不登校と誕生日プレゼント

そのお客さんは、夕方過ぎにやって来た。

どこかの会社のOLさんであろう。白シャツに膝丈スカート、黒のローパンプス。

店内を見渡して、キョロキョロしてる。
何か困ってるっぽいな。そう思って、すぐ近寄って行った。
「何かお困りの事ございましたら言って下さいね。」あ、やっぱ困ってるな。眉が8の字になってるもん。
「あのっ!」
「はい。」
「中学生の女の子の、誕生日プレゼントなんですけど。何をあげたら良いか、分からなくて…」
中学生か。あ、文房具なんてどうだろう。オーナーが、どっかの国から仕入れてきた、可愛い文房具あったよな。
「文房具はいかがでしょう。海外の珍しいペンセットやノート、クリップなどがございますが。」
するとお客さんは、さらに困った顔になった。何か言いたそうなので、しばし待ってみる。
「あの、文房具って、学校で使いますよね…。学校行けって言ってるみたい…。あの、えっと…不登校で、学校行けなくなっちゃった子で、文房具は、ちょっと…。」
あ、そうか。それじゃあプレッシャー与えちゃうね。
もうちょっと、情報カモン。
「何系が良いか、何となくでも良いので、ありますでしょうか。例えば、ファッション系、とか、インテリア系、とか。」
「うーん、家の中で使うものじゃなくて、ちょっと外に出掛けたくなるようなものがいいかな、とは考えてたんですけど。でも、何が良いのか…。お散歩でも何でも、少し外に出られるきっかけになるような…。」
ふむふむ。出掛けたくなるもの、ね。
「靴とか、バッグでしょうか。靴は、何センチか分かりますか?」
「小さいので…たぶん23もないかも。」
「それでしたら、靴専門店さんのほうが色々選べますよ。この近くで言うと、〇〇さんが一番、サイズと種類が豊富です。」
お客さんは、今度は、びっくりした顔で私を見た。
「他のお店の事、勧める店員さん、初めて…。どこに行っても、絶対、そのお店で買わなきゃいけない雰囲気になるのに。」
「中学生の女の子でしたら、メイク用品って手もありますよ。メイクしたら、外出たくなるし。ロフトやプラザなら、若い子に人気な韓国コスメも、たくさん揃ってますよ。いかがです?」
立て続けに他店を勧めるので、お客さんは、やっと笑った。
「それも、このお店じゃないー。ははは。」
「アットコスメストアも、お勧めです。」
畳み掛ける私。
オーナーには聞かせられないが、私はお客さんのニーズに応えるためなら、他店推しさえする。
困ってる人に、心から寄り添いたい。それが私の接客スタイル。
「ふふ。でも私、このお店のもの、何かあげたいな。」
なんて可愛らしい事を言うのだ。
うん、なんか浮かんできたぞ。
「服装とか、何系が好きとか分かりますか?可愛い系とかかっこいい系とか。」
「お姉ちゃんが言うには…あ、その子、姪っ子なんですけど。ピンクとか、絶対着ないそうです。筆箱も、お姉ちゃんはラブリーな女の子っぽいのを勧めるのに、真っ黒な、ビジネスマンが使うような、男っぽいのを選んだって。」
私も中学生の頃は、黒や白ばかり身につけてたな。子供っぽいのが嫌だったっけ。姪っ子さんも、いわゆるブリブリ系じゃないのね。
「ボディバッグがございますが。お散歩の時に、スマホ入れたりできますよ。格好良くて機能的。」
「あぁ!ボディバッグ!」
良い反応。

そして連れて来た、ボディバッグ売り場。
「いいかもしれない。色んなブランドがあるんですね。」
「そうですね、老若男女使えると思います。」
あ、カラシ色かわいー。あ、私のお買い物じゃないんだった。黒にします。体が小さいから小さめかな。少し良いものを持って欲しいな。ブランドロゴ、目立たないほうが良いかな。これなら、大人になっても使ってくれそう。あ、こっちの形はどうだろう。

お客さんは、しばらく色々試して悩んだ結果、ノースフェイスの、小さめのボディバッグを買って行った。

その夜、寝る前にぼーっと考えた。

不登校、今、多いんだろーな。
先輩の子の中学じゃ、一クラスに四人いるって言ってたな。
教科書も、うちらの頃より二倍は分厚いらしい。
一人一人、登校できなくなった理由は、違うんだろうけどさ。
何にせよ、子供が楽しく暮らせない世界なんて、変じゃないか?
この国は、この世界は、どうなっていくんだろう。
私には、何も変えられない。
ちっぽけだぜ。あまりにも。

眠い。眠ろう。

あのお客さんの姪っ子さんが、元気に暮らせますように。
お客さんの想いが、届きますように。

私には、祈るしか、出来ない。








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