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【長編】奇しき世界・一話 鬼ごっことかくれんぼ(後編)

1 ぼくたちの……

 三日後、千堂斐斗は一人で映画の影響で”聖地”扱いとなった神社へ訪れた。

「――あれ? ……え?」
 斐斗は誰かが驚く声を聞き振り向くと、そこには桃花がいた。
「君は……夢の。何しにここへ?」
「いえ、あの日、千堂さんが夢を見る前に行ったところを訊いたから、この神社が妙に気になって。お祓いついでに御礼参りにと……。千堂さんは?」
「俺は君の夢が杞憂か、別の要因があるかを確かめに来た。何もなければそれでこの件から離れる事が出来るからな。一人でここへ?」
「はい。夏澄は仕事ですし、私の問題にいつまでも友達を頼るわけにはいかないから」

 様子から嘘ではない事が伺える。

「また夢を見たのか?」
「あ、はい。あの日と昨晩で二回も」
 周期が早まっている。斐斗は疑問を抱いた。
「あの、もう一度この夢について見てもらってもよろしいですか? 夏澄が千堂さんにあんな態度をとったのが不快に思われたのなら謝ります。御代もきちんと支払いますので」

 桃花が畏まって頭を下げそうな所で、斐斗はそれを止めた。

「勘違いするな」
「え?」
「君の連れの女の事でいちいち根にもつ程暇じゃない。これは俺自身の問題でもあるから来ただけだ。解決出来る出来んかは別としてだが。君が本腰を入れて解決したいならそれはそれで手を貸そう。しかし君も協力できることはしてもらうぞ」
「はい。ありがとうございます」

 二人は境内へ向かい始めた。

「ところで、夢の内容は変わらずか?」
「はい。逃げ道などは変わりますが、子供達の様子も全く変わりありません」

(夢は変わらず……なら、この現象が望むものはなんだ?)
 斐斗は視点変えて考えてみた。
「以前、この神社へ来た時、何か変わった事は? 普通の神社や、名所となる神社などと違った事。なんでもいい。あ、それと、映画の内容を大まかに教えてもらえるとありがたい」

 桃花は思い出すが、神社の参拝で妙だと言える現象が何かを考えても、それが何なのか、まるで思いつかなかった。

「参拝に関して言えば特にこれといった事はありません。元々参拝者が少ない神社ですから目立った人や変わった人がいればすぐ気づきますし、そんな人もいなかったので。映画の内容ですが、大まかには恋愛要素を混ぜ込んだ不思議な世界での問題解決です。主人公の男の子が神社で神隠しに遭って過去に飛ばされるんですけど、ネタバレになりますが、そこは現代と似て非なるもう一つの現代で、そこで出会ったヒロインの女子高生と一緒に二つの世界で起きた異変を解決していく話です」
「現代ファンタジーを舞台にした青春恋愛ものか。耀壱が好きそうなネタだな」
「五十嵐さんも好きなんですか? 『キミセカ』」
「キミセカ?」
「映画のタイトルです。社会現象級に有名でニュースにもなりましたよ『君の世界に僕は追われる』世界観や内容もそうですけど、背景の描写とかが綺麗で繊細で」
「最近のアニメは作画が凄いとは聞いている。知り合いのバトルアニメ好きに言わせれば、あるアニメはリアルタイムで観るなら、課金してもいいぐらい製作者の本気度が伺えると言ったり、別のアニメは絵的にはまあまあだが、内容と台詞が良いから良しとする、とか。評論家を気どって好かんがな。社会現象にまでなったんなら、君のいう諸々の描写が良かったんだろ。それで、この神社を元にした場所も描かれてて聖地って事か」
「そうです。主人公とヒロインが開始から四十分後くらい経って出会う場所なんです。それまで双方の世界での出来事が色々描かれてて、それでお互いの声やら鏡に映る映像なんかが気になって、気になって、それでようやく出会います。もう一度あの映画を観たいです」

 桃花の高揚する気持ちに反し、斐斗は何か違和感を覚え緊張が走った。だからだろうか、夢の現象と関わり合いそうなモノを見回して探すように意識が働いた。

 本殿へ入る正門を通ると、斐斗は疑問を抱き、訝しんだ。

「どうしたんですか千堂さん。なんか……」(顔が怖い)と、言葉を発するのを躊躇う程に斐斗の緊張が伝わった。
「いや、どうも違和感がありすぎる。少し前からだが、ここへきて強く感じてる」
 桃花は境内を見渡すも、どこも変な所は見当たらなかった。
「本堂、賽銭箱、お御籤(みくじ)や御守り売り場。あ、あっちの樹木は樹齢五百年とか言われてます。何か始めたら、それをずっと続けられるようにとの事です。あと……」

