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今、遠野遊感拾遺の物語

#  其の一景  :   綾織の雛子。  - Hinako - 


遠野市綾織町鶚崎辺り ー。 

左右から山の稜線が迫ってくる南北に走る平坦な道路から田畑を外れてその一方、石神山の山麓に向かって少し登って行くと竹林に囲まれた平屋建てのその屋敷に辿り着きます。

広いお屋敷の奥の二十畳の座敷には十二段もある雛人形が飾られて、午後の陽射しが庭の竹林の間から開け放たれた廊下を超えてこの部屋いっぱいに、サラサラと遠くの向かいの山を渡って、下の道路から吹いてくる風の音と一緒に届いてこの空間を優しく包み込んでいます。

ー 静かです。
 
誰もが音を立てない様にと、いいえ、こんなぽかぽかな陽気にみんな我と仕事を忘れて自分のうつつの意識の中の世界にと遊んでいるかの様です… 

ほら、ここにも一人、雛壇の一番下にちょこんと腕枕をしてもたれ掛かってる女のコがいます。

桃色の着物を着て、差し込むふんわり陽射しの中に気持ちよさそうに、甘酒でも飲み過ぎたのかな、くぅ~ くぅ~ ってくすぐったそうな寝息をたてておネムしています。

ー 今日は雛祭りですよぉ…

古くて黒い大きな振り子時計が正時の鐘を、ボーン、 ボーン 、ボーン…  って、十二回鳴らしています。

と、ちょうどその時計の音を合図に笹鳴りの音が部屋の中の女のコを包み込む様に聞こえていた音も波の引く音の様に部屋から庭にむかって遠くの方へと移っていきました。

時計も十二回の鐘の音が終わり、それを合図に秒針も反対方向に不思議な動きを始めました。

(  ほら、雛ちゃん、起きなさい、もうこんな時間、お外もこんないい天気よ… みんなも待っているわ、…ほらっ! )
 
ふぅん、と目をこすってお顔をあげた女のコはこの春から小学校に入る雛子ちゃん。

まんまるお顔に二重まぶたのぱっちりお目々、ぷっくりおちょぼな口元が愛らしい。

寝ぼけ眼のお顔はちょっぴりお化粧をしてほっぺの辺りがほんのり紅くなっています。

『 ふぁァ! 』とお口をちっちゃな手で押さえ、ちょっぴり背伸びをする仕草で女のコは部屋の中をキョロキョロ見回しました。

『 … 誰っ? 誰か雛子ちゃんを呼んだ… のかなぁ? 』

そんな雛ちゃんの言葉に、

『 ほら、目の前よ、段飾りのいちばん上ッ! 』

『 えっ、?? 』 

不思議そうにその声が聞こえる方と視線を上げると、金屏風の前、十二単衣と冠で着飾ったお雛様が雛子ちゃんの方を見て微笑んでいます。

お内裏様も三人官女も右大臣に左大臣、それに五人囃子、三人仕丁たちも各々に雛子ちゃんを見てお互いに微笑み何かおしゃべりをしています。

『 今日は女のコのお祭り、そして雛ちゃんのお誕生日でしょ!

だけど、朝から雛ちゃんを見てるけどちっとも楽しそうじゃないみたいね…  』
 
そんな心の中まで見透かされている様な唐突な言葉にドキッとして、お雛様が喋ってるという普通では信じられないシチュエーションである事も忘れて、

『 そんな事はないもん、今日だってほら、お雛様たちのお絵描きもしてたのよッ! 』

そう言って、腕枕をしてもたれ掛かっていたところに広げていたお雛様たちが描かれているいっぱいの画用紙をお雛様たちに掲げて見せたのです。
 
それに自分が今日着ている着物を雛壇のお雛様たちに見える様に立って、

『 ほら、雛子ちゃんだって桃色の着物を着せてもらったんだから… 』

と言ったが、お雛様たちは逆に、

『 だって今は雛ちゃんは一人っきりじゃないのかな… ?  』

と聞いてきた事に、雛子ちゃんはちょっと慌てた様子で困ったという風に、

『 … ママは今、お仕事で忙しいから今日は夕方にお外でお食事するんだもんっ!

