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【二十四節気短編・立夏】 夢の友

1 結婚式の夜


 みね博也ひろやが結婚した。七月一日の事である。
 中学時代から仲の良い和馬かずま真一しんいちは、結婚式と二次会を終え、和馬の住むマンションで式の余韻に浸り缶ビールを飲み交わしていた。
 すでに二本ずつ空け、礼服を脱ぎ、半袖シャツとハーフパンツ姿となり、男二人だから許される情けない姿である。

 午後十一時、寝転がりった二人は、視界が仄かに揺らめくような状態のまま、茫然と蛍光灯を眺めていた。
「……ヒロに先越されたなぁ」
 しみじみ呟く真一は、LINEが来ていないか確認し何の報せも無いと分かるや傍に置いた。
「お前は彼女いるからいつでもゴールだろ」
「んな簡単に行かねぇよ。……色々だわ」
 仲が良いか悪いかは分からない。ただ、探る事をしないほうが良いと感じた。
「二十三で結婚。あの博也はもっと後かなぁって思ってたのに」

 和馬から見て、博也は堅物の、“超”が付くほど真面目な印象が強い。結婚自体も彼女が出来てからじっくりと付き合い、二十代後半か三十歳辺りでするだろうと推測していた。結果、見事にハズレてしまい、くだらない推測で決めつけた虚しさと置いて行かれたようなもどかしい気持ちが胸の奥で燻っている。

「俺から見たら、おめぇ等かなり仲良かっただろ。だから高校以降もずっと陸上やって、合コンとかやって、同時期くらいにそれぞれ結婚しそうなイメージだったわ」
「んあ? 俺ら三人、似たようなもんだったろ」
「あれ、知らねぇまま? 結構クラスの連中も、お前らが親友みたいって噂してたぞ。……よく競ってたろ」
 そう聞くと、和馬は中学時代、よく色んな場面で博也と同じグループに入れられていたのを思い出し、色々と腑に落ちた。
「違う違う。ずっと博也が俺と勝負しようって言い続けて、俺も殆ど嫌々でやってただけ」
「マジ?!」
 まさかの真実に、真一は上体を起こして驚いた。
「どういう訳か、博也が俺と勝負したがってただけ。あいつのああいうとこ、そういや結構苦手だったわ、言ってないだけで。……別にあいつ自体を嫌いって訳じゃねぇけど。……なんって言うか……説明難しいけど」
「分かる。嫌いじゃないけど、あんましつこいと程よく鬱陶しい、みたいな。ちょっとは勝負とか無しで良いじゃん。みたいな?」
 和馬は指を振り、何度も頷き、「そうそうそうそう」と言って肯定した。

 博也は勝負好きな性格ではない。二人は知らないが、少年漫画の勝負モノが好きで、特にライバル同士で精進し合うのを好んでいた。この、無理矢理ライバルを作ろうとする精神が選んだ相手こそ和馬であった。
 博也は英語と社会は得意であり、和馬は数学が得意であった。他の科目は平均的な数値である。よって、勉学においてはほぼ互角扱いであった。一方、運動においては和馬が僅かばかり優位に立っていた。しかも同じ陸上部ということもあり、博也にとっては、まるで青春陸上漫画の気持ちであったに違いない。

「あーでも俺、ヒロに聞いたけど、カズから勝負しようって誘ったの聞いたことあるぞ。すんげー嬉しそうで、あんとき、完全に俺はのけ者って感じで、二人が遠く行ったなぁって気分だったわ。いつだったっけ?」
 真一がほろ酔いの頭で思い出そうとするも、中々思い出せない。ただ、和馬はその時の事をよく覚えている。
「中二のゴールデンウィークだろ」
「そうそうそう。そういやカズはカズで変な事言ってたよな。夢で友達出来た。とか」
 その年のゴールデンウィークは、三、四、五日の祝日が平日であり、金曜日をまたいで土曜日、日曜日と続くため、多い人で約二週間の大型連休であった。

 この連休中に起きた不思議体験を、和馬は二十三歳となった今でも忘れていない。

2 神社の少年


 中学二年生の和馬がその夢を見たのは五月一日であった。

 和馬が所属している陸上部にゴールデンウィークなどという連休は無く、練習量が平日よりも多い上に、何も部活に入っていない小学生の妹、弟が遊ぶ姿を見ながら通学するのは精神的に堪えた。
 大型連休が”陸上日”でしかない和馬にとっては、『ゴールデン』ではなく『ブラック』でしかなかった。そんな、和馬にとっては気が重い部活動に精を出す博也は、いつものように和馬へ勝負を申し出た。