 桃花は自身が知りえる神社の情報を立て続けに説明したが、斐斗が気になるのはそれではなかった。

(なんだこの違和感。極々普通の神社だ。まあまあ大きいが、日本にはもっと広く大きく荘厳とした所もある。……見た目じゃない。……なら……)
 さらに見回すも、説明を終えた桃花が賽銭箱へと向かった。
「お、おい君」
(――? なんで俺は彼女を呼び止めている?)
 無意識に行った行動だが、どういう訳か桃花を賽銭箱へ行かせまいと思考がそうさせた。

「せっかく来たんですから、きちんと御祈りはしないと」
 桃花は百円玉を投げ入れ、手を二回叩き合わせ、祈った。すると、どこからともなく子供の賑やかな声が響いた。
「――え! なに?!」

 子どもの声は一人ではない、複数の声がする。
 狼狽える桃花は後退り、斐斗と賽銭箱の中腹辺りでその声の主達を目撃した。

「あ、あなた達」
 夢で追いかけてくる奇妙な子供達がそこかしこから覗き見ている。
「千堂さん! あの子たちです! ――!!?」
 桃花はさらに驚いた。それは、斐斗の周りにも子供が彼の後ろから覗き見ているからである。

「ま~ちがえた、まちがえた~」
「にどめだよね! にどめだよね!」
「かみさまはいいていったよね」
「うん! にどめの人はいいっていったよ」
「やったぁ! ぼくたちにおねえちゃんができた!」
「できたできたぁ!」
 子供達は口々に喜びをあらわにした。

「な、なに……なんなの……」
 驚愕し、賽銭箱のほうへ後退る桃花は、一切駆け寄ろうとも声を出そうともしない斐斗に視線で助けを求めた時、ようやく気付いた。斐斗自身の時間が停止しているのだと。

 原理は全く分からない。さらに、桃花が周囲を見回すと、風で木の葉が揺れていたのも、羽ばたく小鳥たちも停止していた。
 桃花は確信した。自分以外のすべてが停止しているのだと。

「うそ……うそよ……」
 賽銭箱まで到達すると、子供達は周囲を囲んで立っていた。
「おねえちゃん。ぼくたちのおねえちゃんになってよ」
 顔面蒼白でひと際不気味な笑顔を絶やさない少年が、桃花のすぐ前に立ちはだかった。
「いやあああああ―――!!!!!」

 恐怖心が絶頂に達した桃花の叫びは、少年が彼女の手を強引に掴んだ途端、止まった。それは、桃花が慣れたからではなく、”仲間入り”した証拠でもあった。

2 斐斗の力

「――何だと?!」
 斐斗は、目の前で突然桃花が消えた事に驚いた。
 周囲を見回しても彼女の姿は見当たらない。当然だ、瞬間的に彼女は姿を消したのだから。
「一体、何がどうなっている」
 斐斗は一度正門を抜けた所から全体を見回した。

「あ、おにいちゃん……おねえちゃんとちがうかんじがする」
 突如後ろから声が聞こえ、振り返ると、五m程先にある大岩に腰かけて足をぶらつかせる、顔面蒼白で不気味な笑みを浮かべる少年が斐斗をジッと見ていた。
「誰だ君は」(人間じゃない事は明白だが)

 少年は小首を傾げた。

「おにいちゃん……ぼくたちみたいなの、しってるの?」
「ああ、こういうのは慣れてるんでな。それよりさっきの女性をどこへやった」
「おねえちゃんのこと? おねえちゃんはぼくたちのおねえちゃんになったんだ。にかいまちがえたから」

 斐斗は眉を顰めた。
「間違い? 何をだ」
「おまいりだよ。にかいまちがえたら、おともだちになっていいて、かみさまがいったんだ! だからおねえちゃんもおともだちになったの」
「神様だと? お姉ちゃん“も”と言ったが、他にも君の仲間になったのか?」
「うん! おおむかしからだよ。おとなたちは“かみかくし”っていってたけど、おともだちになれるようになったから、みんなぼくのおともだちになったの」

 かなり危険な存在。神様を引き合いに出す少年を相手どり、どのようにして桃花を取り戻そうか斐斗は考えた。しかし、
「じかんかせぎ? だまってもどうこうできないよ」
 少年は岩から飛び降りて姿を消し、一瞬にして斐斗のすぐ手前まで現れた。

 驚く斐斗は、不意に周囲から見られてる感覚に陥り、少年から視線を逸らせると、少年と斐斗を囲うように多くの子供達が現れた。

(――なんだと!?)

