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ジェンダーレス及びトランスジェンダー主義と性自認、特にSOGIEへの心理学に基づく批判的考察


 現在日本でも急速に社会に浸透しつつあるLGBTQ +思想・トランスジェンダー主義とそれに基づく包括的性教育の推進であるが、その思想と価値観には様々な悪影響が懸念される要素が含まれている。
 トランスジェンダー主義とは、「生物学的な性とジェンダーは自由に切り離せる」とするもので、1950〜70年代にかけてのアメリカ新左翼運動のラディカルフェミニストの主張とフェミニズム研究から生まれた概念だ。その概念を発展させ、レズ・ゲイ・バイセクシャルの同性愛者人権運動と統合したLGBTQ+思想となり、今や新しい時代の性教育にも取り入れられ、北米を中心に公教育にも広く導入されて大きな影響力を獲得している。


 「生物学的な性とジェンダーは自由に切り離せる」という考え方の上で、LGBを統合させる為にとられる考え方が「性自認主義」だ。
性自認(gender identity)は各々が自分自身をどの様な性別であるかを自認する主観的な概念だ。生物学的な性と切り離されているIdentityの自認であるが故にそのパターンは男女という枠を軽々超え、その数は56種類にも及ぶ。

 性自認をより分解し体系化したものがSOGIE(ソジー)だ。SOGIEとは、性的指向(Sexual Orientation)、自身の自認する性(Gender Identity)、出生時に割り当てられた性(Sex Characteristics)、表現する性(Gender Expression)の頭文字をとった造語で、性自認はこれら4つの要素から成るとしている。
 出生時に割り当てられた性と自認する性が一致する場合はシスジェンダー、出生時の性は女性だが性自認が流動的な場合はジェンダーフルイドといった具合である。
 これらの考え方に基づく教育はジェンダー平等・ジェンダーフリーを実現する為に欠かせないものと考えられており、その必要性は主に性的マイノリティの人権の保護と理解を促進する為だと説明される。
 性的マイノリティの理解と人権保護(いじめなどの抑制)の観点からその教育の開始は早ければ早いほど良いとされ、北米では小学生の年齢でこれらの教育が開始されるのが一般的で、極端な例になると幼稚園の段階からSOGIEの教育を開始している。
本稿ではこのトランスジェンダー主義及びSOGIEの概念と、特にその低年齢下での教育に関する問題点と懸念事項を主にユング心理学のフレームに乗っ取って指摘する事を目的としている。


 Identityとは、「自己が環境や時間の変化に関わらず連続する同一のものであること」とされており「自己同一性」と表されるのが一般的である。自己同一性の獲得は発達段階における自我形成の主要なテーマであり、乳幼児の時期から少年期にかけて形成される。(そしてその運動は生涯に渡って続く。)


 自己同一性の形成の主体たる自我とは一体何なのだろうか。ユング心理学では自我を、第一に「自分の身体、つまり自分の存在についての一般的認識」第二に「自己の記憶データ、長時間にわたる一連の記憶で自分が存在し続けているという確信を持つ事」
これらの要素からなる心的諸事実の複合体(ego-complex)と定義している。(注1)


 これらの要素は幼児期から徐々に確立されていく。初期の自我意識はまだ明確な自我も意識も持ち合わせておらず母と一体化した状態(神秘的融即状態:注2)にあり、外界との接触(母の授乳、食べ物の摂取、排泄など)を繰り返し徐々に自身と外界との区別をつけていくというプロセスを辿る。ユングと双璧をなす精神分析の大家ジャック・ラカンは、これを「鏡像段階」と定義し詳細に論じている。(注3)
鏡に映る自己像を自身のものと総体的に認識したり、その他諸々の身体感覚や身体への認識を統合して行くプロセスがidentity=自己同一性の獲得である。自己と外界の区別を「意識」しはじめた自我は、男性なら母親、女性なら父親の存在を認識し、自分とは違う他者としての“異性”の存在を同時に認めはじめる。これがGenderの雛形であり、ユング心理学的にはアニマ(自身の内的な女性像。女性の場合はアニムス)像の受け皿となるイメージの形成となる。


 この時点でもう既に、SOGIEという考え方の特異性が露わになっている。Identity とは自己の総体的認識であり、心と身体との一致が不可欠である。それなのにSOGIEという概念はトランスジェンダー主義の「生物学的な性とジェンダーは自由に切り離せる」という思想を元にしている為、Gender Identity(性自認)とSexCharacteristics(身体的な性)は違う要素だとして「分解」してしまっている。SOGIE肯定派から「分解しているのではなく“必ずしも一致しない”としてIdentity を分析しているだけですよ?」という反論が聞こえてきそうだが、詭弁極まりない。そもそも不可分である筈のものを分離してしまっているからだ。
 上述の様な一般的健康的なプロセスを辿れば問題なく心身が一致しているidentityを獲得するところを、何らかの原因で不一致になってしまう場合があるので、性自認と身体的な性が一致しない状態「性別違和」は永らく「性同一性障害」と呼ばれていた病理的状態なのだ。(病理的状態という意味では性別違和という呼称になっても変わらない。) この点だけでもSOGIEの考え方は、自己同一性を阻害するものであると言えるだろう。


