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イドラデモン・アニヒレイト #ppslgr 【おまとめ版:72804 文字】

永久凍土でもあり得ない速度で生じた氷柱が、開けた光の差し込むNoteの商業ストリート上で、虚ろに徘徊するショーウィンドウマネキンめいたボット群体を一撃の元に凍結させる。

「カッカ!」

猛禽の如く鳥かごの様に閉ざした氷柱に飛び掛かるのは、焔色と藍色の手斧を双手に握り、長いケープをたなびかせるインバネスコートをまとった灰の髪とあごひげの壮年の男だ。

つば付き帽をかぶった彼が右手に握った焔色の手斧を刈り取る様に振るえば、一瞬で氷柱を煉獄が塗りつぶす。当然、氷柱は瞬時に蒸発し水蒸気爆発を誘発、中に閉じ込められたボット群はどうする事も出来ずにまるで安全性検証人形のように粉々に消し飛んでストリート路面に冷たく転がる。

「前々から見かけてはいたが、今日びいくら何でも増えすぎじゃないか!ボットが!」
「一体全体なんでじゃろうなぁ!?」

俺の後方で手斧を振るう男、J・Qがその戦闘力を遺憾なく発揮する間も有らばこそ、俺は俺で手にした黒橙の黄昏時を映し込んだが如き大剣を振るう。斬撃の軌跡から十数体のボットがトーフ人形よりもあっさりと両断されては、刀身にともなった衝撃波が無事だった上下半身を発泡スチロールが散るも同然にばらしていく。

だが、俺が斬り伏せた数に勝るボットの群れが、わらわらとゾンビ同然ににじり寄ってくる。彼らの手に握られているのは、気に入った作品に贈るためのハート型スキ・チップだ。だが、ボットにかかればそれは凶器にもなる。そう、俺に向かって手裏剣の如く、速度は銃弾のそれ並みで投げつければスキと言えど殺意の現れにしかならない。

「その攻撃、不愉快極まりないな!」

返す斬撃の剣圧をもって、機関銃のように撃ち込まれるスキを悉く斬り落とし叩き伏せる。こんな形でスキをもらっても嬉しくもなんともないという物だ。続いて、力任せに大剣でもってストリート路面をぶん殴り、生じた衝撃波をもって並み居るボット共を粉微塵に粉砕!だが第三陣の群れがうごうごとおぼつかない足取りで迫ってくる!

「チィッ!」
「ハッハァ!コイツを喰らえい!」

大剣を青眼に構えた俺の背後から、焔藍二色二枚の円が犬に追わせるフリスビーめいて飛翔すればボット群の左右から襲い掛かり次々と両断!凍結!焼滅!一体残らず破壊していく!フリスビー、否、手斧は速度を緩めるとJ・Qの両手に巣に帰る鳥めいて収まった。

「今ので打ち止めのようじゃな」
「ああ」

精巧に人間を模したボットの残骸が無惨に転がる様は、まるで戦場の様であくまで商業施設のはずのNote内には相応しい光景とは言い難い。だが、放置すればここはボットだけが闊歩する虚無の空間となり果てるだろう。であれば荒野と揶揄されようと人間が居た方が万倍マシである。

「これはもう、ボランティアで対症療法しているだけじゃラチがあかんレベルになってきたな」
「うむ、以前と異なり行動も過激化しておる。こいつはちょっとばかし見過ごしておけんのう」

大剣を背負った鞘に納めると、後片付けは周遊する樽形状の清掃マシーンに任せ、J・Qと共にまずはバー・メキシコに戻る事にする。元から断つならば、まずは出所を改める必要があるだろう。

バー・メキシコまで戻ってきた俺達が、いつものウェスタン扉を通るよりも先に中から頭を撃ち抜かれたボットが転がり出てきた。冷静に見ないとまるで射殺体の様で実に印象が悪いと言えるだろう。もっとも、血が流れる事はないので落ち着いてみればすぐわかることではあるが。

「Yo、おかえり。どうだったよ」
「もうボットの氾濫大津波ってとこだ」

扉をくぐった先には、いつもの西部劇風の内装、いつものテーブルにいつものCORONA、そしていつもの面々……それから、いつものではないスパムボットの残骸が床に転がっている。それも幾つもだ。ここまで潜り込んだ個体も結構居たらしい。

軽口で様子をうかがってきた清頃の服装のA・Kにこれまた軽口で返すと、CORONAをテーブルに置く。普段の黒づくめの印象を一層強めている自身のコートを椅子の背にかけると、J・Qもまた対面に座った。黒づくめ二人の組み合わせは、より一層ニンジャやアサシンといった狩人を想起させる。

「整理しよう」
「うむ」
「スパムボット自体は、人間が何等かの目的で運用している可能性が高い。仮に保有者の制御を離れていたとしても、出所は必ずある」
「Noteに徘徊させているという事はここを利用している奴じゃろうな」
「ああ、だが問題なのは出所がNoteの敷地外にあるであろうってとこだ」
「その場合、Note運営にはあくまで入り込んだスパムボットの駆除しかできないのう。彼らの管轄は敷地内だけじゃからな」
「そうなる。この規模なら業務妨害とかで抗議する事は出来るだろうが、それにしたっていつ解決するかわかったもんじゃない。話し合いが成り立つころには、俺達は大増産されたボットの群れの下で生き埋めになるのがオチだ」

ずしゃ、とバー・メキシコ向かい側のカフェからもスパムボットが投げ出された音がこっちまで伝わってくる。それを樽形状の清掃ボットが無感情に回収し、何事もなかったかのように去っていったのが扉越しに見えた。

「となると、何はなくとも出所の特定からじゃが」
「そう難しくはない、ボット共はあくまで徒歩で移動している。そこから、ボットの生産拠点はNoteからほど近い歩いて行ける場所で、なおかつ通常は人が近寄らない私有地ってとこだろう」
「なら、本腰入れた調査なぞせんでも奴さんらが出てくるルートをたどれば済む。という訳じゃな」

銃声がまた鳴り響き、ガシャンとボットが転倒する。グリーンのツナギを来たタフな女性が、心底うんざりした表情でリボルバーを曲芸納銃。ガラクタとなり果てたボット共を、一つ目アイコン覆面の巨漢が嘆息しながら抱え上げて表に投げ捨てる。まるで雑に射殺体が出ては放り捨てられる西部劇その物の光景だ。

「とにかく、さっさとどうにかしないと創作どころじゃないのは確かだ」
「うんむ、これではせっかく精魂込めて作り上げた一発が泣くというもんじゃ」

揃ってCORONAを飲み干すと、同時に立ち上がる。ウェスタン扉をあけ放ってバー・メキシコを出た俺達の前に立ったのは、3メートルはあろう大型ボット個体だった。

「フォローします。フォローバックしてください。フォローします。フォローバックしてください」

『断るッ!』
「フォローバックをしてくれないのはマナー違反です、フォローバックお願いします」

高度な、真っ当な造りのAIであればこのような押し問答など生じはしないのだが、如何せんスパムボットに積まれたプログラムは最小限の行動ルーチンしか搭載されていない。今回のであれば、相互フォローを強要し拒絶されたら攻撃態勢に移るようなずさんさだ。

虚無的なフォロー強要の文言と共に、もはや偽装も投げ捨てたマネキン同然の見た目を持ったスパムボットは、周囲に威圧的テンプレート文言ARを展開しながらその丸太の様な両腕を振り下ろす。それぞれ左右に跳んで避ければ俺達の居たバー・メキシコ正面の通路は強かに打ち砕かれホワイトの破片をまき散らした!

「んー、あー、これで読者が増えると本気で思っとるのか?けしかけとる連中は」
「さーな!単に迷惑かけたいだけかもだ!」
「どっちにしてもはた迷惑なやっちゃ!」

J・Qの右袖がぶわりと風船のように広がると、見る間にそれは鋭利な牙を携えた目無しの怪物、そのアギトとなる。空虚な無貌の頭を彼へと向けた大型ボットの腹を横から喰らい裂く!Uの字型に胴を喰いちぎられて不安定になるボットの大上段から、俺が大剣一閃!真っ二つに両断すればがしゃりと床に残骸が転がり、アンドロイドとは比べるべくもない単純構造が露呈する。

「R・V、次じゃ」
「数だけは多いな、本当に」

瞬く間に大型ボットを破壊したは良い物の、バー・メキシコと対面側のカフェを隔てた広めの通路の向こうから、二体の大型ボットが迫ってきている。当然、こちらに用があろう来店客達はその異様な存在をちらちら遠くから関わらないように観察するばかりだ。

「フォローします。フォローバックしてください」

足音だけは重くにじり寄ってきた大型ボットは、要求を繰り返しながらもこちらをとらえようと前かがみに両腕を広げた!J・Qが踏み込めば、獰猛なアギトを大開きにしてトラバサミが獲物をしとめるようにボットの頭部を胸元まで食い裂く!

ダメージを負いながらも動き続けるボットに対し、右側に回り込んだ俺が大剣を突き出し腰から切断すれば、ガシャンと崩れ落ちたままにボットはもがき、動きを止めた。続いてもう一体が、来た。威圧的にフォロバを迫る大型ボットに対し、大剣を青眼に構えて待ち受ける。間合いにしてたたみ二畳ほど。

と、やはり腕を大きく広げ捕獲体勢に入った大型ボットに対し、横から質量を伴った光弾が散弾の様に叩きつけられては衝撃にボットが身じろぎ!続いて放たれた二条のレーザーがボットの首と腰に走ればあっさりと三分割、大げさな音を立ててボットが崩れ落ちていく。

「はぁい、お二人さん。余計な手助けだったかしら?」
「おっ、O・Mさんではないか!」
「いや、助かった。全く出しなからきりがない」

キラキラした視覚表現とは裏腹に、物騒な破壊力を持った光を放ったのはカフェから出てきた一人の女性だった。シルバーブロンドをボブカットにし、藍の瞳でふわふわの白ブラウスにフリルのスカート、そして胸ポケットにはちょこんとオレンジ色のネズミが収まっていた。

「そっちはここの所のボット大増産について、何かご存知?」
「いや、全くだな」
「そう遠くはなかろう、という事でこれから調査に行く所よ」

俺達の状況を聞いたO・M女史は自身のアゴに利き手を当てては人差し指で頬をタップしつつ思案してみせた後、決断的に口を開いた。

「よし、私もついていきます」
「んむ?こちらは構わないが……」
「そちらはボット掃除の手は足りるのかの?」
「大丈夫、だって」

会話を断ち切ってギャリギャリギャリ!ゴキゴリゴキッ!というどう聞いても惨事しか思えない音がオシャレなカフェの店内から轟いたかと思うと、またもやノシイカの様にのっぺりとプレスされた残骸が叩きだされて、通路の床に転がった。

「他にも対処できる人はいるから」
「デス・ローラー……」
「それに、だ」

新たに割って入った声に対し、バー・メキシコの方へ振り向くと一つ目アイコン覆面の偉丈夫プロレスラーが、ボットを肩に仰向けに抱え上げて弓なりにへし折るアルゼンチン・バックブリーカーを決めながら歩み出てくる。
まるで割り箸でも折るかの様な容易さでボットを真っ二つに折り捨てたプロレスラー、H・Mは首を鳴らしながら続きを言った。

「事はもう溜まり場一か所だけの問題じゃなくて、ここ全体の問題だろ。だったら対応出来るヤツが他所にボランティアするしかあるめぇ」
「そうだな、であれば俺達三人が少数精鋭で出所を調査、他のメンツはここに残ってボットの駆除と撃退だな」
「おうよ、任された」
「ありがとう、逞しいレスラーさん」
「お、おう。お向かいさんも頼んだぜ」

スカートの端をつまんでちょこんとカテーシ―を見せるO・Mに対し、H・Mは少々ドギマギした様子を見せる。

「そうと決まれば、出発しよう」
「うんむ」
「はあい」

彼女は手にした紺のベレー帽をかぶると、俺達の間にならんだ。黒白黒で凸凹凸とした並びは如何にもアンバランスで、黒二人の胡乱さをより一層引き立てるという物だった。

「夜までには片付けてくれや」
「あいよ、そう簡単に済めばいいんだがな」

またもバーに入り込もうとしたボットを流れる様な動きのヘッドロックで首をねじ切ったH・Mに見送られながら、俺達三人はまずボットの流れをたどってNoteのどの入り口から流入しているか探る事にした。

「そういえば、ボットに紐づいている特定のアカウントとか、ないの?」
「洗ってはみたが、ちょいちょい運営によるアカウント削除と、再作成を繰り返してるのかいまいち判然としない」
「そうなると、ますますおかしいよね」

整然とした商店街めいたストリートを、ボットが歩いてくる方を辿っていく。Noteの区画内には申請さえ通れば特定のテナントを設置することが出来、バー・メキシコもそんなパルプスリンガーのたまり場として用立てられた施設だ。当然、同様のテナントはずらっとストリートに軒を連ねており、俺達がこうして歩いている間にも挙動不審なボットが各店舗に入り込んでいっている。

「そこなんだよな、一個人に認知を集約させるならたびたびアカウント削除を受けてたら非効率的なんだが」
「じゃが、実情としてはこうしてボットが闊歩しちょるって訳だ。成果があるかはさておき、止めなければなるまいて」

現在確認されているスパムボットは、スキスパム型、相互フォロー要求型、コメントスパム型などなど……しかも最近は質の悪い事に、無反応を決め込めば恫喝行為に移ってくるパターンが付いてきて泣く泣く言いなりになっている者も少なくない。

ボットの流れを三人そろって辿っていった結果、幾つかある外への出入り口の中からNoteの北口玄関からの流入が最も多い事が出来た。その間も、ボットに絡まれていたり、あるいはとにかく関わらないように距離をあけて無関係を決め込む者など、迷惑をこうむっている物は数知れない。

「でもメガフロートのここで、こんな大規模な生産が行える拠点って持てるのかしら」
「土地と設備だけならまあ、購入すれば何とかなるだろう。問題は材料の方だが……」
「なぁに、こんな帳尻の合わん事をする奴らじゃ。多少のインチキはあるだろう」
「インチキ?」
「そう、インチキにトンチキ」

Noteがあるこの地域は、東京湾に建造された人工島、すなわちメガフロートだ。当初は輸入品の円滑な輸送と配備を目的とした、港として建造された物が後にその利便性から拡張されていき、一大施設として変貌した物である。
とはいえ、土地その物は陸地と同様、購入した者が所有権を得る。施設もまた同様だ。

雑談交じりに、ボットの流れを辿る様にビルの立ち並ぶ区画の歩道を進む。すれ違いざまに突如倒れ込むボット、絡んで来ていた相手がいきなり転倒して唖然とするカジュアルな服装の女性。俺の目はJ・Qがこっそりボットの胴体に、医療メスを撃ち込んでいたのを捉えていた。

「確かになにがしかのペテンはありそうだな。単に金目当てならどう考えても赤字だ」
「なら、結構この話、大ごとになりそうって事ね。ワクワクしてきた」

フンス、と意気込むO・Mの様子に、俺とJ・Qは顔を見合わせる。なんというか、強い。

―――――

東京メガフロート、浮北区。Noteからちょうどまっすぐ北に当たる場所に、目的のビルはあった。全面鏡張りのそのビルは、外観上は良くあるオフィスビルに過ぎず、隣接している他のビルと見た目の上で際立った差異がある訳ではない。しかし、地下につながる坂は断続的に虚無の人形を未だ吐き出し続けていた。たまに通る通行人は、気味悪そうに距離を取って関わらないようにしている。

「ここだな」
「うわぁ……思ってたよりずっと多い」
「どうやら一段と増えた様じゃ、駆除しながらでは進めたもんじゃなかろ。避けていくぞい」
「ラジャー」

J・Qの提案に従って、湧き出す人型の列を避けて、壁際にぴったりくっついて坂を下っていく。幸いにも侵入者に絡む思考ルーチンはないのか、ボットの軍勢が妨害行為を行ってくる事もなく地下に潜り込むことが出来た。

地下に潜入した俺達の目に映ったのは地下駐車場、ではなくまるで迷宮の様に壁で区切られた通路の入り口だった。ゾンビめいて這い出すボット群を避けつつ通路を進むと、ますますもって迷路の様に右折、左折、十字路にT字路といった現代建物にあるまじき構造が出迎える。

「こいつは……アレだな」
「アレ?」
「O・Mさんにはなじみがないかの。3DダンジョンRPGってヤツじゃて」

「つまり……迷路?迷ってしまいそうです」
「地形に関してはマッピング、地図を書いていけば問題ない。タブレットと紙の両方で」
「ヒッヒ、ほいじゃ紙のマッピングはワシがやろう」
「わお、手慣れてるぅ」

几帳面に手帳を取り出して細かく図形を書き始めたJ・Qに対して、こっちはサイドツールとしてタブレットを取り出しマッピングを行う。二重に記録を取るのは、入り組んだ地形を辿るうえでの命綱だからだ。

もとは地下駐車場のはずの空間は、今は延々と同じ構造の白い壁で囲まれた通路が続いている。この迷路がどの程度侵入者に有効かはさておき、中に入ってきてほしくないという意思は明確に読み取ることが出来た。

「後はボットが流れてくる経路をたどりつつ、地図に落とし込めば……」

その時、不意にゴトンという重い音が地下に響き渡る。俺達三人の誰かが不用意にスイッチを触ったという訳ではない、だが異変の正体はすぐに俺達が居る通路の先の角から現れた。球体、それも当然の様に通路を埋めるサイズの二昔は前のアドベンチャームービーに出てくる物体であった。

「あーっ!これ!これ昔見た気がするぅーっ!」
「右に同じ!自分じゃやりたくなかったが!」

結構なスピードで迫ってくる球に対し、大慌てで反転して一目散に走り抜ける俺達三人。背後からは脅威を認識できないボット人形がメキメキと潰れる音が立て続けに聞こえてくるので質が悪い。

「という事はっ!次に来る展開は!」
「まあ行き止まりか落とし穴じゃなぁああああああ!?」

イヤな方向に予想というのは当たってしまう物である。俺とJ・Qの思考を読んだのかというぐらい平然と、先ほど通ってきた通路はシャッターで閉ざされ一方通行の行き止まりになっている。このままいけばあっさりとペシャンコになるだろう。

「お二人のうちどちらか!球をちょっとだけ止められませんか!?」
「よっしゃっ!」

応える間も有らばこそ、先にJ・Qが左腰に備えた藍色の手斧を引き抜きざまに床に振りおろせば魔術奇術のごとく氷柱が突き立ち、通路目一杯のサイズの球に対して障害となる!続いて手でもって銃を形作ると指先からレーザーを放つO・M!

「バーンッてね!」

指揮棒の様に振るわれたレーザーは複数回、球の表面を撫でたかと思えばフライドポテトみたいに棒状に切断されてガコガコと通路に崩れ落ちる。通路を埋めていれば脅威だが、こうなってしまえばただ邪魔っけなだけだ。

「しょっぱなから中々殺意の高いトラップが出てきたな……」
「連中、一人二人ひき肉になっても構わんとなれば、いよいよもって看過できんの」

どうにもこうにも、高々作品の宣伝やら金儲け目的にしてはやる事が大仰に過ぎる。であれば、目的は狂気、もしくはこの大げさな設備に見合った得る物があるか、と見て取れる。どちらにしても迷惑をかけられている方からしたら放っておけるものではない。

「地下一階を探索してはい終わり、とはならないだろうなぁ……この分じゃ」

「なーに弱気な事言っとるんじゃオヌシらしくもない。毒を食らわば皿までというじゃろうが」
「そういうそっちは随分やる気だな」
「あたぼうよ、散々悩ませてくれた連中をこの手でギッタンギッタンのバッキバキに出来ると思えば腕もなるわ」
「確かに」

俺がここの所のスパムボット騒ぎで一番頭を抱えたのは、小説エリアを埋め尽くすろくでもないエントリィを掲げたボットの群れの中に、ぽつんと俺だけ残されていた時だろうか。当然、読んでくれる人どころか通りすがる人さえ来なかった。表現の自由は尊重されるべきだが、度が過ぎたスパム行為は埒外だろう。運営のエライ人もそれについては明言はしていたし。

「ヨシ、お怒りゲージも溜まった事だし今度はこっちが理不尽に行こう」
「具体的にはどうするの?」
「まあ、見ててくれ」

俺がどうするのかイマイチつかめないO・Mに対して、J・Qの方はすぐに察しが着いたらしい。マッピングした結果と通路を見比べると、すぐに指示をくれた。

「R・V、5メートル先に落とし穴」
「あいよ」

指示を受けて、俺は通りすぎようとしたボットを掴むと、土嚢でも投げつけるような雑なぶっきらぼうさで指定ポイントに投げつけた。身じろぎしながら投擲されたボットは、ガコンと抜けた床の底へ落下していき、鋭い何かで貫かれたらしき音が伝わってきた。

「次、落とし穴を跳び越した先に自動射撃トラップ」
「おう」
「えっ?えっ?」

一回だけでは困惑しっぱなしの彼女を横目に、転がっていたボットの残骸を拾い上げると落とし穴の向こうへとぶん投げる。J・Qの指示通りにボットをハチの巣にしたのは、スライドした隠し壁から姿を見せた射撃機構だ。リボルバーを引き抜くと空撃ちを続ける射撃機構を撃って破壊。

「お次はせり出す壁で、落とし穴を跳び越した相手を無理矢理落っことす腹づもりじゃろう」
「おーけい、任せろ」
「?????」

背負った大剣を引き抜くと、通路を丸々分断している落とし穴を跳び越せば予想通りにズゴゴゴゴという重い音を伴って、遠くに離れていた行き止まりの壁が迫ってくる。奥に続く通路は早々に壁の後ろに回ってしまうが問題はない。

「ほいっとな」

大雑把に大剣を滅多打ちに振るえば、角切りにされた材木めいて白亜の壁が不揃いなサイコロステーキの様に崩れ落ちる。続いて、あらわになった冷たい鉄色の押し出し機構にも刃を走らせれば、あっさりと解体。停止しバラバラになった残骸の奥に先ほど姿を隠した通路があらわになる。

「あ、わかった!先読みしてるのね!」
「ホッホ、その通り」
「トラップはどう殺すか、という思考の現れだから、相手の考えを読めばどんなトラップが出てくるかも構造から逆算できる。ましてやJ・Qの著作の一つはダンジョン絡み、言わば迷宮攻略のプロフェッショナルだ」
「カカカ、そうホメるでない。照れてしまうじゃろが」
「おもしろ~い!私もやってみていい?」
「……そこまでにしなさいよ……!」

歓談の最中、場違いなほど暗い声色の少女の声が割って入った。即座に戦闘態勢に移るがトラップ破壊の残滓で散らかる通路には何者の姿もない。だがほどなくして、天井が1メートル正方形に開くと中から四枚プロペラ羽根の白いドローンが降下してきた。
「何なのよアンタ達……人のテリトリーに潜り込んで」
「ここをほろぼしにきた」
「……へ?」

詰問に対し即座に、決断的に断言した俺の回答に対して間の抜けたつぶやきがドローンのスピーカーから返ってくる。

「ちょ、ちょっと待って……滅ぼすって」
「二度も三度も言わんぞ。言い訳なら今の内に答えておけ」
「そんな滅ぼされるほどの事なんて、してないし」

たどたどしい口調の返答に、俺はこめかみを押さえて落とし穴の向こう側の二人を見る。肩をすくめるJ・Qとアゴに手を当てて考え込むO・M。

「よぅし、お嬢ちゃん、話を変えようか。Noteに送られてるスパムボットはオヌシの差し金かの」
「……そうよ、だって」
「それで、作ったもんは見てもらえたのかい」
「……ちょっとは。でも、もっと」
「残念じゃがそれ以上は増えん、何せ今やリアルもネットもNote内はスパムボットまみれ。読者が作品を探すどころじゃないからの」
「ウソ」
「ウソなものか、嬢ちゃんは送り出したボットの数は数え取らんかったのか?」

