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いまだあせぬ、神威の痕 #風景画杯

 暑い、じゃなくて熱い。死だ、今ここには死が大気に充満してる。
赤茶けた死の土地の、起伏に富んだ地形を見るにつけて、私は自分が言い出したレポートのお題に後悔してる。

 今私がいるのはカルフォルニアの、デスバレー。デスバレーですよ奥さん?名前に死ってついているし、由来もホントに死人が出たせいだし、私なんでこんなトコに来たんだろう?次に見に行くところは、おじさんにお願いしてせめてもっと涼しいところにしてもらおう。

「フー……マジであっちーなここ。名前にDeathって付くだけあるよなー。ほら、マキ。長引かせるとオレも死んじゃうから手早く済ませてくれ」
「私だって死にそうだよ」

 よれたポロシャツに無精ひげの、まだまだ未婚の叔父さんに軽口返すとスマホを手によたよたこの高熱地帯を歩き、見回す。

「で、ここで何があったんだっけ、叔父さん」
「聞いてなかったのかよ……ま、良いけどな」

 叔父さんは電子タバコを蒸すのをやめると、私の質問に答えてくれた。

「ここデスバレーにおけるこの場所は、世界ランキング戦の公式競技場の一つだ。お前が知りたい通り、ここではしょっちゅう世界ランカーの化け物ドモがランクマッチをやってる。で、最近やりあった奴が派手派手なもんで、特にわかりやすい痕跡が残ってるってわけだ」
「ふぅーん」

 吹きすさぶ熱風が本当に熱い。前に友達とノリで入ったサウナみたいだ。あの時はバイトの人がバサバサってタオルで扇いでたっけ。あれにそっくり。

「例えば?」
「見てわからんかい、そーかい。マキの眼の前の穴ぼことかだよ」
「へぇーえ」

 言われてみて見下ろすと、たしかに不自然な感じに、いくつも小っちゃいクレーターがボコボコと不規則に口を広げていた。フチはかけて砕けていて、断片がクレーターの内側に転がってる。もっとも、小といっても私が中心で横になれるサイズもある。

「多連装ミサイルの着弾痕だ。風評通りの弾数と破壊力、マジおっかねぇ」
「ね、今日ランクマッチがあって、巻き込まれたりしないよね?」
「今日は、ねえ。確認済みだし、急遽やるなら退去させられるさ」
「良かった~」

 いくつもいくつもある穴ぼこ。よくよく見ると、タル位の穴が大量に、戦場に並んでるところもある。

「アレもそう?」
「ああ、重機関銃の弾痕線だなー。一発でもかすめたら、オレたちゃひき肉だぜ」
「こわ~い」

 そんな風に脅されても、正直ちょっとピンとこない。彼らの存在は、私にとってほぼほぼ動画の中だけの存在だし。

「ねーえ、もっと派手なのない?派手派手だったんでしょ?」
「もっと派手ね。ちょっと歩けばあるはずさ」

 そう言って、叔父さんは歩き出す。その後ろに、私もついていく。足元は日本じゃ考えられないほど穴ぼこだらけで、人間がまともに歩ける場所を確保するのも難しい。叔父さんはこーいうのに慣れているみたいで、私はなんとか離されずについていくのがやっとだ。

 きょろきょろしながら、デコボコな死の谷の赤茶けた大地を歩く。そんな物好きな旅路は幸いなことにそんな時間かからずに、目的地までたどり着けた。

「ほら、アレだ」
「ワ……ァ……」

 叔父さんが指差したそれは、なんというか。真っ黒だった。ハワイとかの、溶岩地帯の写真ってみたことある?こう、冷えてかたまった溶岩って、だいたい真っ黒で……地平線まで真っ黒い冷えた溶岩が続いているんだけど。今見せられたのも、大体それ。

 切り立ったデスバレーの、そびえ立つ岩山の岩壁に刻まれているそれは、とても大きな円状の黒いくぼみで、何かの烙印みたいに不自然なところにあった。くぼみの中央は溶岩が垂れたみたいに流れ落ちたまま、盛り上がってかたまってるのが私にもわかる。

