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自分で見つけ出すこと

 リーディングマスター・まさみちです。真理と照らし合わせた心理カウンセラーをしており、問題の真因を見つけ出して解き明かすことで悩み相談に応じている一風変わったカウンセリングをしております。

 自己受容に至れるかどうか?

 この記事を通して、読み手のみなさまに「面白いな」が届けばと思っております。その一つが「如何に生きるか?」にある。

 そんな面倒くさいテーマについて「真理」という観点から降ろしてみる。

仲良くしたい想い

 好まれること、嫌われること、様々な想いが錯綜する中でも「仲良くしたい」無意識は誰しも持っているものだと位置づけて話を進めて行く。
 形式上「嫌っていない姿」で示しても、頑なに心を閉ざしている場合は丁寧なやり取りや屈託ない笑い顔を示しても「どこか距離」があるものです。
 それは本人でもどうすることも出来ない「間」であり、埋め合わすことの出来ない溝のようなものが流れているのです。

最高に役立ちたい想い

 家族や自身の両親との折り合いが難しい場合において、「親は子にとって最高に役立つ存在で在りたい」と願うことが読み取れます。
 その願いとは裏腹に子に取って最大の障壁となるのもまた「最高に役立つ存在」であることがあるから、大変です。

ドリームキラーの裏の想い

 子どもの夢を潰す親(ドリームキラー)など、子どもが世界を知るほどに親の収入や、親の度量が問われるなど親には耳の痛い話がたくさんあります。
 親として、子どもに様々なことを考えさせたいとあれこれ意見したつもりが、真っ向から立ち塞がるような立場になっているとは知らず、気づけば「子どもの夢を潰す親」という思いがけないレッテルを貼られていたりもします。
 「待ってくれよ」
 親からしたら、子どもの将来のことを考えていたつもりが「そうではない」と気づいた時にはもう手遅れ感満載だったりする関係性になっていることもあります。

それぞれの立場でどうにかするしかない

 自分の人生は自分でどうにかするしかないものです。
 目一杯親や周りは協力的であったとしても、それを感じ取れるかどうかは自身の力量となるもので、賢ければそれだけ自身を欺く力も長けている為に自分を見失い易くもあります。
 頭が働かないなら、自分の陥っている現実を整理することも出来ずに否定すれば好転すると錯覚してしまい泥沼のような立ち位置から抜け出せなくなったりもします。

自己受容を果たしていくには?

 両親を同時に捉えて考えてみることから見えてくる世界がある。
 父親だけと対話するとか、母親だけと対話するとかではない両親同時に見据えて対話してみることで見出せる解答があります。
 この場合、自身ややさぐれている心が残っている場合は対話は難しくあります。
 この対話も、自己との対話であり、内観に等しいものです。
 実際、生きた相手にするものではなくイメージの中で臨場感を持ちつつ、真実味を帯びさせた理想的な両親との対話です。

如何に生きるのか?

 自分の人生というものは、自分で好きに生きていくしかないものの、世界は既に様々な人の手であれこれと加えられていて、生まれも環境もある程度決まっている状態の中で大きくなるものです。
 この圧倒的な途中参入する人生において、その中で社会と交わりながら人生を形づけていく必要があり、挑戦と挫折を繰り返しながら前に進んでいくしかないものです。
 抗うようなどうすることも出来ない全体性の波の中で「やりたいこと」を捻り出しつつ、「一緒にやっていけること」を見出しつつ、繋がりの中で互いの最善を尽くしていくしかないものだったりするのです。
 まずは「挫折している」事実を認めるところから始めると世界を冷静に観察することが出来るというものです。

何に力を注ぐのか?