 午後の練習終盤、一日の練習でへとへとの状態で行われる、精神的にも肉体的にも負担が大きい地獄メニュー、四百m走×五本。これに博也はいつも勝負を求める。
 この時ばかりは、自分のペースで手を抜きたいと思い、嫌な表情を滲ませつつも付き合っているのが和馬の本心である。博也は知ってか知らずか、勝負をするも、勝敗は七割がた和馬が勝っていた。

 そんな苦しみが勝る部活が終わると、私服姿の真一が校門前で時々待っている時がある。文科系の部活に所属している真一は、朝に部活があっても昼過ぎには帰宅する。だから和馬がグラウンドから真一の帰る姿をチラッとでも見ようものなら、羨ましい視線を向けるも、穏やかな笑顔で手を振って返され、気分が落ち込んでしまうのは良くあることであった。

 三人で下校すると、その日の疲れが治まり、最後の勝負の不快感も消え失せていた。とはいえ、部活中は勝負意識から離れたい一心からか、博也への僅かばかりの鬱陶しい感情を燻らせている。

 そんな和馬が、中学二年生の四月三十日の深夜に観た夢により、博也へ向ける鬱陶しい感情を少しだけ変化させたのである。

 和馬が突如現れた夢の中の舞台は、近代の建築物はなく、大正や昭和が時代設定のドラマ等にあるような、瓦屋根の木造家屋や木の外壁が多い町並みが広がる田舎町であった。
 地面にアスファルトはなく、轍の跡もあれば凹んでいる部分もある。電柱も大木を加工したようなものである。少し歩けば田んぼや木々が茂った場所がある。和馬住む町も過疎が進み、なかなかの田舎町に見えるがそれよりももっと田舎だ。

 なぜこんな所にいるのか分からない和馬がさらに奇妙に感じたのは、周囲にわざとらしく濃い霧が漂い始めた。
 何も音のしない霧に包まれだした町に不気味さを抱きながらも何をしていいか分からず、とりあえずその辺を歩き回った。
 誰かを呼ぼうと近くの家の戸を叩こうとした時、防衛本能のように叩かないほうが良いと、勘が働いて叩けなかった。
 家屋に入らないまま町を歩きまわると、次第に背後から妙な気配を感じた。その感じは、後ろから見られている雰囲気に近く、和馬が意を決して振り返ると、白い壁の様な真っ白い濃霧が迫っていた。そして、これまた防衛本能の如く、”飲まれてはならない”と直感し、和馬は走り出した。

 無我夢中で走っていると、いつの間にか神社に到着し、霧も追ってこない。安堵し、息をきらせた和馬が社に目を向けると、すぐ近くに薄汚れたランニングシャツと色褪せたカーキ色のハーフパンツ姿の少年がジッと和馬を見ていた。
「――うわっ!」
 和馬の驚く動作に反応して、現れた少年も驚きながら後退った。
 互いに警戒し合い、ジロジロと眺めていると、相手が自分と同い年のような見た目であると思った。そして、反応と動作から幽霊の類ではないだろうと察し、互いに恐怖が薄れた。

「お前、誰だ?」和馬が訊く。
「おめぇこそ誰だ? 神社に出る幽霊か?」
 謎の少年は、一応幽霊確認はした。
 和馬は警戒しつつ徐に立ち上がった。
「何処をどう見て幽霊だよ。ちゃんと生きてる人間だっつーの」
 続けて、名前と学校名を告げた。
「何処の学校だ? 聞いた事ねぇ」
「つーかお前誰だよ。お前こそ幽霊じゃねぇのかよ」
「俺は陽太ようた。なんか分かんねぇけどこの神社に来てた」
 言ってる事は幽霊疑惑を残す程のものであった。とは言え、和馬も自らがこの神社へ来た経緯を話すと、同様に幽霊と疑われた。
「どんな霧だ? そんなき――……」

 突如、陽太の声が聞き取りづらくなり、次第に霧が濃くなり、陽太の姿も神社も見えなくなった。

3 勝負


 五月一日午前六時三十分に和馬は目を覚ました。

 夢の内容が鮮明に記憶しており、陽太の姿も声も覚えている。まるで心霊体験をしたようで朝から寒気が走った。だが、妙に清々しくもあった。
 こういった体験は、亡くなった祖父辺りが少年時代の姿で現れたのだと思われるが、父方、母方の祖父の名は陽太ではない。まさしく誰か分からない少年であった。

