さぶちゃんのポケット
マンションの入り口から出て、ゆっくりスロープを歩き、車まで乗りこむ数メートル。
わたしと、さぶちゃん。
二人きりの時間は、この数メートルを歩く数分間。
この時間が私はとっても好きだ。
大きな身体で、大きな手。色は少し黒い、まん丸の顔には優しい皺がたくさんある。レンズの厚い眼鏡の奥には目尻が下がった温かい目。おじいちゃんに思わせないハイセンスな着こなし。
歩行器を押しながら、麻痺がある足を一歩ずつ踏み出すさぶちゃん。
「歩行器のポケット開いて、ニット帽のかわいいの持ってきたから、取っていけよ。」
「またー、、、しかも帽子!?内緒にしてよ?ほんとに(笑)...ありがとう。」
二人きりの数分に、さぶちゃんは私に差し出す。もしくは、自分が車に乗り込んだ後に、私に預ける歩行器の中に潜ませる。
頂きものNGのルールを強調したうえで、たくさんのありがとうを伝えて受け取ろう、誰にも内緒でそう決めた。
少し前のこと。
いつも通りお迎えに行くと、さぶちゃんはポケットから小さく丸めたビニール袋を差し出した。
「ん?なあに?」
「ほら、自転車がって言ってただろぉ。持ってないって言ってたから、これを使えばいいからな。」
袋を広げて中をのぞくと、いろんなサイズの六角レンチ。
「・・・・。ぁああ!でも、こういうの、もらっちゃいけないんです。」
「もうずっと、使ってなかったもんや、探したら引き出しに入ってたからな、要らなきゃ捨てとくれえ。」
ああ、そうか。この人は。
この錆びた六角レンチが手の届きやすい場所にあったわけではないだろう。
自分の家とはいえ、これを取り出すために、自由には動けない身体でどれほど部屋を歩いただろうか。いくつの引き出しを開けただろうか。
細かい作業は難しい手先で、ビニール袋を取り出して、六角レンチをこっそり渡せる工夫をしたのだろう。
でも、でもね、ごめん!本当にごめんなさい!!!
六角レンチが登場するような話をした覚えが全くない!!!!!!
確かに先週、自転車が調子悪い話はしたような、、、、、いやでも全然覚えてない!!!!
全然要らない!!!!
まぁ、でも、これくらいの嘘は許されてくれ!
「さぶちゃん、いいの?ありがとう~!わざわざ探してくれたの?でもでも、内緒にね。使わせていただきます!!!」
それ以来、さぶちゃんが私のためにと持ってくるものが、愛おしくて。
動くこと自体、億劫なはずのさぶちゃんが、わたしのために動いている時間があること。
そんなさぶちゃんが愛おしくて。
その後六角レンチは、自転車に使われることはなかったけど、引っ越しの時とか、色々活躍したよ。
さぶちゃん、ありがとう!
おわり
*「さぶちゃん同い年で、お互い若い時に出会ってたら、わたし絶対さぶちゃんのこと好きになってたと思う」って言ったら、来世で結婚してくれるそうです。わたし現世も危ういのに(笑)
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