… それまで一人で遊んでなさいって、お留守番してるのよッ! 』

雛子ちゃんのパパは仕事で何年も外国に行っていて、いつも雛祭りには帰って来れないんです。

ママはいつもは家でお仕事をしているんだけど、今日は急に外での打ち合わせが入って、急遽、『 今日のお雛様とお誕生日はお外でしましょうね 』と言い残し、急いで出かけてしまっていたのです。

この家はパパの実家で先祖代々受け継いで来た大きな家なのですが、今はもうパパの両親でもあった雛子ちゃんのおじいちゃんとおばあちゃんは数年前に相次いでなくなってしまっており、この家にはママと雛子ちゃんと一週間に何回か来るお手伝いさんの三人だけで生活しているのです。

そのお手伝いさんも今日はママに付き添って一緒に外出してしまっていたのです。

『 私たちは毎年この時期に雛ちゃんを見ているけれど、いつも雛ちゃんは一人で遊んでいるのね、お友達をお家に連れて来たのを見た事がないわよ…  』

『 いいの、雛子ちゃんはお友達と遊ぶより一人でお絵描きしてる方が楽しいんだもん! 』

そんな雛子ちゃんの言葉にお雛様はちょっと悲しい表情になって、

『 … あら、それはいけないわ… これから雛ちゃんは大きくなっていって色々お勉強をするためにも、いっぱいお友達をつくっていっぱい遊ばないと、いい女のコにはなれないのよ、もっと自分に欲張らなくっちゃねッ!  』

『 … どうして? 』 と お雛様に聞き返してくる雛子ちゃんに、お雛様はとなりのお内裏様を見て微笑みました。

お内裏様は持っている笏でばんと座っている自分の膝を叩くと、下段にいる従者たちを見回しました。

下に控える 三人官女、右大臣に左大臣、五人囃子、そして三人仕丁の者たちは微笑みながらお内裏様に深く平伏しました。

『  雛子殿、私たちは一年のうちの今の時期、お雛様の言っている事ももちろんあるんだけど、実はここにこうやっている時だけではなく、仕舞われてここにいない時も、一年中の雛子殿の事を何でも知っているのですよ … 』

お内裏様は雛子ちゃんに微笑みました。

とそれを聞いていたお雛様も、それ以外の従者の者たちも皆、口々に 『 そうなのよ 』『 そうであります 』と雛子ちゃんに答えながら頷きました。

雛子ちゃんは一人っ子で引っ込み思案、それに生まれてからおばあちゃんっ子で大事に育てられてきたせいか、おばあちゃんがなくなってからというもの、幼稚園に行く以外は広いお屋敷から外に出る事は殆んどなくなってしまっていたのです。

一方、このお雛様たちも代々、いつからか忘れてしまうくらいに、このお屋敷に受け継がれて来たものでこの家で生活を共にして、家人の誰よりもこのお屋敷の事については詳しいのです。

そして、おばあちゃんは雛子ちゃんの引っ込み思案の性格をちょっと心配していて、

『 雛子ちゃんが何時だって寂しくない様に、そしてたくさんお友達が出来ます様にって、お雛様の三人官女さんたちにはお雛祭りの季節だけじゃなく、ずっとここにいて雛子ちゃんのお話し相手になってもらった方がいいみたいね… 』

