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蚊のスリーサイズ

日本の凄さって🦟だと思う。烏とゴギブリも凄いですが。
海外赴任が長いけど,そう思わずにいられない。

季節のバズワードは「杉」,「花粉」のようだが,そんなのどうでもいい。今日は,先ずは「蚊」に集中したい。

それは,ポーランドで起きた。ポーランドに赴任していた時,夏だった。自宅で食事していたら,右前方50度ぐらいから蚊がフラフラと飛んできた。

お!ポーランドでの最初の蚊だ。

「あー,窓閉めとけば良かった,忘れてたー。」と思うも,時既に遅し。飛んでくる蚊を一瞥し,見逃さないようメンタルのギアを一つ上げた。

右腕をゆっくりとテーブルの上に出し,目だけで追うー頭は動かさずにだ。右利きの僕としては,左手で潰す事になるが,今は右左を選んでいる場合じゃない。

結構,蚊を叩くのは得意だ。特に,腕とか何処かに止まっている時。そういう場合だと,大体逃さない。たとえ,血を流してもだ。

しかし,逆に,見失わなう事があるのも事実だ。大体そういう時は,急に下の脚とか,背後が危ないのは経験ズミだ。気がついたら,スネの裏側がやられてるとか。

だから,目だけで追う。

ブーン,と比較的軽い音で近づいてくる蚊。段々姿がはっきりしてくるが,色は薄い。東欧の夏の光の様に,薄い。サイズは,普通だ。

ブーン,更に飛んできた。もう,急に両手でパーンと落とせるぐらいの距離だが,ここはまだガマン。確実に落とさないと,万が一逃すと見失う危険があるからだ。

そういえば,昔,高校の地理の先生が,アラスカの蚊はヤバイとの話をしていた事を思い出す。 大きさが蝶々みたいで,ブーンなんて音じゃなくて,「バタバタ!」みたいな音。刺される,というより,ガバッと噛まれる感覚らしい。それに比べれば,大した事は無さそうだ。

ブーン!確実な射程圏に侵入してきたゾ。もう顔から50センチもあるかないか。今なら外しても,見逃さないだろう…。右腕に吸いに行くかどうか。

アッ!
と思ったら,額の真ん中に🦟が止まった。

一瞬,何が起きたのか分からなくなった。一瞬,蚊のスリーサイズがハッキリと見えた気がした。しかし,次の瞬間,左手が自分の額の真ん中を打っていた。血はでてないー思った程には長くフリーズしてなかったんだろう。目撃者,はいない。

しかし危ない。あまりの大胆さに,スローモーションの映画みたいに,一瞬止まってしまった。まさか,見ているのに,そのまま,直線的に飛んできて,額のど真ん中に止まるとは❗️不覚である

この後,少々,哲学的になった。何故だ,と。これまで考えた事は無かったが,自分の額が魅力的だからか?改めて考えると,僕の額は広い。🦟から見れば,魅力的なヘリポートに見えるのだろうか。いや,でも,これまでもそういう機会があったのに,これが初めてだ。

少し冷静になって考えよう。きっと,これは競争環境の問題だらう。ここら辺は,あまり🦟の競走が無いのかもしれない。マズーリ地方の様な湖沼地帯に行けば違うのだろう。

しかし,現実は違った。その後,僕はポーランドでは,相当な数の🦟を撃ち落とした。割と,正直に,ストレートに挑んでくるスタイルであるのも分かった。🦟から見れば,撃墜王と思われたであろう。

そもそも,家族の中では,🦟が血を吸いたい優先順位は家内→子供→自分であり,家族と一緒な限り,家族の血を吸ったお腹満帆の重い飛行中の蚊などは,最早,赤子の手をひねる様だった。

