!   今、この瞬間を精一杯生きないと!」

そう感じたら涙が溢れました。

そして「私が幸せを感じていなかったらこの子を幸せにすることはできない」とも
思ったのです。

「過去にとらわれることなく、未来の不安し押しつぶされることなく、今を精一杯生きること」

その頃の私は、心理学を勉強していたわけでもなく、本を読んでいたわけでもなく、何の知識もなかったのですが、苦しんだ結果、こう思い感じたのでした。
そして、そう生きることが一番の幸せなんじゃないかとも感じました。

人は、「大切な人との永遠の別れ」や「自分の死」という現実に向き合わざるを得なくなった時、自然とこう感じるようになるのかもしれないと今は思っています。

りさは大きな体のトラブルもなく、健常なお子さんよりかなり小さかったですが、スクスクと育ち、行動範囲も広がっていきました。

ただ、社会生活をおくるにあたって、大きな課題がありました。
それは、髪の毛がないこと。
もう生えてくることのない髪の毛がないことで、
「りさがイジメられたらどうしよう…」ということです。
この課題も私にとって、とても大きな意味ある出来事となったのです。

次回に続きます。


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