残り約1メートル⑤
「実は社員登用の話が出てさ、ミユキちゃん今度こそ引き受けない?」
ミユキの嫌な予感は当たりました。もうこのバイトを長く続けているので、何度かそういう話をされたことがあるのです。
「店長、私いつも言ってますよね?」
「夢があるのは分かってるよ、でも別の道も考えていいんじゃない?」
「…。」
「夢が何か聞かないけど、もう若くないんだし。」
「…。」
「夢は夢で現実は現実だよ?」
店長の言葉は、まるで誰かが言ったことをそのまま口にのせてるようでした。ああ、これが「他人」の言葉なんだと、ミユキはぼんやりと考えていました。
「ね?うちは給料もいいし賄いだって3食つくよ?」
「ありがたい話ですけど、辞退させてください。」
話が進みそうだったので、ミユキはお馴染みの言葉で切り上げました。
「…そう。ま、気が変わったらいつでも教えてよ。」
店長は一瞬だけ不機嫌な顔をしましたが、すぐに笑顔に戻りました。
「…ハァ。」
バックヤードから店内に戻り、大きなため息をつきました。
「そろそろオーディションだってのに…。」
とぼそぼそ言いながら、箒を手にしました。
ザッザッと床を掃きながら、オーディションの日程を頭の中で整理します。
「金曜と…来週月曜…。両方とも倍率が高いし絶対受けたかったんだよね。」
ミユキが掃いている床からどんどんホコリがなくなっていきます。
「あれ、土曜日…、あ、違う。あれは受かっちゃいそうだからやめたんだった。」
いや、ホコリがなくなったのではなく、ただ近くから遠くに移動しただけでした。
つづく
以上、らずちょこでした。
※この物語はフィクションです。
ここまで読んでくださった皆様に感謝を。
ではまた次回。
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