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【エッセイ】想定外とシニカルフレンド

 読者諸君、ご機嫌よう。世はゴールデンウィークに突入し、愉快な諸君はさぞ浮き足立っていることだろう。昨今は旅の需要も戻っていると聞く。浮いた足で全国各地へ飛ぶといい。津々浦々で舞い上がる諸君を下から眺めるのも、また一興と言えよう。

 斯く言う私は、四国をふわふわと歩き回ってきた。地中海がもたらす海の幸、霊験灼かな神社、涼しげな落ち着きを与える自然、甘味引き立つ抹茶大福、路地裏で食べるカルボナーラ等、素晴らしき3日間であった。
 やはりご飯の思い出が多い。成人男性の6割ぐらいが水で出来ていると言うが、旅行はそれ以上にご飯で出来ているのだ。総じて言うなら、四国旅行はとても美味しかった。故に、二回りほど腹回りが大きくなったかもしれないが信じない。ご都合主義を貫き通し、健康に被害が出るまで信じない。ただ帰ってきてからというもの、体が重い……。
───という訳で、今回は旅行記を書く私だ。

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 松山空港に降り立った私は呟いた。

「我々の旅行は、毎回緻密な計画が立てられる。しかし、どこからか計画の歯車が狂い、理想とかけ離れた歩調で足早に観光を済ませることになるのだ。必ずと言っていいほど、帰宅時は気も心もぐったりしている」

 四国旅行の共謀者、ポリシー君は答える。

「今回こそは余裕のある旅にする。その為に3日間の旅にした」

 ポリシー君は、10年来の我が親友である。彼とは地元の中学校で出会う。私はかつて病弱であり、中学生が鼻血を出して喜ぶ大イベントの一つ、体育祭に参加できなかった。時を同じくして、陸上部だったポリシー君はハードル走の練習で転倒し、鎖骨を骨折していた。運命的な不健全が我々を引き合わせたのだ。
 体育祭で学校全体が盛り上がる中、人混みから外れた木陰で、我々は断金の交わりへの一歩を踏み出す。あの日、ただ座って体育祭の風景を眺めているだけの私に、ポリシー君が話しかけてきたのを覚えている。

「お互いつまんねぇな。何もすることなくて」

「こうやって木陰から体育際の盛況を見るぐらいしか出来ぬ」

「何で参加できないの」

「体が弱いのだ。こうやってじっとしている事で、一陽来復の時を待っている。さらには、皆のために体育祭の成功をここから祈っているのだ。天照大御神にな」

「はぁ、天照にねぇ……。 俺はさ、転んで鎖骨が折れちゃって」

「ん? どう転んだら鎖骨が折れるんだ」

「俺も聞きたいけど、どうしてこの場所に大して縁もない神に木陰から祈ってるの」

「細かいことは別に良いだろう。祈れば良いのだ、祈れば」

 この時、ポリシー君は思った。

「──変なやつ」

 そして、この時私は思った。

「──変なやつ」

 奇しくも初対面で同じ印象を抱いた我々は、その後に素晴らしき誼みを築いていく。体育祭終了後、ポリシー君は言っていた。

「もうすぐ期末テストだからさ、今から教室戻って勉強しよう。今日という一日を他人の応援だけに使うのは、俺のポリシーに反する」

 彼は自らのポリシーを高く掲げ、決して曲げない男である。納得いかないことには堂々と野次を飛ばし、不満があれば表情がすぐに悪化する。だが、少々狭量な分、信念が強いため、努力家で探究心旺盛。故に、行動的かつ知識が豊富なのだ。頼りになる男である。ちなみに、彼をポリシー君と呼んでいるのは私だけだ。
───さて、ポリシー君の台詞から話を現在に戻そう。

「よし、早速この松山空港をゆったりと楽しもうか」

 計画は綿密に練られた。ゆったりとした旅がいよいよスタートする。悠々閑々たる輝かしい四国の時間が我々を待つ。荷物を受け取り、我々は出口を飛び出した。その先に、オレンジ色の大きな物体がいた。ちょこちょこと歩いている。

「誰だ貴様は。ん? 胸元に‘みきゃん’と名札があるな。差し詰め、愛媛のマスコットキャラクターと言ったところか」

 私はそのみきゃんと名札の付いた物体のお腹あたりをつんつんしてみた。特に反応は無い。意外にもポリシー君も興味を示した。

「折角だし、一緒に写真撮っておこうか」

 空港の出口正面で待ち構えるとは、随分と図々しい佇まいだ。こいつは一見すると、可愛いと持て囃されるために生まれてきたデザインに見えるが、よく見ると何とも言えない顔をしている。子犬がモチーフなのか、猫がモチーフなのか分からない。全体の色味がオレンジで、頭に付いた耳が葉になっていることから、蜜柑を意識していることはこちらにも分かる。塗りつぶされた黒丸の目には、どこか積年の闇を感じた。みきゃんには、どうかこれからも愛媛を背負って頑張ってほしい。
 横にいたスタッフの男性にお願いして写真を撮ってもらう。私もポリシー君も意外と良い笑顔で写っていた。