「大口径レーザー砲の着弾痕だ、こいつはスゴい。コレを出させて勝ったんだから相手も相当だなぁ」
「れーざぁ?」
「光学兵器だ。膨大な熱量を受け止めたせいで溶解し、炭化したんだな」
「全然想像つかない……見たことないし」
「田舎じゃなー」

 岩山のくぼみから後ろを振り返ると、着弾点に沿って黒いラインがのこっていて、多分あっちの方角から撃たれたんだと思う。さっき見た、無数の穴ぼこがあった場所だ。

「すごすぎる、もう何もかもわかんない」
「おいおい、レポート書けるのかい、そんなんで」
「手伝ってぇ」
「はいはい、とにかく沢山写真撮ンな。画像はちからなり、だ」
「はーい」

 もう早く戻ってクーラーにあたりたい気分だったけど、やけくそ気味にスマホを構えて取りまくる。一枚SNSにあげてみたら友達にドン引きされた、全然かわいくないって。うるさいなぁ、宿題なんだよ。真面目なんだから、これでも。

「気は済んだか?」
「うーん、一か所だけじゃちょっと物足りないの。他も見たいなーって」
「そういうと思って、候補は揃えてる。行こうぜ」
「はーい」

 なんだか叔父さんは良ーく私のことをわかってる気がする。ジャーナリズムってやつ?

――――――

「さむいさむいさむいさむいさむいさむいさむい!」
「厚着用意しとけっつったろ?」
「言われたけど雪山は想像してないよ!せいぜい日本の秋くらいだと!」

 うってかわって今度は雪深い高山地帯。叔父さんがぴゅーってすぐに送ってくれたから、温度の高低差に自律神経がおっつかなくて失調しちゃう。

 広い緩斜面の雪原に降り立った私たちを迎えたのは、とげとげしい樹氷の数々。ふもとの方角に向かって、雨粒が凍った氷柱みたいに立ち並んでこっちを監視してるみたい。

真っ青な青空にさんさんと輝く太陽っていうと夏みたいだけど、どっこいここはれっきとした冬だ。あるいは四季の概念がとてもうすそう。とにもかくにも、寒すぎる。

「はやくっ、はやく済ませて戻りたい、です……」
「そういうだろうと思って目の前に降りたぞ、と」
「目の前?」
「マキが向いている方の、逆な」

 言われてみて、反対側に振り向いた時、それはそびえたっていた。

 雪原の白の真っただ中に、異質な白い柱が天をもつかんばかりにそびえたっている。図鑑で見たトネリコの長寿個体のように膨大で、長大で、先端を見上げようとすると首も痛くなってくる。そんな氷の柱。

 氷の色合いは水が含む酸素とか不純物の量で決まるって聞いたことがあるけど、それが正しいなら目の前のこの柱は不純物を大量に含んだ水分を強引に凍らせたんじゃないかって思う。知らないけど。

「これもランクマッチの際に残った残痕ってわけだ、いやぁ壮大だねぇ」
「中の人はどうなったの?」
「もちろん救助されてる、試合なんだから。まあこの柱自体は撤去されず、ここの低温と相まっていまだ解けずに居残ってるってわけだ」
「ほへー」

 なんだか魔法を見せられているような気がして、ちゃんと教わった通りにいくつも写真を撮った。今度のは日本が今夏ってこともあって友達にも好評だったし、なんかバズった。普通の人は、私と同様こういうのはネットで見ることもあんまりないようだ。

 と、視線の端を冬毛のもこもこしたウサギが横切り、駆けていく。こんなとこでも立派に生存活動してるみたいだけど、こんな立派な氷柱ができちゃって迷惑してないんだろうか。そんなことを考えてしまう。

「もういいよー、次、つぎっ!ここは寒すぎるから!」
「よしよし、すぐに出すから中に戻んな」
「はーあーいー」

 ――――――

 次に連れてこられた場所を見て、私はどう思ったものか困惑したんだ。だって、一面の景色に白い物があったら普通なんだと思う?雪と氷はさっき見せられたし、大理石とか岩塩とか、チョークとか……普通はそういうものだって思わないかな?でも違ったんだ。

