分類しがたい日本製RPG『エアーズアドベンチャー』
『エアーズアドベンチャー』は1996年12月20日、ゲームスタジオよりセガサターン用ソフトとしてリリースされたRPGだ。
本作は見下ろし型の視点、コマンド選択型の戦闘、中世ファンタジー的な世界設定といったオーソドックスな日本製RPG(JRPG)の文法を用いて制作されており、こういった文脈に慣れ親しんだプレイヤーならばさほど戸惑わずにプレイ可能なゲームだ。一方で本作はそうしたRPGの外縁にあるような、風変わりな物語や設定を持ったゲームでもある。
まず簡単に本作のプロローグを記す。
主人公「ヘンリー・チェイサー・ビンセント」は公爵家の長男として生まれるが、幼い頃に両親と死に別れ、幼少期を伯父の家で育つ。しかし10歳の頃に家を出奔、以来18歳の現在に至るまで放蕩して生活してきた。彼は持ち前の容貌の麗しさと才覚によって貴賤問わず女性たちと遊び回り、賭博に生き、その浮名を世に流している。
しかし遊びが過ぎた彼は、訴訟を起こされた末に斬首刑に処される。刑が執行される寸前、その光景を偶然見かけた王女「コーリン・ド・ベネルックス」の嘆願によってヘンリーはその命を救われる。コーリンに恩義と恋心を抱いたヘンリーは、彼女へ返礼をすべく冒険を開始する。
ヘンリーとコーリンの恋と冒険の物語である本作は、その両者によるパーティをプレイヤーが操作し、フィールドマップを歩き道中の町やダンジョンを訪れることで、ストーリーを進行させていく。キャラクターはプリレンダCG、マップやオブジェクトはポリゴンで描画されているものの、視点は上から見下ろし型で固定されている。同時代のゲームがポリゴンを活かして視点操作を取り入れていたなか、固定視点でポリゴンを用いている表現はむしろ珍しい。旅の途中で三体の妖精が仲間になる。彼らはストーリー上ではイベントシーンの賑やかしのような役回りであり、ゲームシステム上ではコーリンの使用する魔法のレベルを決定する要素となっている。妖精たちの存在はあれど、パーティメンバーの上限は最後までヘンリーとコーリンの二人のみである。
戦闘はランダムエンカウントによって敵と遭遇し、戦闘シーンに突入する。敵味方を横から見た視点で行われる戦闘は、それぞれのボタンに各コマンドが割り振られており、迷うことは少ない。物理攻撃はヘンリーが、魔法による攻撃や補助はコーリンが担い、そのほか戦術面でできることといえばヘンリーとコーリンの前後衛を切り替える程度で、戦闘システムは簡素な仕上がりとなっている。
こうした簡素さはキャラクターカスタマイズの面にも表れている。多くのRPGにおいて武器や防具など細分化されている装備品は、本作では「装備」という要素として一元的に扱われており、その種類はイベント上で入手できるものが数種あるのみである。これらの装備は町にある鍛冶屋で資金を払いステータスを強化する仕様となっている。
このような割り切ったシステムの背景には、複雑になりがちなRPGの間口を広げ、ストーリーや演出に集中して貰おうという意図があったのかも知れない。たとえば戦闘システムの簡素さに比して、レベルアップ演出はヘンリーとコーリン、さらには妖精それぞれで異なった動作や音楽が用意された凝ったつくりになっている。また実際にプレイしてみると、本作の戦闘は決して良い出来栄えではないものの、ストレスが溜まりづらいものになっている。
ゲームと上手く噛み合った戦闘システムはRPGの目玉のひとつだが、少なくとも本作はそれを実現しようとしたゲームではない。
では、そこまで戦闘を簡素にして見せたかった物語とは一体どのようなものなのか。
先ほど述べたように本作は、ヘンリーとコーリンの恋と冒険の物語を描いている。そしてそれはこの二人の関係だけを中心に形成された世界であり、彼ら以外の存在は清々しいまでに二人の物語を描くための添え物に過ぎない。イベントはご都合主義という言葉を使うことすら躊躇われるほど彼らのためだけに発生し、それはたとえラスボスであっても例外ではない。三枝成彰氏が監督した軽やかな楽曲や、永野護氏による繊細なキャラクターデザインや美術ですら、この二人の恋物語を強靭に補強する要素となり、図らずもこのゲームにまとまりを与えている。こちらの理解が追いつく前に展開されていくヘンリーとコーリン二人の世界の前では、プレイヤーは単なる傍観者となるほかない。
二人だけの世界といったが、もちろん本作にも世界設定はある。古典的な中世ヨーロッパ的な世界を持ちつつ、人間界とは別の空中世界が存在し、ケルト神話のフェアリーのモチーフや、北欧神話的なエッセンスも若干ある。そうかと思えば、交易が盛んな海洋都市も登場し、大航海時代のスペインやポルトガルのような雰囲気も醸し出している。旧態依然とした見下ろし視点を採用しているが、グラフィック面ではポリゴンによって描画される街やマップに流れる雲の影などが空間に広がりを感じさせる。イベントシーンはプリレンダのキャラがガクガクと動き回り、どこか人形劇をみているような印象を覚える。プレイヤーは終始突拍子もないイベントの連続に面食らい、頭を抱えるかもしれない。その一方で主人公たちが馬の糞詰まりによって足止めを食らうシーンが出てきたり、交易品として胡椒が重要なアイテムとして登場したりと、本作は妙に冷静なリアリティがあり、そうした力の置きどころには統一感がある。こうした点で本作は、日本のライトノベル的なファンタジーとも趣を異にしており、現実の近世西洋世界に近似かつ独特なファンタジー世界を構築している。外見とシステムこそオーソドックスな日本製RPGだが、支柱たる物語や世界設定は日本製RPGの文脈のなかでは相当異質なものであり、それがよりいっそう本作の摩訶不思議なゲーム体験を際立たせている。
本作は決してシステムやメカニクスの良いRPGではないし、感動的な物語を持ち合わせているわけではない。しかし、プレイした人間にとって他のRPGではまず得られない体験を与えることは確かではある。中世と近世が入り混じる西洋ファンタジー世界で、どこか古風なテキストによって綴られる物語がプレイヤーを放り出して通り過ぎていく。世に数多あるRPGのなかで、その置きどころを迷ってしまう。『エアーズアドベンチャー』はいまもってどこにも分類しがたいRPGだ。
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