こうしてポーランドを離れる時には,🦟との関係では,坂井三郎の様な気持ちとなった。

そして,輝かしい戦績を引っ下げ,成田に降り立った。

蛇腹を通って,空港敷地内に入ると,モワーっとした日本の夏である。久しぶりなのか,毛穴が一気に開こうとしても開かず,息苦しい感じ。

長旅なのか,尿意を催し,トイレに入った。

そして,そこにいたのだ。日本の蚊が。何か痒い雰囲気を感じて振り返ると,閉めたトイレの扉の裏側にいた。即座に叩くが,一瞬の違いで逃す。

そして,消えた。

しかし,冷静だ。まだ一回戦だ。ポーランドで鍛えられた僕は違う。こんな周りが真っ白で狭い日本のトイレで逃す訳がない。逃げる場所なんかない。時間の問題だ。どう見ても,蚊が勝てない勝負だ。

…それにしても見つからない。天井から床まで見てもいない。背後か!その場で急速に振り返る。

…いない。探せでも,探せでもいない。トイレの裏側か?何故だ!

尿意がつもり、焦りからか汗が出てくる。
…くそっ,持久戦か?卑怯な。正々堂々と出てこい!バタバタと腕と脚を意味不明に振り回す。マシンガンを撃つ様に、ケンシロウの様に振り回せば,撃ち落とせるかもしれない。

汗が更に吹き出してくる。
いよいよ,毛穴が日本に慣れてきたのか。

しかし,尿意は高まるばかりだ。もはや,限界である。そして,思い出す。

家族がトイレの外で待っている事を。

みすみす🦟を逃す事は撃墜王のプライドが許さない一方,尿意をガマンしている体は非常事態宣言直前だ。蔓延防止法どころじゃない。

仕方なく,腰を下ろし,注意深く用を足す。

出てきたら,1発で仕留めてやる!まだ興奮が冷めやまない中,扉の外からノックがあった。

傷ついたプライドを抑えつつ,怒りに震えながら,トイレを出た。目撃者は,いない。

「どうしたの?そんなに長く?体調悪いの?随分汗かいてるけど。」怪訝そうに家内が聞く。待ちくたびれた子供は疲れ果てたのか,ベンチに腰掛けている。

 怒りのあまり,何処から説明していいのか分からない。そもそも,彼らは全然分かってないのだ。この国の凄さを。日本に帰ってきたんだから,気を引き締めないといけないのに!この状況の深刻さを分かってるのか⁉︎

 その後,どういう返事をしたか覚えていない。そんな事より,初めて訪日した外国人が僕の様な目にあったらどうなるんだろう!Visit Japanとか,おもてなしとか,美しい国日本とか,全部台無しになってしまう,国家の危機である。それぐらいの重大さだと分からないのか!

 「はい,次の方どうぞ」

 入国審査官の声で我に帰った。ダメだ。パスポートのカバーがかかったママだ。カバーを外さなきゃ。そもそも何処に入れたんだ?

 慌てて,カバンからパスポートを引き摺り出し,審査官の受付の上にパスポートを置く。

 そのパスポートを置く右手の甲に赤い膨らみがある事に気づいたのは,その時が初めだった。
 小さいが,確実にやられていた…

「はい,もう良いですよ。次は税関です。」
暫く,茫然と自分の右手を見ていたに違いない。

 怒りに身を震わせながら,キューキューと鳴くターンテーブルに降りていく。

「こっちだ,こっちだ」と子供が手を振っている。子供はまだ気づいていないようだ。もう,父親が撃墜王で無くなっている事を。バスター・ダグラスにやられたマイク・タイソンの様に。

 当時のタイソンに想いをはせ、タイソンの辛さを共有する。ボー然としながらゆっくりと階段を降りていく。子供の笑顔が感覚的に遠い感じすらある。

 その後の日本での戦績は至極,平凡だ。良くも悪くもない。しかし,何かが変わってしまったのだ。未だにあの敗戦から立ち直れていない。

 繰り返しになるが,日本の凄さは「蚊」である。日本人と幾万年も戦い,スパーリングしてきた日本の蚊,恐るべし。

 

 












全額,保護犬の活動に投資します。