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【#レシピ3+エッセイ編】『茄汁煎蝦碌』 香港の蝦は忙しい??? (PART II)


(PART I) 茄汁煎蝦碌ケ ジャップ ジン ハ ロック』(香港家庭風ケチャップエビ香味炒め)。 なぜ香港のエビは忙しいのでしょうか? (PART I) を読んだら答えが出てきます。是非、読んでみてください。

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「今夜お客様が来るから!早く部屋を片づけなさい!」

爸爸バーバー』(父)が海外からのお客様をうちに呼んで食事をすることは年中行事。なぜ我が家まで呼ぶか、本当に意味が分からなかった。子供としてはあまり好まないことだった。無理やりに部屋を片付けさせられて、とても嫌だった。姉妹の中で1番自己主張が強い2番目の私。親に常に反抗し、やれと言われても素直にやらない。理不尽なことでも最後まで威張て、曲げないタイプ。

お客様が来る当日、私たち三姉妹は大忙しだった。(当時、一番下の妹と弟はまだ生まれていなかった)三世代6人が一つの屋根の下で暮らしていた約100平米、九龍サイドにある住宅街のマンション。70年代築、3LDK、当時は一般サラリーマンなら、ローンを組めば手軽に買える時代だった香港。

ちっとも躍る気持ちがなく、『爸爸バーバー』が呼んだ朝刊をしまったり、散らかしたところを片付けたり、床のゴミをほうきで掃いたり、適当に掃除した。なぜわざわざお客様を私の家でおもてなしするだろうか?さっぱり意味が分からない。外食すればいいのに。

部屋を綺麗にして、お客様を迎えた。お客様は、海外取引先の人が多く、外国人がほとんど。当時、片言しか出来ない英語で: “How are you?” (お元気ですか?) が来たら “I am fine.” (元気です)と返事するぐらいしか出来なかった小学生だった。これ以上の英語を振られたら心臓がドキドキする。

一度、背が高く細身痩型の韓国からお客様、中年のパクさんがいらっしゃって、『爸爸バーバー』よりも背が高かった。『爸爸バーバー』でさえも180㎝以上あったのに。パクさんがうちに入ってきてすぐ『嫲嫲マーマー』【和訳:父方の祖母】に土下座して韓国の伝統挨拶をして下さった。未だに当時の衝撃的な光景は忘れない。香港ではあり得ない行動だから!ショック。香港では、男性は絶対に軽々しくひざまずかなかったから。よっぽどのことじゃない限り、絶対しないこと。

ひざまずく挨拶は結婚式だったらあるかもしれない。新郎新婦が自分の親や祖父祖母等等、年輩の方に両膝をついて背中を真っ直ぐして、両手でお茶を捧げ、相手にお茶を飲ませて貰う儀式がある。年輩の方たちはお茶を飲んだら、新郎新婦に結婚祝いを渡したり、あるいは新郎なら高価な時計、新婦なら黄金ブレスレットなどプレゼントする祝儀作法がある。

引用元:写真にリンク先を貼り付けてあります。https://wedding.esdlife.com/ のホームページコンテンツから引用した写真。

『新婚生活易』(香港のウェディングプランナー会社)

さて、エビ料理はうちのおもてなし定番メニューだった。どんな国籍のお客様でも必ずエビが出てくる。世界共通高級食材と認識されていたからだろう。 お料理を食べながら、ヘネシーXOを豪飲してた父とお客様たち。 70から80年代の香港接待は高いコニャックを底無しのように飲んでた。日本の「飲みニケーション」に似たような習慣でしょうか?

1985年香港で上映されたヘネシーXOの広告動画。香港当時の接待文化は広告の画像で反映された。

『VCRCommercial 廣告頻道』 (Youtube Channel)

戦後の香港は経済急速成長期に入って、韓国も内戦が終わって皆必死に経済回復させ、『爸爸バーバー』とパクさんは大量のコニャックを呑んだ。だれもがより豊な生活が過ごせるようにビジネス戦争に没頭していた。自分の体を壊しても、毎晩豪飲したり、チェーンスモーキングしたり、自分のストレスを解放させ、より相手とコミュニケーションを取れるように接待の日々だった。特に、自営業の社長さんたちは、契約を結ぶため、毎晩接待の生活を送って行った。大量のアルコールとタバコのせいで、じわじわと『爸爸バーバー』の体を蝕んでいった。父が40歳半ばの時、タバコを吸い過ぎて2回ほど気胸になってしまった。看護婦の『媽媽ママー』のおかげで2回とも早期発見ができ、素早く適切な治療を受けられていたが、そうでなければ、50歳まで生きていられなかったかもしれない。

我々、人間とは、戦争から戦争へ。自分が生まれた時代は戦争から解放されていると思ったら、そんなことはなかった。生きるために必死に働かざるをえなかった。自分の国の繁栄の土台を作ったのは、ビジネス戦争に参戦した兵士だった……。

時代の流れで豪飲スタイルの「飲みニケーション」はもう「古い」。昔は自分が楽しいっていうよりは酔ってまわりを楽しませてる感覚だった。今の香港は変わった。ライフスタイルを重視して、お酒を味わうものという認識に変化してきた。香港のネットテレビチャンネル『Viu TV』では『有酒今晩吹ヤウジャゥガムマンチョゥ』というロングセラー番組ではお酒のエキスパートよりお酒の楽しみ方を紹介テレビ番組は人気だそうだ。

(ViuTV 香港のネットテレビチャンネル)
(珍しいアイランドのウィスキーを紹介した:Lambay)

爸爸バーバー』が他界して15年が過ぎた。晩年の父は満身創痍、苦しめ続けられた様々な病気の本当の根っこは、ビジネス戦争からのストレスだったかも。ストレスという言葉が軽視された時代だった。仮に、今のように、お酒はライフスタイルを寄り添う楽しむものだったら、『爸爸バーバー』は80歳?いや、90歳?まで生きてられてたかしら?

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レシピ:『 茄汁煎蝦碌ケ ジャップ ジン ハ ロック』(香港家庭風ケチャップエビ香味炒め)

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