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【エッセイ】快晴の下、浜でカメラ投げたい

前編は以下である。

中編は以下である。


───それでは始めよう。
 

 海水浴場とは縁が遠い。上から照りつける日の光、砂浜に反射して下から焼き付ける日の光。無慈悲に包み込んでくる自然の眩しさに、体は焦げて仕方ない。それだけでも重傷に近い。だがさらに、海水浴場で遊ぶ人間の眩しさがあまりに体へ馴染まない。一生を喜色満面で過ごし続けているかのような神々しいまでのあの雰囲気は、一体全体どんな人生を送れば醸し出せるようになるのだろうか。

 禍福は糾える縄の如し。しかし、一向に禍しかやって来ない我が平生。対極的な人類のたまり場へ、のこのこと足を踏み入れるわけにはいかない。そう考え、砂浜を忌避してきた。その私が、本旅行で遂に、パリピの巣窟、陽キャの魔境、青二才の混沌と恐れてきた海水浴場へと突入する。

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 ポリシー君と私は香川県の父母ヶ浜にやって来た。巷では日本のウユニ塩湖と呼ばれているそうだ。干潮時に砂浜に生まれる水溜まりが、鏡のように風景を映すと評判である。ゆえに、幻想的な写真を求める若人たちが、こぞって撮影スポットにする場所なのだ。我々は陽気で明るい喧噪が響き渡る砂浜に足がすくんだ。

「ぽ、ポリシー君。右を見れば、何も面白いことがないのに爆笑する学生集団。左を見れば、目の前の雄大な海を無視して、お互いばかり見るカップル。砂浜を見れば、日本が暗澹溟濛であることが一目瞭然であるな……」

「そう卑屈になるんじゃない。俺らは俺らで楽しめばいいんだから」

「そうか。ポリシー君は度量が大きい。素晴らしい」

 ポリシー君は提げていたバッグからカメラを取り出した。彼は無類の自然写真愛好家である。大抵の休日は、山奥や海岸沿いへバイクを走らせ、雄大な自然の風景を撮影している。今回、父母が浜に来た目的も、この地の素晴らしき風景をポリシー君の写真に収めるためなのだ。

「まぁ、綺麗な写真を撮りたいという目的は、ここにいる陽気な若者と変わらないですな」

「あぁ……?」

「すまぬ」

 どうやら地雷を踏みかけたようだ。危ない。ポリシー君の崇高な目的と高尚な趣味を、砂浜の魔物どもの戯れと一緒にしてはいけない。

「うあぁぁ……!!」

「ぽ、ポリシー君! どうしたのだ?」

「砂浜にいる人間が邪魔だ!!!!!」

 私が踏むまでもなく、彼は自らで地雷を起爆した。怒髪天を衝かんばかりの勢いで海に不満を叫んでいる。砂浜で卑屈になる私を慰めていた数秒前のポリシー君はもういない。今度は、砂浜で激怒するポリシー君を私がなだめなくてはいけない。

「ポリシー君、落ち着いてくれ!」

「ん? 俺はいつだって落ち着いているが」

 彼は切り替えが早かった。砂浜で怒りを叫ぶことが己のポリシーに合わないと瞬時に判断したようだ。先程までの取り乱した姿が嘘であるかのように、彼は悠々と撮影に戻る───。

 一通り撮影が終わると、我々は砂浜を弄びだした。ポリシー君は、飛び跳ねて写真をとるカップルたちを横目に、小さいカニやヤドカリを眺める。私は、波際ではしゃぐカップルを横目に、海の香りと日の光を浴びながらストレッチをする。

「……」

 私は無言でストレッチを続ける。

「……」

 ポリシー君は無言でカニと遊び続ける。

 私は疑問だった。

───海水浴場の楽しみ方はこれで合っているのだろうか。

 しゃがみ込み、カニと戯れるポリシー君に私は疑問をぶつけた。

「ポリシー君。砂浜の楽しみ方はこれでいいのか」

「楽しみ方なんて人それぞれだろう。それともなんだ。もっとカップルや学生みたいな事を男2人でしたいと?」

 ポリシー君は手のひらに載せていた小さなカニを逃がして、立ち上がる。少し鼻で笑ったような表情で私を見た。

「仕方ない。では、少し趣向を変えよう」

 ポリシー君は近くに転がっていた木の棒を手に取った。

「これで砂浜に何か書こう」

「確かに、うきうきの若者がやりそうな所業であるな」

 ポリシー君は徐に文字を書き始めた。その時、私は思った。砂浜に何かを描くなど、カップルが傘を描き、その両脇に自分たちの名前を書くぐらいのイメージしか無い。一体、ポリシー君は何を描くのだろう。あの硬派な男が、私にえも言われぬ素敵な絵を見せてくれると思うと感激だ。ポリシー君を凝視して、完成を待つことにした。

「できた」

 ポリシー君が完成を告げ、指を指した先には、縦に二列の不可解な文字が並んでいた。

’快晴の下、浜でカメラ投げたい’

「何だこれ」

「俳句だ」

「……季語入ってる?」

「じゃあ川柳だ」

「一丁前に自由律で……」

「あぁ?」

「いや、すまない。これは、どういう、心情で……?」

「今日、俺は父母が浜に来て思った……」

「うむ」

「俺には砂浜が似合わない! せっかく初夏の美しい海を楽しみに来たのに! カップルが目に付く!  学生がうるさい!! 今日は天気が良いが、あいつらにカメラを投げてやりたいぐらい俺の心には暗雲が垂れ込んでいる!!! ここにいる全員消えて自然を重んじろ!!!!」

 私は唖然とした。しかし、何とか自分を持ち直し、ポリシー君に言った。

「帰ろう」

 盛大な成人の主張を置き土産に、我々は砂浜を後にした。

 浜を出て振り返ると、丁度、夕日が水平線に沈んでいくところだった。それはあまりにも綺麗な色であった。水平線には鮮明なオレンジがギラギラと輝き、空は深い紫色に覆われる。肉眼でしか見ることのできない感動。父母が浜に来た醍醐味はここにあったかもしれない。夕日が消えてしまうまでの数分間、我々は足を止め、口を開け、呆気にとられていた。あれほどまでに詭弁と無駄口が多かった我々も、ここでは言葉を失った。不思議と砂浜の喧噪も薄くなっていた。この場面では、陽気な若者も、卑屈な私も、怒りのポリシーも、皆が気持ちを揃えることが出来たのかもしれない。

 ───しばらくして、夕日は完全に落ち、辺りは本格的に夜へ向かい始めた。

 私はポリシー君に問いかけた。

「これだけでも、良い旅行だったと言えるぐらい素敵な時間でしたな」

 ポリシー君はこちらに顔を向けずに答えた。

「そうだな」

 長々と纏めるのは嫌いである。二言で伝えよう。四国旅行は掛け替えのない思い出を我々に与えた。超楽しかった。

 これにて四国旅行記は終わりである。ではまた。

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