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実力社会と、わたし



松本人志の「すべらない話」という番組に対して、明石家さんまはこう言った。

「芸人がすべらないのは、当たり前やろ。」



私はその言葉を聞いてハッとしたんだ。毎日こうして発信をする上で、非常に大事なことのように思えた。そして案外、素通りしそうな部分だって思ったからだ。
普通に、ヒヤリハット。

この時代はチマチマと評価を稼ぐ時代に見えて、実は相当な実力社会なのだろう?『お試し無料14日間』のAbemaですら本気。『1ヶ月間お試し通い放題』のヨガスタジオだって本気だ。こちとら全力で価値を提示して、内容を確認させては、後になって消費者が選ぶスタイル。つまり現代は「商品が満足であったか。事実を確認してから買う」スタイルなんだ。恐ろしや。昔の売買とは訳が違う。あるチャンスの場面にて、「感動」を与えられなければ、いくら無料で公開したところで誰も買わない。誰も欲しがらない。誰も認めてくれない。そんな非常に厳しい社会。だからこそ、忘れてはいけないのが「自己のクオリティ」なのだろう。ね


そうなると、やっぱり冒頭の明石家さんまの発言は、真意をついていて。お笑い芸人はウケて当たり前。歌手は歌が上手くて当たり前。マッサージ屋は気持ち良くして当たり前。飲食店は美味いもんを出すのが当たり前。整体師が体を治すのは当たり前。美容師は理想通りに仕上げることが当たり前だ。
エッセイは、最後まで夢中になって読んでもらうことが当たり前。ヨガ講師は、健康を与えるのが当たり前なんだろうなぁと。

難しいようで、簡単なこと。そして
死ぬほど難しいのがこの先だよ。
当たり前の「一歩先」。

そこにはクオリティうんぬん。
「一人の人間」として、消費者に「感動」を与えられるかどうか。カリスマ性や牽引性だけではない、憧れや、面白み、優しさや、美しさ、知性、期待、オリジナリティを出しながらも、クリエイティブに。希望を与えられるか。魂レベルの話で。社会に「感動」を与えられなければ、どの業界でも生き残れないのだろう。





そんな風に、この実力社会を眺めて見ると。いやはや、しっかり落ち込むのが私だ。
が!
まだ何も始まっちゃいない。私は自分の現在位置を捉えながら進むことにする。夢は夢じゃない。憧れじゃなくて、ただの現実の延長である。

自分をワクワクする方へ導く高鳴りは、
決して嘘をつかないからね。
高鳴りに背を向けず歩いていく。

まだまだこれから。

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