 その白い物体はおおよそ岩みたいで、私たちが降り立った地点から南の方に向かって小高い丘山みたいに折り重なっていて、視界の届く限り地平線まで続いていた。私の後ろの方はこげ茶色の、岩とこんもりした草があるばかりの荒野だ。

 もう少し近づいてみてみると、岩っぽい何かは奇妙な形で、真っ白というよりは若干黄色がかったクリーム色で、どれもこれも端っこに茶色の甘皮みたいなのがついている。私はこの奇妙な物体をなんだかとてもよく知っている気がした。というか絶対知っているけど、自分の中の常識が目の前に存在している物体と、自分の知っている既存の物体を結びつけることを忌避しているんだ。ホラームービーのでよくある、冒涜的背徳領域ってのに踏み込む感覚ってこういうののことじゃないかな。

「叔父さん……これって一体なんなのかな?」
「マキは何だと思う?」

 うう、絶対知ってる癖に。叔父さんの問い返しに、自分の中の常識とか良識がもたらす拒絶反応をなだめになだめながら、私は自分の中の答えを引っ張り出した。

「これは、その……なんていうか、間違っててほしいんだけど……ポップコーン?」
「大正解」
「あってるんかい!!!」

 ああ、神様。正解しちゃいました。

 そう、そうだ。私の目の前に広がる小高く、黄がかった岩がこんもりと積もった丘山の丘陵。これは全部ポップコーンの山だった。もっとも、一粒一粒がいやに大きくて、かと思うと私が知っているポップコーンや中くらいとかこぶしくらいのポップコーンもよくよく見るとまざって転がっている。

 でも、何がどうなったら、この冒涜的ってやつなポップコーンの小高い山が出来あがるのかまったく想像つかなかった。

「あのー……ここでいったい何があったんでしょーか……」
「オレも知らない」
「えーっ!?」
「世間に公表されてないんでな。一般に知られてるのは、ここがこうなる前の前は単なる荒野だったんだが、それが一面にして謎の樹海になった。んで、数日たったら今度はこの有様ってわけだな」
「トウモロコシのエイリアンでも来たのかな」
「かもしれない。どっちにしろ、このポップコーンの山は、生き残った原生生物も全く手を出さないし、菌類から何からまるでつかない。おかげで腐りもしないし劣化もしない。誰もどうにもできずこのままほったらかしで、今じゃ現地人の間じゃあ観光地にしようってことで『ポップコーンヒル』って名前もついてる。まだまだ日本じゃ知られてないみたいだけどな」
「うっそだー」
「実際マキは知らなかったろ?」
「うっ、たしかに」

 ポップコーンだとわかってから改めて見回してみると、なんだか塩バターのあの、どうしようもなく食欲をそそる匂いが漂ってきている気もする。きっときっと錯覚だ。仮に塩バターが振られていたとしたって、私は何十日も?屋外に放置されていたポップコーンを食べるほど意地汚くないし。

「叔父さん、さあ。童話とか、漫画だと外にバーンって放置されてるお菓子の家とか、パンのビルとか、チョコレートファウンテンの噴水とか……あるじゃない?」
「そうだな」
「ああいうのって、夢があっていいなあって思ってたけど、いざ現実に目の前に持ってこられてもその、食べる気しないね……」
「まあそうだなぁ、それが正しい反応だってオジサンもそう思うぜ」
「だよねー」

 やっぱり、ああいうのは夢物語だからいい物なんだって、言葉じゃなく心で理解ができた。また一つ上らなくていい階段を上ってしまった気がする。

 お約束通りやっぱり写真を撮るんだけど、一枚撮るたびに自分の中の現実感が不安定になっていく気がして気持ち悪くなってしまう。SNSにもあげてみたけど、友達には大うけしても、知らない人にはコラだの合成だのさんざんな反応だった。みんな自分でここにきてみればいいのにな。これから観光地になるみたいだし。

―――――

「おーわった!メルエ、査読おーねがい」
「承知いたしました。重点確認を行う事項はございますか?」
「論理破綻がないかだけお願い、どーせ先生だって高校生のレポートに一大傑作なんか求めてないでしょーい」
「かしこまりました」

 サポートAIのメルエにお願いした後。ARゴーグルをかけたまま、私はぐーっと背伸びした。キーボード使うのは今時少数派って聞くけど、音声入力による文章作成はやりなれてなくて返って面倒くさいのだ。