 和馬は早速陸上の練習時に話して言ったが、「へぇ~」と、素っ気ない簡単な返事しかなかった。当然と言えば当然の反応であり、和馬も同じ立場ならそう返すと思う。
 他人の夢に過剰な反応を期待する方が無理な話しでしかない。ただ不思議な事に、今朝まで覚えていた陽太の名前が一切思い出せないでいた。

 下校時、昨日同様に私服で待っていた真一に話すも、やはり同じような反応であった。そして、親友同士だとこんな補足が加えられる。
「そりゃあアレだ。座敷童だ」
「おめでと。幸運期突入だな」
 真剣に訊いた自分が馬鹿だったと痛感するものであった。

 その日の夢も同じような田舎町に立ち、迫る霧から逃げて神社へ到着した。
「よう!」
 陽太は手を上げて、待ってましたと言わんばかりに声を掛けた。
「はぁ、はぁ、はぁ」
 夢だと分かるのに息切れするのは不思議な反応だ。
「よう。じゃねぇよ。なんで普通に話出来んだよ」
「ん? だって俺ら幽霊じゃねぇんだろ? ってか、俺、実は夢の中に居んだよ。昨日も霧が濃くなって、目覚めたら夢で」
「嘘だろマジか!?」
 同じように自分も夢である事を興奮して語った。
 同じ境遇が嬉しいのか、二人はすぐに笑顔で打ち解けあい、疑い合う事は無くなった。

「で? 結局これはどういう事だ?」陽太が訊く。
「さぁ。何かしろってんなら、この神社を探すしかねぇとは思うんだけど」
 二人は顔を見せあい、妙な意気投合で神社内を散策した。とはいえ、神社はそれほど広くなく、これと言って不気味な所も無いためか、すんなり散策は終了した。
「結局、何をどうしたいんだ?」
 二人は悩み合っていると、またもや霧が濃くなり始めた。
「え、もうおわ――……」
 陽太が和馬に何かを言っているが、すぐ傍にいるのにまるで聞こえない。和馬も何か返そうと思うも、視界が霧で覆われ、目が覚めた。

 五月二日の朝も昨日と同じ午前六時三十分に目覚めた。そして清々しく気持ち。

「で? 結局そいつ、誰?」
 部活中、博也に訊かれるも名前が思い出せない。昨日は目覚めた時には覚えていたのに、今日は起床時にも覚えていなかった。
 夢の中で走り回り、現実でも練習で走る。本来なら疲れて仕方がない筈なのに、不思議と昨日今日は快適な目覚めであった。
 こういった現象が二日目、三日目、四日目と続いた。
 和馬は陽太に会いたい一心から、霧に迫られる前に田舎町から神社へ走って向かい、神社で二人が再会すると学校の話や友達の話などをした。いつも霧が覆って別れるのだが、その時間いっぱいまで二人は夢の中で会える親友となっていた。

 五月五日の夜。その日はどことなく陽太の雰囲気が違った。それは何かを悟っているかのようにも思える。

「カズ、足速いよな」
 夢の中でも和馬はカズと呼ばれる。
 陽太も陸上をしているらしく、一緒に勝負しようと持ち掛けられた。その話しかける様子が博也に似ているから、和馬はじーっと陽太の顔を見た。
「なに? 駄目か?」
「いや、友達にも似たように勝負しよう勝負しようっていう奴がいて。夢でも勝負しようって言われるんだぁって思って」
「良いなカズは。青春真っ盛りみたいな感じで」
「何処が? そんな勝負ばっかしねぇよ、青春って」
「そりゃ贅沢だろ。いい青春送ってるのに、鬱陶しがると罰当たるぞ」

 陽太と言い合いをしていると、いつの間にか場所が神社でなくなっていた。そこは、広い平地であった。
 和馬が驚くも、陽太は当たり前のように平然としていた。

「これ、お前がやったのか?!」
「んな訳あるか。丁度走るのにいい場所考えたらこうなってた」
「なんで普通なんだよ」
「だって夢だろコレ。何でもありだろ」

 そんな屁理屈がまかり通るものかを不思議に思う和馬と陽太は走る事となった。
 スタート地点と決めた場所へ二人が並ぶと、陽太がゴール地点を指差した。

「あの、丁度草生えてない所あるだろ。あそこ先に突っ切ったら勝ちな」
 距離にして百五十m位と思われる。
 二人は準備運動をそれぞれしていると、「勝った奴は――」と、陽太が話してきた。
「え、勝ち負け決めて終わりじゃねぇの?」
「つまらんだろ。勝負に勝ったら、言う事一つ聞くって定番だし。お前、勝ったら俺にどうして欲しい?」
 そんな事を言われても、夢の中で出来る事は限られてるし特にしてほしい事も思いつかない。
「勝敗決してから言うでもいい?」