 その中に桃花もおり、顔面蒼白で不気味な笑みを浮かべていた。
 斐斗は彼女を呼び止めても仕方がないと思い、声をかけなかった。

「……分かった。参拝をすればいいんだろ?」
 少年は不気味だが満面の笑みを浮かべて頷いた。
 斐斗が正門前に立つと、本殿に向かって一礼し、左足で一歩踏み込んで中へ入った。

(まずい……かなり危険な状態だ。二度間違いが何かは分かった。しかしそれで難を逃れたところで彼女は救えない。……どうする)思考を働かせながら賽銭箱に向かって歩いた。

 少年は残念そうに不貞腐れた表情を浮かべているが、そんなこととは露知らず斐斗は参拝を続けた。
 正門から賽銭箱までの通路は神様の通り道とされ、参拝者は左側を通るという情報を斐斗は聞いた事がある。

(あいつの情報ってのが尺だが、これはこれで助かった。問題はどうする? 神様に参拝ミスで仲間入り。こんな条件を与える神がいるか? 神様か……二度間違い……条件……)

 参拝に関する情報はパワースポット通の人物から手厳しく教わった情報で、当時は嫌々ながら聞いていた。
 賽銭箱前まで辿り着いた斐斗は、ポケットから小銭入れを取り出し、十円を手に取った。
 十円を賽銭箱に入れようとしたが、その手は動きを止めた。

「あれ? おにいちゃん、どうしたの?」
 少年は何か間違えそうだと思い、嬉しそうであった。
 斐斗は十円玉を握りしめて振り返った。
「いや、少し参拝とは別の話をしたいのだがいいか?」
「なに?」
「俺が無事参拝を終了したら、君達は消えてしまうのではないかと思ってね」
「そうだよ。おともだちになれないなら、いてもしかたないだろ?」
「尤もな意見だ。俺も用の無い場所に長居する気は無い側の人間だからな」
「だったらはやくつづけてよ~。おねえちゃんのこと? もうおそいからあきらめなよ~」
「残念だったな少年。この勝負、俺の勝ちだ」

 少年から笑みが消えた。

「そもそも道理からして妙な点が多々あった」
「みょう……って?」
「君達の崇める“かみさま”とやらの条件から話そうか」
「かみさまがどうかしたの?」
「まず、参拝方法を二回間違えると君らの仲間になる。この条件だが、誰もかれもが参拝方法を順当に覚えているわけではない。もし神様とやらの条件に反していれば君らの仲間入りというならば、ここでは神隠し事件が相次いでいる筈だ。社会現象を機にここはパワースポット化し、参拝者が増えている。なのに神隠しの事例はないからな」
 少年は黙って不貞腐れた表情となった。
「そこまで分かってようやく気付いた。俺が来てからずっと抱いていた違和感。それは人間が誰一人いないという事だ。参拝者がいないというなら、平日だし、それもあり得ると思うが、神社の職員が誰一人いないのはおかしい。有名になってから廃れるまでは早すぎるし、流行りの御朱印巡りなどもあるから誰かいるのが普通だ。俺に違和感を気付かせないのは君の力が働き、ターゲットにされた証なのだろうな」
「な、なにがいいたい。はやくさんぱいしろよぉぉ!」
「大昔から神隠しをしていたというなら、後ろに並ぶ者達は被害者なのだろうし、そうでないのかもしれん。他に条件があるのだろうな。けど、神様とやらの条件の綻びが露呈した以上、君のいう神様は神ではなく定義の一端と様を変える」
「か、かみさまをぶじょくすると、バチがあたるぞぉぉ!」
「そもそも願望成就の優劣を決めるのは、神様とやらの世界で勝手に決めればいい。それが人には見えない神様の仕事だ。方法を違えたからといって”人外の存在”にする所業は、君個人の“力”が成すものだろ」

 少年は一歩後退った。

「これなら道理が通る。君が敷いた条件を満たせば、“お友達”とやらになり、延々、怨霊染みた存在になるという訳だ。条件は参拝方法を二度間違えた場合。しかし全ての人間がそうなるのではなく、血筋か、生き方か、人間性か、もしくは君が気まぐれで選んだ人物か。何かしらの条件に合致した人物が対象。一度目で間違えた参拝者を次に訪問させるため、夢に現れて悪事を働く。そしてここへ再び参拝させる。なんとも運次第な引き寄せ方法だが、もしかすれば運命すらも僅かに干渉し、高い確率で参拝させる力なのかもしれんな」
「お、おまえ、なにものだ!」
「俺は千堂斐斗。奇跡に干渉する事を強いられている。よって、この異変を改めさせてもらう」
「ば、ばーか。おねえちゃんは、ぼくたちのおねえちゃんになったんだ! とりもどせないんだぞ!」
「いや可能だ。俺はそれが出来る男だからな」