沈黙を保ったまま、ドローンが滞空する。

「じゃあ、じゃあどうしろって言うのよ!」
「スパムを送り込むのをやめれば、少なくとも人間の利用者は戻るだろう。だがお前の作品に読者がつくかはお前次第だ」
「いやよ……イヤ!誰からも反応がなかったあの頃になんて戻りたくない……!だったらもっとボットを広範囲に送って」
「ぶったるんだ事言ってるんじゃないよ、この引き籠りが」

俺達がやってきた方向から新たに姿を現した来訪者が、放ったライフル弾が正確にドローンのプロペラ羽を撃ち貫く。飛べなくなった機械は俺の足元の方に転がった。

新たなる来訪者は、まるで灰を溶かしたかのようにくすんだゴシックドレスめいた喪服に、これまた死者を弔う帽子をかぶり、その手には先ほど撃ち放った古めかしくも金の縁取りによって彩られた猟銃が握られていた。容貌には深く皺が刻まれているが、整った顔立ちなのはすぐ見て取れる。

「その声……おばあちゃんっ!?」
「そうさ、まったく行方をくらまして何やってるかと思えば、有ろうことか引きこもり直してるたぁアタシャ哀しくなっちまうね」
「今更、いまさら何をしにきたのよ!」
「アァン?アンタ十代の癖にこの老いぼれよりもうろくしてんのかい?やらかした孫がいて、ここにアタシがいるんだからやるこたぁ一つだ。椅子でケツ磨いて備えときな」

二発目の銃弾が転がったドローンのど真ん中を撃ち抜き、今度こそ完全に浮遊機械はオシャカになった。それこそ伝えるべき事は伝えたと言わんばかりに。

「そういう事だ、アンタ達はとっとと家返ってYouTubeでも見て寝な」
「待った待った、そういう訳にはいかんぞご婦人。ワシらとて事態を解決せん事には帰れやせんのだ」
「フン、ジジイが言うじゃないか。ならアタシは好きにする、アンタらも好きにしな。ただし、ウチの駄孫にちょっかい出したら承知しないよ」
「ご令嬢のケツ叩きはお任せしよう」
「さんせーい、私達の目的はボット生産の停止だもの。異論はないわ」
「いいねぇ、聞き分けの良いってのは。アバヨ、お前さん達」

別れを告げた老婦人は、とても老人とは思えない速度で風となって駆け抜けると落とし穴を飛び越え、曲がり角へと消えていった。

「……なんだったのかしら」
「まるで嵐の様な人物だったな……」
「ジジイ……ワシ、ジジイ扱いか……」

「あの身のこなしは特殊な職業の方よね」
「うんうん」
「それで、その技術は親子間では伝承してなさそう」
「確かに、孫があの様子じゃな」

ディテールに乏しい白亜の廊下を、雑談しながら三人そろって歩いていく。

「R・V、そこ槍衾じゃ」
「おっと了解」

足を止めると、また一体通りがかったボットの腕をつかんで指定ポイントに放り投げる。途端、上下左右から突き出した槍のやぶによって、十六では足りない数の穴が人型に増やされた。

「もしかして、ボットは罠を回避するルートを選んでるのか」
「そのようじゃな。ボットと生身の人間を区別するセンサーは使用していないんじゃろ。ま、フェイントっちゅーこともあるから油断は禁物」
「わかってる、穴あきチーズはご勘弁願いたいからな。慎重にいこう」

先行したあの老婦人は徹底してワナの発動を回避しているのか、後続の俺達に対してワナは一つ残らず手つかずのままに牙を剥いてくる。あっちはあっちで恐るべき技能なのは間違いがない。

「お二人はお二人で、一体どこでこんな知識身に着けたんですか?」
「あーんー、まあ、色々あったというか」
「ヒッヒ、女は秘密が多い方が魅力的、男も秘密が多い方が魅力的。違うかの?」
「お友達なら、それでいいかも!」
「こいつは手厳しいな」

今の所は、どのワナについても犠牲者が出ている様子はない。それはあの老婦人もだが、うっかり迷い込んでワナにはまった残念な被害者も出てなさそうだ。J・Qの指示で振り子の様に突っ込んできた鉄球を避けると、吊り部分の鎖を斬り落とす。

「あっ、わかった。あのお婆ちゃん特殊外来生物駆除業の方じゃない?エクソシストみたいな」
「たーぶん、当たりじゃ。お目にかかるのは初めてじゃが」
「ご存知なんです?」
「おーう、さっきはちょっちばっかし面食らったが思い出したぞ?あの婆さんは確かグレイ・リーパーとかいう仇名の腕っこきの狩人よ。駆除した相手は数知れず、今だ現役バリバリのイケババアじゃな」
「ひゅー、おっかなーい」
「フムン……」

迎撃ボウガンの矢を後ろに背を逸らして避け、目の前に釣り天井が脈絡なく落下すれば見る間にO・Mがキラキラレーザーでバラバラ分解、これ見よがしにゲームの爆弾みたいな物体が出てくればJ・Qが斧を振るい凍結させる。そうこうしている間に、不意に視界が開けた。

「そこまで、そこまでなんだから……!」
「 御祖母はまだ未着か?」
「お前には関係ないでしょ!」

距離感が狂いそうなほど特徴のない白い正方形の部屋には何もなく、向こう側に通路が続いているのが見える。スピーカーも見当たらないほど何もない部屋の壁から、あの少女の声が響いてきた。

「行って!ガーゴイルボット!それ以上そいつらをアタシに近づけさせないで!」

少女の訴えに呼応し、殺風景な部屋が鳴動する。床から壁からタイルがめくれ上がったかと思えば、部屋の中央に集合し歪な人型を成していく。武器を構える俺達の前に構成されたのは、その名の通り角の生えた下級悪魔を模したボットの巨像であった。


「おっと、おっぱじめる前に一つだけ聞いておこうかのう」
「……なによ」

三者の中央に立って右手に持った紅蓮に燃える斧を突き付けたJ・Qに対し、ガーゴイルボットはその両腕を振り上げたまま一旦ピタリと止まった。

「オヌシ、本当に他人様の命を奪う覚悟があるのかのう?」
「……ッ!そんなのっ!決まってる!」

弾かれたように反発したのが声だけで伝わるほどの振動が、広間を満たせば呼応して巨大なる白亜の魔像もまた掲げた両腕を振り下ろし粉々に床を砕く。空間全体を砕かれ舞い散った粉塵が満たす!

「アタシを見ようともしない奴らも、認めてくれない奴らも、皆ミンナ、死んじゃえ!」
「ほほう、これはこれは、尻叩きだけじゃ足りん様じゃわい」

剣呑に両手の斧を構えるJ・Qの右後方から、O・Mが仕掛ける!放つのは既に何度も俺達の窮地を救ったあのキラキラレーザー!だが、五条の光の帯は粉塵を通りぼやけた光へと拡散していく!同時に薙ぎ払われた剛腕、咄嗟にしゃがみこんでかわすJ・Qにバックステップで外す俺。しかし壁を打ちつけた腕は、さらなる粉塵を部屋にまき散らしていく!

「あちゃー……対策されちゃったか」
「二度も三度も!同じ手は食わないわ……!」

下半身を斬りつけ焼き焦がすJ・Qを無理矢理振り切り、白亜の魔像は後衛に距離を取っていたO・Mを狙って振り上げたこぶしを突き出す!合間に割って入れば真っ向から丸太の様な腕をインタラプト斬!竜の尾の大剣が腕に食い込み裂けるチーズよりも脆く両断すれば、関節部からカマボコみたいに割れてちぎれ飛ぶ!

人型、というのは五体満足でバランスが取れる様に出来てる。特に極端な体型であればなおのことで、ガーゴイルボットは急に右腕が損なわれた為に向かって右側に大きく傾いた。その隙に敵に気取られないように小声で彼女と連携を取る。

「別に他にも色々、あるんだろ?」
「うん、レーザーは使い勝手いいからよく使うんだけど」
「これは俺の直感だが、まだいくつか温存しといた方がいい。代わりにこいつを!」
「使った事ないけど、お借りする!」

コートに満載した武装の内、標準的な9ミリパラベラム弾の拳銃を引き抜いてパスすると、鮮やかに彼女が受け取る。

「確か映画とかでは、こうやって、こう!」

フィクションの見様見真似とは思えない整った構えを取った彼女は、一発目を魔像ボットの眉間に撃ち込んで照準感覚を計ると、続けて二発目三発目を両目にマウントされたカメラ部に撃ち込む!分厚いレンズが粉雪の様に割れ砕けて舞い、視覚を失い身じろぎした魔像の背をJ・Qが駆け上がる!

「ほい、さの、とう!」

跳躍と共に振り下ろされた両腕の紅蒼二本の手斧は魔像の両肩を深々と割り砕き凍らせ、焼き焦がす!続けて隙を晒した敵に対して、俺が大上段から渾身の一撃を見舞う!尋常を逸脱した威力の斬撃は、俺の手に手ごたえを与える事無く立ちはだかる白亜の魔像を両断、真っ二つに断ち切れ床に轟音と共に転倒した。

「なによ、なんなのよアンタ達……!」

まがいなりにもワザワザ用意した守護者をあっさり倒された引き籠り少女は、困惑の声色で俺達を問い詰めてくる。既に舞い散っていた粉塵は落下し切って収まり、追加の戦力などもひとまずは出てこないようだ。

「しがない文字書きそのいち」
「闇医者兼文字書きそのにじゃ」
「えーと、そのさん!です!」

何かを思いきり叩いたかの様な打撃音の後に、うめき声が漏れ聞こえてくる。恐らくは苛立ち紛れにデスクなりを叩いて自分の手の方を痛めたのだろうか。

「くぅ……地下一階を突破した程度でいい気なってるのも今の内、絶対この先で全員擂り潰して終わらせてあげるから……!」
「やめとけ、お前さんはいざ実際に手にかけてから後悔するタイプと見た」
「うるさいうるさいっ!パパにだってそんなお説教されたことないのに!」
「こっちだって、お前さんくらいの子供がいるほど歳食ってないんだが」

散々挑発しておいてなんだが、元より話し合いで和解する余地はない。こういうタイプは悲しいかな、戻れないところまで暴走してから取り返しのつかなくなった所で青くなる部類だ。しかも、何者かがそれを後押ししている。

「と!に!か!く!誰一人生かして帰さない!後悔するのはアンタ達よ!」

ブツ、と通信を切ったのか先ほどまでの喚きっぷりから一転して静寂が辺りを満たした。砕け散った壁材に、無残に解体された大型ボットの残骸が転がる様はある種の寂寥感さえ漂わせている。

「さて、R・V。どう見るんじゃ?」
「ああ、まずデカい違和感からいくと……引きこもり一人がデカいビルに迷宮仕込んで居座ってるってのは余りにも不可解だ。仮に何らかの能力で維持してるにせよ、大掛かりに過ぎる。個人か、組織か、どちらにせよスポンサーがいるだろうな」
「悪い子は悪い大人の餌食になるって、あれね」
「あの婆さんがすっ飛んでくるわけだの。という事は、スパムボットを送り込んどるのは能力を維持するためのリソース回収というわけか?」
「おそらくは。クリエイターに発現するスキルは、本人の精神力の他にどれだけ認知されてるかとかも係数にかかるはずだ。」
「なるほど、大まかには見えてきた。それじゃ迷惑料、取りに行っちゃう?」
「ああ」
「うんむ、ガッポガッポ、とな」

どの道、やる事は一切変わらない。ボットの生産を断ち、首謀者にはキツイ仕置きを入れなければなるまい。

わびさびめいた静寂が支配する広間を背にして、上の階に続く階段を一歩筒上がっていく。

―――――

煌煌と燃えるビルが、道路の対面に立ち並ぶ。一階にあたる部分はすぐ目につく範囲ではところどころ蜘蛛の巣のようにガラスはひび割れ、黄昏に染まった街の中を、知性を失ったが如き人間がゾンビめいて徘徊している。

「あれ……?ここ、外?」
「いや、位置関係からするとビルの一階じゃ」
「でも、ほら、空が」

彼女が指差した先には、炎上に負けずオレンジに染まる夕闇が見える。視覚的にはとても作り物には見えないほど禍々しい色合いだ。

「どうもあの嬢ちゃんか、あるいは他の者か、いずれにせよ環境改変の能力を持ってる奴がいるようだな」
「こんな事も出来る人居るのね、初めて見たけど」
「環境改変型の能力持ちはレアだからな……頻繁に荒事に巻き込まれるんでもなければ中々見る機会もないだろう」

使うにあたって難点も多いしな、と付け加えて後ろを振り向く。背後には上がってきた不愛想な階段が元通り残っており、造形としては地下鉄の地上出入口と同様、地上にぴょこんと階段が飛び出た様な形体になっている。本来屋内のビル一階にあたるはずの現在の場所はそう、まるで別の街に来たかのようなほどに様変わりしていた。 

「それにしても、アチコチ徘徊してる連中は何なんじゃ」

J・Qのボヤキの通り、もう一つ異常な点がゾンビの様な挙動で足を引きずりながらよろめく歩く人間が目につく所だ。ここはスパム群の生産拠点かつ、侵入者を阻む迷宮と化している。ただの人間が用もなく徘徊する場所とは言えない。一方では、あの陶磁の人形の様なボットも雑然と進行しており、俺達の合間を避けて地下一階へと降りていった。

「わからん、いずれにしてもボットの生産施設はこの階か、あるいはもっと上にあるようだ」
「オーケー、先に進みましょ。慎重にネッ」
「おうとも。街っぱたになった分ワナの種類も変わってくるはずじゃ、油断は禁物」

愛用のリボルバーを太もものホルスターから引き抜くと、いつでも引き金を引けるように構え三人パーティの前列に立つ。真ん中がO・Mで殿がJ・Q。
まごう事無きアスファルトを踏みしめながら、立ち並ぶビルの山間をボットの流れを辿っていけばごく自然にあの徘徊人間にも接触する。遠すぎて何をしているかわからなかったのが、はっきりと認識できる様になる。

理性の感じられない虚無的な動作で他の徘徊人間に近寄った個体は、だらりとぶら下がった腕を力なく持ち上げると近寄った相手にハート型のチップをぺたりと張り付けた。張り付けられた側もお返しするようにハートを張り付ける。そうして儀式めいた行いを終えた二体は徘徊行為に戻り、また別の対象に接触すると同様の行為を繰り返していた。

「もしかして、アレ、スキつけてるの?」
「そのようだ。いわゆる虚無スキ付与互助行為か、しかしなんだってこんな所で」

観察しているウチに、徘徊スキ互助人間が俺の目の前まで近寄ってくる。ゾンビと違い、肉体の腐敗や服装の汚損こそない物の、理性のない濁った眼に全身ハートマークを張り付けている姿は中々にショッキングだ。目の前にやってきた徘徊者のジーンズジャンパーの胸襟をひっつかむとぶっきらぼうに揺さぶる。

「おい、こんな所で何をしている」
「アー……スキ……スキ……貼らなきゃ……アー……」

徘徊者はかなり乱暴にゆすられたにも関わらず、正気に戻ることなく今度は俺の肩口にスキを張り付けた。即座にJ・Qがはらってくれたが、アスファルトに落ちて割れたソレはまごう事無きただのスキ・チップだ。他の二人にも貼り付けようともがく徘徊者を前に、一度嘆息すると耳元に一発かましてやることにする。

「スゥー……喝ッ!!!!」

「……ハッ、ここどこ!?ヒェッ、あなた誰!?アアーッ!街が!燃えてる!」
「何も覚えていないようだな」

一喝に鼓膜を揺さぶられたスキのミノムシみたいになってた人物は、その目に理性を取り戻して途端に慌てふたむきはじめる。この様子だと自分が何故ここに居るかの因果関係は把握していないのだろう。

「お願いします!どうか命だけはお助けください!」
「あらあら、言われてるわねR・Vさん」
「いつもの事だ」
「落ち着くんじゃ、ワシらはオヌシをどうこうしようという気はないからの」

動転して命乞いする上下ジーンズの冴えない男性に対して、J・Qがなだめに入る。今までつかんだままだった胸襟を放してやればやせ細った身体が地面に落下。

「俺達はスパムボットの生産拠点調査でここに来たんだ。お前はスキの相互貼付互助会にでも入ってたって事でいいか?」
「ちょ、ちょっと待ってください、情報量が多すぎて何がなんだか……」
「はいこれ、まずは一杯飲んで落ち着いてね」

互助会員に、O・Mは携帯していたバッグから金属製のボトルを取り出すと、自家焙煎のコーヒーを注いで手渡す。震える手で受け取れば、ゆっくりゆっくりすすってようやく平静さを取り戻すことが出来たようだ。コップの中のコーヒーに視線を落としながら、彼は覚えている事を話してくれた。

「はい……あなたが言う通り、自分は創作物の相互評価を義務とする互助会に入っていました。スキ数が伸びればそれに伴って閲覧数もうなぎのぼりって誘われて」
「入ってスキのつけ合いをしたはいい物の、徐々に付ける相手は増え、数値が伸びても自作品が評価されているかわからなくなり、心身が摩耗していったってとこかの」
「そうです、覚えてる最後の方では一日に1000以上はつける事になってしまい、一方でスキが伸びてもコメントくれたりする人は現れなくて……つらいです」
「フムン」

アゴを緩く握った拳で支えて推理する。スパムボットの氾濫も、スキ互助行為も、根は創作の反応がない虚無感への逃避から生まれている様に見受けられる。金銭目当てとも考えていたが、この様子ではとてもそんな段階には到達できていないだろう。にもかかわらず、この大がかりさとは。

「ここに連れてこられた流れについては覚えているか?」
「いえ……さっぱりです。ここ、何処なんですか」
「浮北区にあるビルの一階だ、聞いて驚け屋内だぞ。ここは」

驚愕の表情を浮かべるジーンズの男の背後で、不意にアスファルトが波打つ。誌的な表現ではなく、まるで海面の様にたゆたったのだ。ほんの僅かな、しかし無視できない異常にすぐさま男の手を掴んで飛びのく俺。そして続くJ・QとO・M。

「シャアアアアアアック!!!」

サメが、アスファルトから垂直に飛び出した。
まるでアスファルト舗装された地面をプールか何かの様な気軽さでサメが突き破り、一瞬前まで俺達が居た場所へ食らいついたのだ。外したサメはそのまま海中へ戻るのと同然に道路へとダイブ、後には何事もなかったかのように元通りの路面が残った。

「アアアーッ!?」

常軌を逸した事態に発狂しそうになるジーンズの頬をはたいて正気に戻すと、すぐさまこの場を離れる様に促した。

「こいつの狙いは俺達だ!お前はボットの後についてこの建物を脱出しろ!」
「わ、わかりました!」
「無事生きて出られたら一作くらいは読みに行ってやるよ!」
「!や、約束ですからね!」

よたつきながらも必死に逃げるジーンズを横目に、俺はアスファルトの異変に集中する!

果たして、嵐を伴って空を飛ぶサメとアスファルトを海として襲ってくるサメのどちらが厄介だろうか。俺にとっては、姿を視認出来ず、攻撃の兆候もわかりづらい後者の方が若干面倒な相手となる。ハンマヘッドシャークイカゴリラキメラなどとは比べる気にもならないが。

「シャーック!」

まるで水族館のウォーターショーめいたアーチ軌道で食らいつく大型サメの砲弾を咄嗟に大剣の峰に沿って受け流す!金ヤスリよりも凶悪な切削力を持つ鮫肌が、幻想種由来の大剣に傷一つつけられずに火花を散らし行き過ぎて、再び地面へと潜っていく。

「ちょっとちょっと!陸を泳ぐサメってインチキじゃないかな!?」
「環境改変型能力者の攻撃ってのはこういう事も起こり得るんだ!」
「限定的な神様ってことです?」
「合ってる!実際はもっと縛りが厳しいもんだが!」

サメ映画さながらに周囲を周遊する巨大サメのヒレがアスファルトから顔を出して悠々と巡っている様は熱に浮かされてみる悪夢のそれだ。炎上し紅蓮に燃える街並みと合わさって酷く悪夢めいている。だが質の悪い事にコレは現実であり、ちょっと試しに身体を差し出せばネギトロの様にずたずたになって死を迎えるだろう。

「二人共、スマン。今まで黙っておったのだが……」
「なんだ!?」
「後でもいいかなっ?」
「ワシ サメ コワイ」
『ナンデストゥー!?』

流石に戦闘放棄してしゃがみこむほどではないが、両手に斧を持ち構える彼の横顔には目に見てわかるほど冷や汗がナイアガラ瀑布落下している。はねた汗の粒が藍の斧に跳ぶとガチリと氷結、雪の結晶となって散った。

「サメというのは絶対強者なんじゃ、海とかいうじんるいにとって圧倒的不利な環境では勝てる相手ではない……!」
「でも今は陸ですよ一応!」
「わかっとる、じゃが陸なら陸で姿は見えんし追撃が届かん!」
「J・Q、俺達は無力な非武装貧弱一般人じゃないし、ここは海でもない。冷静に対処すれば倒せる相手だ」

サメのプレッシャーに今にも負けそうなJ・Qを奮い立たせつつも、不意に襲った足元の振動に三者三様に跳躍!わずかに回避が遅れたJ・Qのコート端をサメのアギトがかすめる!

「ヌワアアアアアア!今カスッた!カスッたぞい!」

獲物に食らいつけず空ぶったサメはO・Mの迎撃射撃を受けるも、すぐさまアスファルトへ潜っていく。体躯の関係上ちょっとやそっと着弾した程度では中々有効打にならないが、この生死をかけたモグラたたきの速度では精密射撃を行うのも難しい。

「O・M!地面に切れ目を!」
「やるわ!」

今やグルグル目で葛藤と戦っているJ・Qに先んじて、二人がかりで大地に切れ目をいれにかかる。五指から放たれたレーザーが不揃いなケーキ分割の様にアスファルトに切断痕を残せば、こちらはこちらで割り砕く勢いで路面を切り裂き追撃の二の太刀で地面の傷を広げていく。

「シャーック!!?」

突如の反撃を受けて、都市適応サメが再び強襲!仕掛けの段階で当たっているほど甘くはない!迎撃斬撃を狙って剣を立てるがサメ側が衝突前に身をひねって刃と火花を咲かす!

今やアスファルトの路面は蜘蛛の巣の様にヒビを拡散し、地中のサメが行きかう程に細かく砕けた破片がカタカタと揺れる。だがこれだけでは状況はさほど変わらない、もう一手決定的な打撃を与える必要がある。あるのだが……

「J・Q!」
「ぬうう、なんじゃ!?」

視線を右に、左にさ迷わせながら周回するサメのヒレを追う彼の横顔は、未だとめどない汗が流れ極度の緊張状態にある事が察せられた。しかして手にした斧は、いつでもその力を震えると言わんばかりに熱気と冷気をもって周囲の空気をゆがめている。

「斧で地中を凍らせるんだ!活動不能になるまで冷やせば海も陸も変わらない!」
「なぬ、いや、しかし……ええい、ままよ!」

一瞬逡巡するも、一刻も早くサメを何とかしたい意志が勝ったか、彼は左手に掲げた藍の手斧を力強く振り下ろし切れ目が無数に走ったアスファルトを割り砕く!途端、打撃点を中心に一斉に冷気が地面に浸透、瞬く間に凍結を広げていく!黒い路面に白い氷結晶の華が舞った!

