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Monday in blue

「《月曜日の博物館》?」
 最寄り駅から自宅までの寂れた道中、仕事帰りの遅い時間でもぽつりぽつりとしか電灯がない中で、その看板はまっさらで眩しく見えた。ついこの間まで工事のために白い仮囲いで覆われていたこの場所に、博物館が出来たらしい。
「どうしようかな。気になるけど……」
 目覚めるようなブルーの《月曜日の博物館》という凸文字と睨み合っていると、不意に博物館の扉が開いて中から女性が出て来た。背は低め、紺のエプロン、灰色のショートヘア、年齢不詳。
 彼女は私に気がつくと、口を結ぶように笑い、
「もしよければ、どうぞ」
 鈴のような声で言った。
「あ、はい」
 私は昔から誘いを断れない質だった。

 室内は暗めで、壁やテーブルに配されたキャンドルが幻想的な蒼い炎を揺らめかせていた。十人は座れそうな丸いテーブルがひとつだけあって、丘のように高くなっている中央部分には爽やかなブルーのハイヒールが月色のライトを浴びて展示されている。
「月曜日の足音をイメージして作ったんです」
 彼女は席をひとつ引いて、「どうぞ」と私に座るよう促しながらそう言った。
「月曜日の足音……ですか」
「はい」
 彼女は笑顔で頷く。
「この博物館は、月曜日の平日だけ開館する、月曜日を好きになってもらうための場所なんです。これは、日曜日の夕方頃に『月曜日の足音が聞こえる』と絶望されてる方に、明るいイメージを持って欲しくて作りました。憂鬱のブルーという印象を、希望のブルーで塗り替えてあげようって」
 なんだかよく分からないけれど、私は彼女に好感を持った。正確には好感というより、興味だろうか。
「展示はこのひとつだけなんですか?」
「はい。毎週、展示物は変わります。こうやって月曜日にまつわる少し不思議な作品を囲んで雑談することで、ちょっとだけ皆様に現実逃避していただきたくって」
「好きなんですね、月曜日」
「ええ」
 彼女は目を三日月に細めた。
「一番最初ってだけで嫌われているの、とっても可哀想でしょう? 申し遅れましたが、私、名前が月子って言うんです。しかも、七人姉妹の長女。月曜日に産まれました。だからつい感情移入しちゃって」
「月子さん、素敵な名前ですね。私も月曜日のこと応援したくなっちゃいました。あれ、そういえばここ、博物館ですよね? 入館料とかはないんですか」
 キョロキョロと周りを見る私に月子さんは首を縦に振る。
「はい、私が趣味でやっているだけなので入館無料です。一応、お飲み物ならいくつかご用意がありまして、そちらは料金を頂戴しておりますけれど……」
「じゃあ、何か頼みます」
 月子さんが手渡してきたメニューには、ココアやサイダーといったソフトドリンクがいくつかと、モクテルがあった。
「《Monday in blue》……でお願いします」
 私は変なところに冒険心のスイッチがついているので、つい聞いた事のない名前のモクテルを選んでしまう。
「承知しました」
 月子さんは紺のエプロンを手で整えながら去っていった。

 程なくして月子さんが持ってきたモクテルは、鮮やかなブルーが美しい星空のようなモクテルだった。飲み物を美しいと思ったのは初めてかもしれない。
 一口飲むと、フルーティーな甘さと一緒に、岩塩のようなコクのあるしょっぱさが絶妙なバランスで口に広がった。星のように輝く飴の欠片を口に含むと、ぱちぱちと舌の上で弾けて面白い。
「美味しいです、これ」
 月子さんはちょっとはにかんだ。
「ポジティブな気持ちになれるようにと思って、レシピ、考えたんです」
「はい、本当に気分が晴れた感じです。心のキャンバスが曇天のブルーから晴れ空のブルーになった、みたいな……」
 途中から言っていて恥ずかしくなったが、
「嬉しいです、ありがとうございます」
 と月子さんが純粋な笑顔で返してくれたことにホッとする。
「毎日仕事終わりに飲みたいくらいです。でも、来週の月曜日までお預けですね」
「そうですね」
 月子さんと私は顔を合わせてころころと笑った。

「またいらしてくださいね」
 博物館を出るとカランと軽やかな鈴の音と共に月子さんが送り出してくれた。来週はどんな展示があるんだろう。今から月曜日がちょっと楽しみだ。
 夜空にぱちぱち飴のような星が沢山輝いていた。月曜日に空を見上げたのも初めてかも、と思う。家へ向かう足取りは、どんな曜日よりも軽やかだった。

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