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Cahier 2020.05.26

夕方まだ明るいうちに飲むビールが美味しい季節。

最近やたらとtwitterを見る時間が増えた。やっぱりどこか人恋しいんだろうか。有象無象の情報の大河の中に、ふと心に留まる言葉を見つけるとつい嬉しくなってしまう。

宮台真司、永田夏来、かがりはるき著『音楽が聴けなくなる日』を読む。

本書は、ピエール瀧氏の逮捕による電気グルーヴの楽曲の音源配信・出荷停止を受けて、社会学者の永田夏来さん(夏来さんっていい名前ですよね、白妙の…って続きたくなる)、音楽研究家のかがりはるきさん、そして宮台真司さんがそれぞれ論考を寄せる形で編まれている。

普段この3人の間にどのように交流があるのか、あるいはそんなにないのか、よく知らないけれど、全体の構成を通じて、電気グルーヴの一件を端緒として、存在の奥底から震える何かが共鳴しているような通底音が感じられる。共鳴する「何か」は、音楽をはじめとする芸術とその表現をめぐる自由の問題に集約されていくのだが、その問題は巡り巡って「わたしたちはこの社会でどうやって生きていくのか」、ということを問うているようだった。

中でも考えさせられたのは、永田さんの論考の第3節にある「再帰的プロジェクトとしての自己」と「リキッド・モダニティ」、第4節にある「多元的な自己」の箇所だ。

社会は個人の鏡なのだろうか? 「再帰性」(自らの在りようを振り返り、必要に応じて修正していくこと)の問題は、電気グルーヴの音源配信・出荷停止を決定したソニー・ミュージック・エンターテイメントの企業コンプライアンスを切り口として現れ、わたしたちの在りようへとシフトして問いかけられる。

永田さんは現代を生きるわたしたちの在りようを、社会学者リースマンの言うところの「多元的な自己」、(おおまかに言うと)社会や状況によっていかようにも変わりうる流動的なものだと見ている。たぶん、そうなんだろう。

”多元的”というとまるで「自己」という存在がいかようにも在りえるようにも聞こえるが、「自らの在りようを振り返る」セリフモニタリングという作業とはつまり、絶え間ない自己規定の連続に他ならない。

自らの在りようを振り返り、必要に応じて修正し、適応していくこと。

この文章にマーカーを引きながら、これまでの自分の在りようを振り返ってみると、いつもどこか否定的な要素があったことに気が付く。

進学をするかしないか、就職をするかしないか、結婚するかしないか。

人並みに進学も就職もしたけれど(結婚はまだ)、いつもどこか抑圧的で否定的な姿勢があった。黒いリクルートスーツを着た就活はせず、エントリーシートやSPIもよく知らない。積極的な意味で就職することを選び、決定したことは一度もなかった。AかBかの選択肢の中で、どちらか一方を否定する形で他方を選ぶような決め方しかしてこなかった。少ない選択肢の中でたまたま条件の合う会社が見つかり、仕事をしているけれど、いつも何かに抗うような姿勢を崩せないでいる。

消去法と言えば聞こえがいいけれど、人生に対して一度も積極的な肯定をしたことがないことに、時々疲れてしまう。肯定するのも否定するのも、抗うにも従うにも、やはりバランスというものはあるらしい。どちらかに偏ると、エネルギーが不自然に滞ってしまい、疲れる。

あいちトリエンナーレに行こうと思い立ったのも、そんな疲れを引きずったある日のことだった。「表現の不自由展、その後」をめぐって、世論が荒れていたときだった。そのときすでに展示撤去されてしまっており、再開するかどうか、慎重な議論が行われている最中のことだ。その議論をウォッチしながら、シンポジウム開催に合わせて、夜行バスで名古屋へ向かった。

結局、シンポジウム当日までに展示再開は叶わなかった。

オープニングで芸術監督の津田大介さんのいつにもました緊張した面持ちでの講演を聴きながら、自分が見たいと願ったもの(「表現の不自由展・その後」)をめぐる社会の厚い壁と携わる人々の緊張を直に感じながら、わたしはその両者の強張りを、わたし自身のアンビバレントな自己規定の在りかたにシンクロさせていた。否定的な罵詈雑言の渦の中で、公共空間で芸術作品を展示する「表現の自由」を訴えることの難しさ。大胆になろうと思えば思うほど慎重にならざるを得ない、その神経症的な微熱。

不自由なものを、抑圧され、社会によって斜線を引かれたものを、わたしはこの目で見て、感じてみたかった。しかし結果的には、「表現の不自由展・その後」が再び弾劾され、轡をかまされ、二重に斜線を引かれたことによって、わたしは却ってこの社会の在りよう、そして自分自身の在りようへと再帰を促されることになった。

これから何をするべきなんだろう。音楽が聴こえなくなる日が来る前に。




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