「やったぞ!これでどうなるんじゃ!?」
「後は任せておけ!」

急激に下がった温度まではやはり無視できなかったか、陸上適応サメは地面を波打たせもがき苦しみながら誰を狙うまでもなく冷たさから逃れる様に地表に跳び出る!マグロ一本釣りめいて高々と跳ね上がったサメに狙いを定めると、大剣を手にビルの柱に飛びつき壁を蹴りはらってサメに食らいつく!渾身の力で突き出した刃が、サメのどてっぱらをマグロ解体ショーの始まりの如く貫きぶち抜いた!

「シャーッ!?」
「逃がさん!」

必死に身をねじりど真ん中を貫いた剣から逃れようとするサメを、刃をこじって傷をえぐりながら空中に固定する。ウカツに解放すればまたも地に潜って逃げられるだろう、だからこそこのサメはここで完全に息の根を止める!

「二人共!追撃を!」
「あたぼうよ!」
「任せて!」

サメが自身を貫く刃から逃れるよりも早く、J・Qが横薙ぎに払った藍の手斧より放たれた氷の山脈がそれこそ獲物を狙うサメ同然に食らいつき氷柱の中へと封じていく!もはやサメは遠洋漁業瞬間凍結マグロめいた有様だ!

続いて、俺が剣を引き抜き後退するのと同時にO・Mの放ったキラキラ殺生レーザーが容赦なく氷漬けのサメを輪切りにスライス!ずるりと滑り落ちるかと思えたスライスサメにJ・Qからの追撃の紅斧が迫る!

「オヌシとはッ!ここでおさらばじゃッ!」

燃え上がる右手の斧が凍り付いたサメの頭に食い込んだ瞬間、急激すぎる温度変化によってサメの氷塊が爆発四散!辺り一面、サメだった物が散らばっていく様はまるで豊洲市場のようだ。荒く息を吐いて緊張をトーンダウンさせるJ・Qを肘でつついてやる。

「な。何とかなるだろ?」
「そ、そうじゃな……だが二体目三体目はごめん被りたいもんじゃよ」
「でも、どうしてそんなにサメが苦手なんです?Jさんならいくらでもなんとかできそうですけど」
「豊か過ぎるんだよ、想像力が」
「あ、ついつい怖い展開考えちゃうって感じです?」
「まあ……そうじゃな!そういう事にしておいてほしい!」

大剣を構えたまま残心を決めると、油断なく背の鞘に納刀する。
あのサメが一体だけとは限らない、のんびり探索はせずにまっすぐボットの流れをさかのぼった方が良いだろう。

「中々次の階段が見えんな……」
「もうとっくのとうにガワのビルの面積を通り越しておるの」
「ふへー、少し休憩しましょ?」
「了解だ」

一階は相変わらず、何が可燃源なのか不明なまま燃え続けるビルの森が、まるで山火事に襲われたジャングルの様に偽りの空を明々と照らし続けている。歩き回るのは相も変わらず、俺達の目的地から流れ込んでくるボットの行軍に自我漂白された哀れなスキ互助会員達だ。

徘徊者についてはちょっとやそっと揺さぶった程度では正気に返る事もなくなまじっか数も多い為に、騒動を止めた後で救急隊を呼ぶ形で三者のコンセンサスが取れていた。

良く都会にありがちな、使い道に困ったであろう小さな土地におざなりに作られた省スペース公園、そのベンチに二人を誘導すると俺は俺で立ったまま周囲を警戒する。先ほどのサメを倒してから追加の刺客は現れていない物の、休憩タイミングは奇襲に持ってこいの隙だ。警戒するに越した事はない。

「はいはーい、R・Vさんにしつもーん」
「俺に答えられる事なら」
「こういう環境改変型能力って、どういう特徴があるの?」
「フムン、個人差が結構大きいんだが共通している点を挙げていこう」

敵の能力について、理解を深めておくのに越した事はない。ましてやこの手のスキルは敵の腹の中にいる様な物で、多少の違いがあれど厄介な攻撃である事には変わりがないのだ。

「イメージ的には、山の中でテントを立てる様な感じだ。世界が山で、この改変された環境がテントにあたる。テントの中なら、ある程度好きに飾り付けが出来るし、外からの風や雨にあたる干渉もシャットダウンできる」
「私達は今、戦う相手が用意したテントの中にいるって事ね。それってあぶなくない?」
「じっさいあぶない。今の所はまだ切り抜けられる脅威しか現れてないが、今後危険が増すようなら戻り時も考える必要があるだろう」
「ほいほい帰してくれるといいんじゃがなぁ」

先ほどのサメ騒動でげんなりしたのか、ベンチに背を預けてグロッキーなJ・QにすかさずO・Mがコーヒーを分配。流石の気づかいである。こっちはこっちでブラックが少々苦手なので自前で持ち込んだ水筒をあおった。

「しかしなんじゃな、こんなでかい規模の空間を維持できるものなのかの」
「普通は無理だ。世界その物にもホメオスタシス、要するに通常の状態へと戻ろうとする維持力が働いている。人間一個人に張れるテントじゃ、台風に遭ったら吹き飛ばされるようなもんだな」
「それって、バックアップがあれば可能って事?」
「そうなる、現にこうしてこのアジトは維持され続けてる訳だし、何等かのトリックはあるだろう。自我漂白徘徊者を空間内に拉致ってる辺りとか、無関係とは思えないな」

そこまで言ったタイミングで、明らかに等身大のボットや徘徊者のそれとは異なる重く建築の杭打ちめいた音がビルの影から迫ってくるのが感じ取れた。最初こそ遠かったが、確実に近づいてきている。

「今度はサメじゃないとええんじゃがのう……マジで」
「それほどまでにイヤなのか……いや、嫌いな物は理屈ではないんだが」

ビルの影から、普段俺達が見慣れた……しかして見たこともない異形の怪物がついぞ顔を出した。J・Qにとっては幸いな事にサメではなかったが、異常さでいえばこちらの方が遥かに上だろう。

そいつはのっぺりとした凹凸のない白い鳥の顔を頭部に据え、頭部の鳥の羽をまるで上衣の様にその屈強な肉体に羽織った上で下半身には一糸まとわぬぜい肉のない太い脚を披露している。各地の伝承でありがちな被り物の怪異のそれと相通ずる特徴があった。

だがコイツの不快感は見た目が問題ではない、もっと根源的な、かかわりを断ちたくなるおぞましさだ。

「いま、どうしてる?」

俺の予想通りに、目の前の白い鳥人は定型的な文言をその正面から見たイルカの様な恐怖感をあおるクチバシから吐き出す。思わず条件反射で叩き切ってしまいたくなる衝動を抑えて、大剣を青眼に構える。

「今つぶやく事など何もない」
「カッカ!コイツはまた随分とおぞましいもんじゃ!オヌシも苦手じゃったがサメ程じゃあないわい!」
「こ、こういうのもありなの?ドン引いちゃう……」

サメではないとわかった途端、J・Qは戦意を取り戻し双手に美麗に蒼紅に輝く斧を構え、O・Mはちょっと引き気味の笑顔で後衛に回った。

「こちらはあなたのフォロワーがイイネしたつぶやきです」

機械的な言い回しと共に、ぶわりと白鳥人の羽毛が立ち上がれば一斉に平面的なディテールのない小鳥の群れが飛び出て俺達の周囲を旋回する!

「その機能はいらないってしょっちゅう言ってるだろうが!」

フィクションのキャラに対するずらずらと綴られた偏愛呟きをのたまいながら殺到する小鳥を、ぶっきらぼうに振るった剣圧でもって次々と爆散させれば、高速回転空調扇風機に巻き込まれたニワトリめいて白い羽毛が舞い上がる!そこに続いて白鳥人は手品の様に羽毛の奥底から引き出した看板を両手で構え突進!

「プロモーションのつぶやき」

暴走サイ乱獲列車の如く突っ込んで来る巨体が持つ看板には、全くどの様なゲーム作品なのかわからない美少女を前面に押し出したプロモーションが描かれている。俺個人としては全く興味がそそられない宣伝突進を、寸前でもって三者三様に飛びのき回避すれば先ほどまで座っていたベンチを粉砕し公園を粉微塵に破砕していく!

「しっかしどういう因果で出てきたんじゃ、あれは?」
「今時の創作ってSNSときっても切れない関係だから、かしら」
「実際問題、時間が経つにつれて初めの小鳥からはかけ離れた怪物になっちまったもんだ」

身近なサービスの異形怪物化した存在を前に、俺達は顔を突き合わせてからそれぞれ武器を構える。一方でこちらに向き直った白鳥人は、然したるダメージを受けた様子もなく今度は頭部を二つ三つ増やしまるで多頭竜の様に呟くクチバシを増やし一斉にしっちゃかめっちゃかなキーワードを乱用!

「関東のトレンドです」
「コスモ局部サンスクリット美老婆」
「限定復刻」
「あなたとわたし、お食事券」
「娯楽規制」
「笑ってはいけないスペースオスモウ24時間」

聞いているだけで気が滅入る胡乱トレンドにめげず、目の前の多頭鳥怪人に斬ってかかる!

白いインクの様に、胸郭を切り裂かれた白鳥人から不可解な体液が飛び散る。赤い血ならばまだ生物として認識できただろうに、コイツはトコトン真っ当な生き物ではないらしい。この迷宮の為に作られた架空の存在なのだから当然と言えば当然なのだが。

「世界に何が起きてるか調べてみましょう」
「いい提案だな!脚色されていなければだが!」

再びぼわっと上半身の羽毛を広げたつぶやき鳥怪人の体表から、今度はワイヤーめいた触手で連結された小鳥群が聞き苦しい讒言をまき散らしながらに目の前にいる俺へと殺到する!完全に包囲される前に返す太刀で右側の触手ワイヤー群を切り裂いてスペースを作れば前へ踏み込んで包囲網から脱出!
俺が間合いから離れた事で、O・Mからの支援射撃が入る!今回放たれたのは花火めいた散弾の雨あられだ!

「そろそろ可愛い小鳥ちゃんに戻ってくれないかな!」
「次回の機能追加はリプライが出来る対象を選別できる機能です」

羽毛の奥から数々の小鳥付き触手を生やしてゴルゴーンめいてきた白鳥人の表面に、容赦のない火花が咲いて散る!一気に黒焦げていく羽毛だが、ある瞬間から体表面に油膜の様な光沢を放つ障壁を生成、熱ダメージを遮断していく!

「!?バリアっぽいなにかも張れるの?」
「なぁに、バリアは叩けば割れるもんじゃ!」

キラキラ咲き散る花火が収まったタイミングで、仕掛け時を見計らっていたJ・Qが仕掛ける!×の字に振るわれた蒼紅の軌跡の交点で、一気に水蒸気爆発!仰け反った鳥人に対し、爆発を身を伏せて掻い潜った彼の斧が腰から真っ二つに焼き切った!もんどりうって崩れ落ちる奇怪生物を前にJ・Qはバックステップからの残心!次なる展開を見越して構えを維持する!

「終わったの!?」
「いいや、そう判断するのは完全に息の根を止めてからじゃ!」
「さっすがぁ!」

この辺りの戦況判断は流石に実戦経験の差が物を言うポイントだ。
そして戦いにおいては安易に隙を見せた方が倒れる。警戒を解かない俺達を前に対して、鳥怪人はさらなる異形へと変貌していった。

切断された筋肉質な肉体を鳥部分から排除すると、今度は鳥部の下から一気に普段の生活で嫌という程見る物体が生え出てくる。あの非人道拷問環境、満員電車を模した下半身を新たに生やした呟き鳥電車は、線路のない道路に轍を刻みながらドリフト走行!こちらへ向かって弧を描きながら突っ込んで来る!

「投稿を外部へと利用させていただく場合がございます」
「正気か!」

もっと他のマネタイズを考えた方がいいとしか言いようがない宣告を放っては、迫りくる呟き鳥怪電車に対してすれ違いざまに大剣をその横っ腹に突き立て引き裂く!開腹された部分からバラバラと機械部品が跳ね散っていくが、もちろん車内には乗車客など居ない!

「どうやら、あっちの鳥部分が本体の様じゃな」
「ああ、しかしシンプルな攻撃の割りちょっち厄介だ」

車両部分はダメージを受けても決定打にならない上、鳥部分は高速で走り回る電車の正面上部に張り付いている。何よりも厄介なのはその質量だ。電車その物が真正面から衝突すれば、流石に致命傷は避けられない。

電車前面上部に平坦な印象の白い鳥を張り付けた怪奇兵器が、炎上する街中を疾走し再びこちらへと襲い掛かってくる。煙が巻き上がる空の下で迫ってくる怪異は、実におぞましい限りだ。

「さぁて、どうするんじゃ?」
「O・Mはサイドに回ってレーザーを、ヤツが機動力を失ったタイミングでこっちがとどめを刺す」
「おっけー、やります!」

普段そこまで戦闘には参加していないはずなのだが、抜群の飲み込みの良さで割り振った役割を把握した彼女は、俺達二人から駆け出し離れては向かってくる怪異電車のサイド左側へと回り込む!

「こちらはあなたがフォローしているアカウントの会話です」
「フォローしてない人が参加してる会話はちょーっといらないんじゃないかな!」

怪異電車に最も距離が迫ったO・Mへと、先頭の白鳥から押し付けがましい会話情報をささやく小鳥が飛び立ち襲い来る!だが遅い!既に進行方向にはあの凶悪な切断力をもったキラキラレーザーが展開!うっとおしい小鳥の群れごと、線路なきアスファルトを駆ける車輪部を水平に四分割!動力を失った怪異電車は慣性のままに待ち受ける俺達の所へスライドしてくる!

「オヌシはここで行き止まりじゃて!」

恐るべき使い勝手の良さを誇る藍の斧、その冷気が瞬く間に氷柱の隊列を生じさせると転倒した怪異電車を真正面から受け止めれば車体にまで凍り付いてその動きを束縛する!俺は連なった氷の足場を飛びわたれば、じたばたともがく鳥部分へと肉薄!

「退会する理由をお答えください」
「不便に!なった!からだ!」

俺の腕に荒縄めいた膂力の盛り上がりを伴いながら、黒橙の刃をまっすぐに振り下ろす。瞬間、トーフほどの手ごたえさえなくずるりと鳥部分が真っ二つに断ち切れては、紙粘土の様に何もない内部をさらけ出した。だが。

「……ッ!」

切断面がうごめくと第二第三の分体小鳥が群れ成して飛び立とうともがき始め、一太刀浴びせた程度では致命傷にならない事を明らかに示唆していた。

「R・V、跳べ!」
「おうとも!」

ふわりと着地したつららの先から再度バッタの様に跳躍、新たな変貌を遂げようとしている怪奇呟き鳥の頭上を飛び越えれば、電車の上へと移り駆け離れる!

「これ以上のやっかみはごめん被るんじゃ!」

俺が振り向き状況を探るのと同じタイミングで、奇術の如く正確に投擲された紅の斧が枝分かれし分裂拡散を始めた小鳥の根元へと突き刺さる!途端、強火であぶられたえのきタケめいて呟き鳥本体は瞬く間に燃え上がった!既に炎上しているビル群を凌駕する勢いで焼却!

「いいいいいいままままままどうしてててててて……」

本体のその物に消えない炎にまとわりつかれた呟き鳥は、哀れにも完全焼却され真っ白な灰となって散っていく。本体が燃え尽きた後には、残された電車の残骸も炭屑めいてボロボロと崩れていき、キャンプファイヤー後の炭の様な燃え尽きた痕跡だけが残っていた。

「っはー……強さはともかく色々な意味でキツイ相手だったな」
「今後これ以上、妙なヤツが出てくるんかのう」
「私、あの子の将来がちょっと心配になっちゃうかも」

深く車輪に抉られた公道は、まるで悪魔の爪痕を残したように複数の溝を残していた。そんな荒れ果てた道行きをマネキンめいたボットの群れは相変わらず黙々と進んでいく。そんな虚無の進行をさかのぼってさらなる奥地を目指す。

「侵入者がいるのにボットの供給をやめられないのは、中々重篤だな。こちらには都合がいいが」
「ボットの供給停止で出る影響を、連中は許容できないちゅーことかの」
「ああ、ついでに生産拠点を安易に移せない証左でもあるだろう」

この物量の生産量である。ボットの生産機器自体はかなり大規模かつ移動困難な代物である可能性が高い。付け加えれば、そういった大型の設備を簡単に移送できる様な技術、およびに能力者もいないということだ。

「ま、よかろ。R・V、ちょっくらオヌシの銃を一丁貸してみ。良く使うヤツがええの」
「わかった」
「なになに?」

身におった武器の中から、最もよく使うリボルバーをJ・Qに手渡す。
俺とO・Mが見守るさなか、彼は握り込んだリボルバーを凝視するとコートの袖口から銀粉の様に見える微細機械を這い出させて、手にした俺の銃に注ぎ込んでいく。見る間にただの拳銃に過ぎなかったリボルバーへ、精緻な縁取りが施され、表面は吹きさらしの鋼めいたサンドブラスト仕上げに変わった。

彼は変貌を遂げた銃を四方八方から覗き込み、その仕上がりに満足すると俺に向かって生まれ変わったリボルバーを手渡してきた。もちろん、敵地のど真ん中でわざわざ行った作業がただの模様替えなどであるはずがない。

「そいつをな、撃ち出したい弾丸をイメージして引き金を引いてみぃ」
「了解した」

前よりももう一段自身の手になじむようになったリボルバーを手に、俺達の横を通りすぎて先に進もうとするボット三体へと銃口を向ける。イメージ、何でもいいんだろうが機械相手ならまあ電撃だろう。紫電が走るイメージを添えて引き金を引いた。

するとどういう事か、ライフリングが刻まれた銃身の真っ暗な銃口から撃ち出されたのは鉛玉、ではなかった。飛び出ていでたる荒ぶる雷撃は肉食獣よりも機敏にボット達に食らいつくと、その虚ろな躯体に絡みついて瞬く間に焼き焦がしていった。ずしゃり、と回路を再起不能になるまで焼かれたボットが倒れ伏す。

「ヒューッ……こいつは凄い」
「カッカ、名付けて万象銃『カレイドバレル』とでも言ったとこかの。おっと、媒体となる銃弾は要るから装填はサボれんぞ?」
「残弾管理には気を付けよう」
「スゴイスゴーイ!これがJ・Qさんの能力の産物なの?」
「そうとも、ワシのスキル『マジッククラフト』じゃて」
「いいなー、うらやましいなー、私も何かかっこいいアイテム欲しいです!」
「焦らない焦らない、良いのが思いついたらオヌシにも作ってやるから」
「わーい!」

三者はしゃぎながら足を進めれば、ようやく上に続いていそうなポイントへとたどり着いた。ボットの流れはとりわけ高い無機質な灰色廃墟ビルの奥から、無感情に連なり歩み出ていた。

飾り気のないコンクリートの階段は、上がるほどにいつしか石畳造りへと手品のように入れ替わっていった。そうして、精緻な縁取りがなされた銃を手に登り切った先に待っていたのは、一面の緑。

「わぁ……」

俺の後ろでついてきていたO・Mも、開けた光景に感嘆の声をあげる。だが後続の二人へ振り向くと、J・Qの方は少々険しい表情によって眉間の皺を深めていた。

折り重なる緑の天蓋を抜けた先にはウソの様な青空が広がっていて、大地には木々の影の元に至るまでうっそうとした青い草花が繁茂している。ちらりとスマホの時計を見ると今はちょうど正午で、まだ東に傾いていると思しき太陽の位置とはまるでちぐはぐだ。

「綺麗な場所、でもこれってアレでしょ?綺麗な所ほど油断ならないの。サギと一緒で」
「ほっほ、察しがはやいの」
「その通りだ、ちょっと見ていて欲しい」

彼女の疑問に対し、俺は右太ももに括り付けたナイフを引き抜くと最も手近な木の枝葉を打ち落とし、その節くれだった樹皮をメイプルシロップ採取めいてえぐり取る。そうしてあらわにされた木の内部は、とても木には思えないグリーンのプラスチックめいた物質だ。

「真っ赤なニセモノ……でも見た目は本物そっくりだし、それどころか木々の香りまで」
「先の階が白亜の地下迷宮、燃える湾曲都市、そしてここは差し詰め虚構の楽園ってとこか」
「こーゆー、『ぼくらわるくありませーん、まったくのむがいでーす』っちゅー顔をしとるヤツラほど実際には危険なもんじゃ」
「そういう事だな、位置的にもより深い階層である以上危険度は今までよりも高くなるはずだ」
「おっけー!気を付ける!」

ボットの流れは相も変わらずこの天然要害の迷宮の奥底から湧き出ては、外へと向かって不気味な行進を続けている。見た目だけなら風光明媚な樹海だけに、その中を白磁のマネキンがすり足で進行していく光景は何ともシュルレアリスムめいた奇怪さを感じた。

「では、今まで通りに――ッ!」

これまで同様、ボットの流れを逆にたどろうと提案するのを中断すると、俺は握っていたカレイドバレルの銃口より真空まとう魔弾を奇妙な気配の方向へと撃ち放った。真空波の鋭い刃を伴った弾丸は、姿を現した暗緑色の人型に食い込むとその存在をずたずたに切り裂きたった一発で肉片へと解体する。だが、その背後となる木陰からは新たにもう一体が姿を見せた。

「クトゥルフか、SCPか」
「どっちにせよロクでもない相手な様じゃの」
「こういうのって、他にもいる物なの?」
「ああ」

姿を見せたのはざっくり例えると陸上で人型に擬態した暗緑色のタコ、といった風情だ。だがその造形はとても本来のタコとは比較する気にもなれないほど醜悪で、蜘蛛めいて多数存在する眼とアギトにあたる部分は細かい触手をヒゲの様に伸び散らかしている。

「せっかくのプレゼントだ、七面鳥撃ちとしゃれこむかね!」

這いずり、粘液を垂らしながら迫ってくる暗緑タコへ、硝煙を吐く銃口を向けた!

木陰の奥より次々飛び掛かってくる暗緑色タコに対し、一発、二発と真空弾頭を撃ち放つ。ドリルの様に見えざる刃を備えた弾丸は逸れる事無く、タコのど真ん中に突き刺さってその柔軟な怪異体をバラバラに切断。冗談みたいなペンキめいた体液がまがい物の森林にまき散らされる。

「まるでニンテンドーのゲームみたいだな!」
「ありゃもっとキュートじゃろう!ここまでキモイ輩じゃあるめぇ!」

茂みを揺らし、草音を立てながら次々と奥につながる獣道の木陰より続々とタコの増援。複眼は鈴なりのブドウにも似てエメラルドに艶めき、木々の枝葉に絡みついて振り子運動強襲!ヒトデの捕食モーションを繰り出すタコのど真ん中に次々銃弾を撃ち込みインタラプト!

六発打ち切った時点で素早く薬莢を吐き出させ、懐から雑につかみ取った弾丸をねじ込み再装填。だが銃口を向けた先にタコはいなかった。消え失せたのだ。迷わずに引き金を引く。イメージするのはシンプルな散弾だ。

「シューッ!?」

僅か数メートル前にして、何かが空中から落下した重い音がする。続けて散弾をぶっ放せば、見えざる何かが立て続けにヒットストップに引っかかって落下!続いて銃口を不自然に草が歪む大地に向ける!