 陽太は賛成し、二人は土を足で削って作ったスタートラインでクラウチングスタートの姿勢になった。
「……よーい……」
 スタートの合図は陽太がすると、勝手に決まっていた。
「…………ドン!」
 二人はスタートした。


 二人の走力は同程度。しかし、中盤を過ぎたあたりから陽太が前に出た。そして、陽太が勝利した。
「はぁ、はぁ、はぁ、よし、はぁ、はぁ、俺の勝ち」
「はぁ、はぁ、あー、どんくらいだ? 0・5秒差くらいか?」
「なんでもいい。勝ちは勝ちだ」

 二人は気付いていないが、何時しか霧が覆いだしていた。

「で? 敗者は何すりゃいいんだ?」
「そうだな…………」
 陽太は気付いた。和馬の背後から濃い霧が迫っている事に。しかし、命令を優先し、気付いていない振りをした。
「あー、じゃあ、お前からヒロに勝負しようって言ってくれ」
 ヒロ。思いつくのは博也しか考えられなかった。
「お前、え?! 何で?」
「博也と仲良くしてくれよ」
 陽太が言うと、一気に霧が迫って二人を覆った。

 五月六日の朝。午前六時三十分。
 いつも通り、快適な目覚めの朝である。

4 友達


「で? それがヒロと勝負持ち掛けた理由か?」
 あの勝負が陽太と会った最後の時であったと思うと、妙に懐かしいものであった。
 和馬は酔いが回ってか、陽太の顔を思い出すと、会いたい想いが強まった。しかし、名前は忘れたままである。
「まあ、勝負云々は、いつも通りだったけど、アレがあったからヒロとずっと友達やれたのかもしれないな」
「ん? 喧嘩しそうだったとか?」
「いんや。”高校行ったら皆別々の人生”って思ってて、そっから、あんまり会う事ないんだろうなぁって。けど、俺がヒロと、ああ、真一ともだけど、連絡とり合って高校とか大学行っても仲良く続けれたのって、あの夢の影響だろうなぁとは思う。だって俺、面倒くさがりだから、連絡とか取るキャラじゃねぇ筈だったし」
「じゃあ、アレだな。二次会で仲良くなった涼子ちゃんと将来結婚したら、夢の少年のおかげって不思議体験、テレビに出せるぞ」
「けど、あの夢って一体なんなのかがさっぱりなままだ」
「不思議体験なんてそんなもんだろ。何でもかんでも意味があるって決めるのが間違ってんだろ」
 真一はスマホのカメラを起動して、和馬の頭に自分の頭を近づけた。
「今日終わって疲れた顔、あいつに送ってやろうぜ」
 ボーっとした顔で二人は写真を撮った。


 午後十一時十五分。
 峰博也は父親と晩酌をしていた。妻は疲れて既に眠っている。
 LINEで、『酔って疲れ切ったオッサン二人』と文を綴り、届いた和馬と真一の写真を見て博也は笑みが零れた。
「今日来てた友達か?」
 博也の父が訊くと、博也はその写真を見せた。
「酔って疲れ切ったオッサン二人。だってさ。オッサンには早いだろって思わねぇ」

 博也の父は写真を見ると何かを思い出した。しかし、おぼろげな記憶だからか、鮮明に思い出せない。
「こっちの子、なーんか覚えているようないないような」
 指さした人物は和馬であった。
「中学ん時陸上部だったから、大会かなんかで見たんじゃねぇの?」
「そんなんだったっけか? もっと別の、違うとこで会ったような」
「酔った? 今日、挨拶したからそん時の記憶じゃね? もしくは、カズの親父と会った事あるとか。親父さん似って言ってたし」
「かもな。けど、こうして昔の友達と続くのはいいもんだな。ヒロは中学の時、ずっとライバル作るとか熱心だったから、友達離れるんじゃないかって心配だったんだぞ。中二の時なんか特にだ」
「俺、そんな求めてたっけ?」
「父さんからはかなり見えた。けど、いらん心配で良かったわ。その友達、大事にしろよ」
 博也は笑顔で頷いた。

 博也の父・峰陽太は、それで納得し、もう一缶ビールを開けた。

「飲みすぎ。注意しろよ」
「うるせぇ、愛息子の祝いだ。飲まずにいれるかって」
「けど、それで終わりだからな」

 そういって、二人は缶ビールを合わせて乾杯した。

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