残り約1メートル⑨
「ちゃ、ちゃんとしたプロポーズはまた…。」
「うん!」
彼女を引きはがして、青ざめた顔を見られないようにそらしました。彼女は機嫌よく鼻歌を歌っています。
「先にシャワー浴びちゃっていい?」
「うん、行ってらっしゃい!」
自分でも驚くほど汗をかいていました。どうしても洗い流したくなり、料理をしている彼女をほっといて浴室に向かいました。
シャワーを浴びながら、どうしてあんなことを聞いてしまったのかと後悔していました。彼女がああいうのは分かっていたのに。
「俺に家族が作れるのかよ…。」
ぼそりと呟いたその顔を鏡は容赦なく写します。怒りとも焦りともとれる表情が落ちません。
「…ちゃんと言わないとな。」
自分で自分の肩を抱きしめます。丸くなった背中には傷跡がいくつもありました。
背中だけではなく、腰、太ももなど服を着ていれば見えないところにびっしりと傷跡がありました。火傷の痕も少なくありません。
カズユキは、親からの愛を知りません。彼にとって親とは自分を傷つけ、飢えさせる存在でしかなかったのです。
「受け入れてくれるかな…。」
彼女に傷跡があることは話していました。ただその傷が何で出来たのかは伝えてませんでした。言おうとすると何故か緊張が走り、過去がフラッシュバックしてしまうのです。
カズユキは結婚する予定の相手に、重大すぎることを隠していました。そしてそれが原因でプロポーズをためらっていたのです。
家族の愛を知らないのに家庭が作れるかと、吐きそうになるほどの不安が、彼を追い詰めていました。
つづく
以上、らずちょこでした。
※この物語はフィクションです。
ここまで読んでくださった皆様に感謝を。
ではまた次回。
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