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ちょっとそこの手術台までいってくる。〜ぜんぶ夏のせいだ〜#2

それは二年前の8月31日。

どうやら急性虫垂炎になってしまったようです。

『今夜空いている』というので入院することになりました。

こんなに痛かったっけ?

母のまっすぐな『すぐ入院しなさい』に促され、
しぶしぶ入院を決めたわたしはその旨を伝えると、先生は心なしかほっとした表情で、診察室内に控えていた岡部(仮)さん(ハナコの岡部さんに似ている看護師さん)に入院手続きの準備をするよう伝えた。

困らせてしまって本当にすみません。(2回目)

すぐ病室の準備をするのでと、まず案内されたのは救急医療室に並ぶ一角のベッドだった。
救急車が到着すると一番最初に処置するところのようだ。

すこし発熱と脱水症状もあるからと、さっそく点滴をするという。

ベッドに腰掛けて、岡部(仮)さんが点滴の準備をするあいだ、針を入れる血管を見やすくするために左腕の上部をゴムで縛る。

これから点滴用の太い針を刺すのに緊張していたが、すぐ近くでお仕事の引き継ぎをしている看護師さんたちの談笑にちょっとだけ気持ちが和らぐ。

切迫している大変な現場と聞くからに、その何気ない会話がなんとなく、みなさん元気そうで良かったなと微笑ましく思ったぐらいだ。

ところが岡部(仮)さんはというと、大きく見開いた目に黒目がちょこんとしていて、棒読み気味な説明と準備する手際がすこしたどたどしい。

なんだかちょっと怖い。

ではいきますねー、といざ針を刺すタイミングで、わたしの左腕を縛っていたゴムがバチィィンッ!!と弾け、くねりながらふっ飛んで床へ落ちた。

え、だいじょうぶ??と素人目にも心配したが、
片手には針を、もう片手はわたしの腕を固定している岡部(仮)さんは、そのまま何事もなかったように処置をしたのだが、点滴を流して数分後、どうやら流動が悪い血管に刺したらしく、案の定、箇所を変えて再度やり直すことになった。えぇ…。

あらためて刺し直したところは、手首のま横で、へぇ、こんなところ刺せるんだと思いながら、刺された瞬間、ビリビリと電気が走ったように痺れはじめ、とんでもなく痛くなり、さらにだんだん気持ち悪くなってきた。
強烈な痛みで自然に涙が出る。

呼吸が浅くなり、視界が霞んできた。
なんだか吐き気までする。

すると、隣で談笑していた看護師さんが大慌てで駆け寄ってきて、すぐベッドへ横たわらせてくれた。

後から聞くと、ぐらんぐらん大きくたて揺れをしていたらしく、卒倒寸前だったらしい。
どうやら痛みによる迷走神経反射で貧血を起こしていた。

悪気がないは十分理解しているが、うすれゆく意識の中で、
岡部(仮)さんの、あの何も映していないかのような黒い瞳が忘れられない。

なんだそのきょとんとした顔は…!!!

あれからしばらくのあいだ、恨みはないがハナコの岡部さんもちょっと嫌いになった。

念押ししますがハナコの岡部さんは全く関係なく、
愛ゆえの比喩揶揄としてお受け取りください。

これから入院するってのに。泣

最初で最後の面会

入院前からすでにぐったりしていると、仕事を終えた母と姉がやって来た。
二人は介護福祉関係の仕事をしているので、医療にも理解が深い。

母は、盲腸がいかに痛くて怖い病気かを教えてくれたが、これから入院する身としてその話は今ちょっと困る。
姉は、最近BTSのジミンちゃんも盲腸になったんだよ〜
そんなに(腹部を)切らないらしいから良かったね!と励ましてくれた。
ARMYめ。

ちなみにわたしは、虚弱体質ほど弱くはないが、少し身体がデリケートなぐらいで、めったに風邪を引かない超健康体質である。
いまだに一度もインフルエンザに罹ったことがない。
それなのに3年に一度ぐらい、いきなりばったり倒れるもんだから、ハラハラするわと溜息を吐かれた。

ここ数年、いろいろあったから、気付かないうちにストレスとか色々あったのかもね、と家族内で妙に納得してしまった。

それでは元気で、と母と姉からの最初で最後の面会を終え、病室が用意できたのでお世話になる病棟へ向かった。父の病室はたしか、もう一つ下の階だったかな。

案内された病室は、テレビ見放題、シャワー付きの広々とした個室だった。

うん、やっぱ今夜入院して良かったわ。

それじゃあ明日、やっちゃいますね。


夜になり、担当執刀医である女医さんが回診にいらした。
小柄でショートカットがよく似合う若い先生だった。
この方がわたしのお腹の中身をいじる方なんですね…(言い方)