「O・M!多少雑でもいい!銃口を向けた先にレーザーを!」
「ええ!」

寸暇なく叩き込まれた五本の細いレーザーが地面を焼き焦がせば、蒸気とタコの肉片が視認できる。奴らは居なくなったわけではない、視認出来なくなったのだ。

「緑色の眼をした見えざる怪物、か」
「R・V!まだ来るぞい!」
「マーキングだ!」

この中で敵を見えるように出来るのは恐らく俺だけだ。先ほどの六発を打ちきるとさらなる弾丸を空っぽの穴にピタリとはめ込む。一見何もない木々の合間へと銃が向く……!

「ステルスごっこは、俺には通用しない」

三度銃口から解き放たれたものは、まるで空気に張り付くかの如くピシャリと飛び散った赤いペンキだ。それも並大抵の量ではない、全身余さず覆う程の飛沫がタコを赤く染め上げる。マーキングされた個体には、J・Qが振り上げた燃え上がる一撃が突き刺さっては即席ゆでだこに変える!

「目印は俺がたてる!」
「お願いします!私流石に見えない相手には当てられないから!」
「任せるぞい!」

情景の僅かな歪み、草の揺れ、そして乱雑に周囲を動き回る音。それらのヒントを頼りに、次々ペイント弾をタコへと撃ち込んでいく!まるで空気が血に染まったが如く塗りつぶされていく奇怪ステルスタコ!当然それで倒れる事もなく飛び掛かってくるタコに炸裂光弾による迎撃が突き刺さる!

「塗られただけで倒れてくれたらよかったんだがな!」
「そいつはゲームのやりすぎというもんじゃろう!」
「イカのゲームは未プレイだがね!」

二体、左右挟み撃ちを狙って触手を振り下ろす赤ダコを、J・Qがスウェイからのカウンター斬撃で凍てつき、焼き尽くす!聞き苦しい断末魔を挙げて痙攣するタコ軍団!

「今ので最後?」
「周囲15メートルまで気配は感じられない。だが油断は禁物だ」
「やれやれ、パチモンの樹海に見えん怪物とはの。趣味が悪いっちゅうやっちゃ」

あたりは豊洲の競り市で廃棄されたタコ残骸のような有様な上に、奇怪タコの体液はまるでよどみ濃縮された汚泥の様な器官を揺さぶる感覚を与えてくる。死して濁った緑眼は、生き残ったこちらを妬むかの如く見つめる、そんな錯覚さえ感じるのだった。

「しっかし、この山林を見えん怪物相手に進むのは少々消耗するの」
「それなら、私がなんとかしましょう!」

自信たっぷりにどんと胸をたたいたO・Mは、お静かに、のジェスチャーを見せると立てた人差し指の先を起点にして、細く長い光輪を生成。出力された光の輪は輪ゴムが伸びるように延長していくと、俺達三人を中心に平行に並んでは、惑星の輪のように滞空し始めた。

「これは、センサーか?」
「そのとーり!例えはっきり見えなくても、動く物がレーザーを遮ったら光が分散して検知できるんです!」
「そいつは頼りになるのう」

異臭漂うこの場にとどまる理由もない。改めて俺が前に、J・Qがしんがりにつくと即応体勢を保ったままに偽りの森を進む。一見樹海の様に見えて、まるで迷路のように通路が縦横無尽に張り巡らされた様は、やはり天然自然の地形とは似て非なるモノだ。紙へマッピングを行っていたJ・Qがため息を漏らす。

「ううむ……こりゃどう見ても天然の森とは似ても似つかん、今更っちゃー今更じゃが。さりとて人工林の様に理路整然と整備されてる訳でもなし。とどのつまり、迷宮のそれよ」
「だよな。今の所は木が歩き回ってかく乱してるって事もないが」
「こちらセンサー係、異常無しでーす。木があるくダンジョンもあるの?」
「ある」
「世界ってひろ~い、あんまり見てみたいとは思わないけど!」

途切れ途切れに、曲がりくねる山間の道を無機質なマネキンたちが相も変わらぬよたつき方で進行している。トラップの類は地下1階の頃と比較して全くと言っていいほど存在しないのも奇妙だ。

右、左、真っすぐ、T字路を右。ボットの流れのおかげで進む道が明確なのはいいが、変化に乏しい虚構の森の景色は油断すると方向性を見失いかねない。そうして森の中を延々歩き続けた先に、不意に開けた場所が目に入る。

「村、か」
「白々しいのう、まったくもって」

木々が開けた景色の中には、V字型の緩やかな谷間に点々と古めかしい和風の民家が点在している。Vの底にあたる部分が中央の大通りで、そこから枝葉の道が伸びて各家に接続している構造だ。ボットは村の終わり、木々の隙間から現れ出でて、中央の通りをまっすぐ縦断している。

「どうする?無視する?」
「いや、1階が自我漂白者の徘徊コースだったんだ。だとすると必然的にここに居るのは」
「搾取する側っちゅーこったな。黙って通してくれるとも思えんが、ちっとばっかし様子を探るのがええじゃろ」
「了解でーす」

谷合にぽつぽつと点在する古民家は、いずれも造りその物はかなり贅沢な造りである事が見て取れた。建造物に学のない俺でも感じ取れる程であれば、D・Aあたりならさぞかし喜ぶだろう。あるいは、虚構故の造りのつたなさに気付いてしまい、憤慨するか。

中でも、一際に贅をこらした邸宅に目星を付けてその玄関前まで進んでいく。この一帯は某国民的アニメ映画の様な、美しい里山の風景その物で、田園に注ぐ水路には透き通った甘露が絶え間なく流れていた。畑には見た目だけなら見事なトマト、キュウリ、トウモロコシといった野菜も鈴なりになっている。

「なんとも美しいと言えば美しいが、裏にある物を知っていると余計におぞましいというか、なんというか」
「こーいうのは美しすぎてわざとらしいっちゅうんじゃ。本物はもっと奥ゆかしくて、そこがええのよ」
「確かに、ね。所で私が行こうと思うんだけど」

いよいよ目の前に近づいてきた邸宅の玄関を前にし、誰が誘いをかけるかO・Mから提案が出る。視線を見合わせる俺とJ・Q。

「トップは彼女、サイドは俺達。危なくなったら即迎撃で」
「じゃな。いかんせんワシらは、これじゃ」

腕を広げて、自分の恰好を見下ろすJ・Qの仕草に俺も苦笑する。揃ってまあ中々個性的なファッションだ。

俺の服装はワイシャツを除いて黒ずくめな上にアチコチに武器が積まれており、何処にいても立派な不審者である。例え戦場に居てもこんなずれたファッションのヤツは居ないだろう。かたやJ・Qの方は古式ゆかしいインバネスコートにつば広帽、腰のベルトにはこれ見よがしに手斧がさがっており、これはこれで全くもって悪目立ちする事この上ない。

バー・メキシコではどちらかというとこれでも地味な二人だが、そこはそれ、外では違和感バリバリの異物である事に変わりはない。そんな俺達に向かってO・Mはウインクして見せる。彼女のファッションは何処でも目を引くカワイイっぷりだ。まっくろくろすけのこちらとは比べるべくもない。

「任せて、これでもコミュニケーションには自信があるの」
「そこは全く疑う余地がないな」
「うんむ、ワシらは臨戦態勢になってた方が適任じゃろう」

邸宅の主は玄関から遠い所に居るのか、闖入者三人の内緒話には気づく事もない。流石にあからさまに銃口を向ける訳にもいかないので、ホルスターに戻すといつでも撃てる様にグリップへ手をかける。J・Qも同様、すぐさま斧を居合めいて抜ける構えだ。O・Mが玄関のガラス戸、その右側にあるベルを鳴らす。

「ごめんくださーい」
「はい、はい、ただいままいります」

老年に差し掛かった女性の品のいい声、軽い体重の急ぎ足の音が廊下の板張りを叩く音がわずかに聞こえ、近づいてくる。

がらりとガラス戸を開けて顔を出したのは、上品に老いた風情を見せる和服の老婦人だった。場所が違えば、気を緩めさえしただろう。だがここは一瞬たりとて気が抜けない幻惑の底なのだ。

「お客様、ですか?」

まじまじ観察すると、顔を出した老婦人は眼を閉じていて、顔を向けている方角も俺達三人からは大分ずれている。初対面の相手にするドッキリでもないだろう、だとすれば元々視覚が不自由と見るべきか。

「はい、ここに来れば仲間に入れてもらえるって聞いてきたんです」
「仲間――ですか?すみません、わたしは主人にここに連れて来てもらっただけで、今だにここがどんな場所なのかも良くわかっていないんです」

自宅の間取りを覚えるのも一苦労で……とこぼす老婦人の様子は、俺の目には余りウソを言っている様には見えない。だが、この階層に住み着いている住人達がいるのは確かなようだ。

「失礼、訪問客などは来られますか?」
「いいえ、いらっしゃる方は近所の方くらいで。あなた達はどちらから?」
「東京の浮北区からじゃ」
「東京から、ですか。きっと、遠かったのでしょう?」
「いーえー、日帰りで来れる距離です」

どうにも引っかかる。俺の疑問と同様にひっかかるのか、ちらりとこちらを見るO・M。

「そう、ですか。おかしいでしょう?わたしはここが日本のどの辺りかさえ把握していないんです。主人はここに居れば大丈夫の一点張りで……」
「ご主人の事、信頼されてるんですね」
「ええ、ええ、わたしがこうなってからも見放すことなく手を尽くしてくれました。ああ、立ち話もなんですから主人が戻るまで中でお待ちになりますか?」
「よろしければ、お願いします」

こちらの返事を待たず、即答する彼女。実際、間違いなく事情に詳しい夫の方にコンタクトを取れば少なからず得られる情報はあるだろう。もっとも、穏便に済む可能性は非常に低いが。

―――――

「さって、どういう事じゃろなぁ」

ほどなくして、俺達三人は古民家の客間と思しき一室に通された。古びてはいるが上等な畳にどっかりと胡坐を組む男性側と、上品な仕草で足を下ろす女性側。家具などは不足しているのか、引っ越したばかりの様に何もない一室だ。念のため、武器の類はそのままに休憩を取る。

「あのご婦人自身は言葉の通り何も知らなそうではある」
「というと他はそうでもない、と」
「じゃろうな。接触次第戦闘もありえる」
「最悪このままワナもありえるだろうな、この部屋はどうだ?」

座り込む前に、J・Qは丹念にこの客間を触診し、床に体重をかけてはギシギシと鳴らすなど、傍目からは奇行に見えるトラップチェックを行っていた。

「結論からいくと、ここ自体もただの和室じゃ。じゃーがー、そもそもこの空間自体が敵の腹よ。身内の一人や二人、連中が切り捨てる気になればいくらでもやりようはある」
「フムン」

居住区画なのは間違いなさそうだが、J・Qの言う通り必要であればいくらでもトカゲの尻尾きりは可能だろう。

「でも、次の展開が来るまでは休憩できる、かな?」
「だな。いっそ敵が手を出してくるまで休憩タイムといこう」
「は~い、R・Vはコーヒーいる?」
「済まないが、ブラックは苦手なんだ」

俺の一言に、ブフゥ、とJ・Qが大げさに噴きだした。

「ふーん、意外!じゃあ帰ったらメープル入りのミルクコーヒーにしましょう!」
「その為には、ちゃんと帰らないとな」

今の所、部屋の内外に異変は起こっていない。
まるで時代劇のセットの様な、場所を考えると違和感しかない和室。古びた木戸が月日を経た艶めかしい色合いを見せれば、いよいよもって狐に化かされているような気分にさえなる。もっとも、七色に輝くゲーミングたけのことかに比べればまだまだ無害を装っている範疇だが。

「しかし、コーヒーにメープルシロップとは合うのかの?」
「これが、コーヒーの香りとマッチしていいんです。普通の白砂糖の場合は、純粋に甘さが足される感じでコーヒーの香りを曲げないんですけど、メープルシロップは双方が合わさって独自の路線になる印象ですね」
「ほっほう!興味が湧いてきたぞ!ワシも飲んでみたいもんじゃ!」
「今はボトルだけなので、帰ったらお淹れしましょー」

敵地奥深く潜入しているわりに、リラックスした会話が続く。変に緊張するよりかはよっぽどいい。だが気がかりなのは、音沙汰がない老婦人の事だ。

「あのご婦人、さっきから全然音沙汰がないな。少し様子を見に行ってくる」
「油断するんじゃないぞ?」
「もちろん」

立ち上がって木戸に手をかける。が、開かない。
そもそも取っ手が浅い造りだが、それを差し引いてもびくともしない。これは間違ってもストッパーの類をかけられた感触ではない。まるで一体成型の鋼材かの如き不動さ。

「おっと、次の展開がおいでなすったかの」
「そのようだ」

だが、閉じ込められただけでさらにその次の展開が来ない。
あるとすれば吊り天井での押しつぶしか、あるいは水攻めといった辺りが思いつくが、今の所は単に出入口を塞がれただけだ。

「何も起きないですね」
「いや、待った」

三者揃って次の展開に備えるところに、不気味な祝詞が伝播してくる。日本語として咀嚼できないその音声は、怪奇神話のカルト組織が信仰するおぞましい何かを彷彿とさせた。その声が、屋敷一帯を徐々に取り巻いてきている。

「これは、アレじゃな。火葬」
「ウム」
「大胆!でもターキー向きじゃないよ私!肉付き悪いし!」

こっちがドタバタしている間に、外は外で何やら揉め始めた様子が聞こえてきた。

「やめてくれ!中にはまだ自分の妻が!」
「諦めたまえよ、きみぃ。この中に居るのは我々の平穏を犯す邪悪なる存在なのだ。そんな存在を招き入れた君の奥方は、罪科をまっとうしなければならない」
「ふざけるな!クソッ!」

くぐもって聞こえづらいが、確かに外の叫びがこちらまで伝わってくる。

「アンタ方!誰だか知らないが頼む、妻を助けてくれ!こんな、こんなつもりじゃなかったんだ!こんな事になるなん……グッ!」
「きみは精々、奥方の分まで余生を楽しみたまえ」

続いて熱気、そして木材が燃えるあのパチパチという燃焼音。だがいつまでも外の事態を傍観しているつもりはない。

抜き放った大剣を振るい、まるで一体パーツの様になった木戸を切り裂き押し通れば、もはや言語不要とばかりにそろって燃え上がる廊下を駆けだした。

「そうりゃ!」

板張りの廊下に燃え盛る炎を、J・Qが振るった氷の一撃がことごとく凍り付かせ道を切り開く!邸内は外に出られる箇所は全て板戸で塞がれ、塞がれた箇所は真っ赤に燃えあがっては俺達を熱く照らす!

「思ったより広いし複雑だな……!」
「でも見捨てないんでしょう?」
「当然じゃ!」

広い武家屋敷と思しき邸内を、ふすまを切り裂き、板戸をぶち抜いて次々と探し回るが問題の老婦人の姿は何処にも見当たらない。炎上した建材が落下する前に、天井と廊下を凍り付かせて時間を稼ぐが、館はまるで乾ききった枯れ枝並みの速さで燃えていく。

「そっちは?」
「おらん!」
「こっちもダメ!」

間に合わないか、との考えが脳裏をよぎった時、新たに現れたのは予想外の人物だった。

「アンタらのお探しはこいつかい?」

声がした方向のふすまを切り倒して確認すれば、そこに居たのは喪服の老婆だった。老婆が老婦人を抱きかかえていたのだ。

「なんじゃ!先に行ったんじゃなかったんかい」
「グダグダ話せる状況かっつの!クリスマスのターキーになりたくなきゃ脱出だよ!」
「なら俺に任せろ!」

要救助者を見つければ後はこんな鉄火場でだらつく理由はない。
すぐさまカレイドバレルを構えると、脳裏に何もかも撃ち抜く魔弾を描くと同時に引き金を引く。解き放たれた弾丸の一撃は、燃え盛る邸宅の壁を悉く丸く切り取る様にぶち抜く!円のサイズは俺達全員が余裕で通れる程のデカさだ。

「さっさと出るぞ!炎上死は織田信長の持ち芸だからな!」

―――――

「ほう、ほう、ほう。ま、そりゃそうですよね。ほら起きなさい、あなたの奥方は無事ですよ」
「ガフッ」

燃え盛る円をサーカスのライオンめいて飛び込み潜り抜け、炎上する館から脱した俺達を三角状の袋で顔を隠した連中がたいまつを掲げ何重にも取り囲む。そして真正面には冴えない感じにグレーの白髪の老人を蹴り上げる神父めいた男。

神父めいた、とは表現したもののその黒髪をオールバックになでつけ、いやらしい笑みを浮かべ紺の外套をまとった男は聖職者からほど遠い印象だ。同職扱いされた日には、全国の聖職者が大挙して殴りつけに来かねない。

「その様子だと、俺達を排除するのを諦めてはいないようだな」
「もちろんですとも!見るがいいこのスキの数を!」

不審者めいて外套を開帳した神父野郎は、その内側にじゃらじゃらと数えきれない程のハートチップをぶら下げた様を見せびらかす。実に悪趣味、と断じて良いだろう。

「その数!1000!二桁が精々のあなた達など敵ではありません!」
「で、ドネートはもらえたか」

俺の切り返しに、ビシっと神父の顔が硬直する。
スキからドネート、すなわち現金払いのハードルはとてつもなく高い。人類にとって身銭を切る、というのはガイア高地よりも高い心理障壁だ。ましてはお付き合いでつけ合ってるスキでは、現金を払う義理などあったものではない。もっとも、カネが必ずしも創作のゴールではないのは明言しておこう、創作の目的は人それぞれだからだ。

「ドネートなど……金銭などもらわずともワタクシはスゴイ!その事をおもいしるがいい!」

ぶるぶると身を震わせて俺の一言を思いの限り否定した神父野郎を中心に、取り囲んでいた覆面カルト集団の半分くらいがたいまつを掲げると神父に向かってスキを送り始めた。残り半分は周囲の奇行に対して困惑している様に見受けられる。

「見よ!これが新時代のソーシャル富豪の在り様よ!」

スキのハートに包まれた神父はその姿を桃色のもやに溶け込ませると、次に明確な姿を現したのは無数の浮遊ハート型で構成された生首であった。当然、生首のモデルはあの神父だ。新たに現れた怪奇異常存在に、カルト集団の半分はうろたえて逃げ去っていく。残り半分はたいまつを掲げたままにひれ伏した。

「悪趣味だな」

できる事ならいつでも仙人めいた暮らしがしたい俺とは真逆の方向性のようで、何とも理解しがたい。受けが良くなかったのは俺だけではないらしく、J・Qはあからさまにウゲー、という表情。O・Mの方は流石にリアクションに困った感じの苦笑を浮かべている。

そしてあの老婆はというと……抱えていた老婦人は既に横たえており、片手で全くぶれる事無く構えたライフルの引き金を引き絞った。破裂音に続いて、スキ生首の額にライフル弾が着弾すればハートがいくつも砕けて散っていった。

「なにをする!」
「アタシの孫をそそのかしてやらかしたのがそれたぁ恐れ入ったね。アンタは念入りに仕置きしてやるから覚悟しな」

地獄の底に住まう鬼めいた声色で宣言する老婆に、スキ生首がモザイク状にぶれるほど戦慄する。やはりこけおどしと修羅場をくぐりまくったベテランでは格が違ったか。だが、すぐに戦意を取り戻した生首はドリル状に回転しながらこちらへと突っ込んで来る!

「その減らず口、後悔しろ!させてやる!」
「おっとぅ!オヌシの相手はそのババアだけじゃないぞい!」

すかさず振るったJ・Qの手斧が分厚く強固な氷壁を構成すれば、突っ込んで来るスキドリルを凍てつかせて妨害する!続いて撃ち込まれた紅の刃の高熱が、スキ群を取り込んだ氷壁を爆発四散蒸発に至らしめる!

「グワーッ!」
「スキをそういう使い方するのは良くない、ですね!」

四方八方に飛び散ったスキ群を、レーザーの軌跡が立て続けにハートを両断からの機能停止!数を減らしながらもスキ群は態勢を立て直し生首を再形成!

「ぬぅううう!貴様ら何故恐れ、慄かないのだ!」
「まるで話にならん、スキ数などただの数字だ。中身の質を担保するわけじゃない」
「ハッハ、どういう理屈で脅しになると思ったんじゃか」
「ならば実力で黙らせてやる!」

生首から手首に形態変更したスキ群は、ライフルを肩に担いだ老婆へ真っ先に襲い掛かり握りつぶさんとする!だが、老婆の右腕がかすんだかと思えば桃色指先がちぎれて爆散する!老婆の手に握られているのは艶やかな平安美人の髪を束ねたかの如き黒いワイヤー鞭だ!

「残念だが、アンタに実力なんてもんは無さそうだネェ」

細切れにちぎれ飛んだハート群の指先は、すぐさま収束し元のスキ生首の形態に戻っていく。だが受けたダメージは無かった事にならないのは明白だ。現にヤツのサイズは少しずつ縮んでいっている。

「今すぐ許しを請えば9割殺しで勘弁してやろうか」
「むぐぐぐぐぐ!誰が、誰がお前の様な老婆に負けるものか!」
「おやおや現実を受け止めれないたぁ、哀れだねぇ」

そのデカく赤い生首をなおも赤く紅潮させ、赤鬼めいて染め上がるハート群!

「お前ら!もっとスキを寄こせ!私が負けたらお前達の番だぞ!」

分別無く罵倒し殉教者を急かすと、包囲網を形成する者達は一心不乱にたいまつを掲げて祈りスキを巨大生首へと捧げていく。積み重なったスキにより、当初のサイズの倍程度まで風船のように膨れ上がるスキ生首!

「これで貴様らを残らずひき肉にしてやる!」

高らかに宣言すると今度は高速回転するミンチメーカー棒と化して敵対者に襲い掛かる!その数4対8本!挟まれ押しつぶされれば宣言通りボロクズミンチ肉化は避けられまい!まともに当たればの話だが!

「キシャーッ!」

人間の物とは思えない裂帛の気合が老婆の口から放たれると、振るわれた黒髪ワイヤー鞭が神話生物めいて迫りくるミンチメーカー棒を二本まとめて絡めとり締め上げる!獲物を捕らえる前に自身同士が衝突しへし曲がる棒!

「ウワーッ!」
「今度はもっと穏便な攻撃でお願いします!」

O・Mの方へと襲い掛かった高速回転棒だったが、やはりこちらも正確に放たれたキラキラレーザーのなで斬りでバラバラと20以上の残骸へとあっさり解体された!残り二対四本!

「ジジイーッ!貴様だけでもっ!」
「ワシャジジイちゃうぞ!」

サイドに回り込んで今度こそひきつぶそうとする棒に対し、J・Qが双手に握った蒼紅の斧が軌跡を描く!金属めいた強度のスキ製ミンチメーカーは、凍てつき燃え上がって砕け散る!残り二本!

「オノーレェーッ!」
「群体というアイデアは悪くないが、使いこなせていないのでは意味がなかったな」

やはり横から挟み撃ちを狙ってきた棒が迫る!俺は手品めいた早業で銃を戻すと、背の柄を握って抜刀ざまに水平回転斬り!射程内に入った棒を真っ二つに切断すれば、踏みとどまった反動で力任せに棒を叩き切り返す一太刀でもう片方もばっさりと斬り飛ばす!

