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「水道橋博士のメルマ旬報」第七回

この原稿を書いている2021年9月18日現在、僕は「第四回モダンアートエナジー展 in Paris」という、Galerie SATELLITEというパリの画廊で開催されているグループ展に参加している。このグループ展は日本人アーティストを海外で紹介する展覧会で、僕は以前ワインラベルのコンペに参加して情報を拡散している中で、たまたまこの展覧会の主催者と出会い、僕の描いたワインラベルの絵を気に入ってもらい、招待を受け参加することになったという経緯がある。

そして今さっき、そのグループ展で、僕の絵が売れたと連絡があった。画廊での展示販売で、初めて僕の絵が売れた。記念すべき一枚だ。

2020年、コロナの影響でフランスはロックダウンとなり、僕らが従事する飲食業は長らく営業ができなくなった。人生で初めてのロックダウンをフランスで体験することになったのだが、今思えばとてもナーバスになり不安だったと思う。何もやる気が起きず、ただただ過ぎ行く日々を送っていた。ただ、こんなにも長い間、家族と一緒に朝昼晩とご飯を食べて過ごせたことは、きっとこれから先二度とないのではないだろうかと思っている。そういう意味では、とても幸せだったと思う。そんな最中に時間ができた僕は絵を描き始めることにした。

料理でも専門学校に行かず、フランスのパリのビストロのシェフになれた僕は、絵も同じように美術学校に行かずとも実践(絵を描くこと)を繰り返すことで何か習得できるのではないかと思った。そして、打ち立てた目標が1000枚絵を描く、ということだった。1000枚を描く過程で、僕に一体何が起こるかをのちに記録してみようと思った。

始めに絵を描いて、誰かに見てもらうために、もともと初めていたTwitter以外にも、友達に勧められたfacebookとInstagramも始めてみた。僕は、はっきり言ってこれらのSNSが大の苦手だ。けれども、コロナ禍で身動きが取れないこんな世の中になってしまったのだから、今こそこれらのツールを使わなければと思い、友達にアドバイスを聞いたり自分で調べたりして、始めてみることにした。僕がフランスにいながら日本に住む人達や、世界中の人達に描いた絵をみてもらえるのは本当に奇跡みたいに思ってしまう。こんなこと改めて思っているのは僕だけかもしれないが、本当にそう思っている。

絵を描きはじめてSNS等で絵を発表し始めてすぐに、「絵本の絵を描きませんか。」とメッセージが届いた。そのメッセージを送ってくれた人は一人で出版社を運営し、自らも詩人として詩や絵本の物語も書いている。

始めに三つの物語が送られてきて、この中からひとつ僕が選んだものに絵を描いて欲しいと言われた。三つのお話を読み終えて、すぐに映像が浮かんだの「忘れんぼう天使」というお話だった。もともと絵本の絵を描く経験などなかったし、イメージが湧いた物語ならなんとかなるかもしれないと思い、物語を決め描き始めた。しかしそれでもすぐに行き詰まることになった。

普段、自由になんの制約もなく描いてきた僕は、物語に沿った絵を描くことに慣れておらず、どこまで文章を説明するかということで、とても悩み、表紙こそ、すんなり描けたものの、すぐに筆が進まなくなった。なんとなく説明し過ぎる絵はきっとつまらないと思ったし、見る人の興味がなくなってしまうような気がした僕は、その塩梅を試し試し描く作業を続けて言った。

今回は1ページ描いては編集長に見せて意見を言ってもらいOKが出れば次のページに取り掛かるという作業工程にした。表紙と裏表紙を合わせて、計16枚の絵を約1ヶ月かけて描き終えた。絵本の絵を描き始めるタイミングでは、すでにフランスのロックダウンも解除されていたため、本業である料理の仕事をしながらの作業だった。そしてなんだかんだで描き終えるのに1ヶ月かってしまった。この作業時間が長いかどうか分からないが、達成感はとてもあったし、今見てみると、ページによっては粗もたくさんあって、描き直したいと思わなくもないが、その時の僕が思った、感じたことは絵に封じ込めてあると思うので、今はそのままでいいと思っている(注)。

次に、1000枚絵を描く過程で起こったことは、冒頭にも書いたグループ展への参加だ。作品は一点だけだが、これが僕にとって、最初の画廊での展示販売になる。それから、今、僕がこうして書いて連載をさせていただいている、メルマ旬報のお仕事。これも、僕がワインラベルのコンペの情報拡散のためにClubhouseで、たまたま水道橋博士が開いていた部屋に入り、勇気を持って宣伝をさせてもらった時に、僕の絵と経歴を面白いと思ってくれた博士からお仕事を頂いた。

絵を描き始めてワインラベルのコンペに参加していなければ博士の部屋に行き、メルマ旬報の連載など始めらなかったことを考えると、偶然にもほどがあると、今振り返って見ても思ってしまう。

