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冬眠していた春の夢 第10話 新盆

 中2の夏、私は生まれて初めて異性を気にするようになった。
 もしかしたら、この感じ…初恋なのかもしれない。
 でも、まだ自分でもよくわからないでいたのに、私の変化に興味津々な仁美が、聞きもしないのに、橋本さんについてあれこれ教えてくれた。

 誕生日は3月29日。血液型O型。一人っ子。
 出身は逗子市だが小学4年生の時に小田原市へ引越し、今は鎌倉在住で賢吾と同じ大学の1年生。恋愛経験なし。趣味ゲーム。
 時々鎌倉の小町通りにあるカフェでバイトをしているそうだ。

 「アニキが言うには、橋本さんも美月を意識しているらしい」
 「え…?」
 「今までに女子の話しなんて全然してこないし、興味ない感じだったのに、美月の事はよく聞いてくるって言ってた」
 仁美の言葉に、顔が急激に熱くなった。
 「でも、妙なんだよね〜。美月が家族とうまくやれているのかみたいな事を聞いてきたって」
 「……?」

 それから程なくして、祖父母の新盆を迎えた。
 両親と共に、祖父母が眠っている鎌倉にあるお墓にお参りに行き、その後、お寺での合同法要に参列した。
 両親、特に母が、祖父母の信心していた宗教を好ましく思っていなかったので、亡くなってからはそことの縁を切り、両親が選んだお寺さんのやり方に則して法要を行うと言っていた。

 鎌倉ということで、私は偶然橋本さんに会ったりしないだろうかと、ちょっと意識していたが、行きも帰りも父の運転する車での移動だったから、そんな偶然が起こる筈もなかった。

 家では、母が選んだリビングに合うような今時のお洒落で小さな仏壇に、お花とお菓子、そして小さな果物の籠盛りをお供えして、夕方に玄関の前でささやかに迎え火を焚いた。
 でも、迎え火を焚いたって、こんな見知らぬ家におじいちゃんもおばあちゃんも来るような気がしなかった。

 予想もしない事故で急に亡くなった祖父母は、戸惑ったりしなかったかな?
 自分達が死んじゃったこと、すぐに理解できたかな?
 私のこと、心配になったかな?
 母に改宗されて、怒っていないかな?
 私は久しぶりに祖父母の死に思いを馳せた。

 祖父は、元々は宗教には無縁な商売人だったけど、晩年になって、再婚した祖母に勧められての入信だったそうだ。
 私は、お経をあげている祖父母の背中を思い出した。
 祖父の静かで広い背中。どんな事を思い、どんな気持ちで手を合わせていたのだろう?
 祖母は、なんであんなに狂信的にお経を唱えていたのだろう?
 10年も一緒に暮らしていたのに、私の中にはあまりにも祖父母の情報がないのだった。
 子供だから仕方がないと言ってしまえばそれまでだけど、自分が薄情な気がしてならなかった。

 家族でも、いくら一緒に暮らしていても、なんでも知っているわけじゃないし、お互いの気持ちって、そんなにわかったりしない。
 家族って、当たり前なものじゃなくて、物置に住み着いた猫たちのように、なんとなく存在しているだけなのかもしれない、と思ったりした。

 それにしても…。
 何故橋本さんは、私が家族とうまくやれているのか気になるんだろう?
 賢吾さんから、私が10年の間祖父母に預けられていて、最近両親の元へ戻ったという事を聞いたとしても、会ったばかりの友人の妹の友達のプライベートな事を心配するなんて変だ。

 第11話に続く。

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