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藻類で革命を起こす環境活動家CEO[フィンランド]

「一水四見」とは、同じものを見ても、見る人の立場や価値観が異なれば見方も異なるということです。例えば、複数の人が同じ場所から同じ海岸を眺めたとします。一人は波の雄大な風景に魅せられるかもしれませんし、一人は海中に浮かぶプラスチックなどの海洋ごみの多さを見て落胆するかもしれません。化学者兼起業家のMari Granström氏は、眼の前に映る、主に富栄養化*により水質と生態系が深刻な影響を受けてしまっている海を見つめ、「大切な海が直面している問題を解決しつつ、同時に価値のあるものを創れないか」と真剣に考えていました。

*富栄養化:一般に,海,湖沼などの水域において,窒素,リンなどの栄養塩類が増加する現象をいう。海域でこの現象が起こると赤潮の発生の原因になり,湖沼ではアオコなどの藻類が異常に増殖し,その結果として、魚貝類の斃(へい)死,さらに,上水の着臭などの被害が起こる.こうした富栄養化の多くは,生活排水,工場排水,農業排水などの人為的なものが主要因となって進行する.

引用:コトバンク(一部省略)
富栄養化の影響で増殖したアオコが打ち寄せた湖岸。
日本でも大きな問題になっている。(出典: 国立環境研究所)

SDGsの目標14「海の豊かさを守ろう」で問題とされ明記されている「富栄養化」は人為的に発生していて、海中生物の約40%に影響を与えるほどの甚大な問題となっています。

Granström氏が創業したOrigin by Oceanは、富栄養化により異常に増殖した藻類で加害性があり窒素やリンが溜まったものを海から採取し、同社特許取得済みのバイオ技術で精製し、食品・化粧品・洗剤などに使用可能な原料を創り出します。
海が抱える問題に対し、問題そのもの(=化学物質が溜まった藻類)と、その根本的な原因(=化学物質の海洋への流入)を両面から解決するだけでなく、その過程で高い付加価値(=石油・動物由来の原料に取って代わる原料)を生み出すとてもユニークなビジネスモデルであり、『循環再生型ビジネス("Regenerative Business")』と呼ばれます。

Origin by OceanのRegenerative Business (出典: Youtube)

Origin by Oceanは既に数々の実績もあげており、食品では乳製品最大手のValio社、繊維ではマリメッコ社、化粧品・洗剤では大手化学薬品会社のKiilto社など、既にフィンランドにおける各産業の名立たる企業とパートナーシップを組んで、同社の原料を使用した商品のローンチに向け協業を進めている状況です。
メディアでもFinancial TimesBBCでも取り上げられ、また、世界最大級のスタートアップイベントSlush」でプレゼンするなど、躍進が際立ちます。

先日には創業4周年を迎え、今後も益々の発展が予想される同社の原動力は何か。それは創業者Granström氏の、「人間の手に寄って起こされた海の問題を解決し、海を自然の状態に戻したい」と心の底から考えている強い意志だと筆者は考えます。その確固たる意志を裏付けるGranström氏の首尾一貫した言動と、そのものすごいチャーミングな人柄で、「彼女を応援したい。何か手伝えないか」、と多くの人は心を動かされているに違いありません。

フィンランドの首都ヘルシンキ市の隣、Espoo市にあるOrigin by Oceanの本社兼研究所で直接ご本人に創業ストーリーをお伺いしました。

自分が正しいと思うことを貫く。環境保護には大声も唱える

フィンランド人の一般的な夏の過ごし方と言えば、家族や友人と自然豊富なエリアにあるコテージで過ごすこと。Granström氏も幼いころ、夏は専らコテージで過ごしました。「周りには本当に森や湖しかなかった」とのことで、毎日森の中を探検したり、湖の中で泳いだりダイビングしていたそうです。
"I always felt I am part of the nature."
Granström氏の自然に対する多大な愛情が育まれます。

フィンランドで最も大きい湖であるサイマー湖。自然のアザラシも生息する(出典: Wikipedia

夏が過ぎコテージでの夏休みから普段の生活に戻っても、Granström氏と自然との間に結ばれた強い繋がりは薄まりません。学校では何度も林業に対する森林伐採反対を主張するプレゼンを行いました。

