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偶発性を必然に変える。興味を持ったものには躊躇なく飛び込んでいきたい(カンベさん・50代男性)

私は、父・母・弟という4人家族の長男として神戸で育ちました。父は自転車を製造する中小企業に勤めており、母は専業主婦でした。学校で紹介されたNewton(ニュートン)という雑誌でトウモロコシからエタノールを製造しガソリンの代わりに使用することを知り、大学でこのことを学び、先生になりたいと考え進学先を探しました。残念ながら第一希望の大阪大学には行けませんでしたが、幸いなことにそのことを学べる筑波大学に進学できました。


大学教員になることを諦め、企業研究職キャリアを選択

大学生活は、バイオエタノールを製造するのに有用な分野である生物化学工学やその周辺の生物、計算科学、語学を学べることからとても有意義でした。また研究室も生物化学工学専攻の研究室に所属でき、5年一貫性の博士コースにも合格し、研究生活を過ごしていました。

けれども実家の経済的な状況に疑問を抱き、慎ましく生活し努力するだけでは就きたい職業には就けないと感じ、修士課程修了時に大学の先生になる道を諦めることを決断しました。

けれども農学部生物化学工学専攻という自分の学びを捨てることはできず、医薬、化学、食品を中心に就職先を探し、1992年に今の会社(大手化学メーカー)に研究職として就職しました。幸い与えられたテーマも遅ればせながら進展し、基礎研究所、工業化研究所、事業化と順調に会社でのキャリアを積めました。

もちろん辛いこと、例えば研究発表会の発表で、古くからの小さな事業のテーマであったためか、「こんな時代遅れのテーマは意味が無い」と社長から叱責され、テーマが停止される等もありましたが、テーマ停止後も事業部で同事業再構築、発展途上国等へのライセンス販売等により収益が確保できることになり再び研究に戻ることもでき、自分なりに有意義な社会人人生を過ごしていたと思います。

40代で研究から品質保証部へ異動。葛藤の10年間

しかし48歳になったある日、研究所再構築の影響もあって品質保証部へ突然の異動を命じられました。会社のキャリアとしては代表的なキャリアの一つではあったのですが、異動先は新しいことに前向きに取り組むという今までの風土は全く異なる風土で、これまでの辛い時にも感じなかった気持ちの落ち込みを感じました。

現在は品質保証部時代に培った監査の仕事を工場で行っており、比較的新しいことに前向きな組織であること、週1日出社のテレワークという恵まれた条件で勤めており多少は救われています。

しかし前半キャリアで感じたワクワク感は感じることはできず、57歳となった今、60歳以降、65歳まで同じ職場で嘱託として働くことに躊躇を感じる毎日です。一方、仕事内容を除けば、少ないながらも安定した給与や社会保険加入など捨てがたい条件があるのも事実です。

50代で複業をはじめたきっかけとプロボノ活動を通しての自己理解

そのような中で私が複業やプロボノに取組むことになりました。きっかけとしては、品質保証部時代に、研究所時代のつてをたどって全社横断の新事業プロジェクトに参加したことに端を発します。

そのプロジェクトは自分の困りごとを解決するため、部署を超え社内の仲間を作り、社外にも働きかけ事業を創出するプロジェクトで、私はモチベーションが落ちたシニアの社員を教育事業の創出に取組むこととしました。

化学会社の事業としてそぐわないとのことで事業開発に進むことはありませんでしたが、元自社社員の方が同様の事業(Dialogue for Everyone株式会社 セカンドキャリア塾)を起業されようとしていることを知り、そこでプロボノとしてプログラム開発の評価を手伝いました。

手伝う中で自分のやりたいこと(Will)が「努力する仲間と新たなものを残す」と分かりました。そしてこれまでの人生で学んだことを整理してみると、忘れていた自分にできること(Can)を思い出すこともできました。そして私が趣味でFacebookに挙げていた本の書評が面白いとのことで、同社のオウンドメディアの記事を複業で書かせていただけることとなりました。

ちなみに同社のプログラムで、自分の専門が生かせるとスタートアップのバイオ化粧品会社のインターシップに応募しましたが、インターシップ先の求めていること(Need)は使用者視点でマーケティングができる人のため落選してしまい、少々がっくりした経験もあります。

そうしたところ首都圏在住者向けの和歌山E-BIKEサイクリングプログラム評価のインターシップに採用されました。本格的なサイクリングの経験はありませんでしたが、父親が自転車メーカーに勤めていたことから自転車に親しみがあり普段から移動に自転車を使用していたことが応募のきっかけでした。参加して感じたのは、事業者に顧客の視点で改善点を提案することの重要性です。

