泥の中から病巣も花園も

 気持ちがとても沈んでいた。やりたいことは分からないのに、不安ばかりが増える。毎日、数十分、数時間ごとに気持ちがぐらついて辛い。生きていてこんなのばかりなんだって、改めて感じると、もう、駄目だ。

 薬を飲んで寝る。こういう誤魔化しで、目隠しで、どうにかなるのか。ただ、頭と体が駄目になっていくのを見て行くだけなのか。でも、抗いたいんだ。そうじゃなきゃ、死んでいるのよりも哀れ。



静嘉堂文庫美術館で能面見る。能を見たのは中学生ぶり。服と同様、人が身につけて初めて真価を見せる物だと思うが、現物をゆっくり見られて良かった。初期のプリミティブなデザインが特に好み。解説と共にじっと見ると、能面(若い男役の)にも色気というか、品があるように見えるから不思議だ

恐ろしい姿をした面も、一つの面でいくつかの配役を兼ねる(場合もある)らしい。鬼にも物の怪にも神にも精霊にも変化する、それを受け止める面。それに演じるひとが介在するとなると、シンプルな意匠の方が映えるのだろうか。駅から遠い(スマホナビありで徒歩30分。帰りは15分)けど、行って良かった。

てかさ、やっぱり現物は生々しさがあってさ、それはどんな高性能のカメラでも動画でも伝わらない。俺が現地のオーロラの美しさを知らないような感じ。剥落やヒビ、というのが大好きなんだ。年代を経た物が持つ魅力。千年以上前の美しさを感じられる幸福。

 会場は狭く、展示の数も少なかったが、そのおかげで三周もできた。じっと、能面を見ると、その微妙な色遣いに官能を感じた。一番初めに展示されていた、伎楽面というのがとても良かった。七世紀、中国から日本に伝えられた仮面劇。元々仮面が好きなのだが、人のような肌をしているかのようだった。存在感があった。生々しさがあった。剥落さえ人間の老いの証の様に見えたのだ。

 こういう作品を見られて感じられると、自分が生きていて良かったと思えるんだ。少しの間だけ。少しの間だけだけれど。

 でもすぐに気持ちは落ちて、数日後の休みに何とか青山ブックセンターに。いっつも、高い外国のファッション誌や写真集を立ち読みする。本当は買ってお店に貢献したいんだけどね。欲しいのは高いんだ。それに図書館で借りて読んでない本が、他にも読んでない本がたまっているんだ

 ふと、棚から手にしたラリークラークの第一写真集TULSAを手にする。初期のラリークラーク大好き。どうしようもない空気がある。どこにもいけない駄目な若者たち。

 値段は4500円位で、あれ、俺が買った時はその半額位だったよな、とアマゾンで検索すると、半額位で今も買えた。そして、おれがその写真集を購入したのは十年前だと表示されていた。

 十年前の俺と、今の俺はほとんど変わっていない。でも、年老いて、色々と駄目になって行っている。二十代の頃はなんとかなるっておもっていたけど、なんとかならかった。でも、生きているんだ。

 ただ、二十代の時よりも色んな表現、芸術への理解、感応は広がった。小説も今書いている方が好きだ。俺は俺が書いている小説が好き。それだけで、今生きている動機になる。でも、これはヒロイックで大袈裟なことではなくて、その位自分には持ち合わせや頼りになる物がないって。それだけのことだ。残念。


映画『プロメア』見る。前にみたキルラキルが面白かったから、期待していたのだが、期待以上に面白かった。ド派手でぐりぐり動くアニメーションに王道ストーリーが熱い。ゆらめき広がる炎、四角形が増殖する氷の表現の対比が良い。後半はそれらが混じり合いエネルギー体みたいにもなるし、

見ていて飽きないんだな。最新のアニメの力ってパワフルだって思えて楽しかった。ただ、レビューを見ると、この監督の作品のファンからは賛よりの賛否両論みたいだった。普段あまりアニメ見ないから、熱心なアニメファンの不満は見ていて興味深かった。俺も自分の好きなのにはつい色々言いたくなるんだ



ずっと見たかった、映画『狂つた一頁』見る。1926年の映画なので、どうしても仕方が無いとは分かるのだけれど、色々気になってしまう。構図もライディングもかなり……モノクロ映画大好きなんだ。俺はモノクロのハイコントラストなのが大好き。でも、仕方ないけど、ぼやけるしチラチラするし

