見出し画像

源義経に寵愛された静御前と母 磯禅師の終焉の地(墓所)を訪ねて! Part:1〜3 (香川県さぬき市長尾寺、鼓ヶ渕、磯禅師の墓、静御前の墓)

源義経に寵愛された静御前と母 磯禅師の終焉の地(墓所)を訪ねて! Part1 (香川県さぬき市長尾寺、鼓ヶ渕、磯禅師の墓、静御前の墓)

🟣香川県郷土史研究のフィールドワークとして、香川県さぬき市長尾、香川県木田郡三木町にある磯禅師と、その娘で源義経に寵愛された静御前の終焉の地を訪れた。


🟣プロローグ 磯禅師と静御前

◼️磯禅師(いそのぜんじ)とは?

静御前の母 磯禅師は、現在の東かがわ市丹生(にぶ)の小磯(こいそ)で生まれた。



磯禅師は、この地の豪農だった長町庄左衛門の娘イソで、長町家一族は、村上源氏の末裔と言われる。


※村上源氏は、第62代 村上天皇(926年7月14日- 967年7月5日)の皇子を祖とする源氏氏族。


磯禅師の生家跡は、現在は、農耕地になっている。

その片隅に、「静御前の母 磯野禅尼 出生の地」の標柱が建っている。

昔は、畑の真ん中に化粧井戸があったとのこと。

長町家の裏には古い祠があり、磯野禅師の祠と伝えられている↓








🔸四国88箇所霊場 長尾寺に残る静御前の剃髪塚



🔸静薬師庵




訪問記事 1 - 3







◼️日本はかつて多民族国家だった! 縄文、弥生、古墳時代にユーラシア大陸から多くの民族が渡来し同化していった! 嵯峨天皇が編纂させた「新撰姓氏録」によると平安貴族の3分の1が大陸出身者という調査結果が出た!





◼️プロフィール


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?