様々な複業に関わっていくと、毎回そこでの気づきや学びが得られると感じます。現在はこの経験を生かして別地域で町おこし補助金の申請支援のプロボノも行っています。

そしてその他の活動としては、千葉市花いっぱい市民活動花壇管理者としても活動しています。ある日何年も会っていなかった元子供ルームの理事仲間が自宅マンション前の千葉市花壇を整備していました。話を聞くと、居住地周辺を花いっぱいにしたいが人手不足とのこと。一方、住んでいるマンションは築20年を超え住居者の高齢化が進み、いざという時のためにコミュニケーションを高めたいとの要望がありました。
両方のニーズを組み合わせてマンションでこの花壇の世話をすることとしました。専攻は違っていましたが農学部出身ということもあり植物栽培の知識があったことも実現できた理由だと思います。

会社員が複業するメリットデメリット

私は化学メーカーに長年勤め、48歳の異動後、キャリア前半で感じていたワクワク感を感じられなくなっているということを書きました。

そのような中で、 会社員でありながら複業をするメリットとして、今まで知らなかった世界を知ることができ、そこで働く自分にも新たな面を見いだせることでしょうか。

前段でも少し触れましたが複業では毎回新しい学びや気付きを得られています。また複業は感謝されることが多いので働きがいが高まるように思います。金銭的な報酬は私のレベルではわずかですが、本業だけでは得られないやりがいや充実感が得られますので、刺激や新鮮さを感じています。

一方デメリットとしてはついつい時間を投入して忙しくなってしまうこと位で、時間管理に気をつければ特段の問題はありません。

60歳以降のこの先、について

60歳以降については、現在もなお明確には決められていません。自分のやりたいこと(Will)「努力する仲間と新たなものを残す」がより実現できる社内外の働き場所を探しています。もちろん収入も大切ですので、年金程度の収入が得られると良いなと考えています。

これまでのキャリアで得た専門性に加え、ポータブルスキル(職種の専門性以外に、業種や職種が変わっても持ち運びができる職務遂行上のスキル)を活かすことにより自分の可能性は広がると感じ、今RD LINKさんに登録して、より多様な仕事をできるかもしれないという新しい期待をしています。

私がRD LINKさんに登録したのは、Facebookで偶然見つけた説明会に“理系”専門職の複業と書かれていたことに魅かれて参加し、無理ない複業を提供されている会社と思ったこと。友人が先行して登録しており、担当の方との面談が良かったとのコメントがあったことが理由です。そして、私も面談を受けて印象が変わらなかったので登録しました。

自分の経験から身を持って、「キャリアは偶然起こる予想していない出来事により作られ、偶然の出来事が起きたとき、行動や努力で新たなキャリアに繋がる」「偶然を待つのではなく、意図的に行動することでチャンスが増える」ということを感じています。

このことは学問的には計画的偶発性理論(Planned Happenstance Theory)と呼ばれ、心理学者のジョン・D・クランボルツ教授によって1999年に発表されたキャリア理論だそうです。この偶発性を起こすには新しいことに興味を持ち続ける好奇心、失敗してもあきらめずに努力する持続性、何事もポジティブに考える 楽観性、こだわりすぎずに柔軟な姿勢をとる柔軟性、 結果がわからなくても挑戦する冒険心を持つことが重要とのこと。

この先の人生ではこの考えを大切に、興味を持ったものには躊躇なく飛び込んで行きたいと考えています。RD LINKへのエキスパート登録もそして今回このコラムに応募したのもその一貫で偶発的なNeedが発生することを期待しています。

最後に

これから複業を始めてみたいと考えておられる方は、複業を始める前に、是非、キャリアコンサルタントや複業を始めたいと考えている仲間と一緒に、他人の目も通した人生曲線を描いて自分のやりたいこと(Will)を明確にし、これまでの経験の棚卸(Can)も行うことをお薦めします。

自分だけで考えると行き詰まりがちなこれらのことも、志が同じ仲間で協力して取組むと思わぬ解が見つかります。下世話なことになってしまうかもしれませんが、将来の資金計画も複業なのか、プロボノやボランティアなのかを決める要因になるので計画を明らかにすることは重要だと思います。

千葉市花いっぱい市民活動花壇管理者として管理している花壇の一部です

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