 ここの定め方が解らないものです。
 「やりたいこと」をやるにおいても、「何をしたいのか」が見えてこなければ「やりたいこと」も見出せないものですし、様々な実践体験の積み重ねがあるから到達出来る世界もあるから「やってみないと見えてこない」ものばかりだったりします。
 一芸に秀でる場合も、多芸を渡り歩く場合も、どちらが優れているとかではない為、本当に「何にでも成れる」と言ってあげられると共に、「何者にもなり得ない」という閉塞された世界に埋もれる感覚に陥ることもあります。
 その中でも「自分を信じる道」というものを本質的に捉えられると世界は変容します。

自分の何を信じるのか?

 ここが見えてないと人生の大事な部分において空回りしてしまうやり取りを重ねてしまうことになってしまうものです。
 痛々しいことも、若気の至りにおいても、「自分を信じている」ようで「我欲を信じている」ものであって、それは自分ではないとは気づけないものです。
 これは親でも子でも、どんな人でも「自分は自分だろ」と自分を信じているものであっても、「我欲」の場合と、「私の根底にある小さな自分」の場合とでは立ち振る舞いの全てが変わってきます。
 ここを伝え教えられる親であるか、先生であるか、先輩であるか、友であるかが重要なところです。

何がしたいの?

 と、問われ、自分とは何かを表現出来るかにあります。
 「何がしたいか不明瞭なまま」でも生きて行けますし、様々な仕事に就くことも出来、社会貢献も出来るのです。
 行動して実践して行くことで見えてくる世界を体験すると「形」というものがとても重要なものであることが見えてきます。
 その「形」を失うと、取り戻すことがとても大変なのですが、取り戻す道もあります。

自分が自分と仲良くしたい

 冒頭に戻り、自分と明確な折り合いがつけられるようになると世界は安定した上での冒険する世界へと発展して行きます。
 全てが「面白さ」を含む変化に富んだ世界であることが解ってきます。
 何をどう投げかけていけば世界は応じてくれることも見えてくると、どうにか楽しんでもらうには、自分が周りを巻き込むような楽しみ方をしているかにあります。

何してんの?

 自分が人に声かけて覗き込みたくなるキャラクター性があるかどうか?
 そこです。
 それには自分が何をしているのか伝えていることがポイントになるものです。

平和な世界で共に遊びたい

 私、リーディングマスターまさみちは、共に人生ストーリーを構築したいと願ってます。物語を生み出し、人生に彩りとなる伏線や意味づけを盛り付けていって欲しいのです。
 どうして「この家族に産まれてきたのか!」などね!

物語を生きている!

 どんな物語にするかは自分で自在に書き換えられる!
 それがリーディング心理学のすごいところ。
 だからハマっているし、人にオススメもしている。
 研究し続けて来た醍醐味を感じている。
 私たちはそれぞれの人生物語を終わることなく体験しているのだ。
 この物語に明確な意味づけや内容を正しく知り、読みかけの物語を終わらせて行く事で、今の人生がブラッシュアップされていくものでもある。
 自分の人生を知ることで、自身の人生のステージを上げていくことが出来る。
 受け身の人生から、挑戦的な冒険の人生へと転じることが出来るのだ。

共に在る

 物語は共感し合うことで互いの人生になくてはならない存在として響き合うことが出来るのだ。
 私の人生が輝けば、同時に読み手のみんなの人生も輝きを受け取ることになることに気づいて欲しい。
 熱を帯びるイメージが湧き上がるだろうか?
 共振できた者が共にステージを暖め合う関係にある。
 縁の面白さと不思議さである。
 何がどう転んで笑い合うか解らない。
 仲良くしてしまえば「それでいい」という世界もある。
 笑ってしまおう!

3000文字で伝えたい真理は……

「約束は果たされると頷いてしまうもの」

 ということを最後に伝えておきます。

「約束の時は来た!」

 そんなイメージです。
 「そうなんだ」
 と、「へぇ〜」って肯定的にこの文章を読めている人には「約束の時」としてメッセージが届いたと感じていただければ幸いです。

 変化を楽しんで行きましょう!!



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