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それは最高の「青春」 ~映画『カラオケ行こ!』感想~

先月末、公開発表からずっと楽しみにしていた映画を観に行った。

歌が上手くなりたいヤクザ役を綾野剛さん、変声期に悩む合唱部の中学生役を齋藤潤くんが演じる映画、『カラオケ行こ!』だ。

綾野剛さんが大好きなわたしは、Xで映画の情報をずっと追いかけていた。
原作マンガを読んでしっかり予習してから観に行こうか迷ったが、前情報はほとんど入れずに観に行くことにした。

以前、大好きなマンガが映画化されて大喜びで観に行ったとき、わたしの1番好きなシーンが省略されていてがっかりした経験があったのを思い出したからだ。

大好きな俳優さんの映画でがっかりしたくはない。純粋に綾野剛さんの演技とストーリーを楽しみたい、と思い、予習は一切しなかった。

結果的に、その判断はわたしにとって大正解だったと言える。
わたしが住んでいる小樽の映画館では上映していなかったため、電車に乗って札幌の映画館まで出かけたのだが、面倒がらずに遠征して本当によかったと、上映後に自分を褒め称えた。冬のJRはいつ止まるか、いつ遅延するかも分からないので、どうしても避けてしまいがちだったのだ。

一言で感想を言うと、「最高のエンターテインメントだった」、という表現に尽きる。陳腐だが、わたしの拙い表現力では、これ以上何かを付け加えようとすると蛇足になってしまう気がする。

綾野剛さんファンの視点でひとつ言わせてもらうと、狂児のカラオケシーンはまさに至福だった。何を隠そう、わたしは綾野さんの声が大好きなのだ。テレビではあまり聴ける機会がない彼の歌声をたくさん聴くことができ、それだけで頬が緩んだ。聡実くんが「気持ち悪い」と評した裏声の「紅」ですら尊く、ひたすら愛おしく、まるで自分も一緒にカラオケ店で歌を聴かせてもらっているような、映画館だからこその臨場感に感動していた。

そして、全編通してブレることのなかった、狂児が聡実くんに向ける優しさ。それを素っ気なくあしらいつつ、次第に打ち解けていく聡実くん。二人の距離感と温度感が、観ている側にも心地よかった。

出会いこそ妙ちくりんだったけど、狂児の屈託なく慕ってくる人懐っこさにほだされて聡実くんも優しさを返すようになり、まるで同級生の友人のようにLINEのやり取りをし、ケンカをする。

ヤクザと合唱部部長、だなんてあまりにちぐはぐの関係性なのに、それでも狂児と聡実は二人でちゃんと「青春」していた。

ずっと狂児が頼ってくるのを「仕方なく受け入れている」のだと言いたげなカオをしていた聡実くんが、狂児の事故を目撃し、いても立ってもいられずヤクザだらけのカラオケ大会に乱入し、狂児が強いこだわりをもって歌い続けていた「紅」を、狂児を思いながら歌う……。

このラストに、聡実くんの、狂児への熱い友情が、愛が、ぎゅっと濃密に込められていた気がする。聡実くんが「紅」を熱唱するシーンで、わたしの心臓はドキドキと鼓動し、胸が熱くなった。少しかすれた高音まで美しく、聡実くんの胸に渦巻いていたであろうあらゆる感情をめいっぱい込め、素晴らしい歌声を披露する齋藤潤くんの演技は最高だった。静かな場内で騒がしく音を立てるわけにはいかなかったので、暗闇の中で両手を握りしめることしかできなかったが、齋藤潤くん演じる岡聡実くんの勇姿に拍手喝采を送りたくてたまらなかった。そう感じていた観客は、決してわたし一人ではなかったと思う。

たった一人でヤクザの集まりに飛び込んで行くなんて、中学生の彼にとってどれほどの勇気を要したことだろう。どれほど怖かっただろう。扉の前で躊躇ったように見えたあの一瞬、恐怖を跳ね除けて踏み出した彼の強さ。ヤクザ達に対し臆せず怒りをぶちまけた勇気。屈強な男たちが大勢いる中、岡聡実が誰よりもいっとう男前だった。

映画のクライマックス。聡実くんのセリフから、狂児からの連絡がぱったり途絶えたことが分かる。カラオケ大会が無事に終わり、狂児は聡実くんを、ヤクザに歌を教えるという役目から解放してあげたのだ。
なんだか寂しく感じてしまうが、そこに狂児の優しさが見えたのも確かで。
聡実くんは中学生だから。これから高校生になる大事な時期だから。多感で大切な青年期を自分が潰してしまわないよう、狂児は彼に会いたい自分の気持ちを抑えて聡実くんから離れたのだろう。

大切だからこそ、離れなければならないこともある。だから映画のエンディング後、エピローグで二人が再び交わるシーンが、より深くわたしの心に沁みたのだ。
一度隔たった距離を、今度は「必要に迫られて」でもなく、「仕方なく」でもなく、二人が互いに「望んで」また歩み寄ることを選んだのだと見届けられたのが、わたしは心から嬉しかった。

映画を観たあと、わたしはまるで吸い寄せられるかのように本屋へ赴き、『カラオケ行こ!』のマンガを手に取ってレジに直行していた。
映画で素晴らしい青春を見せてくれた狂児と聡実くんの物語を、手元に置いておきたくなったのだ。

映画化というきっかけがなければ出会えなかったかもしれない、宝物となる作品にまたひとつ巡り会うことができた。

わたしも狂児のように、大切な相手に素直な優しさを向けられる人でいたい。
聡実くんのように、真摯な情熱をもって友を想える強い人でありたい。

「青春」は人生の限られた時期だけのものではないのだ。
いつどこで降ってきて、どこに転がっていくのかも分からない「人との出会い」を、わたしも大切にしていこう。

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