 斐斗は、まるで鉛筆でも持っているかのように手を形作り、直線を引くかのように少年へ向かって横線を引いた。

「リバースライター」

 少年の背後から世界が真っ暗に染まった。

3 少年が巻き込まれたもの

 暗闇の中から、ぽうっと灯るように光景があちこちから現れた。
 灯りの一つ一つを見ると、神社へ参拝した者に、少年が桃花や斐斗同様、二度目の参拝失敗を待ちわびていた。そして二度目に失敗した者に触れて引っ張り、同じ見た目の仲間へと引き入れた。

 少年が人間を仲間に引き入れた後、仲間と何かをするわけではなく、また次の参拝者を見つけては標的として後をつけ、二度目の参拝ミスを待ち、そして仲間に引き入れる。

 灯火が映し出す映像はそれの繰り返しであった。

 斐斗は少年がある一つの、少年と同じ大きさの灯火を眺めているのが気になり、その場所へ向かって一緒に眺めた。
 少年が眺めている灯火には、薄汚れた服を纏っている少年達が神社で遊んでいる光景だった。一見して、昔話か戦国時代を舞台にした大河ドラマの田舎の少年同様の姿であった。

 神隠しの少年と同じ見た目の少年は、かくれんぼの鬼になっている。
 境内の裏や近くの草むらに入って友達を探している。しかし一方で、鬼には黙って帰ったふりをして驚かそうと逃げている少年少女達が神社を出た。
 鬼の少年は誰もいない神社を一人で探し回っていた。
 時間も夕方で、少年は心細くなって鬼とか関係なく皆を叫んで呼んだ。
 何度呼んでも、どれだけ叫んでも誰一人出てこない。

「みんな、出てきてよぉぉぉ!!」
 とうとう少年は泣きだした。
「一人はいやだぁぁぁ!!」
 少年が渾身の想いで泣き叫ぶと、神社の本堂から『ボオオオォォォン――』と、銅鑼のようなものが鳴る音が響いた。
 少年は恐怖しながら本堂に目を向けると、またも銅鑼の音が響き、急いで逃げようとすると一瞬にして暗闇が少年を包んだ。

 後には誰一人いない夕方の神社の光景が残った。

「おいらは、かくれんぼしてただけなんだ」どことなく少年の口調が年相応の話し方になっている。「けど、黒いのに包まれたら、あんな事してたんだ」
 斐斗は、右手を腰に当て、口元に軽く握り拳を作った左手を当てて考えた。
「お兄さん、どうしよう……。おいら、いっぱい色んな人を殺しちゃった」
 不安と恐怖が、少年に涙を流した。声は震え、服を両手で握り締めている。
「父ちゃんも母ちゃんも、おいらが死んで、絶対悲しんでる。おいら、とんでもない事しちゃった! どうしよう!」
 少年は縋るような目で斐斗を見た。

 何かが分かったとばかりに、斐斗は余裕を含んだ笑みを浮かべ、少年の頭を撫でた。

「問題ない。君は何も悪い事をしていないさ」
「――でも! だって……」
 少年は不安で仕方なく、斐斗二しがみついた。

「まあ聞くんだ。君の行った神隠しが大昔から続くモノなら当然行方不明の事件が相次いで取り沙汰される。そして神隠しが君本来の力なら、使用者である君があのような不気味に様変わりし、本来ある意識が消えるというのは道理が通らん事だ」
「……どういうこと?」
「つまり、君は自然界における奇異な力に飲まれ、利用されているだけだ。一つ一つはその時々で起きた事象であれ、歴史に残る惨事でも事件でもない。時間軸そのものの概念を無視した点在する神隠し事件だ」
 斐斗が何を言っているか、少年はまるで理解できなかった。
「小難しい説明はここまでにしよう。俺に出来るのは、こういった『奇異なる奇跡』が起こす現象を書き換える。修復し、元の、奇跡が介入しない真っ当な流れに筋書きを書き換える事だ。君はあの日、友達とかくれんぼをした時に戻る。悪い夢を見ただけの事だ」
「本当?」
「ああ。恐れる事無く戻るといい」