 Identity形成の心理学的なプロセスへ立ち戻ろう。自己と他者の区別への認識に従って“意識”機能がだんだん明確になっていく。
自我と意識が明確になるに従い広く暗い無意識の領域にシャドウ(影)とアニマの元型(注4)が発現し固有のcomplexが形成されていく。
 アニマ(アニムス)とは自己の異性像であり、上述の通り男性ならば母親に対する“異性”という認識でもって形成されていく。(成長発達に従いアニマは母親元型(great mother)から分離され、理想的女性像としてパートナーとなる女性へ投影されていく。)(注5)
 シャドウ(影)とは、自我意識の形成に伴い自身から分離・抑圧された諸々の心的要素である。それは例えば通常自我が受け入れられない要素や好ましくないと道徳的に規範される事柄の集合体で、個人の夢などでは殺人犯や得体の知れない浮浪者として表象される。
 アニマ像は二次性徴、つまり思春期においての性の目覚めに伴う性エネルギーの受け皿となり、性的指向の形成の指針となる。性エネルギー或は衝動・欲動は、初期のフロイト精神分析学では心的エネルギーと同一視して理論を展開させる程の大きな心的要素の1つであり、その目的が生殖行為である事から、自己とは違うものに向かう性質を有していると特徴づけられる。性エネルギーの対象つまり性的指向は、性エネルギーというものが自律的かつ強烈なものであるため、その対象への振れ幅は文化規範と環境に大いに影響を受けるという事も同時に言えるだろう。数多くのフェティシズムや性的倒錯が存在している事からもそれは容易に証明される。


 文化規範と環境に影響を受けるという点は性エネルギーだけではなく、自我やシャドウ、アニマに関しても同様である。エーリッヒ・ノイマンは「外界と内界の客体はすべて内容として意識に取り込まれ、その中でしかるべき位置を占め、かつ表象される。意識の中に表象されるこうした内容の選択・配列・段階づけ・限定はほとんど文化規範に依存しており、意識はこの中で発達し、これによって規定される。」(注6)としている。
 つまりどの様な心的要素が自我に統合され、受け入れられない要素がシャドウとなるかは、家族及び文化の規範に依存しているという事だ。
正常なgenderへの認識とidentity(自己同一性)の獲得の為には文化規範が極めて重要な位置を占めている。文化規範とは所謂男らしさ・女らしさのイメージの事であり、近年のジェンダー平等の観点からしばしばアンコンシャスバイアス研修やACのコマーシャルなどで偏見として攻撃され消滅を図られているが、男女という区別とidentity の獲得の為には非常に重要な要素である。
 これらの文化規範は、その文化を保有する民族がその外的環境の中で長年をかけて獲得してきた社会秩序と個人の生活を円滑に(正常に)行う為の知恵の結晶と言うことができ、その知恵に基づいて個人の正常な成長と社会への適応が成される側面は大きい。そしてそれらの文化規範は民族固有の「集合的無意識」(注7)より発現・結晶したものであり、フェミニズム論者が言う「男権社会」から生じたものでは断じて無い。日本人がもつ男らしさ・女らしさイメージも日本人に固有の風土と心象から生じているのである。


 これらの事よりSOGIEの特異性を更に指摘する事ができよう。GenderIdentity(自身の自認する性)とSexCharacteristics(出生時に割り当てられた性)の解離の異常性は既に述べたところだが、SOGIEは更にSexualOrganization(性的指向)とGenderExpression(表現する性)を解離させている。
SexualOrganizationも上述のプロセスで自我とアニマ像・文化規範の関係によって有機的に形成される心的要素でありSexCharacteristics(医学的に割り当てられた性)とは不可分なものである。  GenderExpression(表現される性)に関しても、アニマという普遍的な内的女性像とそれに伴って形成されて来た文化規範に沿って形成された自己による表現である為、やはりSexCharacteristics(医学的に割り当てられた性)とは本来不可分のものであると言える。

