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三日月に呑み込まれていくような

スピッツが好きな方なら共感していただけると思うが、なぜか無性に『水色の街』が聴きたくなることがある。

いつもはシャッフル再生にしていたり、好きな曲を選んで聴いていたりするのだが、なぜか「今日は絶対に『水色の街』でなければいかん」という日が定期的に来るのだ。


『水色の街』という曲は、タイトルこそ爽やかなアニメかドラマのような印象を与えるが、実際はなんともまあ陰鬱な曲である。

ジャーンとギターをかき鳴らす不穏な音に始まり、しんみりしたバラードどころかベースがガンガン響くロックな曲調ながらも、どことなく危なっかしさを感じさせるクセのある曲だ。


聴き手によっていろいろ解釈が変わりがちなスピッツの曲だが、『水色の街』をポジティブな曲だと解釈する人はまずいないはずだ。

「川を渡って君に会いに行く」という歌詞はどことなくピュアな恋心を連想させたりもするだろう。
しかし、曲を聴いてみればすぐにわかるはずである。『水色の街』はそんなに楽しい曲ではない。

解釈の違いが現れるのは、「川」が三途の川のことを指しているのか、あるいはそのまま川に入水していく様子を表現しているのか…というところぐらいだろう。
どう考えても「君」は故人で、今からそこに会いに行くということを歌っていると解釈するのが自然なのである。


面白いのは、曲調をもっとポップにすればポジティブな曲のように感じられなくもないという点である。

曲中に「間違えたステップで」というフレーズがあるが、これも例えば明るい曲調ならば好きな人に会いに行くワクワクを表しているように思える。
しかし、『水色の街』の曲調で来られると、今にも間違った方向に歩もうとしているかのような不穏な雰囲気を感じてしまう。


ただ、この陰鬱さを異常に欲するときが年に何度か必ず訪れるのだ。

『水色の街』にはそんな魅力(魔力?)があり、『水色の街』の閉塞的な世界観を楽しめる人こそ真のスピッツ好きだと言っても過言ではないだろう…などと生意気ながら思っている。



そしてもう1つ、これもスピッツが好きな方なら共感していただけると思うが、こういうとき『水色の街』だけを聴くのは損をしていると言わざるを得ない。

『水色の街』を真に楽しみたいのであれば、『夜を駆ける』とセットで聴くべきなのである。


『夜を駆ける』と『水色の街』、これらは僕が大好きなアルバム『三日月ロック』の最初の2曲だ。

『夜を駆ける』から『水色の街』への流れは至高である。
この2曲が『三日月ロック』の世界観を創り上げていると言うのは決して大袈裟なことではない。


『夜を駆ける』はこれ単独でもスピッツ屈指の名曲として挙げられるが、こちらもこちらで壮大な曲である。

ピアノの繊細なイントロからはどこまでも続く真っ暗な闇を連想し、そこに解き放たれた2人の男女が少しずつ浮かび上がってくるかのような構成はまさに圧巻である。


何よりもすごいのはドラムのリズムだろう。

まるで本当に夜の闇の中を駆けているかのようなリズムで展開されていくのだが、これが不規則なリズムなのである。
これがまた何か不穏な空気を漂わせているのが面白い。

『水色の街』にも「間違えたステップで」というフレーズがあるが、『夜を駆ける』のリズムにも何かが狂っているような不安感が付きまとっており、この男女の関係が単なる夜遊びの仲というだけではないような暗さを感じざるを得ない。


そしてアルバムの1曲目を飾る『夜を駆ける』のアウトロがフェードアウトしてしばらくすると、これまた不穏なジャーンで2曲目の『水色の街』が始まる。

この2曲で聴き手は完全に『三日月ロック』の世界に導入されていくのだ。



そして気がつくと、いつの間にか『三日月ロック』は3曲目に突入し、4曲目に突入し、しかしもはや『三日月ロック』の世界からあえて逃れようとも思わず、結局最後の『けもの道』まで聴き終えて、充実した心持ちでイヤホンを外すのである。


『三日月ロック』というアルバムがすごいのは、『夜を駆ける』に始まり『けもの道』に終わるというところにあると感じている。

『夜を駆ける』で深い闇の中に放り込まれ、『けもの道』で昇ってきた朝日を仰ぐ。

1つひとつの楽曲の集合体が壮大なストーリーを創り上げる、これこそが『三日月ロック』の凄味なのだ。



『三日月ロック』について語り出すとここからさらに長くなるので、それはまた機会があれば書いてみたいと思っているが、要は「アルバムを聴く」という音楽鑑賞の仕方もあるのだ、ということを言いたいわけである。

サブスクで音楽を聴くのがスタンダードになった現代では、自分が聴きたい曲だけをかいつまんで聴くのが一般的だろう。

ただ、時間があるときはアルバムを一作通しで聴いてみるというのもたまにはいいと思っている。


アルバムの曲順や収録曲にこだわるアーティストは多い。

アーティストがそのアルバムに込めたストーリー性に注目しながら聴いてみると、一作聴き終わったころにはきっと映画鑑賞や読書などと同じような充実感を得られているはずである。


まぁ、僕が一番言いたいのは、『三日月ロック』最高ってことです。




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