現在の治療法はおへそから20cmほど下に、3〜5cmボタンホールほどの大きさの切れ込みを二箇所ほど作り、そこから内視鏡や電気メスを差し込んで除去するのだという。大きく開腹しないで済むし、傷も最小限になるのだそうだ。

『ただ、手術過程でおへそからも器具を入れるので、どうしてもおへその形が変わってしまうので、そこは申し訳ないです……』
『わたし元からでべそちゃんなので、もうあんまり気にしてないので大丈夫です』

じゃあ綺麗に縫い直しますね!
全身麻酔が必要になりますが簡単な手術ですから、心配しないでくださいね、と先生はにっこり微笑んだ。
ぜひ綺麗に縫ってください。

わたしの手術はというと、明日には明日だが、他の手術スケジュール次第になってしまうそうで、午前中になるかもしれないし、午後になるかもしれないという。
明日の午前中には決まります、と付け加えられた。そんなものなのか。

先生たちが病室を後にすると、入れ替わりにやってきた看護師さんが点滴を交換する。
ちなみに点滴の針が痛すぎるのですが、これってこんなものなんですか?と尋ねると、
どれどれとわたしの手首を見て、ぎょっとした表情で凝視した。

顔を上げるとちょっと言いづらそうに教えてくれたのは、
ビリビリ痛いのはたぶん手首の神経にあたる血管に刺してるみたいで、
そしてこんなところは滅多に刺さないとのこと、
お気の毒ですが、すで点滴が始まってしまったのでもう刺し直せないということ。
なんてことだ。

岡部(仮)め……!! 許すまじ……!!!

人間の体って難しいですよね。
医療関係のみなさま、本当にありがとうございます。

9月1日、手術当日。

手首が痛すぎて寝るのに疲れた。

早朝の回診が終わると、代わるがわる医師や看護師さんたちが病室へやってきた。

麻酔科と…あとなんだっけ、自己紹介をしながら、
手術にあたって麻酔や投薬の内容、食事や術後の経過観察など多岐にわたり細かい部分までしっかり説明されたのち、それぞれ同意書が必要らしく、書類にたくさんサインした。

手術台へは徒歩で。

それは唐突にやってきた。

点滴を取り替えにきた看護師さんから、手術時間のことは聞いたかと尋ねられたが、その時点でまだ特にお知らせはなかった。

ちょっと遅いですねぇ、と二人で首を傾げていると、そのタイミングで病室に入ってきた別の看護師さんから、もうこれから手術するみたいです、と身支度を整えるように告げられた。

『徒歩可能な患者さんは歩いて手術室へ行きますので、あとでお迎えにきますね!』

え、歩いていくの??

なんかこう、ドラマで見るようにガラガラとベッドで運ばれるとかそんなんじゃなくて?

迎えにきてくれた付き添いの看護師さんと緊張しますよねぇと和やかにお話しつつ、一緒に歩く病棟はなんかこう、とても変な気分だった。
まな板の魚たちの気分がわかった気がする。

手術室の前で看護師さんと別れると、途端に寂しくなった。

手術室の扉が開くと、緑の医療服を着た手術チームのみなさんから『ようこそ!』と言わんばかりに明るく迎え入れられた。

さぁさぁこちらへと案内されて寝台横に立ち、おぉ、テレビで見たことあるやつだと思いながら、促されるまま自分で寝台に上り仰向けに横たわると、
手術スケジュール管理から時間との戦いなのだろうか、早口で軽快に説明されながら、呼吸マスクをつけられると心電器具がぺたぺたと貼られていく。

天井にある鏡に今から手術される自分の姿が映る。
急に緊張してきた。

麻酔科の医師から、これより点滴針から麻酔が入ると聞いた瞬間、はじめて大絶叫をあげた。

神経を傷つけられた手首から入る麻酔が、今まで体験したことがない強烈な痛みだった。

あまりにも酷く痛がるので周囲は少しざわついたが、すぐに分からなくなった。

それはバツンとブレーカーが落ちるように、
急に静かになるもんだ。

それよりもまさか、手術台までランウェイがはじまるなんて、思ってもみなかったんだ。


你好。
台湾にあるおばあちゃんちに暮らしている ロロ です。
台北市内の師範大学附属語学センターにて
社会人語学留学をしています。

台湾留学とは全く関係ありませんが、夏の思い出にいつか書きたかったお話です。
ちょっと長くなってきたので、3部作でお届けします。
体調悪くなったらちゃんと病院へ行きましょうねというお話しです。

それではまた、下次見囉。

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