「ヌワーッ!?」

一矢報いる事も出来ずカウンターで潰されたスキ生首は再度バラバラに戻って一か所に集まろうとするが、甘い。

左手に柄を移すと、抜銃からの早撃ちでもってしめる。撃ち出された弾丸は、ハチ一匹逃さない投網と変じてスキの群れを覆いつくし捕縛!網玉に捕らわれたスキ生首は一片も逃すことなく大地に転がった。

「さて」
「ちょっくら吐いてもらおうかねぇ……次の階段とかね」
「なんじゃ、まよっとったんかい!」
「こーうみょうに隠されてて、木偶の坊を辿っただけじゃ見つからんのさぁ」
「じゃあどっちみち私達も聞くしかないですね」

四人の厳しい目線が無力化したスキ生首神父に突き刺さる。今も必死に網を破ろうとしているが、如何せん充分な慣性が確保できない網の中ではどうする事も出来ない。

「で、どうするの?イジメるのはちょっと趣味じゃないかなーって」
「任せとけ」

スマホを手に取る。異常空間の割りにはちゃんとここまで通信が確立していた。もっとも、連中の力の源を考えれば遮断する訳にもいかないのだが。

普段ほとんど使わない通話機能を立ち上げると、目当ての所へと連絡する。相手はすぐに着信を取った。

「ドーモ、俺です。はい、例の互助団体の尻尾がつかめました。構成員のアカウントを指定するんで精査お願いします。取り急ぎアカウント削除もよろしく」
「アアーッ!?ヤメテクレーッ!」

ゴムまりの様に跳ねて抗議する一抱えサイズの生首を足蹴にしつつ、先方へ必要な情報を伝える。通話中に平行して作業されていたのか、ほどなくして生首の姿は霞の様に掻き消え元の胡散臭い神父に戻ってしまった。

「?どゆこと?」
「サポートに連絡してアカウント削除してもらった」
「貴様ーっ!人の苦労をあっさり踏みにじるとは人の心はないのか!」
「黙れサンシタ。大体互助行為は即日アカBAN対象で、お前だけが特別扱いされた訳じゃない。神妙にしろ!」

同時に、いまだ周囲を取り囲んでいた連中もバタバタと倒れ始める。大方下の自我漂白された連中同様、洗脳状態にあったのが解けたのだろう。
だが、O・Mはまだ納得がいかない様子だ。

「アカBANされたのは良いんだけど、それで無力化するのがわからないとこ」
「魔法陣ってのあるよな」
「うんうん、それはわかる」
「ものすっごいざっくり例えると、コヤツラはNoteのサイト構造自体を魔法陣として活用してたっちゅーとこじゃな」
「エーッ!?そんな事出来るんですか!」

大げさに驚いて見せるO・Mに対して、がくりとエセ神父が肩を落として座り込む。このリアクションからすると、ビンゴといった所か。

「大方アカウント同士の繋がりを陣として代用し、スキの送り合いで回路の信号を機能させたってとこかの。何せ物理施設に紐づいた巨大ネットワーク構造じゃ。空き地や廃墟にちょろっと書いた魔法陣などとはくらべものにならん力を持つじゃろう」
「ソーシャルネットワークサービスを回路代わりに陣を張るとは、中々いいアイデアだな。もっとも、サービスの管理権限までは露呈を恐れて手を出せなかったのが運の尽きだが」
「ほいほい、アタマデッカチ共の長ったらしい解説はそこまで」

平然と俺達の言動を遮った老婆は、微塵もぶれる事なくまっすぐにライフルを神父へと突き付ける。明瞭な死神の姿に、神父は今にも失禁しそうなほど震えていた。

「大人しく次のルートを吐きな。死んでまで尽くす義理はなかろ」
「吐きます!吐きますから、後生ですからお助けください……!」
「案内しな。ワナに誘ったら真っ先にアンタを叩き落す」
「従います!」

腰を抜かした神父を蹴り上げると、老婆は危うく巻き添えになるとこだった老夫婦にウインクして見せた。続いてJ・Qも一言付け加える。

「事が済んだらワシんとこにくるがええ。こんなクソショーもない詐欺カルトじゃなくてな」

「で、この藪がどうしたってんだい?」

老婆こと、ここではG・Rとしておこう――彼女がライフルの銃口で神父を突っつきながら道案内させた場所がここだった。

藪、正確に表現するならば山林樹海の良くある木々の密集帯。そこはこんもり海苔巻きおにぎりの様に木々が折り重なっており、人が通るのは実に難しそうな領域だ。

初対面の時の胡散臭い自信たっぷりな様子など今やどこ吹く風。神父もどきが今にも泣き出しそうなビビりっぷりで俺達を案内したのが、この木々の密集地帯であった。見た目だけなら、そう、ただの木々の群れで形成された一角に過ぎない。見た目だけなら。

「ここです!ここなんです!嘘じゃありません!」
「証明してみせな」
「え、いや、自分、もう仲間からリンク切られてまして……どうする事も」
「つっかえないねぇ、その辺の坂に転がそうかい?」
「ヤメテーッ!」

ライフルの先っちょでドスドス腰をつつかれるたびに泣きわめいてゆるしを請う神父モドキ。そんな彼らを放っておいて、俺は迷わずにリボルバーを引き抜く。撃ちだすのはそう、ごく普通の銃弾だ。

回転軌道と共に空中を駆けた弾丸は、木々にあたる直前でビシリ、と硬質のなにか……ガラスめいた物に着弾し、不可解なひび割れが木々に走る。
否、それは木々がある様に偽装していた液晶画面。

破損したタブレットが一枚、地面に落ちて液晶の破損を広げるよりも早く木々が裏返った。目の前の樹海を一部を成す光景は全てタブレットが巧妙に折り重なってダミー風景を形成していたのだ。

「ヒィッ!」

悲鳴を上げて逃げ転倒する神父は無視して、俺達は前方の脅威に集中する。

裏返ったタブレット端末群は見る見るうちに樹海の一角から剥がれ落ちては舞飛び、空中に集約するとその大小さまざまな液晶画面に無数の美麗な光景を映し出してモザイク画の様にその身を巨大な蝶へと変えた。ただし、蝶の本体にあたる部分はまだらに、七色に移り変わる奇怪な女の肢体。

蝶羽根の女はざらついたノイズ交じりの音声でもって、俺達に問いかけてきた。

『ウフッ、ウフフフフフフ……ネェ、アタシ、キレイ?』
「そのセリフを言うならマスクが足りないんじゃないか」

吐かれふるした怪異のセリフをなぞる蝶々夫人に、きっちり煽り返してやるが相手は意にさえ介さない。形態としては先ほどのスキ生首と同じ群体型の脅威だが、こちらは上階への門番である以上より強大な存在である事は容易に感じ取れた。現に神父は泡を吹いて失神している。

攻め時を見計らい、いつでも仕掛けられる様構えていた四者の中からまずはG・Rがライフルを撃ち放つ!蝶々夫人の眉間に高回転ライフル弾が突き刺さると同時に、タブレット群が蝶の群れの様に分散!

「一発程度じゃくたばっておくれでないかい、メンドクサイねぇ」
「きっちりすり潰すしかなかろ、やるぞい!」

まるで飾りコマの様に回転する未確認飛行物体めいて、蝶々夫人が四方八方に美麗画像を威圧的に展示し中空に制止する!

万華鏡の様に、ある時は一面の海、ある時は果て無き樹氷原、さらには燃え上がる山火事などと、周囲を覆う液晶が幻惑光景を出力しながらに蝶々夫人は狂笑する。

「こんなもの、コケオドシにもなるもんかい!」

G・Rが左手をかすませれば大蛇の如く黒髪ワイヤーが鎌首もたげ、周回する液晶群を打ち払う!盤面をひび割れさせて飛び散るタブレット達!タブレットの見せる虚構の先には、変わらぬ樹海の緑が垣間見えてはすぐに動画の偽りに上書きされる!

一方蝶々夫人本体はあいも変わらず距離をとった中空でたゆたっているが、こちらには一向に仕掛けてくる気配がない。であれば次に狙ってくる攻撃は明白!

「後方注意じゃな!」
「ハッ!気が利くでないかい!」

万華鏡の結界を打ち払う老婆の死角より、回転ノコギリめいて回るタブレットを備えた機械腕が迫る!だがJ・Qのインタラプトにより、彼の右腕から伸びた無眼のアギトに噛み砕かれてプラスチック筐体の破片を撒き散らした!

「このイリュージョンはこちらの注意をそらす為の布石か」
「!みんなかたまって!」

O・Mの呼びかけに迷うことなく四人揃って背中合わせになり周囲を警戒する。すると周囲をオバケめいて取り囲むタブレット群から次々レーザーが放たれるが、先手を打ってO・Mが生じさせた水晶のごときドーム型障壁に弾かれ無力化された!

「これがウワサのキラキラバリアー、思ってたよりも強力だな!」
「ふぃー……今の飽和攻撃はちーっとばかしやばかったの」
「どういたしまして!内側からも攻撃できるからどんどんやっちゃって!」
「あいよ!カワイイな嬢ちゃん!」

直撃すればただでは済まないであろうレーザーの雨をことごとく防ぐドームバリアは、実に頼りになる存在だ。あのまま間髪入れずに飽和射撃を受ければ完全に避けきれたかは少々怪しい。

攻撃可能、との連携を受けては手が空いているこちらは各々ドーム内にとどまったままに遠隔攻撃に移る!G・Rはライフル片手撃ちからの鞭撃連携!J・Qはハンティングショットガンを構えて散弾をありったけばらまく!彼らとは反対側を狙う俺は、趣向を変えて手にしたリボルバーを介して弾丸を帯電ネットに変えて撃ちはなった!

飛び交う銃弾は七面鳥撃ちよりも容易にタブレット群を粉砕すれば、逆側に放った帯電ネットは複数枚のタブレットを絡め取って放電破壊!次々にタブレットを破壊していくがその数は一向に減る様子がない。蝶々夫人の本体もまた、悠然とその肢体を曲げて曲線を強調し、自らの妖艶さを主張する。

「ウフフフフフ……アタシ、キレイデショウ?」
「アンタみたいのはねぇ、悪趣味っつーんだよ!出直しておいで!」

G・Rの罵倒と共に撃ち出されたライフル弾がまたも蝶々夫人を撃ち貫くも、数枚のタブレットが砕け散るにとどまる。このあたり一帯を隠蔽していただけあり、膨大な数のタブレットが通信連携しながら一個の脅威として振る舞う姿はなかなかに悪夢的な光景だ。

再び、周囲をイナゴ禍めいて旋回するタブレットの群れよりレーザーの猛攻照射!まだ張られたバリア自体はびくともしていないが、徐々にO・Mの呼吸間隔が短くなっていくのが感じ取れた。ダラダラと時間をかけて戦うのはまずい。

「次から次へと、ったく害虫みたいな奴らだねぇ!」
「害虫なら餓死か疫病死もするんじゃがなぁ!」

二人が手持ちの弾丸をありったけ駆使して離れたところからあざ笑うかの如くレーザーを打ち込むタブレットを砕いていくが、もはや減った様子さえうかがい知れない。もしかすると、この階層に詰め込めるだけタブレットが満載されていた可能性さえある。俺の目に、記憶が確かならばかなり古い型のタブレットが行き過ぎるのがうつった。タブレット、疫病、旧型。

「いけるのか、いやだめなら別の手を打つまで!」
「なにか名案が?」
「やってみてのお楽しみだ!」

頭の中で、機械を論理汚染する電子疫病の構造を思い浮かべたままにリボルバーの引き金を引く。銃口から喜び勇んで飛び出したのは、鉛の弾丸ではない。それはブラックの弾頭に、耳なし芳一めいて16進数のプログラムコードが緻密に刻み込まれた超常の魔弾。

緑黒の弾丸はごくごく自然に飛翔すれば、蝶々夫人の中央眉間にあっさりと突き刺さった。だが、着弾点には弾痕はなく、まるで幻でもかましたかのように何も起こらない。蝶々夫人は嬌笑を浮かべ、レーザーの嵐は続いている。

「何分待てばいいんじゃ!三分か!?」
「一分もかからんはずだ!」

実際のところ、そんな何も起こらないように見えた時間は1分もなかった。
まず起きたのは、周囲を旋回するタブレットが一割、三割、半分と機能を停止して落下していき、それだけにとどまらず周囲を幻惑していた隠蔽役のタブレット群もみるみるうちに地面へと落下、ガラス面が砕けて割れる。

「ア……ア……?」

蝶々夫人本体もまた、その身を構成しているタブレットが次々と剥げ落ちて羽はもげて、無残にも大地へと落下する。その姿はもはや蝶ではなく年老いてシワクチャになった老婆のようだ。焦りによるものか、蝶々夫人は必死に健在なタブレットを自身へ誘導して今の醜態を覆い隠そうとするが、やればやるほどに元の蝶ではなくもはやナメクジ同然の有様だった。

「へぇー?大した結果じゃないか。若造アンタなにやったんだい?」
「ウィルスプログラムを弾丸に置き換えて撃ち込んだ。まさかこんなことまで出来るとは、俺も思ってなかったがね」

自慢気に手にしたリボルバー、カレイドバレルを振ってみせる。G・Rの背後でJ・Qもまた自慢気に胸を張る。

種明かしはこうだ。このタブレット群体型モンスターは、その体を構築するためのタブレットは無からひねり出せなかった。そのため数を確保するために型落ちで倉庫に捨て去られていた旧型を安く買い叩くなりして活用していたのだろう。

ところがどっこい、旧型の電子機器ということはセキュリティアップデートも行われない。撃ち込んだウイルスは俺の頭でもこの場で作れる単純なプログラムコードだが、相互通信を介してヤツの体を構築するタブレット全部に伝搬。セキュリティに穴が残っていた古い機種は残らず文鎮と成り果てたのだった。

「ア……アタシ……キレイ……?」

ボロをかぶった亡霊が這いずるかのごとく、タブレットの死骸の山に蝶々夫人が居座る。飛翔能力は損なわれ、ひび割れたタブレットをなんとかつなぎ合わせて何本もの触腕を形成。その姿はデジタルサイボーグで構成された蜘蛛のようだ。

意味の無い問いかけを無視して、高年齢層コンビが猫科猛獣モーションで襲いかかる!一方蝶々夫人はまだ完全に戦闘力を失ったわけではない!タブレット連結触腕がカマキリめいて振り下ろされる!

「鬱陶しいねぇ!」

ヒビだらけのタブレット触腕を、G・Rの黒鞭が大蛇の尾撃の如く打ち払い、粉々に粉砕していく!続けて本体との接合部をライフルの一撃が襲えば、触腕の一本がパァンという軽い音と共に弾け飛び、バラバラに四散する!そこに襲いかかるのは熱凍二本を交差させたJ・Qだ!

「コイツは効くぞぅ!覚悟しな!」

鋭く凍てつく刃が襲えば、蝶々夫人の胴元左側に見る間に氷柱が突き立つ!もろくなったタブレット像の内部を氷が食い荒らすがそれだけにとどまらない。続けて、燃え上がる紅蓮の刃がタブレット像の右側に食らいつくと、恐るべき熱量が一気に内部へと侵食!蝶々夫人が内側から無残に爆散した!

それでも驚くほどしぶといタブレット群体モンスターは、まだギリギリ動くタブレットを寄せ集め、再び己の躯体を構築する。そのサイズは当初に比べれば大きく矮小化し、すでに等身大より一回り大きい程度しか無い。

「アタシ、キレイデショウ?」

両腕を掲げれば、先には四枚に回転する破損タブレット。その板面に光が点滅するが、瞬間に真正面へ飛び込んだ俺が振り下ろす切っ先がど真ん中から両断。さらには剣撃の衝撃波がボロボロになっていたタブレット躯体を、ミンチメーカーめいて打ち砕く!

「ア……」
「自分で自分に納得いってるなら、それでいいだろ」

求められている言葉はそういうことではないのをわかった上で、一言弔いを兼ねていい含めてやる。群体だったタブレットは今や一枚を残してことごとく粉砕され、最後に残った一枚もよたよた浮遊しているところを、照射されたレーザーにど真ん中を撃ち抜かれ完全に沈黙した。南無阿弥陀仏。

「いまのが最後かしら」
「ああ。次の階段は、あっちだな」

虚構の山林の山肌が一角ぽっかりと欠けて、中には白っぽくて味気ない空間が広がっていた。今度の階段は無機質な部屋の中に、何事もなかったかのように続いている。当然、降りてくるのはあの見慣れたボットだ。

決着がついたやいなや、老婆G・Rは年齢をまるで感じさせない機動力で次の階段まで跳躍すれば一足先に足をかける。

「御機嫌ようだ、アンタ達。こっちの用が済んだ後でもチンタラやってたら承知しないよ」
「じゃかぁしい!そっちこそ精々ソロプレイが過ぎて頓死しないよう気をつけるんじゃな!」

売り言葉に買い言葉。しかしてG・Rはどこか楽しそうに投げかけられた言葉を受け取ると、紫電の様に階段の上へと消えていった。

神父モドキに、他の者達とこの施設から脱出するように厳命した後、俺達もG・Rに続いて無機質な階段を上がろうとした矢先に、J・Qから待ったがかかった。

「ちょーっと待った。その前にやること済ませておくぞい」

待ったを入れたJ・Qに従って、彼の所作を見守る。
彼はO・Mの履いているローファーを一旦脱いでもらうと、その靴を手にとってあの銀色の微小機械で改造を始めた。数分もかからなかっただろうか、さほど見た目の上での変化もなく改造が終わると靴を手渡す。

「何が変わったんです?」
「走ったり飛んだり、そういう足を使う運動が普段よりも楽に、速く行えるようにしてみたぞい。O・Mさんはワシラと違ってそこまでフィジカル強くないようじゃからな」
「なるほど、良い補強ポイントだ」

トロイアの英雄アキレウス然り、機動力が高いというだけで攻守にわたって利便性は大きく高まる。攻防の点では隙きのない彼女の強化要素としては的確だと言える。

「実際に試すのが楽しみだけど、次はどんな場所かな。私としては飛んだり跳ねたりしやすい地形だといいな」
「なんにせよ、あまりろくでもない場所には変わりがないだろう」
「おっと、かなりブーストされるから、いきなり全力で飛び跳ねすると頭うつぞい」
「はーい、わかりました」

どうせろくでもない場所だろう、そんな俺の予感は当然のごとくあたった。2階の虚構山林も中々のおぞましさだったが、俺達が上り詰めた先に現れた3階は更に露悪的な作りだったのだ。

先頭で進んでいた俺に真っ先に3階の光景が目に映る。そこはどうにも落ち着かない印象の場所だ。なにせカメラレンズがあちらこちらにあるのだから。監視カメラとて今どきは、目立たないように設置されているのがご時世なのだが、この階は違う。カメラが無いのは床と壁の低い辺り程度で、後は天井から壁からカメラレンズがつきだし、俺たちのふるまいを一分の隙も見逃すまいと見張っているのだ。

その上、壁面にはカメラレンズのみならず、モニタも等間隔で設置されている。そこに映し出されているのは、俺たちだけではなく一階と二階の様子も含まれていた。神父モドキが青い顔で他の取り込まれていた連中を後押しして退避している様子や、自我漂白者達が相変わらず燃える街をうつろな顔で徘徊している様などが絶え間なく流されている。

「やっぱり、ろくでもない造りだったか」
「なんともディストピア未来めいた造りじゃのう……やりすぎじゃて」
「相互監視ってことかな?これは」

念の為、手近な床を切り抜いて中をのぞいてみるも、床下にはこれといって監視設備に該当する機械はなく、配線がみっちりと詰まっている。これだけの監視設備であれば、当然配線も多くなる。下の方にカメラが無いのは必要性が薄いのと、設備配置の関係でスペースが取れないがゆえだろう。

「フムン、天井から壁から床下まで、この階は監視に念を入れた設備のようだな」
「ワシラのなんやかんやを記録するなら順序が逆じゃないかのー」
「侵入者を分析するための設備ってわけじゃないのかもな」

どっちにしても、先には進まないといけない。ボット群は不定期に監視カメラ迷宮の奥から歩いてきており、監視カメラにうつった様子が壁面のモニタに映し出される。人間が介在しないその様子は、実に虚無的な行為だ。

「とにかく、先に進むか」

一歩、また一歩と進むたびに、四方八方に設置されたカメラに俺がうつり、撮影された映像は壁面の等間隔モニターに映し出される。我ながら実に無愛想な顔なことだ。だがマジマジと自分の顔を観察するよりも先に、進行方向より足音が聞こえてくる。硬質な音に歩行テンポからすると、無害なボットとは違う。

「来るぞ!」

先手をうって床を切り抜きテコの原理で刃でもって跳ね上げ即席のバリケードに変える。カメラとモニタだらけの通路の向角より姿を見せた、今までのボットとは異なる個体、頭部がカメラに置き換わった映○泥棒めいたカメラボット三体がバリケードの向こう側に消える。続いて巻き起こる着弾音。確かカメラ横に機関銃の機構がマウントされていた。

「二人は備えてくれ!」
「あいよ!」
「わかった!」

カレイドバレルを引き抜けば、照明弾をぶっ放して天井に跳弾させて向こう側に炸裂させる。案の定高機能なカメラアイが裏目に出て銃撃が止んだ。
その隙を逃さず切り抜き床バリケードをタックル!滑らかな床がスケートリンクめいて切り抜き床をスライドさせて行く!

だが、前方の敵をはねていくはずの床は、ドシンという異様な音と共にピタリと停止した。この挙動は等身大の何かにぶつかった感触ではない。いぶかしむ間を惜しんで、バリケードごと電磁加速弾でもって撃ち抜く。けたたましい音をたて、紫電を伴って射出された弾丸がバリケードを真円にぶち抜き向こう側の景色があらわになった!

「む……?」

違和感。その出処は俺が切り抜いた床の、倍の厚さになっているバリケードだ。しかしてその不審を改めるより速く通路奥角より次のカメラボットが現れる。ロボットアニメのように頭部に搭載された機関銃を放つが、ビデオカメラにポン付け、その上胴体は白っぽいマネキンとこれが実にサマにならない。

まだ遮蔽物として機能するバリケードに左右に別れて身を隠せば、敵の弾切れに合わせてJ・Qがショットガンをぶっ放す!散り散りに散った散弾は、この閉鎖空間では十分すぎる破壊力でボットをちぎれるほどに弾痕を刻んでいく!