「マキさま」
「なあに?」
「本レポートには、人類史上もっとも最大規模と推測される破壊事象については取り上げられておりませんが、よろしいでしょうか?」
「んーあー、アレかー……いいよ。あんなの、取り上げたって先生も困るでしょうし」
「さようですか」
「今だとちょうどウチのベランダから見える時期だっけ?」
「はい、今この時間帯が見やすいかと存じます」
「そっか。メルエ、以前の視覚情報を私のARにかさねてくれる?」
「はい」
「じゃー、見比べてくるから添削よろしくー」
「かしこまりました」

 査読といっても、メルエなら高校生である私が書いたA4サイズ数枚のレポートなんて数秒もいらないだろう。ようは、私が気分転換したいだけだ。

 ベランダに出ると、一面の星空が私を出迎えてくれた。父さんが気に入った一因だけあって、ウチの家は星空が近くて、輝いて見える。地上からの光源がとても少ないから、小さな星まではっきりと見えるのだ。

「えーと、どっちだっけ。あ、あったあった」

 誰にともなくつぶやきながら、当てずっぽうに空を見回す。別に天文学とかやってるわけじゃないけれど、見たいものはすぐに見つかった。天の川だ。

 天の川は、その途方もない星屑が敷き詰められた流域を、私の視界の隅々までいきわたらせ、ミルクとも評された乳白色のヴェールがたなびくように銀河の流れを彩っていた。星空への興味が薄い子でも、こんな美しい景色を見たらきっとロマンチックな気分になると思う。実際なったし。

 そこで、私はARゴーグルを上にずらした。天の川は、変わらず私の視界の中、天の先果てに存在した。違うところはただ一つだけ。

 真ん中でざっくりと、真っ二つに切り裂かれているのだ。今の天の川は。

 といっても、切り裂かれているって表現がただしいかはわからない。私だって高校生なんだから、天の川が一枚紙に張り付けられた光点の集まりってわけではなく、想像もつかないくらい広大な空間にぽつぽつと存在する恒星やガス雲が、地球から見ると一つの銀河としてまとまっているように見えるってことぐらい知っているんだ。だけど。

「そういう実態知っちゃうとなおのこと想像もつかないんだよねー、たとえじゃなく実際の行為として銀河を切り裂くって、一体全体、どういうことなのか」

 二つに泣き別れした天の川の真ん中は、いまやただ一つの星もなくぽっかりと虚空が広がっている。ARゴーグルを戻すと、かつてはそこに無数の星が瞬いていた痕跡が映し出された。そのまま何度か上げ下げして、今と昔の光景を見比べた後、どうでもよくなってゴーグルを外したのだよ。

「メルエ、あのアレが誰かがやったってホント?」
「不完全ですが、ライブラリーに当時の映像資料が残っております。ごらんになりますか?」
「いいや、現実感わかなそうだし」
「さようですか」

 神話の痕を気が済むまで堪能した私は、ベッドに寝っ転がって添削済みのレポートをAR視界に広げた。おざなりな文章にはびっしりと几帳面な赤ペンが入っている。

「メルエは、さー。神様っていると思う?」
「それはどのような定義に基づく質問でしょうか?創造主という意味では私のベースプログラミングを担当したプログラマーと養育を担当したトレーナーが神に該当する、という回答になりますが」
「ああ、そんな堅い話じゃなくて、なんかこう、超すごい、ヤバい存在、みたいな?」
「漠然とした問いかけですが、私の回答としましては、存在しないと認識している。となります」
「ふーん。そっかー」
「マキはどのように認識されておりますか?」
「私?私はねー、神様っていると思う。で、私たちのことが嫌いじゃないでないかなって」
「それはどのような論理に基づいてでしょう」

 私は、デスクに移ってレポートに向き直ってから、メルエの問い返しに答えた。

「だってさ、私たち今もこうして気楽にやってるじゃない?そうじゃなかったらここにこうしてられないと思うし。嫌われてはいないんじゃないかなって、好かれてるかは知らないけどさ」

【いまだあせぬ、神威の痕:終わり】

現在は以下の作品を連載中!

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