と、言い残した事もあって、居間の隣、仏間の仏壇の脇には一年を通してずっと三人官女が飾られていたのです。

そして雛子ちゃんは毎日、朝と夜に仏壇のおばあちゃんたちにお参りする時には必ず三人官女さんたちにも今日は何をするとか、また今日あった出来事を報告していたのです。

『 三人官女から雛ちゃんがお話した事をここにいるみんなが聞いているから、だから私たちは雛ちゃんの事は何でも知っているのよ…  』

雛子ちゃんはそう云うお雛様の言葉に、

『 なぁんだ、そうだったのねっ! 』

と妙に納得した様に、両の手をほっぺに当ててにっこりと首を傾げてみせた。

その姿は何とも自然で愛らしく可愛いい姿に見えたのです。

お内裏様もみんなもそんな雛子ちゃんにくすりと微笑みました。

『 だから私たちは雛ちゃんのお祖母様が言ってた様に、お友達を作ろうともしない今の雛ちゃんが心配なのよ… 

来月の桜が咲く季節になったら雛ちゃんは小学生でしょ、学校に行く様になったらお友達を作らないとねッ!』

そう云うお雛様の言葉に、お内裏様も続けました。

『 学校と云うところは色々な事を友達と一緒になって考えながら勉強して行かなくっちゃならないところなのだよ、

今までの幼稚園とは違って、自分よりもみんなと協力しあって問題を解決していくのも小学校での勉強なのかな… 』

『 もちろん、幼稚園と同じ様にママは学校には付いて行けないのよ 』

とお雛様も念を押す様に付け加えて言いました。

お雛様たちに色々と言われた事もあるのか、ちょっとそこで雛ちゃんは黙ってしまったのです。

そんな様子を見ていた三人官女たちは、今度は雛子ちゃんのそんな沈黙の訳を分かっているといった様子で、

『 いつか雛ちゃんがママとお話ししてた事があったわね、もちろん私たちにもお話ししてくれた事なんだけど、覚えているかしら…? 』

と話を始めました。

そんな三人官女たちの話にお雛様もお内裏様も、そのほかのみんなも興味津々といった様子で、耳を傾けています。

『 ほら、幼稚園にちょっぴり気になる男のコがいるって…

何と云う名前だったかしら… ?』

そう云う長柄の銚子を持った三人官女の一人が隣の三宝(盃)を持った女官に振り向きました。

『 大輔君っ! 殿方の名前は忘れるものではないわ 』

とバッチリ覚えているといった風に言うと、雛壇にいるお雛様、お内裏様、そのほかの皆も声を出して吹き出しました。

『 そんなんじゃないもんっ!

大輔君は勝手に好きだとか言ってきただけなんだから… 』

雛子ちゃんはズバリ言い当てられたからなのか、そんな三人官女たちの言葉にちょっと照れたのか、三人官女たちの方へと顔を上げて少し向きになって言ったのです。

『 ほらほら、駄目よ、そんなに向きになってもちゃんと好きってお顔に書いてあるんだから… 』

三人官女のうち加銚子を持った女官が楽しそうに雛子ちゃんに止めを刺す様子で続けました。

そんな三人官女に言い当てられて恥ずかしくなったのか、雛子ちゃんは赤いほっぺをもっと紅潮させて、

『 違うってば、本当なんだからっ! 』

と口籠リました。

そんな一生懸命にお雛様たちにお話ししてくれた雛子ちゃんに、お雛様は微笑んで、

『 大輔君はみんなの人気者なのかしら…?

今日は雛ちゃんといっぱいお話し出来て楽しかったわ、

そのお礼といってはなんなんだけれど、今日は雛ちゃんにもう一つ良いことがあるのよ…  』

とお雛様は隣のお内裏様とお顔を見合わせて、

『 今日はその大輔君がもう少しで来るわよ! 』

『 えっ! どうして来るの? 』

と雛子ちゃんはびっくりした様子です。

『 どうしてって、雛ちゃんとお友達になりたいんじゃないのかしら…? 』

そんなお雛様の言葉に、お内裏様は、

『 あまり雛子殿を虐めては可哀想でではないのかな、雛子殿のお母上がお昼ごはんを一緒に食べる様にと大輔君のお母上に頼んでおいたので、お誘いに来るという訳なのだよ…  』

と微笑みながら言いました。

『 結局のところ、大輔君も、私たちだって雛ちゃんがどう思おうが大事なお友達だと思っているからなのよ… 

雛ちゃんだって私たちを「 お友達 」だと思ってくれているのでしょ?』

雛子ちゃんは今まで自分の中で考えた事もない「 お友達 」という言葉を、不意にお雛様が口にした事に対して少し戸惑ってしまったのだが、それは雛子ちゃんにとっては今まで遊んでくれていたおばあちゃんからいつも言われていた言葉の様にも聞こえたのです。

雛子ちゃんはそんなお雛様たちが自分の事に対して色々と分かってくれている事と、自分の話を真剣に聞いて考えてくれている事に対して、「 お友達 」としてちょっぴり年上のお姉さんなお雛様たちに対しても「 お友達 」ってこういうものなのかな、いいなって思う気持ちが生まれ始めてきたのです。

そして、お雛様に『 お友達だと思ってくれているのでしょ? 』と云う言葉に対して雛子ちゃんにちょっとの間があって、恥ずかしそうな小さい声だったけど、

『 … うん、 』

と頷いてお雛様に答えました。

お雛様とお内裏様がいる一番上までその声が聞こえたかは分かりませんが、その前にその下段にいる三人官女たちがその雛子ちゃんの声にいち早く反応した様子で、『 わあっ! 』と三人が顔を見合わせて歓声を上げました。