「写真、感謝する。それでは、またな」

「……」

 彼は何も言わない。ピクリとも動かなかった。みきゃんには、どうかこれからも愛媛を背負って頑張ってほしい。

 みきゃんと別れてから数秒後、我々はみかんジュースの蛇口を発見した。これまで遭遇したことのない、奇怪な機械に興奮する。

「ポリシー君、この蛇口、回すとみかんジュースが出てくるらしい!」

「350円払ってコップ一杯分だけ注げるのか。俺らが普段使っている蛇口とは大違いだな」

 ポリシー君は好奇の眼差しを蛇口に向けながらも、素直にならない。皮肉を吐いて笑いながら、私と一緒に350円を払った。しかし、蛇口からみかんジュースが出てくる様子と、その味に、ポリシー君はあからさまに感動している。堅物といえども、意外と単純である。

「よし、松山空港は十分味わった。そろそろここを出発だ」

 幸先の良い始まりに、私は胸を躍らせた。ポリシー君に続いて、私が空港を後にしようとする。だが、その時、後ろから声を掛けられる。何やら年の若い綺麗な女性だった。マイクを持っている。傍らにはカメラを持った大柄な男性がいた。

「すみません……! 少しだけお時間頂けませんか」

 まさかの訪問者に戸惑う。どうやらテレビ局の人間が、我々に話を聞きたいようだ。別にインタビューぐらい受けても良いのだが、ポリシー君があまりにも嫌な顔をしている。人生でこれほどまでの板挟みに遭ったことはない。うるうるした目つきでインタビューを懇願するお姉さんと、冷めた嫌悪を見せるポリシー君。その間で立ち竦む私。迷った挙げ句、インタビューを受けることにした。綺麗なお姉さんとポリシー君を、脳内で天秤に掛けたとき、天秤は一瞬でお姉さん側に傾いたのだ。無理してニコニコする私と、明らかなイライラを醸し出すポリシー君が、並んでインタビューを受ける。

「今日はどちらからいらっしゃったんですか?」

 お姉さんは、私にマイクを向ける。

「千葉県から来ました」

 私が答え終わると、お姉さんはやたらと大きいリアクションを取る。

「へぇ!! そうなんですね! そちらの方は?」

 お姉さんはポリシー君にマイクを向ける。

「同じです」

ポリシー君の素っ気ない回答にも、お姉さんは同じ反応をする。

「へぇ!! そうなんですね!」

 私はこの時点で思った。このお姉さんは必要なインタビューを消化したいだけで、別に我々の受け答えから何かを深掘りしたり、少しばかりの雑談めいた会話をしたり、そういった考えは全くないのだと。
 こちらは心外である。この場を盛り上げる気がないのに我々に話しかけるなど言語道断。是非ともこのお姉さんが、我々を興味深い人物だと認識するように仕向け、可も不可もない絶妙なこの場の空気を好転させると誓った。とりあえず天照大御神に誓った。

「今回、愛媛には何をしに来られたんですか?」

「旅行です。ものすごく……旅行です」

 しまった。語彙力が足りなかった。焦りも相まって謎の言葉を生み出した。なんだ、ものすごい旅行とは。

「へぇ!! そうなんですね! そちらの方は?」

「同じです」

「へぇ!! そうなんですね!」

 同じに決まっているだろう。一緒に来ているのだから。この場にいる全員が阿呆に見えてきた。それと、ちょっとぐらい反応を変えても良いだろう。機械なのかこのお姉さんは。後頭部にゼンマイが付いていて、回したら一定時間動くタイプの玩具なのだろうか。
 その後も複数の質問に答えたが、全ての回答が箸にも棒にもかからない。いよいよお姉さんから最後通告を言い渡される。

「最後の質問になるのですが、今回はどんなゴールデンウィークにしたいですか?」

 私は唾を飲み、一拍おいた。ここでミスは許されない。最後のチャンスである。私が稀代の天才であり、今後より一層刮目されるべき人間だと知らしめなければならない。

「そ、そうですね。 最高のゴールデンウィークに、したいです……。天照にもそう願っているので。お姉さんもどうですか……、私と一緒にゴールデンウィーク楽しみませんか。どうですか、ゴールデンウィークの予定とかはど──」

「へぇ!! そうなんですね!」

 明らかに途中で回答を切られた。時間制限があったのか、それとも我が回答の気持ち悪さが突き抜けすぎたのか定かではないが、意図的な割り込みがあった。

「そちらの男性はいかがですか?」

「同じです」

 同じな訳がないであろう。ポリシー君もお姉さんももう少し人間味を出したらどうだろうか。今さら何を言っても仕方ないが、インタビューとは人と人との温かい言葉の交換があるものではないのか。

──本災難が、私の思考を停止させた。

「へぇ!! そうなんですね!」

 お姉さんの言葉が虚空に響く。お姉さんの微笑みがニヒルな嘲笑に見える。ポリシー君は相も変わらず不機嫌である。

 我々の旅行は、毎回緻密な計画が立てられる。しかし、どこからか計画の歯車が狂い、理想とかけ離れた歩調で足早に観光を済ませることになるのだ。必ずと言っていいほど、帰宅時は気も心もぐったりしている。
 そして今現在、既に歯車は狂い出している。恐れていた足早観光への一本道を直進中である。ポリシー君は言った。

「やべぇ。もうぐったりしてきた」

 まだ四国旅行は始まったばかり。というか、まだ空港である。我々は計画通り旅行を終えることができるのだろうか。旅行記は、次回作へ続く。

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