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『リボルバー・リリー』を地理オタクが読んだら、ほぼ「ブラタモリ」になっていた

なんだかんだ映像化されると、その作品の原作は読んでみたくなってしまうものです。というわけで今、めっちゃCMで放映されている『リボルバー・リリー』の原作小説を読みました。

舞台は戦間期の日本。世間的にもきな臭くなってきた時代。主人公は、ある事件をきっかけに陸軍から狙われる身となった少年と、その少年を守ることになったかつて殺し屋だった美女…。

これだけ書くと、もしかすると東洋・西洋問わず使いふるされた設定と思われるかもしれませんが、全編にわたって描かれるスリル溢れる攻防が読者を飽きさせません。しかも、綿密な当時の時代描写がリアリティを演出し、引き込まれるように読み進められる小説でした。

ところで、明治期から第二次世界大戦以前を舞台にした小説、特に時代描写が綿密な小説って、その時代の風景を思い浮かべるだけでワクワクしてきませんか?

特に、僕は「地名」がものすごく好きなので(意味が分からない、というツッコミはご遠慮ください)、当時の市電の駅名とか、今も残っている地名とか出てくるとウキウキしてしまいます。完全に本の内容からは脱線してしまうのですけど、そういう小説への没入の仕方もありなのでは?というのが今日のお話です。

今思うと、そういう興奮を覚えた最初の作品は、夏目漱石の『三四郎』でした。高校生でこの本を読んだのですが、当時僕は高田馬場で山手線から西武新宿線に乗り変えて通学をしていて、その道中ずっと『三四郎』を読んでいたのでした。すると、こういうエピソードが登場します。

三四郎は新井の薬師までも行った。新井の薬師の帰りに、大久保へ出て野々宮君の家へ回ろうと思ったら、落合の火葬場の辺で道を間違えて、高田へ出たので、目白から汽車へ乗って帰った。

夏目漱石『三四郎』

おそらく、三四郎は新井薬師から、現在の東中野駅あたりを抜けて大久保へと向かうつもりだったのでしょう。それが、落合から早稲田通りに入って高田馬場のあたりに出てしまったというのです。
経路は違いますけど、新井薬師→落合→高田馬場というのは、概ね西武新宿線に沿ったルートです。『三四郎』を読みながら、自分が今乗っている電車と同じようなところを100年ほど昔に生きた登場人物が歩いていたということに、深い感慨を覚えました。それにしても、昔の人は良く歩きましたね。

この時代の小説を読んでいて、もうひとつ興味深いのは市電の存在です。今は都電として残っているのは荒川線だけですが、当時は数十路線走っていて、小説を読んでいても様々な路線名が登場します。中には、今もかつて路面電車が存在していたことを思わせるエリアもあるので(大曲のあたりとか)、頭の中で地図と今の情景を浮かべながら、登場人物の行動を追いかけてしまいます。(ちなみに三四郎はどちらかというと方向音痴だったようで、市電を乗り過ごしてエライ目にあったというエピソードが登場します)

さてさて、だいぶ脱線しました。
『リボルバー・リリー』は、端的に言うと、陸軍に追われる身になった少年を、埼玉県・熊谷から霞ヶ関にある海軍省に連れていくため、主人公・百合が奮闘するというストーリーです。なにしろ相手は物騒な武器を身につけた陸軍の精鋭。百合はあの手この手で移動していくので、都合当時の地名がどんどん登場します。

ハイライトは、当然都内に入ってからの攻防戦になるのですが、百合は何度も水路を駆使して、東京の中心を目指します。荒川や江戸川などの現存する大きな川はもちろんですが、中心に近づくにつれて舞台は、今は埋め立てられてしまった小さな川へと移っていくので、このあたりはマニア(?)にはたまりません。

特に、「橋」の名前って興奮しますよね。
僕の地元・横浜もそうなんですけど、都内の銀座周辺って、「○○橋」という地名がたくさんあります。「日本橋」は好例ですし、首都高を走っていれば「一ノ橋」「浜崎橋」「江戸橋」とジャンクションが連続します。これは首都高速の古い路線が水路上に建設されているためです。あるいは地下鉄も、「日本橋」「竹橋」「飯田橋」と橋だらけ。どれだけ水路が発達していたのかがうかがえます。

しかし、先ほど書いた通り、埋められた川も多いので、もう跡形もない橋もあれば、地名だけ残している橋もあります。たとえば銀座線の「京橋」がそうかもしれません。

もうネタバレでも何でもないので少し踏み込むと、墨田川→日本橋川と移動した百合は、現在の江戸橋付近から楓川に入ります。これは現在首都高速都心環状線になっているところです。先ほど書いた通り、首都高速は水路沿いに走っていて、このコースは今でいうと、6号向島線を箱崎から江戸橋に進み、江戸橋ジャンクションで都心環状線の外回りに入ったのと同じです。

一度でもこのコースを走るとわかるのですが、都心環状線江戸橋以南の区間は、水路がそのまま道路になっているんですよね。なので、お濠の中をグネグネ走るようなコースになっています。川の上に高架を築いた江戸橋以西の日本橋川沿いとは好対照です。

そこから百合は首都高速沿いを南下し、京橋付近へ。そして弾正橋(これは現存している)を過ぎたところで右に折れて京橋川へとあるので、まさに京橋ジャンクションを東京高速道路(またマニアックなものが!)に入るコースをたどっていきます。

最後に百合はある仕掛けを残し、船を脱出するのですが、その目印となる橋の一つに「白魚橋」が登場します。そうです、首都高速を走っていてうっかり東京高速道路に入ってしまうと、すぐに登場する料金所の「白魚橋」です。まだまだ百合の逃走劇と、脳内都内観光(?)は続くのですが、今日はこの辺で。

ただ、少しマジメな話に戻ると、ここまで地理的に没入できるということは、当時の交通網を精緻に研究し、それを読者がイメージしやすくなるように綿密に描かれていることの証左だと思います。ここまでマニアックに読み込まない読者でも、具体的な描写がされればされるほど、リアリティは増すものです。テキストを追っているだけでも、百合が繰り広げる逃走劇がありありと思い浮かぶはずです。その丁寧な時代描写が『リボルバー・リリー』を魅力的な小説にしているひとつのポイントだと思います。

そんなわけで、当然ストーリーとして紹介したいところもあるのですけれど、今回はちょっと変化急な感想を書かせてもらいました。

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