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「娼年」―内側にある欲求。ほとばしる性―

今回読んだ本

石田衣良(2001) 娼年

 物欲。承認欲求。自己顕示欲。睡眠欲。食欲。様々な欲求があるなかで、人前でおおっぴらに話すことがはばかられる欲求。その一つが、性欲であると思う。
 人間誰しもが大小あれど持つ三大欲求の一つであるそれは、そのほかのものと異なり、内側に秘められしものである。

 本書は、リョウという20歳の大学生を主人公が、コールボーイとなり、様々な女性に買われ、その内側に秘める欲求を紐解いていく話である。
 リョウは、少年のころに失った母親の面影を自分を買う女性、そしてコールボーイクラブのオーナーに見ていると思われる。
 いくつものベッドシーンが描かれているが、下品なエロさはそこにはない。エロスに上品も下品もないのだろうが、著者の、あるいは読者のオーガズムを呼び起こさせるためだけの性的な表現ではない。
 リョウが、女性を抱くとき―つまり、その女性がもつ欲求にリョウが向き合うとき―、彼は彼自身の内面に対しても深く潜り込んでいく。そしてどこかにあるスイッチを探り当てるがごとく、リョウは女性のもつ欲求の最果てを引き出そうとする。それ自体が、彼の心の隙間を埋めていくような、空になったグラスに水を注いでいくような行動になっている。

 本書の魅力は、綺麗なベッドシーンにもあるが、リアリティのある女性をリョウ自身のすぐにでも壊れそうなやさしさと共に、繊細に描いているところと感じる。
 男性作家の描く画一的な女性像という印象はなく、女性作家の描く女性像に近しいものがあるのではと感じる部分が多い。
 見た目の良さや想像しやすい行動など表面的な部分ではなく、心の機微をリョウ視点で描いているからこそ、本書で登場する女性たちは、とてもリアルで美しいのだと感じる。

おわりに

 タイトルだけを見ると、娼婦+少年の造語でエロティックな表現の強い印象を受けるかもしれない。しかし、その実、繊細で美しい物語なのである。内側に母親への愛、母を失ってしまったことによる心の欠けを少しずつ他者に投影しつつ埋めていく物語となっている。
 扱う素材自体は、下世話に感じるかもしれないが、調理次第でここまで味わい深いものになるというのは著者の腕前のなせる技であろう。

 男性であれ女性であれ、恋愛している、していないに依らず、異性との向き合い方、自身の内面への向き方の一助になれる一冊ではないかと感じる。

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