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プーシキン伝記第3章 南方 1820-1824㉕

 すべての人に官位が定められた世の中にいる十等官である《詩人》、暮らしに不自由なく豪勢に金を使う人々の社会にいる、つねに金銭的心配事に没頭している資金のない人、軍人のなかの文官、勇敢な将校たちや高位なモルダヴィアの名門貴族たちのなかの20才の若者、プーシキンとは、その尊厳が絶え間ない企てにさらされた人物であった。他の者たちが生来の自然な特質として受け取るもの、そして彼らに貴族階級のつや ― 《平静な自尊心の冷淡さ》を与えるものが、プーシキンには奪われていた。彼は、すべてを自分自身で獲得しなければならなかった ― 官位も無く、庇護も無く、金も無く、実生活における数々の問題に対する如才なさも《すぐれた》教育すらも無かった。彼にとって唯一の支えとなったのは ― 独創性であった。
 彼の現実生活における屈辱的な事との闘いにおけるプーシキンの最初の武器は、すでにチャアダーエフによって彼に吹き込まれている、自分自身の尊厳、自分の影響力に対する深い信頼と、最も取るに足らぬ事も含めどんな場合においても、固い決意で自分の誇り高い独立を守る、ということであった。口の悪いヴィゲリですらプーシキンの性格の特質を《彼の中で絶え間なく目覚めていく強力な理性》、また《彼が余すところなく満たされていた自己の尊厳の感情》と指摘していた。¹
  ¹同時代人の思い出のなかのА.С.プーシキン,第1巻,p.219.
ここに ― キシニョフにおけるプーシキンの多数の決闘と、キシニョフの《社会》の代表者たちとの衝突の謎解きがある。1822年秋、プーシキンは弟レフに手紙を書いた ― 彼に対して敵意ある社会における無防備な人間の自尊心の独特な信条を:《…お前の行動は長い間お前の評判を、またおそらく、お前の幸福をも左右するだろう。
 お前はまだ見知らぬ人々と関係を持たねばならないだろう。まず最初から、彼らのことを思いつく限りもっとも悪く考えろ:そうすれば、おまえはそれほどひどく間違えないだろう。人を自分自身の心で判断してはいけない、お前の心は、私は確信しているのだが、高潔で感受性が強く、そのうえまだ若い;彼らを非常に丁重なやり方で軽蔑するがいい:これは ― お前が世間に加わる際に不愉快をこうむることになる、ささいな偏見とちっぽけな情熱から自分を守る手段だ。
 誰に対しても冷淡であれ;なれなれしさはいつでも害になる;特に、彼らがお前にどんなに親切であろうと、上司に対してなれなれしい態度をとることには警戒しろ。彼らはすぐに私たちを投げ捨て、私たちがまったく親切を期待しない時にはよろこんで侮辱するだろう。
 親切心を見せてはいけない、そしてもしも心からの好意にお前がとらわれそうになったら、それを抑制するのだ:人々は私が自らすすんでおべっかを受け入れているということが分からない、なぜならいつも、他人について自分で判断したいからだ。
 決して好意を受け入れるな。好意は、非常にしばしば、 ― 裏切り行為になる。 ― 庇護を避けろ、なぜならこれが奴隷化させ侮辱するからだ。
 私はお前を友情の誘惑から未然に防ぎたい、しかし私には、もっとも甘美な幻想の時期に、お前の心を冷酷にする決意ができない。私が女性に関してお前に言えることが、まったく無駄なことならばいいのだが。ただ気づいたのは、私たちは女性を愛さなければ愛さないほど、ますます確実に彼女をとりこにすることができるということだ。しかしながらこの気晴らしは18世紀の年老いたサルにふさわしい。お前が愛した女性に関していえば、お前が彼女をわがものにすることを心から望んでいる。
 決して意図的な侮辱を忘れるな、 ― 無駄口をきかない、もしくはまったく口を閉ざし、決して悪口に対して悪口で仕返しをするな。
もしも資金あるいは状況がお前に輝くことを許さなければ、困窮を隠そうとするな;すみやかに次の緊急事態を選ぶのだ:自分に厳しくすることで体面を保つことに無関心であることは、世間のくだらぬ意見に畏敬の念を起こさせる、いっぽう虚栄心のつまらぬ術策は、人間をこっけいな軽蔑に値するものにする。
 決して借金をつくるな;貧困に耐えるほうがいい;本当に、貧困は思っているほど恐ろしいものではない、そしてどんな場合においても貧困は、突然恥ずべきことと分かるあるいは恥ずべきことと評判が立つ不可避性よりもいい。
 私がお前にすすめる行動基準は、私の苦い経験と引き換えに手に入れたのだ。もしお前がそれらを強いられることなく自分のものにできるならいいのだが。この行動基準はお前を日々の愁いと激昂から解放するにちがいない。いつかお前は私の告解を聞くだろう;告解は高く私の自尊心に値するだろう、しかしもしお前の人生の幸福に問題があるならば、自尊心は私にとどまらないだろう》(XIII,49)。

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