青空、ヒグラシ、お肉仮面 #第一回お肉仮面文芸祭
お肉さんを初めて見たのは、確かヒグラシが鳴き始めた夏の暑い日だったと思います。その日は特にうだるような暑さだったから、よく覚えていますね。
その年は例の病気騒ぎで、夏休みの時期に登校しなきゃいけなかったんです。勉強の遅れを取り戻すんだって、真夏の太陽の下を登下校するのに、私は特に通学路が長かったので大変でした。
それで、午前で学校が終わった日に、友達と約束があるから……近道をしたんです。山道を通って。私の通学路って、学校と自宅の間に山の裾野があるから、大きく回り道するのが本来のルートなんです、山道は危ないからって。でも、山道を抜けて自宅のうしろに出るルートは、大体10分くらい早く着くから、つい使っちゃってました。
それで、山道の半ばほど、夏だから茂みがぼうぼうになってる森の奥に、お肉さんがぽつんと立ってたんです。
つい、視線をスマホから他所に向けた時に、眼?が合っちゃったんです。
それで私びっくりして、スマホを取り落とさないようにしっかり握りしめて、逃げ出しました。ただの変わった人かもしれない、とかその時は全然考えられなかったんです。とても怖かったのを覚えてます。
でも、山道は使っちゃいけない事になってたから、母にもお肉さんのことはいえなくて……そのまま、自分の中にしまい込んでしまいました。
二度目にお肉さんを見たのは、それから一週間くらいたってからのことでした。当時はちょっとした騒ぎになって、新聞にも記事がのったんですけど……あ、はい、その記事です。
その日は部活で帰るのが遅くなってしまって、見たい番組もあったからついまた、山道を通ってしまったんです。はい、まさかまた会うこともないだろうと思って。
それで、夕ぐれの中、ヤブ蚊の多い山道を早足で帰ってると……前の、あのお肉さんを見つけた辺りで、道に何かがうずくまってるんです。白髪の小さな身体で、あの着古した服装は近所のお婆ちゃんだとすぐに気付きました。
なんでこんな所でうずくまってるのか、全然わからなかったんですけど無視して通り過ぎるのも出来ないから、私、そのお婆ちゃんに駆け寄ったんです。どうしたんですかって。そうしたら、私気づいてしまったんです。
お婆ちゃんの下半身が無い事に。
地面が血まみれで、そんなホラー映画みたいな状況でまじまじと観察出来なくて……なんだか、重いものにちぎり取られて、下半身だけ持っていかれたみたいだって感じたことだけ覚えてます。
とにかくここから離れないとって思って顔をあげた時に、またお肉さんと眼があったんです。そうです、この時はこの写真と同じ藍の着流し姿でした。夕ぐれのなかで藍色が映えていたのが変に印象に残ってしまって。
私もう、ウギャー!とか、たぶんそんな感じの叫び声あげて駆け出したんです。だって、殺人現場の、怪人ですよ?冷静に留まるとか、そんなこと出来るわけないじゃないですか。でも、思い返せば、ちょっとくらい冷静さを保ってればよかったんですよね。スマホ落っことしちゃったんです、その時に。
ですから、その現場に、深夜に向かったんです。スマホを拾うために。
何故って、そうですね……当時の私は、ちょっとおかしくなっていたのかもしれません。山道通ったら怒られるから、そこでスマホを落としたなんて言えなかったんです。約束ごとをやぶった時の母はとても厳しい人でしたから。でも、朝になって、通学する際までスマホが無事かもわからないし……つい、懐中電灯片手に、家を抜け出しちゃって。バカだったと思います。本当に。
夜の森って、本当に何も見えないんです。家にあった懐中電灯はとても明るいんですけど、それでも限られた範囲しか見えなくて。とても心細いのと、早くスマホを回収しなきゃって気持ちで板ばさみになって、どうにかなりそうでした。
そうして、多分スマホを落としたあの現場まで戻ってくると……お婆ちゃんの姿はどこにもなかったんです。でも、暗がりに乾いた血の、赤黒い血溜まりがわだかまっていて、それだけが夢じゃなかったってことを私に教えてくるんです。心臓が爆発しそうなくらいドキドキしていました。
そこで、こっそり持ち出した母のスマホから、私の番号にかけると……ちゃんと鳴ったんです、後ろの方から。だから着信音の鳴った方に振り向くと……そこに居たのは、お肉さんでした。夜の暗がりの中、懐中電灯に照らされたお肉さんが、私のスマホを持ってたんです。もう、たっていられないですよね。もちろん腰を抜かしちゃって。
それから、お肉さんがぐーっと私の顔を覗き込んできて。
彼、仮面に穴が開いてるじゃないですか?でもその奥って間近でも全然見えないんです。真っ暗で。くらやみを覗き込んでいるような気分になりました。
でも、一番怖かったのはここからです。
ずしん、ずしんってすっごく大きな地響きに揺さぶられて、つい森の奥に懐中電灯を向けたんです。そしたら、そこにとても大きな骨がいました、四つん這いの怪物みたいな骨が。骨が、木々をへし折って山道に迫って来るんです。
ええと、カバの骨格って見たことがありますか?