ある人から聞いたローリングサンダーというネイティブアメリカンのシャーマンの言葉「悪いこともいいこともにも、正しい時がある」。僕はさらに正しい時に、正しい人にも出会うのではないだろうか?とも思った。「正しい時」という表現が僕は好きで、そのシャーマンの言葉はストンと僕の心に落ちてきた。

そして、つい2ヶ月前に、パリのギャラリストから、「僕の絵を見たいから、絵をもって画廊に来てくれないか」と連絡が来た。実はこれにはちょっとあって、始めに連絡を頂いた時に、「あなたの絵は大変面白く興味深い、一度絵を見せに画廊に来てください」と書いてあったのに、一番大事な部分を読み落としていた。僕は「大変面白く興味深い」という部分が嬉しくて、その後に続く「絵を見せに画廊に来てください」が目に入っていなかった。後日、そのギャラリストから「どうして絵を見せに来ないのですか?」と再度連絡がきて、そのことが発覚したのだ。もしも、再度連絡をもらえなければ、僕は画廊に絵を見せに行くことはなかったのだから、これも僕は本当に運が良いと思っている。

そして、この絵を見せる機会は、僕がまさに思い描いていた最高のシチュエーションだった。期待と緊張を胸に抱き、僕は言われた日時に画廊を訪れた。初めて会うそのギャラリストは、フランス人女性で、髪型は大人の素敵なショートカット、身長は176cmある僕よりも大きかった。始めはとても賢そうで思慮深い感じのイメージだったが、ふと笑ったときに見せる笑顔がとてもチャーミングな優しい感じの女性だった。

とにかくこんなチャンスはもう二度と来ないかもしれないと思った僕は、去年の5月から描いた絵を全部持参して、見てもらった。おそらく合計枚数は600枚近かったと思う。「じゃあ、持って来た絵を見せてくれる?」と言われ、絵を差し出すと、無言で一枚一枚絵をを見始めた。時々、クスッと笑ったり、「これは何で描いているの?」と質問してきたり、僕の絵を最初から最後まで全てに目を通してくれた。その昔、お芝居をやっていた時に、映画やドラマやCMのオーデションを受けた時の何十倍も緊張して、喉がすぐにカラカラになってしまった。でも同時に、本当に嬉しかった。今までほぼ毎日何の為になるわからないのに闇雲に描いていた僕の絵を、今、僕の目の前でパリのギャラリストがきちんと見てくれている。こんな至福の時があるだろうか。この時間を、僕はきっと一生忘れないだろうと思いながら、僕の絵を見ているギャラリストをずっと見つめた。

全部僕の絵を見終わったギャラリストに「展覧会をやりましょう。ただ、今回は私が選んだ絵を展示するのでも良いですか?」と言われ、そのフレーズの破壊力に僕は打ちのめされた。奇跡とか宿命とかいう言葉は好きではないが、この時の僕は、自分の身に起きていることではあるが、奇跡を目の前で目撃しているのではないのかと思ってしまった。僕は単純な男だ。本当にそう思う。2020年の5月に絵を描き始めた時に、今のこの瞬間を果たして僕は想像できただろうか。

こうして2021年の2月3日から2月19日にパリのGALERIE CECILE DUFAYという画廊で僕の記念すべき最初の展覧会を開催することが決まった。

さらに今度は銀座一丁目にあるギャラリーゴトウのオーナーから「展覧会をしませんか?」とお誘いがあった。まだ今の時点で詳しい時期はお知らせできないのだが、来年、2022年の8月上旬ということだけ暫定的であるが決まった。

フランスに住んでいる僕にとっては、実はフランスで展覧会をするより日本で展覧会を開催する方がハードルが高い。そういう意味でも、パリの展覧会よりも嬉しかった。今は僕にとって日本は外国だ。飛行機で直行便でも12時間ほどかかるし、気軽に行ける国ではない。ただ、僕にとっては生まれた国だし、家族や友達がいるし、言葉も土地勘もある、食事も食べ慣れていて大好きだ。そんな日本で展覧会ができるなんて、本当に光栄に思える。

来年、2022年はパリと東京と、2回も展覧会をすることになった。これを奇跡と言わないのならば、なんて言うのか誰か教えて欲しい。僕は絵描きでも何でもないので、展覧会とはどのように開催するのか、どんな準備が必要なのか、全く何も知らない。どれもこれも知らないことだらけだ。でも、それがとても新鮮で楽しい。きっと、失敗もたくさんすると思うけれど、それも含めて楽しめたなら良いと思う。

まだ1000枚まではあと300枚近く残っている。これからも、絵を描く過程で出会う人や出来事が楽しみでならないし、それらは僕の大切な宝物になるのだと思う。


その絵本が今だに出版に至っていないのは、今ちょうど絵本コンクールの審査中であり、結果を待っているからだ。その結果が出たら、またお知らせしたいと思う。


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