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千竜一夜の夢 #DDDVM

色とりどりのステンドグラス、宝石のランプに囲まれている、ぼんやりとした視界ではそう感じた。そうでなかったことに気づいたのは、霞んだ視界がくっきりと像を結んでからだった。少女は、竜に囲まれていた。

マグマよりも紅い竜に、硫黄色の巨木めいた竜、生い茂った緑藪が円錐になったかのような竜に、ふわふわの白い小動物のような竜、などなど。途方も無いサイズの伽藍の洞に目まぐるしいほどの竜たちがひしめいている。
その真っ只中に、少女はいた。

「ふむ、『漂流者』とね」

洞内の中央にそびえ立つ、水晶でかたどられた一際巨大な竜は興味深げに目を細めた。いずれかの竜があきれた風情で告げる。

「『千竜一夜』のど真ん中に出てくるたぁ、コイツは随分と運のない人間……だなぁ。ユ・ボ・ルガ、お前が食うか?」
「いらぬ われ はがね のみ」
「彼の好み、知ってて言ってるでしょう、ジョルカシオン」
「は、は、それはもちろん」
「全く、あなたはいつも悪趣味なんだから」

綾めく竜達はざわめき、自分達の前に突如飛び出てきた少女を前に、口々に好き勝手な戯言を交わすも、水晶竜の手振りで一斉に押し黙った。

「安心したまえ、小さき者。この集まりは建前の上では神聖なる場、安易に血で穢すことは許されないとも。そうだね皆の衆」

水晶竜の言葉に、頷く者もいれば、そっぽを向く者、無関心を装う者など、各々が好き勝手な反応を返すも、声高に異論をかざす竜はいない。

「よろしい。しかしながらこの後は、慣例に従って我々の雑談タイムが入るんだ。ゆえにそこに捨て置かれているのも、君にとっては居心地が悪いだろう。シャール、シャール!一応はこの場に来ているんだろう?」

呼びかけに応じて周囲の竜達より、一層闇が深い黒曜石が首をもたげた。
その竜は、モノクルを頼りに小さな小さな文庫本に執心していた様子で、場違いな異邦人にようやく今気づいた様子であった。

「失敬。お呼びですか、エルダー」
「しらじらしい。君のことだ、こんな集まりなんてさっさとサボって読みかけの本とやらに集中したいのだろう?格好の口実がやってきたから、君が面倒みたまえ」
「いえ、滅相も……エルダーのお言い付けとあらば、従うにはやぶさかではありませんが」
「よろしい。さあ行った行った。その小さな客人が、誰かの身じろぎでペシャンコになる前にね」
「仰せのままに、エルダー」

黒曜の竜はつやめかしい鱗を伴って、少女の前に首をもたげ会釈する。

「ごきげんよう、お客人。私は冥竜シャール・ローグス、竜族の末席に居候する者にして、君の一時の家屋となって降りかかる雨風をしのぐ者だ。さあ、行こう」
「あの、どちらへ……?」
「ここではない所、私の住まいへ。ここよりはずっと安全なのは保証するとも、君にとってね」

シャールと名乗った竜は、少女に向かって不器用に、モノクルの中でウインクしてみせた。

―――――

「シャールさん。私、帰れますでしょうか?」
「それについては、まず『漂流者』について説明せねばならないね」

シャールの身は夜闇のベルベットよりなお暗く、その背に乗せられた少女は、まるで夜空に浮かんでいるのではないかと錯覚するほどだった。
数多の星飾りがぬばたまの樹海を見下ろす境目を、飛行機よりも疾く彼は飛ぶ。そのくせ、小風一つ少女の頬には当たらないのだ。

「『漂流者』って言うのはね、ふとした拍子に別の世界に転がり込んでしまった人のことをさすんだ。文字通り世界の間を漂流しているってわけだよ」
「私も、そうなんでしょうか」
「間違いない、と思う。君の服装は私もまるで見たことがない意匠だ。アルトワイス王立学院などで採用されている学生服と共通点が見られはするが、根本的なデザインの発想の観点において、全く文化観が異なる所の意匠に見受けられる。それに、そもそも君は竜なんて、これまで見たこともなかったろう?」
「あ、はい……その通りです。まるで現実離れしてしまっていて、今も夢見心地で」
「酷な表現になるが、君にとっては今この瞬間が現実なんだ。一説によれば、『漂流』とは世界同士の領域が一時的に交差し、その特異点が別の世界に入り混じってしまったことが原因ではないかと言われている」

星月がとても近かった。眼下の樹海は闇の中ではよく見知った木々のような気はしても、きっと陽光のもとではまったく見知らぬ種なのであろう。

「ええと、今は私がその特異点ということですか?」
「おそらくは。だから、今この瞬間を夢だと思ってうっかり死んでしまうと、君はそのまま終わりを迎えることになる」
「それは、困ってしまいます」
「だろうね、エルダーの機転に感謝しなくては」
「あの方が一番偉いんですか?」
「あの場では、ね。我らにとっても一筋縄ではいかない御仁だとも」

シャールが身を傾け、夜空を滑ると渡り鳥の編隊を追い越していく。
そのまま彼は樹海と山がせめぎ合う境目に降り立ち、ペシャリと身を伏せた。

「さて、着いたよ。本以外は何もない所だが、君を歓迎しよう」

―――――

人間で言う所の、おおよそリビングに当たる洞穴。そこまで来客を招き入れると、シャールは湾刀よりも鋭い爪を一振り。火花が散ると、人間用の卓椅子のセットがふわりと再配置され、その上にはちょうどいいサイズのティーセットまであつらえられる。