「どうしたんじゃ、怪訝な顔しおってからに」
「このバリケード、俺が切り抜いた時より二倍厚くなってる」
「でも、向こう側には床が抜けた後がない……何かが変身したとか?」
「かも。この階を進めばまた遭遇するだろう」

また遭遇する、その予想はあまりにもはやく的中した。
通路の曲がり角より、今までと全く違う外見の存在が歩み出てくる。
黒尽くめのコート、隙間あらば積載された雑多な凶器、その背に緋の大剣こそ無いがあれは間違いなく――

「なんじゃ!R・Vじゃないか!」
「この階は確実に侵入者を潰す為の階ってわけか」

紛い物の俺がその身におった凶器の中から、黒塗りのマチェットと禍々しく湾曲したククリナイフを引き抜いた。なんとも今までで一番悪夢めいた光景だが、幸か不幸か偽物の俺の顔面には単眼のカメラレンズがハマっていた。

小ステップからの牽制斬撃二連、大ぶりの一振りではなく細かい連撃。
実にタチの悪いことに俺のバトルイマジナリは実に正確に当たった。当然だろう、自分が相手なのだから。雑な代替AIとかならまだ良かったのだが。

「チィッ!」

ギャギャン!片手剣を大剣で打ち払った硬質な音が通路に響く。竜種大剣まで再現されていないのは何らかのリソース不足ゆえか、それでも一番厄介なのは俺の戦闘ロジックを模倣している点であるため、最悪手ぶらですら脅威になりうる。

「これじゃ支援もままならないよ!」

目に見えてわかる違いがあるとはいえ、当然だろう。目まぐるしく入れ替わるほぼほぼ同じ見た目の二人では見分けて片方だけ攻撃するのは難しい。
さらに悪いことに、通路奥よりさらなる刺客が姿を見せる。黒いインバネスコートにつば広帽、両手には蒼紅ではないものの紛れもない手斧を構えゾンビめいて歩みよってくる。

「なんじゃい!ワシまで増やしおってからに!」
「これって私も出てくる流れですよね!?」

今の通路は最悪にも二人同時に襲いかかれる程度のスペースはある。しかもこの後O・Mのダミーまで現れれば先の二人のダミーを巻き添えに、キラキラレーザーを乱射してくる可能性が高い。なにせ相手は使い潰していいボットの一体に過ぎないのだから。

「その通りだ!」

二刀流の軽快さと機動力で小回りの効かないこちらを的確に追い詰めてくる俺のまがい物に対し、自分で把握している癖、距離を詰めがちなところを逆手に取って大剣の柄を跳ね上げ敵の交差斬撃をパリィからみぞおちを蹴り込んでこちらに迫ってきたJ・Qダミーごと壁までふっとばす!

そのまま迷わずカレイドバレルを向けて曲がり角から更に姿を見せた第三のダミー、可憐な姿へとトリモチ弾を複数うちはなって即座に行動不能に追いやる。行動に移る前にモチダルマに変わるO・Mダミー!

「うあああ、自分じゃないとわかっててもヤダー!」
「すまん!O・Mのダミーの無力化が最優先だ!」
「わかってまーす!」

モチダルマに向け、本物のキラキラレーザーが照射されるとモッツアレラチーズ塊がスライスされるようにバラバラにされ、ベチャベチャとという粘塊が床に落下する。だが健在な二体はサイド両側から俺に襲いかかる!二対四本の凶器が迫る!

「ムゥ!」

振り下ろされるマチェットを右スライド回避、追い込まれるようにねじ込まれた湾曲ククリ刀を大剣で受け止め、追撃に入った手斧二撃をリーチの差でかわしてトリモチ弾を空き腹に撃ち込み壁へと貼り付ける!そこに迷わずショットガンを乱射するJ・Q!

「まったく自分を撃つのは気がすすまないのう!」
「まだ完全模倣されてる訳じゃない、こっちの優位点でもって叩く!」

そう、まだ完全模倣されているわけではない。だが数で押されれば当然不利なのはこちらだ。その上完全模倣した個体が出てきたら目も当てられない。

懐まで潜り込み、小回りが効くのを活かそうと踏み込んでくる俺ダミーに対し、バックステップで斬撃回避後に大剣のリーチを活かしてカウンター刺突!とっさに二刀でそらそうとするも竜種大剣は防いだ刃を一方的に切り落として黒尽くめの胴体をぶち抜く!そこから更に刀身を跳ね上げ振り下ろすとバックリと人体が真っ二つに断ち切れ転がった。だが血は噴き出さない。

「二人共、円陣を!」

第一陣をなんとか排除した上で時間を作ると、連携を取るために三人で輪になってカメラに対し死角を作りスマホの画面で情報をやり取りする。

[RV:今はまだ模倣が甘いが、最悪の場合は完全コピーした上で量産してくるってのもありえる]
[JQ:この階の作りを見れば、連中ワシラを追い込んで本気を出させ、そこをコピーする腹積もりじゃろう。R・Vの危惧は正しかろうな]
[OM:なにか手はある?]
[RV:手と言えるレベルじゃないが、切り札と奥の手は温存したまま、出てくるダミーが模倣出来ていない優位点でもって排除していく。速攻勝負だ]
[JQ:良いじゃろう、ワシらの底が知れないってとこを見せてやろうじゃんか?]
[OM:オッケー!]

時間にして30秒、必要な情報を連携し終えると円陣を解除。
ダミーボットとは別にいまだ流れてくるスパムボットを頼りに、カメラだらけの無機質な通路を揃って駆け出す。ダミーは流石に生産に時間がかかるのか、お茶濁しのカメラボットが通路奥から湧き出し機関銃掃射!

「悪いけどそこどいてね!」

O・Mがあの凶悪なキラキラバリアーを前方に盾のように展開すると、そのまま前へと押し出し銃弾を弾きながらカメラボットを焼き切っていく!後方からも同様にカメラボット群が迫るが、銃撃が始まるより先にJ・Qの斧が閃き通路を分厚い氷壁が塞ぐ!前進あるのみだ!

並み居る敵をなぎ倒し、打ち砕いて前進すれば、今度は十字路にぶち当たる。みつまたにわかれた道から、再度ダミーボットが迫る!

「下がって!」

あの脅威という他ないキラキラレーザーを、O・Mが先手をうって右手の通路へバリア展開し防ぐ!続けて俺がヘッドショットでダミー・Oを頭部破壊から、直進通路と左手通路から迫るダミー・Rとダミー・Jへトリモチ弾を連射!だが二体とも天井へ跳躍すれば、頭上の壁を蹴ってこちらに襲いかかる!

左手のダミー・Jに対しては俺がリーチで圧倒出来る大剣でもって、軌道変更出来ない空中に向かってカウンター刺突!正面のダミー・Rに向かっては空中にいる間にJ・Qが放った床より伸びる氷柱に下からぶち抜かれて天井に縫い留められて破砕される!

「こんな形で自分の厄介さを思い知らされるとはの!」
「ホントですね!唯一無二の体験、でも一回だけでいいかな!」
「俺は確か三度目くらいだがね!」
「おヌシはパクられすぎじゃろう!なんで生き残っとんじゃ!」
「実に悲しいが俺のコピーより俺の親父の稽古の方がよっぽどキツくてな!」

スパムボットが流れてくるのは正面、一気に突っ走る!

前方よりさらなる敵襲、通路に詰まるように押し寄せるカメラボット五体に対し虎の子の単発グレネードランチャーを引き抜く!距離がつまり敵の発砲が始まる前にグレネードをぶっ放すと、円錐形の弾頭が先頭のカメラボット頭部レンズへ突き刺さり後続の個体ごと爆発四散!

「そんなもん使っちゃってええんかの!?」
「本当の切り札はまだとっときたいんでね!」

すぐに火災報知器が作動し、自動消火システムがくすぶる炎を消していく中を駆けていく。次は突き当りT字路、左側から三体まとまった形でダミーボットが行く手を阻んでいる!先んじてO・Mがレーザーを放つが今度は敵がたのバリア障壁に阻まれているのが見て取れた。

「オイオイオイオイ、早すぎないかの供給が!」
「迷宮じゃなかったらアウトな生産速度だな!」

J・Qの振るう手斧、そこから放たれる冷気が床を疾走すれば、下方の隙間を抜けてダミーボットの足元から炸裂!一気に氷柱で三体まとめて剣山めいて串刺しにする!続いて俺のグレネード投射!氷柱真正面に弾頭が突き刺さり、橙の焔が一気に燃え広がった!粉々に砕けて散る俺達のまがい物!

「偽物だとわかってても、こう自分と同じ格好の相手がバラバラになるの余り嬉しくないでーす!」
「ワシもじゃ、全く人の肖像権をなんだと思っとるんじゃ!」
「なりすましボットなんか作るやつはきつーくお仕置きしてやらないとな!」

実際問題、自分そっくりのダミーが社会にばらまかれたら俺一人では始末に負えない。もちろん俺のみならず、誰のダミーが生産されてもおなじことだ。H・M辺りの大雑把にフィジカルがめちゃくちゃ強いタイプが量産された日には、目も当てられないし手にも負えない。

カメラボットとダミーボットの交互に押し寄せる波を手を変え品を変えて即殺しながら、複雑に入り組んだ迷宮を突き進む。今日この時は、武器を満載していてよかったと久々に実感した日になったと言っていい。常日頃はロクでもないヤツ扱いを受けるが、自分の生存力には変えられないというわけだ。

そして駆ける俺達の視界が開けた。目の前の空間はただっぴろい広間に、高い天井はズラッとカメラレンズが規則的に並んでいる。床と壁面はこの階の様子だけでなく、世界各地の監視動画と思しき様子がながれていた。

何より部屋の中央には、円錐形の浮遊ユニットに太い円柱を載せた存在がその二対四本の機械腕を腕組みしている。頭部に当たる部分には巨大な本にガチャガチャとカメラが顔をのぞかせる混沌とした造形。

本頭部のヤツがその丸太のような腕を展開し、マリオネットをぶら下げるように指先を下げた先。そこにはまたたく間にワイヤーフレームの緑線が人体を形成し、あっという間にダミーボット三体が構築された。つまるところ、コイツがダミーメイカーというわけだ。問題があるとすれば、

「見ろ!アヤツらワシらそっくりじゃぞ!」

そう、今作りだされたダミーは、俺の個体は竜種大剣を当然のように引き抜いたし、J・Qのダミーは今までと違いその手斧に蒼紅の輝きを伴っている。その上頭部はわかりやすいまがい物ではなく、オリジナルと寸分たがわない。

「やっぱり出てきやがったか!」

予想できていた範囲とはいえ、よりコピー精度が上がった個体に加え、生産設備自体も武装しているとは。だが愚痴ってる場合ではない。

敵ダミー体が完成し、動き出すよりも早くペイント弾を連射!カラーボールめいて塗料が弾けるとショッキングピンクがダミーに降りかかる!続いてダミーRにJ・Qよりブーメランめいて手斧が投擲されるが、相手は後方スウェーでギリギリ回避すると、カウンターの斬撃衝撃波を放つ!横っ飛び回避からの斧キャッチ!

「前より動きが良くなってるのぅ!」

一方、腕を掲げレーザーを撃ち出そうとしたダミーOに対して、トリモチ弾をぶっ放す!だが今まではあたっていた攻撃は、あっさりと前方踏み込みで回避された。しかし強力な遠距離攻撃を持ってるあのタイプを放置すれば、三人まとめてバラバラにされかねない。

チラリと本頭部の動きを合わせて観察するが、アレ自体は積極的な攻撃を行う様子はない。だが、O・Mがヤツを狙って放ったレーザーはダミー・Oによって防がれている。という事は、そこに付け入る隙があった。

「生産機を優先して守るルーチンがある!」
「つーことは、あのキモいアシュラを巻き添えにしてけばええんじゃの!」

すぐに俺の言わんとする事を察したJ・Qは、氷斧をふるい氷柱を走らせる!本頭部アシュラに向かって突き進む氷柱を、ダミーJの振るう炎が阻む!蒼と紅が真正面からぶつかり合えば白く爆発!上がった水蒸気を切り裂きダミーRがO・Mに迫る!

「これはちょっと怖いかも!」

口ではそんなこと言いつつも、六角形状の分散バリアを前方に張ってダミーRの斬撃を妨害すれば、ダミー側はバリアを蹴って俺の方に迫る!大きく振りかぶられる大剣を前にして、カウンター射撃でふっとばすも、胴に一発食らった程度では平然と起き上がってくるダミー体!

「耐久は向こうが上か」
「インチキじゃぞインチキ!こっちをパクっといてなんじゃ、撃たれても動けるって!」
「確かにな!」

こっちの狙いを察したか、ダミー三体は本頭部アシュラを守るように周囲に立つ。実際問題、あの生産機が健在なうちはダミーをいくら倒しても、延々と敵が生産されていたちごっこになる。そして、ダミーOによって本頭部アシュラの周囲にドームバリアが展開!

「あーっ!それまでコピー出来るの!?」
「まったく厄介だな!」

再生産可能、自分たちとほぼ同じ戦闘力に、人間離れした耐久性を付加。要件だけを並べれば俺達の方が圧倒的に不利だ。だがこちらにもまだきれるカードはある。視線を流すと、J・Qからもうなづきの返答があった。

「カッカ!ほいじゃワシらの手札がまだまだあるって事を見せてやろうかの!」

J・Qが右腕を振るうと、大きく銀の粉が空中へ撒き散らされてダミーに降りかかる!広範囲に広がった銀粉を避けられず、ダミー達が甘んじて受けると、見るまにその動きが鈍っていく!

続いて俺が自分たち三人の足元を狙って撃つと、赤い光が立ち上って自身の体にまとわりつく。自分の実感としても、体力が戻り肉体に気力が溢れる!

「おヌシらには見せとらんかったが、強敵相手へのバフ・デバフを用意しておくのはダンジョンエクスプローラーの嗜みっちゅうもんよ!」

J・Qが大見得を切る!

強敵と対峙した時、瞬間的な能力向上手段と敵対者の能力低下手段を用いてリードを作るのは有効な手段だ。ましてや相手が自分のコピーなら、強化と弱体を行っただけこちらが有利になる。それを見越してこちらは手札を伏せておいたと言う訳だ。

バリアを維持するダミー・Oを銃撃するが、弾道は割って入った俺の影法師の橙の軌跡で防がれる。さらにはダミー・Jによる氷と炎の地走りが白亜の床に藍と紅の線を伴い俺に迫った!

「中々しぶとい!」

先程までとは比べ物にならない速度でステップを繰り返して、足を取られれば投了待ったなしの氷炎を避ける。背後で二色の軌跡が交わり発生した水蒸気爆発、その爆圧を背に速度を増してダミー・Jの眼前まで踏み込む!

「疾ッ!」

剣圧一閃、だが柄に伝わった感触は今までに感じたことのないものだった。それを受けて俺は迷わずそのまま前へと踏み込んで距離を取りつつダミー・Jへと向き直る。そこには右腕にあの銀の無眼アギトを展開し、俺の斬撃を受け流したダミー・Jの姿があった。胸部には浅からぬ傷を伴っているが、ダミー側はこの程度では機能停止には陥らない。

「どきな若造!」

叱責と共に、俺達が入ってきた通路からさらなる乱入者が!老婆G・Rだ!

「なんじゃワシらを追い越したんじゃなかったのか!」
「コイツがちょいとばかし厄介そうでねぇ、アンタ達をぶつけるのに待ってたのさぁ」
「面と向かって臆面もなく言うことかっつの!」

ジジババ口論をはさみつつも、乱入したやいなやその黒鞭を振るいダミー・Jを打ち払う!俺と対面していたダミーは横槍に対応出来ず猛撃を受けて壁まで吹っ飛ぶ!そして俺は入れ替わりに、地を駆け壁を蹴って飛び回るO・Mを追い回すダミー・Rの横合いへとリボルバーを連射!まるで魔術めいて弾道が歪み、ダミー・Rの脇腹に全弾吸い込まれるように着弾すれば、衝撃で床へと投げ出された!

「良いねぇ気兼ねなく殴れるってのは!こっちの言う通りになるならもう一体欲しいとこだよ!」
「人を何だと思っとるんじゃ!サンドバッグでええじゃろ!」
「この見た目の方がスッとするだろう!」
「カーッ!言うにことかいて何たる言い草じゃ!」

久しぶりに会った喧嘩相手のような言い合いだが、その間も彼らは動き回っている。O・Mがダウンしたダミー・Rに必殺のキラキラレーザーを放てば、ずんばらりと自分と同じ格好の相手が即席サイコロステーキとなって床に転がった。それを受けて再度ダミーを作り出そうとした本頭部アシュラに対し、ジジババコンビが迫る!

「はいアンタ邪魔だよ!」
「自分そっくりの相手がひどい目に遭うのはこれで最後にしたいですーっ!」

G・Rの振るった一撃がダミー・Oの横っ面をはたき落とすと、本体を守っていたバリアが消える!J・Qの無眼アギトが大きく口をあけてワイヤーフレームダミー構築を行っていた腕へと食らいつけば、巨腕が噛み砕かれ破片が散らばった!

最後のダミーであるダミー・Oへと正確に次の六連発をお見舞いすれば、見えざる真空刃を伴った六連弾が襲いかかる!凶器の弾頭は虚しいまがい物を寸断、さいの目状に切り刻み完全破壊!

「まずは良し!」
「次はコイツじゃ!」

ダミー三体を破壊され、向かって右の腕が砕かれたブックヘッド・アシュラは、目の前にバリアを自前で展開!こちらが放った銃撃に加えて、高年齢層コンビが振るう一撃も合わせて防ぐ!アシュラが無事な腕を振るうと下両腕に蒼紅の手斧、右上腕には橙の竜種大剣をワイヤーフレーム形成!本の下に隠されていた不気味な口を打ち鳴らし、吠え声をあげて威嚇する!

「こいつ……!」
「おうおう、いっちょ前に吠えよるわ!」

見た目は同じだが、より大きいアシュラが握る以上こちらの武器コピーもサイズアップされている。その上バリアもあると来た。雑な攻め方では、バリアで防がれているうちにこちらがスタミナ切れしかねない。

「O・M!まずはバリアだ!」
「オッケイ!張る範囲が広いほど脆くなるよ!」
「了解!」

彼女の回答を聞いた俺達三人は、ブックヘッド・アシュラを四方向から取り囲み攻め立てる!氷炎がせめぎ合いながら襲いかかり、黒鞭の一撃とライフル銃撃が撃ち込まれ、キラキラレーザーが十条に拡散、そして俺は真正面から渾身の兜割りを叩き込む!

「GArrrrrr……!」

怪物の咆哮それそのものな叫び声をあげ、アシュラはバリアをギリギリ維持!そのまま俺に向かって大剣を振り下ろす!右ステップで風圧を受けながら回避すれば、続いて振るわれた手斧の交差斬撃からバックステップで逃れる!

「意外と硬いんじゃが!」
「ぼやくなよジジイ!シャンとしな!」
「わーっとらい!人使いがあらいこって!」

背を向けるアシュラに対し、射線を確保してカレイドバレルを向ける。O・Mのアドバイスの通り、エネルギー障壁というのは広く張るほど薄く脆くなる。一方向に張っていれば不壊の盾だったろうが、ダメージを嫌って全方位に張ったのが良くなかった。

三人が再度の一斉攻撃を撃ち込んだタイミングに合わせ、手にした拳銃から電磁加速された紫電の弾丸をぶっ放す。核シェルターですら貫通出来る一撃は、引き伸ばされたバリアーでは防ぐことが出来なかった。

「Garrrrrr……!?」

かろうじて上半身を傾けることでど真ん中は避けたようだ。だが右上腕は丸く切り取られたかのように消滅し、保持できなくなった大剣が回転しながら宙を舞う。

「追撃――!」

無防備になったアシュラへと、四者の攻撃が殺到する!キラキラとした光弾が飛来!あるいは機械をもなぶる黒鞭の一撃!更には二匹の大蛇の如く這い寄り爆発を起こす氷炎!そして、がら空きになった真正面へと踏み込み、大上段からの一閃!

多重攻撃に際してなお、アシュラは右の斧で光弾を打ち払い、左の斧で黒鞭を受け止める!しかして背後から迫った水蒸気爆発をもろに受けて態勢を崩した所へと、渾身の斬撃が突き刺さった!

アシュラの円柱が載った円錐状の胴体が、バクリと斬りさばかれて機械的な内部構造を晒す。まだ稼働可能なアシュラは、眼前の俺に対して両手斧を振り下ろす!だが遅い!カウンターを受けるよりも早く、俺は前方スライディング!ヤツの後方まで滑り込んで氷炎の一撃を回避!

「AhhhhhhGahrrrrrrr……!」

奇怪なうめき声をあげてなおも反抗を試みるブックヘッド・アシュラ。ヤツに対し、その背後へと迫ったJ・Qのとどめが食らいつく!無眼アギト、オーガイーター!

「……!?」

フグのように膨れ上がった目無しの銀口が、ヤツの頭部をかじり取る様に食らいつく!上半身に至るまで口腔に収めたオーガイーター!一息にアシュラを食いちぎり、剣山めいた乱ぐい歯で一度、二度、三度と機能停止するまで徹底的に噛み砕く!

制御機構を完全に破壊されたブックヘッド・アシュラは、だらりと両腕を下げて力尽きる。そのまま氷と炎の残滓が残る床へと、大げさな音をたてて崩落した。本体が機能停止したことで、先程までは形を保っていたダミーの残骸も、ワイヤーフレームに戻り霧散していく。

「まずは良し――」

今までで一番厄介だった相手の停止を見届けるも、大剣の構えは解かない。
一分、二分、三分。追加のダミーボットが現れない事を確認した後に、ようやく残心を解いて剣を収めた。

「面倒な相手じゃったのう」
「間違いなく、相手の切り札の一枚だろうな」
「ほらほらアンタ達、休憩してないでさっさといくよ」
「わかっとらぁ!ったくババアは気が短いんじゃ!」
「階段があったら、一度休憩しましょ」
「ああ、それが良い」
「ふん、ま、ええわ」

今まで先行していたG・R、今度はこちらに足並みを揃えることにしたようだ。自然と先頭が俺、二番手J・Q、三番手O・M、しんがりをG・Rが引き受ける事となった。

「一体全体どういう風の吹き回しじゃて」
「フン、一人で行くよりも、アンタ達を利用したほうが確実って見込んだのさ」
「だから面と向かって言うことかい!ええがの、こっちだって戦力が増えるに越したことないんじゃから」

J・Qの言う通り、戦力が増える事に問題はない。それどころか、腹の中を蓮っ葉な口調であかしてぶつけてくるのは、G・Rなりの誠意の現れだろう。アレコレ遠回しに、どうでもいい理由を挙げ連ねられるよりはよほど良い。

「誤射だけは勘弁な」
「それはこっちのセリフだよ若造。あんな物騒なもん誤爆されたら、BBAの体じゃ跡形も残らないかんな」
「射線は通してる」

今のやり取りに、さっきのカレイドバレルの一撃を思い起こしてJ・Qが目元を覆う。多分彼の中では、もう少し出来る事が限られていたのかもしれない。

さっきのアシュラがこの階最大の戦力だったのか、後は散発的にカメラボットが現れるだけでさしたる障害が増える事もなく次の階段へとたどり着いた。階段前の小部屋は、そこまでの通路と違ってカメラもモニターもない。ただの白い小部屋だ。

「待っとれ、ちょいと休めるか調べる」
「了解」

彼の調査が終わるまで、臨戦態勢は解かない。
だが一方で休養が必要なのも事実だ。ここまでノンストップで来たのだから。

J・Qが触診で壁や床の罠を確認し、俺が臨戦態勢で周囲を警戒している間のこと。O・Mはレジャーシート広げて罠が無いと判断された床に敷くと、バッグに入れて持ち込んでいた食品を見せる。

「じゃーん、サンドイッチです!トラップがなければここでいただきましょう?」
「ううむ、何から何まで助かる」
「どういたしまして!」

申し出に感謝しつつも、確認が終わるまでは気を抜かない。一方でG・Rはどっかと腰をおろしてサンドイッチをぱくついた。

「コラッ、食うのは良いがワシらの分は残しとけよぅ!?」
「こんな食いきれるほどもう食は太かないね、安心しな」

そう言う割には結構なペースの様に見える。幸いにも持ち込まれたサンドイッチはかなりの量だったので、なくなるのは杞憂ではあったが。
そうこうしているうちに、J・Qも小部屋のトラップチェックを終えて腰を下ろす。続いて俺も戦闘態勢を解除すれば、いつでも銃は引き抜けるようにしつつもサンドイッチに手を伸ばした。