自分が正しいと思うことを曲げずに主張し、愚直に実行する。
相手が学校の先生であれ、歯に衣着せぬ反論をする。
これがGranström氏流です。

自身を環境活動家と認識し、現在Origin by Oceanでも役職を"Chief Executive Activist / CEO"と称するほど、環境保護活動をすることは自身のアイデンティティとして強く根付いています。社外でも世界の様々な国で自然保護活動に携わっており、中でも環境省により推進されている"Plastic Roadmap to Finland"、他にもフィンランドのKerava市内におけるプラスチックのレジ袋廃止運動、Saimaa湖の在来生物の保護を目的とした慈善活動、Puhtaan Meren Puolestaというバルト海への工場排水の放出廃止運動等々、極めて"Active"です。

いつも行く海で浮かんだビジネスアイディア

環境保護への強い想いをもとに、ヘルシンキ大学ではその分野で自身の最も関心のある有機化学で博士号を取得します。また、解決策を自ら事業としても手掛けるべく、研究室では自身のアイディアの実証実験や研究を行い、事業アイディアの検証を行っていました。
しかし、一度は企業勤めをしてビジネスを学ぶ必要があると考え、博士号取得後はまずドイツにある世界最大の化学会社のBASFに研究員として就職します。その後別の会社でも勤め、様々なビジネスや市場のダイナミクスを学びますが、世界中の化学会社がどれほど石油に依存しているかも目の当たりにします。
「世の中はもっとサスティナブルな原料が必要。」
Granström氏は強く感じます。

プライベートではよく海にスキューバダイビングやサーフィンに行っていました。海を自分の"playground"と呼ぶほどの海好き。しかし、いつも行く海に年々変化が起こっていることに気づきます。海の色は変色し、藻類は増え、悪臭さえします。原因は何か。それは富栄養化でした。
欧州環境庁(EEA)によると、バルト海、黒海、地中海、北東大西洋では評価対象地域の23%が富栄養化の状態にあり、特にフィンランド・ヘルシンキが面するバルト海では評価対象海域の99%で富栄養化が見られたと発表しています(参照)。

「愛する海が人間の手によって深刻な問題に直面している。」
この問題の解決に化学者として何ができるか。Granström氏の眼の前には富栄養化を起因として増殖した藻類が大量にあります。
そこでひらめきます。
これらの藻類を採取することは海洋に溜まった窒素とリンを除去することになり、さらに、その藻類を富栄養化の根本原因となる洗剤や農薬、肥料、工場排水に含まれる化学薬品に取って換えれることができるのでは。また、藻類はまさにサスティナブルな原料であり、石油の代替物にもなり得る。
化学産業を藻類ベースにすることまでできるのでは

Origin by Ocean社のミッションは、まさに"To make the chemical industry run on algae."
(出典: 同社HP)

Origin by Oceanのアイディアはこのようにして生まれ、行動派のGranström氏は早速海に浮かぶ藻類を採取し、先ずは自身のキッチンで実験を開始します。

国に"呼ばれ"、自分の進むべき道へ

Granström氏は企業勤めを継続しつつも、自宅に帰宅後は藻類の実験に没頭する日々を送っていました。しかし、何時ものように忙しく過ごしていたある日のことです:

「母国(フィンランド)に呼ばれた気がしたのです。早く帰ってきてやるべきことをやりなさい、と言われたような感覚でした。」

気づけば愛する母国フィンランドを離れてしばらくの月日が経っていました。幼いころからまるで身体の一部のように感じていたフィンランドの大自然は、今も刻々と破壊されていっています。
「早く母国に帰って、藻類のアイディアを実現しなければいけない。」
ヨガ講師という顔も持つGranström氏。ヨガの用語で義務や使命、自分が進むべき道という意味を持つ”dharma” という言葉がありますが、まさにこの時Granström氏は自身のdharmaはこの藻類事業であると悟ったとのことです。

の自身のdharmaに従いフィンランドに戻り、
Origin by Oceanを起業したGranström氏(出典:同社HP)

Granström氏はフィンランドに帰国後早速起業し、Origin by Oceanを立ち上げます。始めは研究に使う機器の調達や仲間集めも一苦労、特に資金調達では藻類に対して懐疑的な意見も少なくなく、やっとのことで話が進んだ投資家陣との交渉も最終段階でコロナが直撃し一部見直しになるなど、大変厳しい試練の連続でした。
しかし、自分の信念に従い、真心を持ってやるべきことに一直線に取り組んできた結果、今では自社のラボを持ち、共に海を守る仲間も増え、既述のような躍進を遂げるまでになりました。

最後に、待ち遠しい商品ローンチも、早いものは今年中(2023年)に商品化されるとのことで、益々期待に胸が弾みます。

Origin by Oceanの商品6種類 (出典: Youtube)
Origin by Oceanのラボでの一枚。
ご多用の中、ラボ内のツアーをしてくれました(出典:筆者)


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