 斐斗が少年の背中を押して灯火の所へ歩かせた。
 すると、灯火から光が広がり、少年は光に包まれた。


 夕方の、山に夕陽が隠れ始めた頃、少年は本堂の前で倒れていた。
「おい、起きろ。――起きろ!」
 少年が目覚めた時、友達に囲まれていた。
「お前、こんな所でなんで寝るんだよ」一人の少年が言った。
「だって……みんな、どこにもいなかった……から」鬼の少年は半泣き状態であった。
「ほら、だから止めようって言ったんだ。いじめちゃだめだって」
 一人の少女が言うと、続いて別の少女が加えた。
「おっかあ言ってたよ。神様の前で悪い事すると、バチがあたるって」
 言い合いの最中、カラスが鳴き、突風が吹いて周りの木々を揺らしてざわつかせた。
「か、神様が怒ってる」別の少年が狼狽えた。
「に、逃げろぉぉぉ!」
「あ、待って、置いてかないでよぉぉぉ!」
 子供達は、逃げるように神社から帰っていった。

4 賽銭箱にレンギョウ

 無事、少年が元に戻ったのを確認した斐斗は、ホッと息を吐き、灯火から三歩離れ、リバースライターを使用した時同様に横一文字で空に線を引いた。すると、暗い世界は黒い靄が上空に流れるように昇り、斐斗は元の神社へと戻った。

 元に戻った時、斐斗はまだ無人の神社にいると気付き、誰がそうしたか直感した。

「いやぁ、いつ見ての惚れ惚れする手際じゃないか」
 声を聞き、直感が正解である確信に変わった。
 向くと、予想された人物が賽銭箱に座っていた。
「罰が当たりますよレンギョウさん」
 レンギョウは着物姿で穏やかにも陶酔したような表情である。
「神様は寛大なんだよ。”こっちの世界”の賽銭箱に座ったぐらいであたしに罰を与える程、神さまは暇じゃないだろうさ」
「減らず口はその辺で構いません。いやそんな事より、どうして俺にこの一件を預けたんですか。”土着型のような【現象型の奇跡】”は考察が大変なんですよ。まして神仏絡みの可能性がある場合は命を失う可能性を伴うの知ってるでしょ」
「なんだいなんだい。そんなに怒らないでもいいじゃないか」
 穏やかな微笑みの表情が変わってないことから、悪びれた様子はない。

「別に怒ってませんよ」
「あたしは今色々仕事をかけ持っててね、ちぃとばっかし面倒なのさ。こっちは【才能型の奇跡】だ。まあ、そうは言うけど別物。【人間に関する奇異】と名前を改めてもいい程の現象だ。どれだけ面倒か、こんな言い回しで理解してくれるだろ?」
 斐斗は溜息を吐いて納得した。
「それに今回の一件はあたしよりもあんたが相手どった方が早くて安全だ。安心して任せられる」
「俺の性格知ってるでしょ。もし俺がここに来なければ彼女は人外の存在となり続けていたかもしれない」
「確かに今日、あの子があんたとここで再会したのは偶然だろうけど、まあそれでも、あんたは必ずこの件に再び向き合い解決する事は断言できる。あんたの“体質”も、よぉく理解しているよ」

 斐斗は見事に言い負かされたと思った。

「あまりこちらに仕事振らないで下さいよ。ここ数ヶ月、相次いで面倒続きなんですから」
「あたしからは今年中に頼みはしないだろうさ。言ったろ? “こちらの仕事”で手一杯なんだ。今回は偶然……、いや、奇縁と言い換えるべきだろうねぇ。あたしはあんたにこの件を巡り合わせる存在としての役を仰せつかったのかもしれないね」
 まだ何かありそうな口ぶりであった。
「どういうことですか」
「あんたは勘が良い。数日以内にその理由は判明するだろうさ」

 レンギョウは賽銭箱から飛び降りた。

「あんたとの話は妙に楽しい。また追々、今度は仕事抜きで話し合おうじゃないか」
「俺としては御免被りますよ。ほぼ確実に仕事になりそうなので」
「いけずだねぇ」言い残してレンギョウは消えた。

 間もなく世界が元に戻り、神社には参拝客や職員が姿を現した。そして、何事もなく参拝を終えて正門を出ていく桃花の姿を確認した。

 一見して斐斗を無視しているかのような桃花の行動は不自然に思えるが、事情を理解している斐斗は彼女の、その姿に安堵した。

 斐斗は一人、帰路についた。

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