小学校教科書が歪めた国史⑨ 幕末~坂本龍馬を消して一揆・打ち壊しを激賞した罪
幕末維新の物語を書こうと思えば、吉田松陰、高杉晋作など主役になる人物がたくさん頭に浮かびます。誰を中心に取り上げるか迷うところです。
教科書は、出版社によって扱いの軽重はありますが、坂本龍馬を取り上げていました。龍馬は当時の学習指導要領に、教えるべき人物としてリストアップされてはいませんが、この選択は賢明だと思います。子供たちにも人気がある龍馬のエピソードは、歴史に対する興味を高めることになるでしょう。特に小学校教科書は、こういった歴史上のヒーローを多く扱うべきだと思います。
この時代、教科書では、ペリー来航の位置づけが当然大きくなっています。しかし、なぜペリーがやってきたのかを書いていない教科書もあります。「アジアとの貿易に乗り出すために、日本の港を利用したいと考えてい」(教育出版)たのも事実ですが、捕鯨船の寄港地確保という、もうひとつの目的も明記してほしいところです。これを書いているのは日本文教出版だけです。今、わが国の捕鯨に文句を言っているアメリカが、捕鯨船の基地としでわが国を開国させたのは、文化史的な意味合いでも興味深いところです。
さて、開国の影響で攘夷運動が活発化し、それが挫折すると倒幕運動に拍車かかかったという教科書記述はまさにその通りなのですが、なぜか教科書は、ここでも「一揆」や「打ちこわし」の方を過大評価しています。大阪書籍は「生活に苦しむ人々は、世直しを求めて一揆や打ちこわしを各地でおこし、幕府の支配を土台からゆるがしました」と書いていますが、どのように幕府の支配を「ゆるがした」というのでしょうか。無理なこじつけです。
「江戸時代の末になると、人々の聞に『世直し』を求める動きが高まり、各地で一揆や打ちこわしがおこりました。このような動きの中で、幕府をたおし、新しい世の中をつくろうとしたのか(中略)若い武士たちでした」(東京書籍)というふうに書けば、まるで農民や町人の活動が、下級武士の倒幕運動に火をつけたかのような幻想を描かせてしまいます。
これは、人々を塗炭の苦しみに巻き込んだフランス革命やロシア革命に、未だに愚かな幻想を抱いている執筆が、「そうあってほしい」という思いをそのまま書いてしまっているのです。教科書裁判で有名な故家永三郎も、一揆が幕府を倒したかのような認識を持っていました。
しかし、実際には一揆や打ち壊しは、幕末の政治変革に大きな影響など与えませんでした。なぜなら、一揆や打ちこわしは生活苦から起こったものであって、薩長の討幕運動のような政治的改革を要求したものではなかったからです。ちなみに、明治維新を境に、前後10年間の一揆発生件数を比べれば、明治になってからの方が多いのです。家永ら教科書執筆者の論理でいけば、明治政府は一揆によって倒されていなければなりません。残念ながら、彼らの思いとは裏腹に、農民や町人が直接倒幕に影響を与えることなどなかったのです。
恐ろしいことに、家永の教科書の内容であれば、今日の歪んだ教科書検定では一発合格になるでしょう。それほど教科書の反日左傾化は、恐るべきレベルにまで堕しています。
一揆や打ちこわしといった暴力的活動に評価を与えることは、子供の成長に良い影響を与えるとは思えません。ましてや、それを過大評価して、悪政(幕府)を倒したなどとすれば、子供に「悪い政府は暴力で倒してもいいんだよ」という、かつての日本共産党が是としていた恐るべき主張を、メッセージとして伝えることにもなりかねません。学級崩壊は子供の一揆であり、打ちこわしなのです。
陳腐な革命史観から抜け出せない執筆者こそ、龍馬の進取の気性を学ぶべきでしょう。だから今、教科書から龍馬が消されようとしているのだと、筆者は思うのです。
※各社教科書の記述は、平成12(2000)年度版によります。
連載第101回/平成12年5月10日掲載