画面も締まりが無い構図が多い。でもね、面白かったんだよなー。特にラスト10分の車、白い花(外の情景)お面(能面?)とか、たまに、はっとするような表情を見せる女性。優れた作品だと思うが、(年代的に仕方ないけど)ボケボケな画面だから手放しで褒められない。でも、見られて良かった。

A・A・ミルン作 E・H・シェパード絵『クリストファー・ロビンのうた』読む。有名なプーさんの作者が、自分の息子に向けて書いた詩集。とても良い。リズム感のある文章と好奇心旺盛な子供の視線があって、子供でも大人でも楽しめる。挿絵もとても良いしこの本に合っている

『レオナルド・ダヴィンチの童話』読む。ダヴィンチはスゴイと思うが、特に好きという訳ではなかった。でも、籠に掴まった小鳥に自由がないと毒を運ぶ親、炎に惹かれて身を焦がし死ぬ蝶、岸辺の百合に恋した水は百合を溺れさせる、等々ユーモラスなのもあるがハードで自然の光景に引き込まれる

童話っているのは、世間や自然の豊かさや厳しさ残酷さを伝えるものかもしれない。それを考えるとダヴィンチの童話はとても良くできていると思った。

ダイの大冒険の新しいアニメ見る。懐かしさと共に新しい画面が楽しい。アニメに詳しくないしたまにしか見ないので、技術の進化に驚く。一部3Dモデルみたいなのが主流なのだろうか。公式で見られたから、アイドルマスターのジュピターの話を見たら、30分で見せ場詰め込んでいてとても面白かった

少し前のアニメ(映画?)だと思うが、ライブシーンの演出も良かった。でも、ライブシーン、キャラが歌って踊るのって手描きで描くのはもう金銭的に現実的ではないのだろう。アニメに詳しくない俺は、ジブリやディズニー映画のアニメーションが好きだ。それはお金と時間をかけているからか、

キャラクターがちょこちょこ余計な動きをするのだ。それが見ていて目を奪われるし楽しいのだ。ヌルヌル動くってやつ?でも、お金か時間がないと余計な動きを与えるのは難しいはずだ。見る方としては知らない、或いは生き生きと「動く」のを見るのが楽しいのだ。

ふらりと入った古書店で、棚に並んだ上田敏『海潮音』の値段見たら、初版六万五千なり。こんな高いんか!ちなみに同じ店に文庫版あってこっちは二百円。プレミア古書の世界は分からん。マラルメの本もあって、こちらは一万五千なり。うわ!安い!ってなるか!俺の目玉三千個売らなきゃ買えない

『植田正治写真の作法』読む70,80年代にカメラ雑誌に書かれたエッセイをと集めた一冊。長く続けているカメラマンといったら曲者のイメージがあるが、丁寧で腰が低い文章!それでいて野心は捨てていないし自身をアマチュアと言いアマチュア=挑戦者の諸君へ呼びかける文は熱く今読んでも読み応えがある


藝術新潮編集部 編『萩尾望都 作画のひみつ』読む。原稿やクロッキーが見られるのが嬉しい。絵の繊細さは勿論、インタビューにて彼女が「読みやすい漫画」を描こうとしているのがよく分かる。細かい描写でも、よく見ると全体が調和していて理解出来るのだ。後、初期の瞳の円形白抜き表現好き。



タイムラインにポロックの名前が出てきて、少し懐かしい気持ちになる。抽象画で一番有名なのは彼だろうか。有名な作家の作品は画集や展示に出会える機会が生まれる。でも、資金難で、ニューマンは高額で身請けされた。サイ・トゥオンブリはまた見たい。クリフォード・スティルは現物を見たことがないな

 好き、な気持ちが、感受性が摩耗して、不安ばかりが病巣が花園になるならば、俺はもう駄目なのかなあと思う。まあ、だましだましやっていっているんだきっと、みんなたぶんそれなりにきっと。

 最近は小説を書いていないから、それも精神的に沈んでいる原因だと思う。でも、力がないと残酷や輝きを精緻に捕えようとする気すらおきない。

 こういうどうでもいい言葉を吐き出すことで、少しずつ泥の中を泳いでいけたらな。いいんんだけどな。

生活費、及び返済に充てます。生活を立て直そうと思っています。