 SOGIEとはこれら正常な自己同一性の獲得に重要な心的・身体的要素の関係をあえて解離させる思想である。ジェンダーレスに関しても、男女の正常な違いを無くすものであり、正常な自己同一性の獲得を阻害してしまうものであると言えるだろう。
この様な思想を教育の、しかも強烈なエネルギーとなってただでさえ内的葛藤の源泉になりやすい性エネルギーにまつわる教育に導入する事は、発達段階の少年少女に対して正常な性エネルギーの自己への同化のプロセスを混乱させ妨げるものとしか思えない。有害であるとさえ言える。
 集団的な公教育が非常に大きな文化規範となることは疑いようがない。その様な自己同一性にとって有害な教育が文化規範となってしまえば、心身の不一致を引き起こし様々な心身症や不安障害・抑うつの源泉となるであろう。
事実、アビゲイル・シュライヤーによれば北米での公教育へのSOGIEの導入後、十代の若者の不安症やうつ病の患者数の記録的増加が見られると言う事だ。(注8)


 またこれらに関係して、同性婚の法的認定にも言及したい。これらも正常なGender Identity の獲得への阻害となる要素である。
 上述の通り正常な自己の形成においては、自我にとって好ましからざる要素はシャドウとなり、その内容の選択は文化規範に大きく依存している。
法律というものは、法哲学という学問がある事からもわかる通り、ただルールを決めるだけのものではなくその国の文化的象徴という側面がある。同性婚を認めてしまえば、その国の文化規範が同性愛を公に認めてしまう事になる。
 そうなると、本来であれば一般的では無いとしてシャドウの領域にある事で正常な自己形成に寄与していたものが一転明るみにでてしまう事になる。そうなるとそれまでシャドウにある事によって性エネルギーとの結びつきが絶たれていたものが容易に結びついてしまう可能性が高まる事になる。今まで文化的にシャドウに置いておかれるべき要素だったからこそバランスが取れていた所で、急にその障壁を取り払ってしまうのだからその影響は計り知れない。同性愛者やバイセクシャルといった性倒錯者の無用な増加に繋がる事は想像に難くないだろう。
 SOGIEや同性婚認定は性的マイノリティの人権を守る為と正当化され説明されているが、人権の侵害という点で言うのであれば、性ではなくシャドウの文脈で教育されるべきである。いじめや迫害はシャドウの不当な投影により生じるものだからである。この様なシャドウの意識化と不当な投影を避けるという意識的働きは、人間における“より高等な心理的機能”であり、充分にidentity が定まった大人が受けるべき教育である。identity が未成熟な段階で受けるべきものでは断じてない。

 以上の論考より、トランスジェンダー主義やそれに基づくSOGIEという思想がいかに現実や心理学の学術的文脈から外れた、個人にとっても社会にとっても有害なものであるかが示せたと思う。
保守主義の父と言われる18世紀の英国政治家エドマンド・バークによれば、人間の社会や伝統は「深遠なる自然の英知により、人類にはいくつもの世代が同時に存在し、神秘的なまでに精妙なバランスを作り上げている。」ものだと言う。(注9) 本稿のテーマに沿って言えば、伝統的家族観や男女のイメージといった文化規範は、一朝一夕に作り上げられるものではなく、いくつもの世代が同時に存在し、神秘的なまでに精妙なバランスを作りあげている。
この様なものに変更や改善を加える事は慎重にも慎重を期すべきであり、漸進的な検討が必要である事は明白だ。
日本人が一千年以上積み上げてきた精妙なバランスを、昨日の今日出て来た様な訳のわからないフランケンシュタインの如き思想に置き換えるのは愚行の極みと言って差し支えないだろう。
ジェンダー平等並びにトランスジェンダー主義とそれに基づくSOGIE教育の導入の風潮に対して、はっきりと反対の意を表したい。


(注1)C.Gユング 分析心理学p25
(注2)神秘的融即:主体と客体、意識と無意識が区別なく融合している状態を指すユング心理学用語。提唱者は民俗学者のレヴィ=ブリューユ
(注3) 向井雅明 ラカン入門p21-41
(注4) 元型(archetype) :集合的無意識に存在する人類一般に普遍的にみられるイメージパターン、普遍的な型。ユング心理学の主要概念。C.G ユング 分析心理学p64
(注5)C.G ユング 自我と無意識p117-157
(注6)エーリッヒ・ノイマン 意識の起源史p428
(注7)集合的無意識:個人だけでなく人類一般に普遍的に共通して存在する無意識の層。普遍的無意識とも言う。C.Gユング 分析心理学p62-71
(注8)アビゲイル・シュライヤー トランスジェンダーになりたい少女たちp25
(注9)エドマンド・バーク フランス革命の省察p89

(主要参考文献)
C.G ユング 分析心理学 みすず書房
C.G ユング 自我と無意識 第三文明社
エーリッヒ・ノイマン 意識の起源史 紀伊國屋書店
河合隼雄 母性社会日本の病理
向井雅明 ラカン入門 ちくま学術文庫
エドマンド・バーク フランス革命の省察 PHP文庫
マーク・R・レヴィン アメリカを蝕む共産主義の正体 徳間書店
アビゲイル・シュライヤー トランスジェンダーになりたい少女たち 産経新聞出版社

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