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伝説の日本刀:(六)日本に現存する雄壮な「大太刀」の一群

本エントリーは『河井正博氏』よりご寄稿いただきました。
河合正博氏プロフィール:随筆家、歴史と刀剣の愛好者
本編は以下からどうぞ。

「真柄の大太刀」の逸話が出たところで、「太平記」や「源平盛衰記」の軍記物を開くと想像以上に長くて身幅の広い雄壮な「大太刀」が次々と登場している。

中でも「太平記」は鎌倉時代末期から南北朝時代をメインテーマに書かれた軍記物語である点を考慮しても、常軌を逸するほどの長寸の大太刀を持つ武者が次々と登場する大太刀ファンにとっては興味が尽きない雄壮な戦闘場面が多い。

『真柄の太郎太刀』の長さが、5尺余と伝えられているのに対し、5尺の大太刀二振を腰に佩用した武者が登場する場面や、5尺6寸(約170cm)の長刀を振るって力戦する話や、更に、それを超える2m以上の長さの太刀や、その長ささえ超越する信じがたい程の長さの3mに近い大太刀が描写されている所さえある。
槍の柄の長さにしても侍の持ち槍で7尺~8尺(約2.1~2.4m)が多いのに、それを超える3m近い刀身を自在に振るう勇士も実際に存在したようだと考えるだけで、感動を覚える方も多いかも知れない。確かに、このような大太刀や野太刀になると槍や薙刀、長巻等の長柄武器とも対等以上の戦いを展開出来たと思われる。

これらの大太刀の使い手として、若狭守護を務めた大高重成や太刀の他に大鉞を使って有名な長山遠江守、山名氏の郎党で因幡国の住人で大力の福間三郎等の名が上げられている。
中でも、福間三郎の太刀は、長さ7尺3寸(約2.2m)とあるので、当時は全国的に大太刀使いで高名な武士の数が多かった中でも、最も長いクラスの大太刀だったと想像される。
因みに、当時一般の武士が腰に佩く太刀の長さは、3尺以内であり、それを超える3尺以上の太刀を「野太刀」と呼んで区別していたようだし、長すぎて腰に佩けないので、「背負い太刀」とも呼ばれ、通常は従者が肩に担ぐか背負って従い、戦闘時に主人に渡す部類の太刀だったと考えられる。
もちろん、5尺以上の長さとなると当時の日本人の平均身長近い長さがあり、持っているだけで「威風当たりを払う」と古記録に登場するような、通常の太刀とは別格の扱いを受けていたと考えられる。
 当然、その長さからも凡庸な刀工が安易に製作出来る刀ではなかったろうし、注文主の武士が刀鍛冶に支払う費用も束刀の何十倍あるいは何百倍もの負担を覚悟する必要があったはずである。

このように、伝説上の大太刀の数は多く、どの太刀を取り上げようか迷ってしまうが、今回は、『日本に現存する雄壮な「大太刀」の一群』を各地の神社を中心に探ってみたいと思っている。

まず、最初に登場頂くのが日光二荒山神社所蔵の大太刀「祢々切丸」である。同社にはこの他にも数振の大太刀が秘蔵されているが、伝説と長大さで、最初に挙げてみたいのがこの「祢々切丸」の太刀である。
長さ、7尺1寸5分(約2.2m弱)と伝えられる「祢々切丸」の太刀の名称の由来は、昔、ねねが沢に出現した「祢々」と呼ぶ化け物をこの太刀を用いて退治したところから名付けられたという。現在重要文化財に指定されており、付属する「山金造波文蛭巻」の外装も見応えがある。
二荒山神社には、この他にも、長さだけで比較すると「祢々切丸」よりも長い約2.2m強の「太郎丸」と号する太刀が収蔵されているが、太郎丸の太刀は、どうやら焼入がなされていないらしいので、当初から奉納刀として製作されたようだ。

しかし、それ以上に二荒山神社には、ご紹介して置きたい完成度の高い「国宝」の大太刀の名品がある。
作者は南北朝時代の備前長船の刀鍛冶で長船兼光門下の「長船倫光」であり、裏年紀は貞治5(1366)年2月日とあるので、当に延文貞治と続く大太刀全盛期の南北朝時代中期に製作された逸品である。
当時の足利将軍は第二代の足利義詮であったが未だに両朝の争乱は鎮まらず、力を誇示する激闘の時代だったのである。
刃長4尺1寸余(約126cm)の大太刀でありながら鍛えが良く乱れ映りが立ち、刃紋も互の目と丁字が交じった変化のある刃を焼いて破綻無く仕上がった完成度の高い作で、手持ちを考慮したのか刀樋を表裏に彫り、その下に倶利伽羅と梵字が美観を添えている。

