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【合唱曲】 桜の季節
日が落ちて街灯がないと真っ暗な時間帯。
最寄駅からいつものように自宅に向かって歩いていると、いつもより多くの中学生とすれ違った。
体操服は変わってしまったけれど、それは紛れもなく私の母校の生徒だった。
そういえば、日が昇り切る前に中学校の横を歩いていたら体育館から合唱が聞こえてきた気がする。
そうか、卒業式の季節か。
そこで思い出したのは、題にもある『桜の季節』という合唱曲だった。
歩きながら口ずさみたかったのだが、
曲名とサビの一部だけは覚えているのに、歌い出しがどうも思い出せない。
代わりに中学3年の、ある日の音楽室での短いやりとりを思い出した。
教室移動で早めに音楽室に着くと、ある女性の先生がピアノを弾いていた。
その先生の髪は少しうねっていて、ちょうど肩くらい。身長は当時の生徒の誰よりも高い。醸し出す雰囲気が柔らかく、春の陽気の音楽室がとても似合う先生だった。
新任で優しかったこともあり、当時の粗削りな同級生たちには格好の的だった。
何か言われても厳しく叱ることもなく、生徒からのちょっかいを受け止めていた。
私はそんな先生を見るのがあまり好きではなかったが、先生が音楽と向き合っている姿はとても好きだった。
授業中に音楽について話すときの表情は、当時の私にでもわかるくらい楽しそうで、本当に好きなものを見る目をしていた。いい表情をしていた。
そんな先生のピアノの音に引き込まれるように、ちょうど私は教室に入っていったのだ。
聴くやいなや曲名を当てると
「なんで知ってるの?!いい曲だよね!」と嬉しそうに言ってきた。
たまたま何日か前にテレビで見たNHK合唱コンクールの課題曲だった。初めて聴いたときもなんとなくいい曲だと思ったから、覚えていた。
先生は弾きながら、私は聴きながら少し話をしていたのだが、
どうやら先生は卒業式での合唱曲を、直前でこの曲に変えようとしているらしかった。
それに対して「そうなんですね」としか答えることができなかったが、内心では、
生徒のちょっかいにも言い返さず、はたまた先生たちの中でも主張をしなさそうな、その温和な先生が、自らの意思で大きな変更を為そうとしていたことに、
驚きと誇らしさを感じていた。
チャイムが鳴ってすぐに始まった授業では『桜の季節』の楽譜が配られた。
きっと先生はこのことを覚えていないだろうと思う。私のことも。
けど私にとって初めて、好きなことに向き合うときの“いい顔“を見せてくれた人だし、その人との距離が縮まった出来事だった。
そんなことを思い出していたら、家に帰ったらどうしても歌いたくなった。
YouTubeで検索し、早速流してみた。
イントロを聴いてもまだ思い出せない。
歌い出しが不安だったけど、声を出そうとしてみた。
歌えなかったら、先生との思い出も崩れそうな気がして怖かったけど、
そんな心配は無用だった。
いざ歌ってみると、何も考えずとも1番の最後まで歌うことができた。
最後に歌ったのはもう7年も前だけれど、今でも覚えていた。
それほど、当時の私はこの歌を大切に歌っていたんだと思う。
私にとっての『桜の季節』は、大切な思い出とともにある。
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