「そーうれにしてもアンタ達、どうしてこんなとこにきたのさ」
「今更それを聞くんか?」
「気になるんでね。そっちの若造は確か『凶鳥』とかいうヤツで、ジジイのアンタは『闇喰い』だろう?どっちも名うての厄介事解決人じゃないかい。それがこんなセコい山に出張ってくるってのは、一体どういう了見さ」

あがった呼び名は、どちらも俺達の通称だ。面倒事を請け負っていた時期についたものだが、決してどこの誰にでも認知されているわけではない。少なくとも、Note内ではほぼほぼ誰に聞いても知らないという反応が帰ってくるだろう。

「シンプルな話じゃて。ワシら今は物書きしとって、そんでここが垂れ流すスパムが創作活動の邪魔っちゅーこった」
「創作!アンタ達が!?こいつは傑作だ」

破顔するG・Rに、J・Qは何とも渋い顔をしてみせる。

「何がおかしいんじゃい」
「ヒッヒ……何もおかしかぁないよ、ただアタシのツボに入っちまってねぇ。そうかいそうかい、アンタ達今は文字書きなのか」
「そういうソッチはなんで首を突っ込んだんじゃ」
「ンなもんそっちだって把握してるだろう?」
「大体わかるけど、補足がほしいでーす」
「フン、まあいいだろう。腹ごなしに話してやる」

食事の方は満足したのか、手を止めたG・Rは淡々とした様子で自分の事情について語り始めた。

「アンタ達の察しの通り、この件に深く巻き込まれてる娘はアタシの駄孫さ。娘夫婦がどーにも子育てが下手っぴだったようでね、アタシはアタシで殺ること優先してたらこのザマって訳よ」
「子育てってのは誰にとっても難しいもんさ」
「うんうん、その通りです」
「そうだねぇ、ソイツは否定しないよ。ただま、連中には気をつけろっつーのは教えといてよかったかもね」

私の代で連中に関わらせるのはやめさせたかったんだけどねぇ。と付け加える彼女の視線は、どこか遠くを見ている。

「ヤツらの出てくる数も減ったっちゅーても、ゼロになった訳でも無し。そりゃめぐり合わせが悪ければ、食い物にされることもあるだろうて」
「そういうこったねぇ。まったく老骨には堪えるよ」

食うだけ食ったG・Rは、差し出されたコーヒーを受け取るとゆっくりすする。片手間にさんざっぱらぶっ放したライフルの各機構のチェックを行い、黒い菓子箱めいたマガジンを交換。

「そのー、当然の様に行き交ってるワードですけど、奴らって何方様です?」
「アアン?アンタあれだけ戦える割に関わった事無いのかい。悪魔だよ、あーくーまーっ」
「悪魔、はい、全然関わったことないです!」
「アンタむやみやたらにキラキラしてるからそのせいかもねぇ」

コーヒーおかわり、と言わんばかりにコップを突き出してくるG・Rに対し、すぐさま追加の黒い液が注がれる。

「お三方は悪魔に絡まれた事はあるんですか?」
「まあ、しょっちゅう」
「一時期はそれが仕事じゃったからの」
「うちの家系は代々ヤツらの掃除が努めでねぇ。ま、アタシの代で打ち止めだが」
「私が運がいいって訳でも、ないですよね?」

当然の様に人外の存在に厄介事持ち込まれている俺達三者に対し、ちょっと困惑した様子で指先振りつつO・Mは悪魔に遭遇する頻度を聞いてくる。

「もちろん、自分から召喚したりしなければ、人間が悪魔に食い物にされる確率は極々低い。宝くじの一等や飛行機の事故確率よりは高いかもだが、厳密に統計取ったデータは無いのでわからんな」
「よーせーR・V。なんちゅう例え出すんじゃおヌシは」

飛行機の墜落事故を例えに出されて、J・Qが身震いする。

「それじゃあ、お孫さんは、その、なんというか」
「めっちゃクソ運が悪かったねぇ、ウチの駄孫は。形質的に考えて、無意識に呼び寄せたっつー可能性もある。何にせよ殺ることは同じさ」

ライフル弾を薬室に装填すると、G・Rは武器を手元においたままにだらけてみせた。

「今のうちにしっかり休んどきな、アンタ達。そろそろ詰めの段階だってアタシの直感が言ってるからねぇ」
「言われるまでもないわい、全く」

こっちはこっちで、しっかりとサンドイッチを咀嚼し、水分補給も合わせて行う。急ぎの時ほど、焦りは禁物だ。今すぐ人死が出るわけでもない以上、コンディションを整えておくのはなおさら重要なのであった。

―――――

階段を上がってきた俺達は、虚無の空間に包まれた。
光源は遥か彼方に瞬く星々のような光点ばかりで、後は完全なる暗黒の世界だ。視認することさえ出来ないが、一応足場はあるのか一見なにもない空間をボット達が整列して進行している。

更に観察を進めると、どうやらこの階がボットを生み出しているらしい。何もない虚無の空間から湧き出る泉の様に、一体一体のボットが這い出ては虚無の行進へと参加していった。

「虚無の暗黒、どうにも怖気が走るな」
「ワシャこう、生産設備っちゅーのはガションプシューっつやつをイメージしてたんじゃが」
「でも、反応が薄い事がスパムにつながるのはなんとなくわかるかも」
「やれやれだねぇ」

虚空に存在する見えざる道を、マネキンめいたボットが黙々とあるき続ける様は虚無極まりない光景といっていいだろう。問題があるとすれば、俺達人間にはどこが歩行可能な道なのか、視覚的には判別できないというところだ。さらには、もう一つ問題がある。

「しっかし、コイツは一体全体どうすりゃ止まるんじゃい」
「虚無から湧いて出てるなんて、ねー」

彼らの言う通り、機械的な生産設備ではなく虚無からスパムが湧いて出ている。これは設備を直接攻撃して破壊、といったハリウッドではよくありそうな手段ではどうにも出来ない事を意味している。

試しに湧き出るボットに向けて、銃の一発も撃ってみるとボットの頭部が砕けて見えざる床に散らばった。その後には何事もなかったかのごとく、次のボットが湧いて出る。どうやら生産設備の方には、一切なんの影響も無いようだ。

続けてキラキラレーザーが虚空を切り裂き、氷炎が床を這って襲いかかり、黒鞭が宙を薙ぐも、まったくもって何の影響も与えられない。それこそシャドーボクシングめいた行為だ。

「元から断たないとダメだな」
「こういう生産設備って、プログラム制御されてるはずだものね。見た目はコレでも、コントロールしている制御室はあるはず」
「加えて相手の心理的に考えると、制御室を下の階層に置く理由がない。地下一階は侵入者排除、一階は自我漂白者の牢獄、二階は取り込んだカルト連中の鳥かご、三階は最後の防衛線。重要な設備を、強固な防衛設備の前に置く理由がない」
「うんむ、秘匿しておくにしても、そもそも侵入者がおいそれと到達出来ないトコに置きたくなるのが人情ってもんじゃ」
「ハイハイ、やるこたぁ決まったね。じゃあ次の問題はどうやってこの見えざる床を進むってとこだ」

見えない床、というのは実際厄介な物である。古今東西、迷宮においてはその重要な局面で不可視の道が登場するたびに、登場人物たちに重大な決断やら謎解きを迫った事は語るに及ばない。もっとも、ここで俺が思いついたのはだいぶ雑な解決法だったが。

「二段階方式で行こう。見ててくれ」

階段出てすぐの位置に陣取った俺達に向かって、正確には外に向かうルートに沿ってボット達が順序良く並んで進行してくる。そのうちの一体をおもむろに斬り捨てると、散らばった内部パーツを虚空へと投げ放った。目の前の透明床に、バラバラと機械部品が舞い散りトッピングされる。

「なーるほど、ボットの残骸を撒けばいくらでも床の有無は確認できるっちゅうこったな」
「ああ、とは言っても戦闘が始まったら、残骸はいくらでも飛び散ってどこに床があるかなんてわからなくなりうる。そこでだ」

リボルバーを残骸のトッピングされた床に向けてぶっ放すと、魔法のペンキの様に白い塗料が円状に拡散、塗布。虚空の中に十字路が真っ白に浮かび上がった。

「手間は掛かるが、こうして足場を塗って行ったほうが盤石だろう」
「ハッ、丁寧なこった。だが良いだろう、アンタのやり方で行こうじゃないか凶鳥」

虚無の暗黒の中を、ボットを砕き、道を白く塗りつぶして進んでいく。
それは暗中模索、まったくの手探りといっていい状態だ。塗布面を見るとこの階は虚空に道が浮かんでいるような構造で、落ちたらどうなるかわかったものではない。

「妨害、ありませんね」
「おそらく、下の階が切り札だった為に、失敗した時のリカバリ策を用意していなかったんだろう。今必死に対抗策を考えているにしても、焦っている状態じゃそう手際よくアイデアも出てこない。良いアイデアてのはリラックスしてる時に出てくるもんだからな」
「見てきたかのように言うじゃないか、若造。だがそう的外れでもなかろうよ」

見えざる道を塗っていく作業は、まるで道そのものを使ってマッピングしていく様な感覚だ。その間もボットは虚無から湧き出しては、虚無的な進行を続けている。

だが、戦闘が入らなければそんな地道な作業でもスムーズに進展するというものだ。俺のコートが大分軽くなった頃には、道の先に待っていた観音開きの白いドアへとたどり着いた。

「入るぞ」
「ああ、さっさとやんな」

当然ながら厳重に鍵がかかっているドアを、大剣でもって切り欠き蹴り破る。ザク切りになったドアの向こうに見えたのは、真っ白な地平線。

長時間この場に居れば気が狂いそうな空間に、ポツンとワンルーム分の家具の根城が存在していた。ドアからさほど遠くない位置に。外との境界を作り上げるように積み上がった雑多な家具の檻の中、デスクに顔を伏せている小柄な人物。人前に出ることを考慮していない上下ジャージに、ただ伸ばすに任せた髪は遠目からでも傷んでいるのがわかる。

「迎えに来たよ」
「帰って!帰ってよ!」
「ったく、アタシの孫なら詰んだ現実くらい受け止めな。大体ここに来たのがアタシと、このお人好しな連中でなければどんな扱い受けたかわかりゃしないってのに」

G・Rの厳しい言葉に、彼女の孫は泣き腫らした顔で俺達に嫌悪と畏怖と困惑の混ざった視線をぶつけてくる。

「どうして……どうして皆責めるの!自分の作品を読んでほしかっただけなのに!」
「残念だが、この事態は必然だ。お嬢さん。スパムをばらまけば表面的な数字は一時的には伸びるかもしれない。だがその裏では確実に反感を買い続ける。俺達が来なくても、いずれは誰かがここに来ただろうよ」
「そんなの、じゃあ一体どうしろって……!」
「短編やコラムを書き、自分の作品への導線を用意するんだ。もっとも、それでも芽が出るのには途方も無い時間がかかる」
「無理……!そんなの無理よ!書いても書いても、誰も私の事を見てくれないのに……!勝手なこと言わないで!」

デスクから立ち上がった彼女は、がむしゃらに俺達の方へと駆け出す。その手に、命を奪うのに十分なサイズの包丁が握られているのを見て、俺がはじく態勢に入るよりも早く真っ先に動いた人物が居た。G・Rだ。

ごくごくかすかな、くぐもった肉を貫く音が俺の鼓膜を揺らした。

孫の瞳が大きく見開かれ、起きた事態を受け入れられないかのように膝をつく。すぐさまJ・Qが飛び出すと、逡巡することなく袖口から銀の微細機械を展開し、G・Rの腹部に突き立てられた包丁の除去に取り掛かった。

「お婆ちゃん、どうして……」
「ハ、ハ――どうしてもなにも、こうでもしないとアンタ、目が覚めないだろう」
「処置中じゃ!黙っとれ!」
「良いから。話させなよ、これがこの子にとって最後かもしれないんだから」
「最後になんぞさせるものかよ!」

治療に集中するJ・Q。その身を床に横たえたG・Rは涙ぐむ孫の頭へと手を添えた。

「良いかい、何かを作って人様に見てもらおうってのはそりゃあ尊いもんさ。アンタはちゃんと作り上げたんだから、立派さ。もっとも、毎回カップルを泣き別れにするのは、アタシャどうかと思うがね」
「え……ちゃんと、全部読んでくれてたの?」
「当然だろう、孫の頑張った作品なんだから。今思えば、ちゃんと感想もすぐ伝えてやるべきだったけどねぇ」
「じゃあ、じゃあずっとスキをつけてくれてた非会員の人は……」
「アタシさ」

告げられた事実に、孫はかぶりを振って答える。既に血はJ・Qの措置により止まっており、傷跡もみるみるうちに塞がれていく。

「私、私そんなの知らなかった……!」
「言ってなかったんだから当然さ。ま……アンタが人様を手に掛ける前に止めてやれて良かったよ」
「ごめん――ごめんなさい……!」
「良いんだよ、コレに懲りたら助けを借りる相手は選ぶんだね。子供の悪さにつけ込むヤツなんてろくなもんじゃないんだから」

そこまで言い切ると、G・Rは深く長く息を吐く。既に治療は完了しており、J・Qが額に流れた冷や汗を拭った。

「ッハー……無茶しおる、急所は外れていたから良かったモノの、おヌシはワシがおらんかったらどうするつもりだったんじゃ」
「ハッハ、どっちみち老い先短いんだ。死んでも悔いはないさ」
「あるじゃろうが!バリバリに!孫の頑張ってるトコもっと見たらんかい!」
「クック、アンタに言われちゃしょうがないねぇ。大人しく言われたとおりにしようか」

事態を共に見守っていたO・Mに視線を移すと、彼女からもうなずきが返ってくる。合わせてスマホを取り出すと、即座にアプリケーション起動。
どこまでも白い虚ろな空間に、星々が銀河めいて渦を巻けばその渦中から一気に黒い巨人が飛び立ち姿を表す。

その姿は黒曜石の様に艶めく装甲で覆われ、背部には翼めいて光をたなびかせる推進機を備えている。腰には無骨な大太刀を差した黒い騎士、俺の愛機である「イクサ・プロウラ」だ。この空間は、ソウルアバターを動かすのに十分なスペースがある。

同時に、地平線の彼方より間欠泉の様にボットが吹き出し巨大な柱と化してそびえ立つ。一本だけでなく、複数のボット柱が噴出すると俺達のいる地点へと殺到!こちらを押しつぶさんと降り注ぐボットを、イクサの波動障壁がドーム状に展開し弾いていく!

「R・V!」
「俺が時間を稼ぐ、その間に二人も自分の機体に!」
「わかりました!」
「おう!婆さんはワシと相乗りな!」
「仕方ないねぇ」
「わ、私は!?」
「お嬢さんはこっちだ!」

俺の呼びかけに一瞬戸惑った様子を見せるも、このまま行けばボットに埋もれてペシャンコになるのは明らかだ。すぐさま彼女をお姫様抱っこで抱えあげると、イクサを膝立ちにさせて左手を地面まで降ろさせる。

「お婆ちゃん!」
「あいよ」
「私、頑張るから……新作も読んで!」
「おうよ、約束さね」

短いやり取りを見届けると、すぐにイクサの胸部コクピットハッチへ俺達が乗った手を引き上げさせる。未だイクサの障壁を打ち破るほどの量ではないが、楽観は禁物だ。

即彼女をサブシートに行かせると、自分もまたメインシートに座り込み、肘掛け先にある卵型のコントローラーを握り込む。神経情報のリンクが行われ、巨人の体があたかも自分自身の物になったようにさえ感じられた。その中には人間には存在しない多種多様なセンサーの情報もあり、全身に目がついている気さえする。

「書いた作品を読んでほしかっただけなのに、こんな事になるなんて……」
「過ちなんて、何処の誰にでも起こるもんさ。人間は未来を想定するのがそもそも苦手な生き物だからな」

正面のコンソールに表示される機体情報を自身の目で流しながら鷹揚に答えてやる。適当な言葉ではなく、本心ではあるが。

「一回二回ミスった程度で気にするな、そんな事は誰だってやる。常に完璧な判断が出来るやつなんてそうそう居ない。ただ」
「ただ?」
「壊れて失われたら、取り返しのつかないことだってある。人の生死とかな。あの婆さんは、お前さんに取り返しがつかない事をさせないために駆けつけたんだ。孝行しろよ」
「……うん」

降り注ぐボットの量がゲリラ豪雨めいて増す。もはやボットの滝流れのようだが、この程度でどうにかなるほどイクサの出力はヤワじゃない。機体の出力を引き上げて障壁の強度を増しつつも、他の二人の様子をイクサの眼を通して伺う。

イクサの物質転換過程とはまた異なるシーケンスを経て、もう一機のソウルアバターが出現する。キラキラと涼やかな印象の粒子光が満ち溢れ、花火の様に咲き誇った中心には、ブルークリスタルをドレスに仕立て上げたかのような華やかな装甲に、女性的な曲線機体。頭部に当たる部分は精緻な造りのヘッドドレス型王冠がマウントされていた。

こちらのコンソールに、機体名として『リリィ・クラウン』という名称が表示される。さしずめ百合の王冠といったところか。道化の方ではないだろう。

そして最後の一機は、まるで床から高くそびえ立つ迷宮の塔がそびえ立つが如く石造りの柱が伸びていく。それが人型機動兵器のサイズにまで成長した途端に、爆散。内部から姿を表したのはボロ外套をまとい、ドワーフめいたずんぐりむっくりな体格が特徴的な姿。頭部には牛めいた雄々しい角が正面へと向き、その手には機体を超えるサイズの両刃両手斧が握られていた。

機体名『アステリオス』。こちらはおそらく『星』を意味する言葉だ。

三者が出揃った所で、障壁を維持し続ける理由は一旦無くなった。ちらりと背後を見やると、お嬢さんが必死に抜け目なく持ち出したノートパソコンを打鍵している。

「……ダメ!全然コントロールを受け付けない!どうして!?」
「潮時って見られたのだろうな。君に力を貸していた輩の名前はわかるか」
「名前……!?」

本人の名前より先に別のやつの名前を聞くというのも変な話だが、黒幕の名前を把握しておくのに越したことは無いだろう。

そうこうしているうちにも、降り注いで俺の張る障壁に焼かれたボットの残骸は、あたかもアリの群体の様に不可思議な挙動でもってこちらから間合いを取った位置により集まり、見る間に盛られ積み重なっていく。

「この事態を君一人でやったわけじゃないだろう?」
「それは、そうだけど……」
「ヤツの狙いは最初から、君をバイパスにしてここに拠点を打ち立てる事だ。エネルギー源はNoteを核にインターネットを陣地として術式を構築することで賄ったんだ。そもそもおかしな話だろう、わざわざビル一つ乗っ取ってカルト拠点をおいたり自我漂白された連中を徘徊させたりするのは」
「じゃあ、何もかも、最初から?」
「そうだ。何もかもだ」

二人に障壁を解除する事を通知すると、イチニのサンで降り注ぐボットの落下地点から跳躍、分散する。地平線まで続く白亜の大地はもはやボットの海に満たされ、中央が盛り上がると無数のボットで織り上げられた無貌の人型が構築されていく。人型の累積物で人型が組み上がる光景は、中々に悪夢めいた光景だ。

「SNSを活用して養分となる人間を収集、得た力で拠点を構築し、そこにさらなる犠牲者を誘い込む。俺達とG・Rが早々に来なければ、いずれはメガフロートすべての人口を飲み込む騒ぎになっただろう」
「……反省、してます」

無貌の巨人は、そのジャンクで組み上がった腕を鈍重に持ち上げれば、一息にアステリオスを狙って振り下ろす!あわやぺちゃんこ、とはならず屈強な機体は自分の百倍はあろうかという相手の一撃を決然と受け止めた!衝撃で地面を覆っていたボット群が大きく吹き飛ばされ大地が露出する!

「ハッハ!他のやつならいざしらず、ワシのアステリオスをそう簡単に潰せるとは思わんことじゃな!」

あまりにもサイズ差があるにも関わらず拮抗している二者の間隙を縫うように自機を飛翔させれば、追撃されそうになった巨人のもう片腕を回転斬撃!太刀でもってえぐり取るように切り刻むとバラバラと残骸が落下していくが、すぐさま大地からボットが水を吸い上げるように供給され、枝葉が伸びるように再生していく!

「J・Qさん!」

距離を取ったリリィ・クラウンから水晶百合が花園の様に展開すると、一斉にあのキラキラしたレーザーが無貌の巨人へと突き刺さる!熱エネルギーが累積すれば、融解からの爆発が生じて一時的に巨人の上半身を大きくえぐった!

ダメージの影響で緩んだ拘束をアステリオスが跳ね返せば、振り上げられた腕に向かって光り輝く斧を振り抜く!爆砕する巨人の腕!

右腕部、そして上半身に多大なダメージを負ったはずの無貌の巨人は、降り注ぎ湧き出るボットの供給を受けてすぐに欠損部分を取り戻していく。
次にヤツが放ってきたのは、全身から放たれるハート型弾幕!白っぽい空間をピンクの楔が埋めていく!

「なんとぅ!」

ボットが、吹雪か何かの様に打ち上げられるとハート弾幕のことごとくを防ぎ、爆散!アステリオスが地面にわだかまったボットの山を斧でもってスコップの様に跳ね上げたのだ。

一方、リリィ・クラウンは前方に向かってバリアを張ると、ハート弾幕を一方的に粉砕しながら巨人本体を障壁で押しつぶす!少なくない量のボットが焼き融け、またも胴部欠損!

バレルロール旋回回避を行い、スキ弾幕をかわした俺の視界にまたも無貌の巨人がその形を取り戻していくのが見える。原因は噴泉めいた勢いで供給されるボットだ。供給から断たねば、こちらが優勢に見えてもいずれは物量で押しつぶされるだろう。

「ボットの供給が多すぎる、このままじゃジリ貧だ」
「まっさかここまで大増産出来るたぁな!」

獲物を狙う猛禽類めいて旋回しながらも、イクサの背部に六角形棒形状の白い光子魚雷を六つ形成すれば、スキ弾幕と降り注ぐボットをくぐり抜けてうちはなつ!輝きの軌跡を残して疾駆するスキー板の如きミサイルが、無貌の巨人に突き刺さる瞬間!標的の方が先にホウセンカの様に弾け、行き過ぎたミサイルは地面を熱い輝きで焼き尽くす!

「むうっ!?」

今度はボットそのものが弾幕の様に吹き付けて来たところを三者三様に防御!アステリオスはその輝く両手斧を高速回転からの、殺戮旋盤加工機めいた勢いで次々と飛び来るボットを蹴散らし打ち砕く!

「お嬢さん、できれば早いとこヤツの名前を思い出してくれないかい!」
「わかってるわよ!確か最初の最初、契約を結んだ時に……ミーノース、そう、あいつはミーノースって名乗った!」
「なんじゃと!?」

お嬢さんから名称に言及があった途端、怒りに打ち震えるようにボット全体が振動し、大気すらも震えさせた!

「ミーノースって言えばアイツじゃろ!ダイダロスの迷宮を作らせた古代王じゃ!」
「ミノタウロスの!?」
「そう、それよ!」
「王様がなんで現代に化けて出るんでしょーか?」
「ミーノース、もしくはミノスは、ミノタウロスが討たれた後に自身もテセウスを追った際、謀殺に遭っている。その後は死後を裁く裁判官になったとされているが……」

三機そろってかたまり、障壁をはりながらも情報を共有する。

「悪魔っちゅうのは概念的存在じゃからな、その点じゃ迷宮作って生贄放り込んで保身を図ってたアヤツはよっぽど悪魔らしいわ!大方逆恨みして化けてでたんじゃろーもん!」
「でも名前がわかればなんとかなるんですか?」
「ヤツは迷宮の所有者、つまり力の源は生贄を取り込んだ迷宮と陣地だ!そのつながりを断てばボットの供給も止まる!」

無貌の巨人は、今なおボットの増大によって膨張し、その塔のごとく巨大化した腕をこちらのドーム状バリアに叩きつける!舞い散る光の残滓!

