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竜の書斎にて

 黒曜石のつやめかしい竜は、明かりを取り込んだ自身の書斎にてその鋭いかぎ爪の指先を一振りする。宙にぽぅ、と正六面体に蓮めいた紋様の立体魔法陣が形成された後、一冊の本が空中へと浮かび上がった。本を取り出して読む。ただそれだけの魔術である。だが、人間の書物を読むにあたっては必要な技術だ。
 一時期は自身の手と爪で読んでいたのだが、分厚い古書ならいざしらず、最近になって出てきた文庫本とやらは黒曜の竜、シャールにとっては余りにも儚い存在で、とてもではないが自身の爪ではめくるのにも一苦労なのだった。
 元来、竜種とは本を必要としない。ただ生まれてきただけで他の生物を圧倒する絶対強者なのだから。その中にあって、自身の見聞きする物だけでは不十分として積極的に書物を集めるこの竜は、存外変わり者であった。
 本格的に読み始める前に、ペラペラと内容を流し見したことで、竜の瞳に最後のページに記された名前がうつった。本とは貴重な存在であり、所有者名を記しておくのは珍しいことではない。シャールは別の三次元構造の魔法陣を幻影めいて宙に描くと、本に込められた思いの残滓が浮かび上がった。
 一人目は、おそらくはこの本を記したであろう人物だ。執筆に熱狂した様子の成人男性は、栄養を取るのも後回しにしているのが顔立ちからわかった。ひやひやしてしまうが、本がこうしてここにある以上はちゃんと書き上げられはしたのだろう。
 二人目は作者と同世代の男性だった。幻像には作者から本を手渡されているのが映し出されている。大事そうに抱えるその様子は、彼にとってもその本が喜ばしい贈り物であることを示していた。
 時代が下って三人目、二人目の男性が初老となった頃、幼い少年がこの本の継承者となった。本を抱える少年の頭を、老人は愛おしそうに撫でている。
 四人目はほどなくして現れた。少年にとって初めての友達と、二人で読み続けるうちに少年は友達にプレゼントすることにしたようだ。それだけ、彼らの仲は深かったのだろうとシャールは推察する。
 そこから、連綿と続く所有者の変遷を見るにつけ、本そのものを読むのは後回しにして、竜は本に込められた想いに心を馳せていた。

空想日常は自作品のワンカットを切り出して展示する試みです。
要するに自分が敬意を感じているダイハードテイルズ出版局による『スレイト・オブ・ニンジャ』へのリスペクト&オマージュになります。問題がない範疇だと考えていますが、万が一彼らに迷惑がかかったり、怒られたりしたら止めます。

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