『 やっぱり、… でしょう! 』

『 私もそう思っていましたわよ! 』

『 だって、私たちが一番近くに、いつもいたのですもの当たり前ですわ! 』

と三人官女たちは口々に、私が雛子ちゃんの一番のお友達だと言わんばかりに上段のお雛様とお内裏様、そしてそのほかのお供たちにも自慢げに報告し始めました。

それを聞いたお内裏様は隣にいるお雛様に、

『 そうと決まれば、私たちも雛子殿にお友達になれた祝いの舞を見せなければな… 』

と、五人囃子と三人仕丁に雅楽の演奏を指示して、拍子は三人官女の担当としましたが、そんな中、右大臣と左大臣はすでに祝い酒だと称して、それを口実に盃を傾けてほろ酔い気分の様子です。

五人囃子も三人仕丁もみんなで何か話をしながら微笑んでいます。

そんな宴は何時しか始まり、二人の大臣たちも雛子ちゃんのところ、一番下の段まで降りて来て、

『 これはお子様でも飲めるお酒なのじゃよ… 』

と甘酒を奨めて来たり、雅楽に合わせてお雛様とお内裏様の舞も宴もたけなわになった頃、部屋の古くて黒い大きな振り子時計がまた正時の鐘の音を鳴らし始めました。

ボーン、ボーン、ボーン…

その鐘の音にお雛様は舞の手を休め、

『 楽しいところだけれど、そろそろ大輔君が来る時間になってしまったわね… 雛ちゃん、今日は楽しくて嬉しかったわ…  』

雛子ちゃんはこのお雛様たちを大輔君にもお友達として紹介したいと密かに思い始めていました。

そんな事を考えているうちに、振り子時計の鐘の音が大きくなって、さっきまで反対方向に時を刻んでいた秒針もいつもの通りの時を刻み始めました。

段の上でこちらを見て微笑んでいるお雛様に声を掛けようとした時、それまで静かだった風の音が笹鳴りの音と一緒に、外の庭から雛子ちゃんのいる部屋の中にサァーと吹き込んで来て、雛子ちゃんの周りのたくさんの画用紙を部屋いっぱいに舞い上がらせたのです。

雛子ちゃんは慌てて画用紙を拾い集め様としてお雛様たちから目を離した瞬間に、何かふわっと気が遠くなっていく様に感じました。

ボーン、ボーン、ボーン… 

と、振り子時計の鐘の音が十二回なり終わったところで、いつの間にか雛飾りの雛壇にもたれ掛かってくぅ~くぅ~ってお眠りしていた雛子ちゃんは目を覚まして、お目々を擦りながら不思議そうに目の前の雛飾りに飾られているお雛様たちを見て動きません。

雛子ちゃんにはお雛様たちが動いて自分とお話ししてた事が夢なのか、本当にあった事なのか分からないといった様子なのです。

お雛様も飾られたままの姿で、風で飛ばされた画用紙も雛子ちゃんのおネムしていた顔の下にちゃんとあるのです。

振り子時計の時間も雛子ちゃんがおネムしていたお雛様たちとお話をする前のお昼十二時の鐘の音が鳴り終わったところなのです。

( ー みんな夢だったのかな…? )

と思う雛子ちゃんとお雛様にお昼のおひさまの光が部屋いっぱいにぽかぽかと包んています。

そんな不思議な出来事を考えている雛子ちゃん、今度は立って、まだじっと雛壇のお雛様を見ています。

そうしていると玄関で『 ピンポ~ン!』と呼び鈴が鳴った様です。

『 こんにちはぁ! 』

と、誰かお客様の声が聞こえますよ!

ほらほら、大輔君かも知れないわねッ!

『 は~いッ! 』

パタ、パタ、パタ …

雛子ちゃんが慌てて走っていきます。

ひとつ大人になった雛子ちゃんの時間も少しずつ動き始めてるみたいですッ!www

                                                                 ー 終わり。



※ 『 今、遠野遊感拾遺の物語 』のこれから…


今の遠野を題材にした不思議な物語を書いていきたいと思っています。

短編小説形式で、『 遠野物語 』の中のエピソードを題材とした物語も書ければと考えており、これからも続けられればと思っておりますので宜しくお願いします。



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