東の日光二荒山神社の大太刀をご紹介したので、続いて西の横綱「大山祇神社」の大太刀をご紹介したい。
何といっても日本最大の古武具の宝庫は瀬戸内海にある「大山祇神社」の甲冑と奉納刀の一群である。大山祇神社と聞くと甲冑ファンの方は、思わず頷かれる方が多いとは思うが、同神社は平安時代後期から室町期に掛けての古武具の逸品が数多く収納されている。
確かに、宮島の厳島神社や奈良の春日大社、東京都の御嶽神社、青森の櫛引八幡神社、そして上記の日光二荒山神社と貴重な名品の甲冑や太刀を数多く収蔵されている古社は沢山存在するが、平安時代末期から南北朝期の広範囲な武具の収蔵先を考える時、同神社を真っ先にご訪問されることをお勧めしたい。
さて、前置きが長くなってしまったが、同社の白眉の大太刀が、後村上天皇奉納の国宝「千手院長吉」の太刀である。この長吉には「貞治5年丙午」と不思議なことに、先にご紹介した国宝の倫光の太刀と同年の年紀が記されている。
作者が大和系の鍛冶なので地金は板目に柾がかり、刃紋は小互の目に小乱れが交じる出来で、この太刀にも表裏に棒樋を彫り美観を添えている。
この他にも同社には大森彦七奉納と伝えられる野太刀拵が付属した国宝の大太刀があるし、重文クラスの刀では伝山中鹿之助奉納の太刀や伝源義経奉納や伝武蔵坊弁慶奉納の薙刀等々の太刀、長巻、薙刀が無数に存在して見飽きることはない。
実際にこれらの名刀を手に執ることが出来ないのは残念だが、現実にこれらの大太刀を手にした専門家の方々のご意見によると江戸時代以降の大太刀と違い、南北朝時代に製作された大太刀は意外に持ちやすく、扱い易かったと聞いている。

次ぎに、日本全国で拝見することが出来た「大太刀」も多いが、残念ながら未見の豪刀も数多くあるので、その中から幾つかをご紹介して終わりにしたい。
新潟県の弥彦神社が所蔵する、志駄氏(しだし)によって奉納された「志駄の大太刀」も著名である。刃渡り7尺2寸余(約2.2m)と長大で朱塗りの外装や練革(ねりがわ)13枚重ねの丸鍔も現存しているという。作者は備前長船の刀工家盛で、裏年紀も応永22(1415)年12月日とあるのも貴重であり、国の重要文化財である。加えて、同社には、2.2mを超える長寸の太刀が、もう一振収蔵されているという。
「志駄の大太刀」は、国指定の文化財の中でも最長を誇る存在である。同神社には、新々刀期の作者三家正義吉が天保14(1843)年に作刀した7尺4寸(約2.24m)の大太刀も奉納されていると聞く。
「志駄の大太刀」と共に、室町時代前期の大太刀として、記憶して置かなければならない太刀が、宮崎県都萬神社所蔵の備前則次他五人による共同製作の太刀である。
製作年代は、室町時代前期の宝徳2(1450)年の作品ながら、長さも約2.46mと長く、注文主も当地の日下部成家とハッキリしている上、鍛刀期間も25日間を要したと切り付け銘がある貴重な太刀である。

さて、ここまで、多くの大太刀を挙げて来たが、現存する日本一の大太刀はというと、これも拝見する機会に恵まれていないが、その所在地は山口県内らしい。
山口県下松市の花岡八幡宮所蔵の大太刀は、安政6(1859)年に地元の人々によって奉納された太刀で、新々刀期の作ながら、長さ1丈を超える約345cmの長大さで、反りも深く、身幅も広い堂々たる風格を写真から感じられる。また、重量は約75kg?とのことなので、神様以外の差料には到底なり得ない重さである。
作者は延寿国村の後裔国綱と伝えられ、「破邪の御太刀」と呼ばれているという。伝承では、余りの長大さに、焼入時、川を堰き止めて焼入れを行ったという。このような伝承は良く聞くことがあり、親しい刀匠からも奉納用の大太刀の焼入は、小川を堰き止めて成功した結果、無事、神社に奉納できたと聞いている。

この他にも柳生家に伝わった大太刀の長さは4尺7寸8分(約145cm)で、現在、名古屋の徳川美術館の所蔵となっているし、柳生新陰流には、「陰流」から伝わる大太刀遣いの技が、今に至るも伝承されているとのこと。都内の台東区にある熱田神社の奉納刀にも弘化4(1847)年に刀工の川井久幸が製作して納めた約2.8mの太刀があるらしいし、これ以外にも、まだまだ大太刀は沢山現存しているようだが、ここまで書くと本当のこんな長い刀を使ったのか疑問に思う方も多いと考えられるので、現代での『大太刀』使用例ご紹介して終わりにしたい。

まず、各地の神社仏閣に奉納されている「奉納刀」だが、一般的に古刀期の太刀は十分に手持ちも含めた実用性を考慮している刀身が多い。それに反し、江戸時代の大太刀の場合長大さと広い身幅や重量を誇る傾向が強く、実際に振るのが難しそうな刀が殆どである。
それでは、そんな大太刀を振る現代人の武道家が居るかというと実は予想以上に多数存在するのである。その中の一人に筑後柳川藩に伝わる「景流」の当代宗家大津山道治先生がいる。
先生の常用の愛刀は、4尺3寸(約131cm)で我々凡人が先生のように自在に操るのは不可能な刀だが、先生の居合は、抜き付けも早く、受流しから袈裟に入る動作も決して遅くはないし、脇差を相手に投げ打ってからの同師の斬り付け技も見事である。

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