「つながりを断つって一体どうすれば!?」

O・Mの疑問ももっともだ。ここはヤツの迷宮の真っ只中ではあるが、目に見えてわかるような機関があるわけではない。だが、ヤツに取ってエネルギーバイパスとなっている存在は明らかだ。G・Rの孫である。

俺が口を開く前に、アステリオスから通信が入った。モニターに移す。

「真姫、聞こえるかい」
「聞こえてるよ、お婆ちゃん」
「今からでも遅くない、奴との契約を破棄すればそれで終わりだ」
「……ッ!」

悪魔化した存在との契約を破棄する。それは一度手にした力を放棄する、ということでもある。例え砂上の楼閣であっても、手にした物を手放すのは難しい。それが例え、空虚な一人舞台であっても。

「出来ない、出来ないよ――だってそうしたら、私の事誰も見てくれなくなる……」
「そんな事はないよ」
「え……?」
「私も、そっちに乗ってるR・Vさんも、J・Qさんも、一歩一歩積み重ねていって見守ってくれる人に出会ってきたんだから。あなたにだってきっと出来る」

障壁に叩きつけられる巨人の腕が一際その巨大さを増して、防御場を揺るがす。粒子と残骸が舞い上がって散り、虚しく降り落ちる。

「カッカ、ワシャ最近長文も長文ばっかで読者を振り落としてばっかじゃがな!ま、それでもついてきてくれる人はいるっちゅうもんよ」
「良い物を書けば伸びるという保証は無いがな、それでも書いて出さなきゃ読んでくれる人のところには届かないんだ」

俺達の言葉は、彼女の心にどれだけ届いただろうか。だが、涙ぐみ歯を食いしばる彼女へ、今度は地獄のそこから朗々と響く声が届いた。

「契約者よ、何を迷っている」
「アンタ……!」
「お前の望みは、一人でも、二人でも、取り込んで自分の作品に隷属させる事だろう?何を迷う事があるのだ、今まで通り、余の加護を使い新たなファンとやらを集えばいい」
「……その対価として、アンタも力を得る」
「そうとも、お前が交わした契約とはそういう物だ。そこに何の不満がある――一番の望みが叶うのであれば、他の事など些事であろうが」

悪魔の契約とは、人間の価値観が千差万別で有ることを悪用した、ある種のハックの様な物だ。例えば、大体の人間は金銭を望むが、金の本質とは信頼の数値化であり、紙幣それそのものはタダの紙ッペラに過ぎない。そんな紙を与えた代償に、彼らはもっと価値のある物を奪っていく。近親者、故郷、思い出の品、などなど。

本質的には価値の無いものを与え、変わりに真に価値のあるものを搾取する。それが奴らのごく一般的なやり方なのだ。等価交換に見せかけているのは、人間の錯覚を悪用しているに過ぎない。

だが、その誘惑に抗するのもまた難しい。契約を持ちかけられている人間にとっては、確かに欲しくてたまらない物を対価として見せびらかされているのも事実だからだ。残骸の暴風が吹き荒れる最中、後方の真姫の様子を見る。噛んだ唇から、一筋の紅が垂れていた。

それでも、それでも彼女は決断した。

「アンタの……アンタの助けなんて、もう要らない!私はお婆ちゃんの孫だ!一人だって、やってやる!」
「……何だと?」

コクピット内に、タイピング音が鳴り響き、ビープ音を最後に止んだ。
それをきっかけに、噴出するボットの様子が激変する。

「お、お……おおお……!余を拒絶するというか!小娘風情が!」
「小娘に謀殺されたおヌシには、似合いの展開ってやつよ!」

白い地平線の彼方まで埋め尽くさんとばかりに湧き出していたボットは、いまや完全に供給が止まった。障壁を侵すボットの雨も、巨人の一撃も威力が頭打ちになり、無制限に強化されることはなくなる。

「むうううう!」

無尽蔵のエネルギー源が無くなれば、後は正面からの力比べだ。そして、もう一つの気がかりが解消すれば、こちらも遠慮する必要はなくなる。

「お嬢さん、いや真姫といったか。まだ迷宮内の様子は見れるか?」
「見れる、何が知りたいの?」
「生存者が残ってるかどうかだ!そろそろ派手に始めるんでな!」

障壁の解除と共に、真正面から突っ込んでくる巨人の右拳、ボットの頭部がこちらに一斉に向いている塊。その一撃に対して真っ向から大太刀をまっすぐ構え、魚をおろすが如く真っ二つに切り開く!ゴミ埋め立て場に投げ放たれた圧縮廃棄物がバラける様にして、斬撃の余波を受けた腕が散っていく!

「アンタ達がここに来るまでにどんどん避難してたから、もう中には誰も残ってないよ!シャクだけど遠慮なくやっちゃって!」
「あいよ!」

カワセミの漁めいて、宙を上昇、急降下から巨人の右腕を爆散!イクサが行き過ぎるタイミングでもって、斬撃をぶつけた事で奴の腕がもう一段破壊される!

「薙ぎ払え!」

可愛らしい声からの物騒なワードに、右後方へ視線を流すと、そこには竜が居た。水晶で出来た細工、しかしてそのサイズはボット巨人には及ばないものの、ソウルアバター三機を遥かに超えるサイズだ。

竜は、リリィ・クラウンの命令に応じてアギトを開くと、その口腔より膨大な輝きを蓄え一気に照射!前方はるか彼方の山の如き無貌の巨人、その裾野を熱線で薙ぎ払う!超高熱を持った線が撫でた痕には白熱のラインが刻まれ、一瞬遅れて爆発を起こし巨人の姿を飲み込んでいく!

「ヒューッ!物騒だな!」
「綺麗な花には棘があるどころじゃないじゃろあれ!」
「ヒッヒ、おっかないお嬢ちゃんだこと」

俺、J・Q、G・Rの三者がヤンヤヤンヤともてはやす一方で、真姫の方は絶句している気配を感じ取れた。まあそうだろう、このクラスの火力はソウルアバターを持ってして上位に入ってくる威力だ。火力だけなら上位ランカーとも競り合えるレベルといえる。

「もしかして私、一歩間違ってたらアレを相手にするハメになってたの……?」
「そういうことだな。言っておくが俺とJ・Qの機体も同等以上のスペックはあるぞ」
「無理、絶対勝てない」
「力量差を適切に認識出来るだけ、成長したってもんだな!」

膨大な熱量爆発によって少なくない量のボット群が焼け融け、構造的意味を持たない融解物となる。だがマグマのごとく白熱した融液は無機質な白い大地を飲み込んでいき、いくつもの層を貫いていく。

「ぬぅぅうううん!余は負けんぞ!今一度現世に舞い戻ったこの機会、逃してなるものか!」
「しつこい野郎だ!」

矛盾広大空間の最中、ボットの盛山で形作られた巨人の姿はそこにはなかった。暗幕ガラスに覆われたビルめいた脚、瓦礫と残骸で無理やり維持した胴体に、右腕は緑豊かな樹林帯が、左腕は鏡面タブレット群。そして頭部は無数のカメラで人体を模し、アギトには細長いカタナめいた牙を無数に整列させた異形の存在が顕現していた。

「余の栄華!繁栄!再起!何者にも邪魔立てはさせぬ!」
「ほっほう……どうやらおヌシには因果応報っちゅー概念はないようじゃな。ま、良かろ。苔むした古代の亡霊に、そんなもん期待する方がおかしいからの。故に、じゃ」

自身の百倍の体積は軽くあるであろう混沌迷宮巨人に対し、アステリオスは肩に担いだ斧を正面へ構え直し恫喝する!光綾なす斧が一喝に呼応し、周囲に白き波動を放った!

「おヌシは今ここで完全完璧な更地に変えて、野望ごと粉砕しちゃる。疾く地獄に戻って内職を再開するんじゃな」
「ふざけるな、凡夫風情がぁ!」

怒りのままに迷宮巨人はその緑と鏡の双腕を振るい、自身からすれば小人の様なアステリオスへとつきだし叩き潰さんと打ちつける!大気を震わす轟音が、マイクを通じてこちらのスピーカーを揺るがした!

だが、巨人の両腕は小人の両腕によって真正面から受け止められていた。両手斧を手前に突き立てたアステリオスはなんと素手でもって、圧倒的質量差の巨兵を真っ向から止めたのである。

「むぅん!?」
「質量押し、まーそう悪い攻め手じゃないんじゃが、ちっとばかし相手が悪かった!」

こちら二機がカットアップする必要さえ、大小二体の拮抗状態には生じていない。何故ならば、二体が組み合ってすぐ巨人側が身動き取れずにもがき初めたからだ。

通常であれば、百倍差の体積差を持つ相手と拮抗するなどありえない話である。だがソウルアバターに標準搭載された物理法則制御機構、ベクトルドライブがその不可能を覆していた。一見絶対に抗しようがないサイズ差の相手に対し、アステリオスはまるで堅固なる要塞の如く立ちはだかる!

「ぬぐぅ!離せ!離さぬか下郎!」
「カッカ!そう頼まれたならば離してやろうもん――ただし、ぶん投げた後でじゃなぁ!」

大気が凍りついたが如き一瞬を越えて、迷宮巨人がなんと浮き上がる!その様は冗談みたいな光景だが、間違いなく現実に起こっている事態だ。巨大建築物よりなお壮大な混沌構造物が空高く、スペースシャトルの打ち上げの如く吹っ飛んでいく!

「ヌウウウウゥゥゥゥリャアアアアァァァッ!」
「何だ!何が起こっている……ヌワーッ!?」

勢いのままに昇天する迷宮巨人に対し、イクサの推進力を引き上げて食らいつく!

大質量、なおかつ空中とあっては、機動制御など出来るはずもない。
ただただ無防備に空中へと投げ出された迷宮巨人に対して、大太刀を振るう黒騎士が肉薄する!

「ぬぅううう!よせ!来るな下郎めが!」
「赤空疾駆、唸り吼えろ剣山刀樹!」

スズメバチが獲物を刻むが如く、巨人の周囲を旋回斬撃!しかして衝撃が全身に伝搬するように無数の切れ込みを入れた程度に留める!巨人の身体を駆け巡る無数の斬痕!

「グウウワーッ!?」
「地獄の審判をやっているそうだな、たまには裁かれる側にまわるがいい!」

特定の空間ポイントを量子励起し、物質生成を行う技術を応用。落下地点に地獄さながらの蒼い水晶で出来た、剣の山と枝葉茂る刃の樹林を構築する!その規模は迷宮巨人の全身を貫き通すのに十分な広さと高さだ!

高々と宙に舞い上がった迷宮巨人が頂点に達したタイミングで、猛禽類の急襲めいてイクサを急降下。がら空きになった迷宮巨人のみぞおちへと、渾身の勢いを伴って大太刀の峰を打ち下ろす!全身をちぎれかけさせながら、巨人は剣山刀樹の即席地獄へと落下する!

声とは到底呼べない絶叫が虚空を揺らす。抗する手段を持たずに剣山刀樹へと叩き落された巨人は、その全身を恐ろしく鋭利な刃の樹海に身を沈めてずたずたに斬り裂かれ脱する事もままならない。

「凡夫共が……ッ、王たる余に何たる……無礼ッ!」
「このしぶとさ、王というかGじゃな、G!こいつは宣言通りきれいさっぱり消し飛ばして殺るしかないわっ!R・V!O・M!」
「おうとも!」
「なあに?」

J・Qがいかなる連携を求めているのをすぐ察した俺と、確認が飛んだO・Mは対象的な反応といえるだろう。

「ワシの斧に向かってエネルギーを送るんじゃ!普通にぶっ放せばええ!」
「え、えーっ!?大丈夫なんですよね!」
「あたぼうよ!気にせず送るがよい!」
「それじゃやっちゃいますよ~!」

説明の合間、こっちは既にイクサの頭上へと莫大なエネルギーを集約した光球をかかげる。並の相手ならば跡形もなく消し飛ばす事が可能な代物だが、J・Qの機体ならば十全に活用することが可能だ。

一方でリリィ・クラウンもまた、イクサと同様に両腕を広げ強力極まりないのが目に見えてわかる光の玉を出力!二者は同一のタイミングでもって、中心にて両手斧を掲げるアステルオスに向かって渾身の一発を撃ち放つ!

両サイドからの必殺の一撃、だがあまねく光り輝く光球は着弾の寸前に掲げられた両手斧の中心部の陽炎の様に吸い込まれる!とてつもないエネルギー量を食らった斧は、まるで大樹の如くサイズを拡大していき、スカイツリーめいた高さの強大な断頭斧へと変じた!

「ぬ、ぐ、まだだ、まだ……ッ!」
「いーや、いい加減諦めるんじゃな!」

諦め悪く、虫の標本よりも酷い有様で串刺しのままもがく迷宮巨人。その上空へと断頭斧を掲げアステルオスが高々と跳躍する!次にくる途方も無い一撃の予見すれば、俺達二機もまた、上空へと退避!

果てもないこの白亜の空間が、外側とは矛盾した広大さで良かったといえる。冗談みたいなサイズ差の斧が高々と振り上げられ、頂点を切り裂きながら、空中を跳躍する様は夢まぼろしめいた光景だ。

「来るな下郎!」
「ムゥゥゥゥゥーーッ、ドォーリャーーーーーーーーーァァァッッッ!」

通常の物理法則を逸脱する形で、ピサの斜塔めいた断頭斧が打ち下ろされる!刃の突き立つ先は、当然串刺しの迷宮巨人の胴体、そのど真ん中だ!

「ダイダロス・アニヒレーションッ!これで終いじゃあ!」

俺の認識時間が、斧が直撃する瞬間に鈍化された。迷宮巨人の異形頭部に刃先が食い込み、そのまま大地ごと引き裂いていく瞬間がまざまざと見える。俺とイクサが形成した水晶剣山もまたみるみる破砕されて、内なる量子エネルギーを開放する。断頭斧が、迷宮巨人を真っ二つに引き裂いた瞬間に、蓄えられていた力が光と変わっていった。途方も無い輝きが、迷宮巨人の躯体をことごとく焼き尽くし、消滅させていく。

「ヌゥゥゥーーッ、ワァアアアアアアーー……」

超自然の断末魔が空間を震わせる音が、外部マイクにも伝わる。だが、それが奴が出来た最後の抵抗だった。直撃地点から噴き上がった光の柱が、みるみるうちにこの閉ざされた世界を、跡形もなく飲み込んでいく。

それがこの、閉鎖迷宮の最後の瞬間だった。

―――――

「よっしゃ!終わりじゃ!終わり!」

宣言通り、閉鎖迷宮が完全に破壊された事で俺達の機体は、元のビル上空へと開放された。潜入したボット生産拠点、それがあるべき土地は既に完全完璧な更地と化しており、まるで一夜の悪い夢だったかのように見える。

メガフロートのオフィスビル街には、ソウルアバターを下ろせるスペースはそうそうない。普段そうしているように自分たちを地上に転送した後、機体を物質化解除。俺達の機体は夕闇の中、まるでホログラムだったかのように消えていった。

「はーっ、ま、アンタ達を巻き込めて助かったわ」
「ほっほーう、この後に及んでようやくワシらの力を認めよったか!後、処置は済んどるが、二三日は安静にしとるんじゃぞ!」
「あい、あい。口の減らないジジイだこと」

刺されたとは思えない元気さで、漫才を繰り返す高年齢二人に対して、真姫は俺の後ろから様子を伺うばかりだ。そんな彼女に、G・Rはハスッパな笑い顔を見せた。

「何してんだい、帰るよ真姫」
「お婆ちゃん、でも、私……」

彼女が何を言いよどんでるのか察すると、俺はわざとらしい口調でJ・Qと掛け合いをはじめた。

「なあ、J・Q。悪魔に惑わされた時の刑事罰規定なんて、有ったかな?」
「カッカッカ、なーにを言っとるんじゃR・V。超常現象存在の干渉なんぞ法規定出来るわけがなかろ。そんなもん、ある訳がない」
「ではでは、人死にも出ませんでしたし――皆さん悪い夢でも見てた、ということですね」

俺達の実に露骨なフォローにより、真姫も俺の背から飛び出していってG・Rへと飛びついた。

「アダダダダダッ!ちょっとアンタ!自分で刺したの忘れてないかい!」
「あ、ごめん、お婆ちゃん」
「ったく、ほーんと昔からそそっかしいんだから」

いつしか陽は落ちて、空は星々瞬く夜へと変じていた。都会の残業光では中々星が見えにくいというものではあるが。

―――――

こっちの顔を見ずに投げ込まれたスキを、スリケン返しの要領で投げ返して、不埒なスキスパマーの顔に叩き返してやる。深々とスパマーの顔にめり込むスキチップ。Noteのメインストリートとかならまだしも、ここはいつものバー・メキシコである。スキ返しを行った程度で騒ぐ奴など、いもしない。

「ギャーッ!」
「せめて読んでからつけろ、読んでから!毎度毎度雑に投げつけやがってからに、わからんとでも思ってるのか!」

俺の一喝に、チャラい感じの訪問客はスパムる相手を見誤った、と言わんばかりに這々のていで逃げ去っていく。その背を見てクソデカため息を吐く俺。

バー・メキシコも、Note全体も、一時の様なボットに埋め尽くされんばかりの惨状こそ無くなったモノの、そこはそれ。まだまだ手動でスキをスパムる連中は、そこそこ残っているのだった。

やけになってCORONAをあおる俺の所に、J・Qが着座して苦笑しながら同様にCORONAを呑む。

「ボットの徘徊こそなくなったモノの、結局ああいうのは残るんじゃなぁ」
「現状、Noteはスキスパムがローリスク・ハイリターンの環境だからな。人間は環境に左右される生き物だし、ハイリスク・ローリターンにならんウチはまだまだ出るだろうよ」
「そういうもんかのう。ちゅーかおヌシは一体全体、どうやって見抜いとるんじゃ?」

今の奴、アカウントのスキ欄非公開じゃったろ、というJ・Qに対し、肩をすくめて種明かしをしてみせる。

「アカウントのスキ欄非公開にした所で、付けた先の作品側のスキ欄にはばっちり表示されるからな。ハッシュタグあたりから、俺の作品の前後に投稿された作品のスキ欄も、合わせて確認すればすぐわかるさ」

もっとも、スキ欄非公開の時点で大分黒いけどな、と付け足しておく。もちろん、他のSNSのイイネとかと一緒で自分の好みがフルオープン、なのは好ましくないと感じる場合もあるだろうが。

「ホホー、今度ワシも覗いてみるかの」
「我ながらいい趣味とは思ってないけどな」

関心しているJ・Q。こっちはこっちで、早々に二本目のCORONAを開ける。今日の分は書き上げたし、アルコールを入れても問題はない。そんな相変わらず人の来ない、創作の荒野めいたバー・メキシコに見知った顔が入ってきた。真姫だ。しかも迷わず俺達の所までやってくると、手にした冊子を突き出してきた。

「はい」
「ふむ」
「どれどれ――路線変えたんか、おヌシ」
「お婆ちゃんの体験談を、書きつづる事にしたの。結構脚色も入れてるけど、どうかな……?」

ざっと目を通した所、文体や描写はまだ研磨の余地があるものの、彼女の年頃からすれば、相当に真っ当な作品として書けていると言っていい。今回の話は、ちょっとした悪魔祓いだが、元ネタが元ネタなので中々エキサイティングな話だ。スキを付けて返してやる。

「磨ける余地はあるが、及第点だ。頑張ったな」
「ちぇ、満点じゃないのね」
「そう言うな、俺がちゃんと最後まで読んだだけでも相当上の方だぞ、と」

大半は冒頭とタイトルでハネられるからな、と補足する。三本目のCORONAを……と手を伸ばすのをやめて、水をかっ喰らう。チェイサーは悪酔い防止の為には重要だ。

「はいはーい、約束通りお持ちしましたよー」

ひりついた感じのバー店内に、のんびりとした声が伝わる。O・Mだ。
彼女は腕にコーヒーを淹れるための器具一式を入れた、手提げ袋をぶら下げながらいつもの調子で入店してきた。

「んん?どうしたのR・Vさん。何だかいつにも増して不機嫌そうだけど」
「ボットが消えれど、世にスパマーの種は尽きまじ……ってやつだな」
「あー、手動スパマーの方はまだまだ居ますよねぇ」

昼間っから、CORONAの空き瓶が並んでいるテーブル。そこから俺達が瓶を退けると、彼女は手際よくコーヒーを淹れ始める。紅茶、コーヒーにこだわりがあるパルプスリンガー達は、その様子をお手並み拝見、といった様子で観察していた。

「なんだかすっごく見られてますけど、他の皆さんも気になるんでしょうか」
「飲み物系にこだわりがあるパルプスリンガーは、多い。わざわざやってきて淹れる位の相手だから気になるんだろう」

現に紅茶狂の、慇懃な執事っぽいS・Cは間近に寄って使用している器具やらコーヒーミルやらを細かく観察していた。一方、カフェのマスターめいてるT・Aは普段交流しない相手ということもあってか、カウンター内からつぶさにこちらを伺っている。

「実に興味深い……コーヒー豆はどちらで?」
「いつものお店から、生豆を買って自分で焙煎してますー」
「自家焙煎!こだわりがあるのがわかります」
「今日は多めに持ってきましたし、一緒にいかがですか?」
「お言葉に甘えまして、ご相伴にあずかりましょう」

話した事がない相手が増えて硬直してる真姫を他所に、コーヒーカップを受け取る。俺とJ・Q、真姫の分はミルクたっぷりにメープルシロップを入れたホワイト・ブラウンのコーヒー。O・MとS・Cの方はもちろんブラックだ。

「あれ、私も?」
「はい、いらなかったかしら?」
「あ、いいえ、いただきます」

おずおずと手を伸ばす真姫。自分もコーヒーをすすると、ミルクとメイプルシロップの香ばしい香りに、程よくコーヒーの苦味が混ざった味わいが喉に染み渡る。

「うん、美味い!もう一杯頼む!」
「はいはーい」
「美味しい……」
「奥行きのある、複雑な味わいですね。煎りが深いと苦さが勝ってしまう、これは自分で焙煎しないと中々出せない味です」
「へへー、お褒めに預かり光栄です!」

コーヒー片手にわいのわいの盛り上がる一同。そんな中、真姫だけうつむいた様子でコーヒーに視線を落としていた。俺の視線の端に、一瞬入り口の向こうに見覚えのある老婆が写った様な、そんな気がしたが店内にまで踏み入ってくることは無かった。

「どうかしたか?」
「あ、大丈夫……こういうの、初めてだったから」
「そうか。ま、こういう血の通った交流こそが、本当は大事なんじゃないかと俺は思うよ」
「そうそう!ちゃんと相手の事を考えて、顔を見て交流しないとね!」
「カッカ、ワシもここにやってきて、大事な楽しみの一つがコレじゃからの」
「……うん、そうする。私に足りなかったのは、これなんだってようやくわかった」

Noteの一日、そこには悲喜こもごもが入り混じっているが、バー・メキシコには、確かにフェイストゥフェイスの交流があるのであった。

【イドラデモン・アニヒレイト :終わり】

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