カバの骨ってすごいんです、特に顔が。鋭くて太い牙がぐぐっと突き出していて、骨だけ見せられたら、あのユーモラスなカバさんだってわからないくらい恐ろしいんです。その時みた怪物は、カバの骨格が一番近い気がしました。サイズは全然違って、怪物の方が大きかったですけれど。
目の前には、お肉さんで、森の奥からは骨がやってきて、もう本当に駄目だと思いました。ニュースで、スマホのために死んじゃったおバカな子だって、そう言われるのかなって場違いなこと考えちゃうくらいに。
すると、お肉さんがパッと懐から手品みたいに生肉を取り出したんです。ええ、夜の真っ暗な中にツヤツヤな赤肉が一点だけ映えているのが印象的でした。その赤肉を骨に、えいって投げつけて。
そしたら、骨の顔面に張り付いたお肉がばあって広がって、骨の突進を押し留めて、贈り物の包み紙みたいに骨を取り込んでいって、ついにはぐるぐるにお肉が骨を包み込んでしまったんです。
それで、べき、ばき、って硬いものがへし折れる音を漏らしながらお肉が縮小していって……最後には、手のひら大の肉塊にまでちいさくなって、宙に浮いてました。お肉さんは、それを手にとって懐に戻すと、私の方に向き直ったんです。
「怪異に、近づいてはいけない」
透き通った、イケボでした。
お肉さんは、私にスマホを差し出してくれて、それを受け取ると、もう一度だけ話してくれたんです。
「怪異の見える場所に、近づいてはいけない。そこは、現世と幽世があいまいになっている場所で、とても、あぶない。君も、はやく帰りなさい」
「は、はい」
それから、なんとかぬけた腰を奮い立たせてたちあがってから、ちゃんと母のスマホも自分のスマホも、後懐中電灯があるのも確認して、お肉さんに見守られて帰ったんです。
それから、別れ際にポツリと、「お婆さんには、申し訳ないことをした」って聞こえて。だからお肉さんは悪い人じゃないんだなって、思ったんです。
でも、家に戻ってお布団の中で震えている内に朝になって……そしたら、朝警察の人が玄関に来てたんですよ。近所で行方不明の人が出てるから、事情聴取で。だからって、私の見たことを話して、まともに受け取ってもらえるわけがないって思って、結局母が応対しているのをぼんやり見ていました。
その山道には、もう何があっても通らなくなりましたね。
警察の人たちが血痕を見つけて、行方不明から殺人事件に切り替えたって後で聞いたんですけど、やっぱりお婆ちゃんは見つからなかったそうです。
それで、夏の終り頃、友達から変なインスタ垢があるって聞いて、見せてもらったんです。そこにはお肉さんの姿がありました。
だから、このインスタに写っている場所って、本当は近づいちゃいけない場所だと思ってます。お肉さんは赤信号みたいな存在で、近寄っちゃいけない場所を教えてくれてる、そう思うんです。
【終わり】
本作品は第一回お肉仮面文芸祭の参加作品です。
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