「気にせず、かけてくれたまえ」

着座した少女の目の前で、ポットが孤立したままに紅琥珀の液体を注いだ。カップから、湯気があがる。視線を滑らせると、竜の棲家というにはあまりにも似つかわしくない、本、本、本。本棚が一面の壁を埋め尽くしていた。

「我が友が選んでくれた茶葉で、人間が飲んでも問題ない品種の物さ。君のお好きな頃合いでどうぞ」
「ありがとうございます」
「ああ。それでは話の続きをしようか。結論から言うと、遅かれ早かれ君は元の世界に帰れるはずだ」
「本当ですか!?あ……すみません、急に立ち上がったりして」
「おかまいなく。世界同士の重なりはあくまで一時的な現象のようでね。時が経てば、満ちた潮が引くように世界の重なりも紐解かれる。そうなった時、特異点になった存在は必然的に元々いた世界の方に帰っていくんだ」
「ええと、待っていれば良いんですね?」
「その通り。それもそう長い時間はかからないはずだ」
「良かったです、安心しました」

二人は、同じタイミングでティーカップを持ち上げると香りを楽しみ、傾ける。竜のティーカップには注ぎ口があって、シャールは少しずつしずくを垂らすように紅茶を楽しんでいた。

「うん、それは何よりだ。いきなり全く違う環境に放り出されても困ってしまうだろうし。私がエルダーに魔界に放り出された時も、それはもう実に難儀したというもので……まあ、その話は長くなるからやめておこうか。君はやっぱり、元の世界でやりたいこともあるのだろう?」
「はい、叶えたい夢が一つ……ドラゴンの貴方からしたら、夢ってよくわからないことでしょうか」

かけられた問いに、シャールはかぶりをふって苦笑する。

「竜のこの身といえど、何もかも思い通りとはならないものさ。ひるがえっていつか叶えたい夢もある、私にもね」
「差し支えなければ、教えていただけませんか?」
「良いとも。色々あるけれど、そのうちの一つは本の話をする友達が欲しいってことかな」
「友達、あの、集会で集まられてた方達はどうなんでしょう」
「もちろん、あの中にも友人と呼べる相手はいるんだ。でも竜という種族は、標準的には書には興味を示さない生き物でね。親しい友人でも興味があるのはせいぜい料理書や医学書といった専門書くらい、歴史書や伝承記、あまつさせ小説なんて『なんでそんな本をありがたがってるのかわからない』と返される有様さ」

言葉を切ると、竜は壁面の本棚をぐるりと見回す。

「私は時間をかけて、まずは自分がさほど害のない竜だと信じてもらって、旅行く人々と言葉を交わし、商人にはまっとうな対価を支払って……そうやって蔵書を集めたんだ。しばらくは積み上がる書を読みふければそれ以外何もいらないのでは、なんて思っていたんだけど……ふと、ね。読んだ本の感想を共有したいって願望が産まれたんだ」

ふと、本棚から書達がひとりでに、蝶のように舞い翔びながら、茶席の卓に折り重なる。

「色々試してみたよ。旅人に声をかけたり、友人たちに布教してみたりね。だけどまあ、今の所うまくいってない。だから本の話をする相手は私にはまだいないんだ」
「それじゃあ、私にあなたの読んだ本の話を聞かせてもらえませんか?」
「良いのかい?」
「はい、私は本を読むのも、読んだ本の感想を聞くのも好きなんです」

はにかむ少女に、竜も口の端を緩めた。そのまま、かの竜は卓の本を舞い踊らせ語りにうつる。

「それではお言葉に甘えて。今取り上げたのはこの世界にある王国、その建国史を小説にした物で……素晴らしい冒険譚なんだけど、実はモデルになった王のこと、私は知っちゃっているんだ」
「どんな方だったんですか?」
「好人物だったよ、この本に書かれているような完全無欠な英雄ではなかったけれど。強くはないのに負けず嫌いで、意地っ張りで、そのくせ困っている人達を見捨てておけない、そんな真っ直ぐな……結局私も彼に根負けして……」

―――――

「それで、この秘匿書をめぐる冒険はようやく幕を閉じて、私の蔵書に収まったってわけだね……おっと、ごめんよ。随分話し込んでしまった」
「いえ、楽しかったです。話してるシャールさんも楽しそうで」
「ううむ、すっかり君の好意に甘んじてしまう形になったね」

思案するシャールに、少女は微笑む。

「良いんです、竜のあなたでも夢を叶えるのは楽しいんだってわかると、なんだか勇気がもらえましたから」
「ふむぅ、君の夢は、叶えるのが大変なのかい?」
「そう、ですね。全然想像が及ばないんですけど、きっと考えてるよりずっと大変なのかもしれません。私は、役者さんになりたいんです」
「役者、なるほど」
「この世界にも役者ってあるんでしょうか?」
「あるとも、国と国を渡り歩き、物語を伝え歩く人達に、王都の劇場付き劇団、もっとも、私は遠目に彼らを盗み見るくらいがせいぜいなのだけれど」
「ふふ、それなら帰れなくても夢は叶えられそうです。でも、心配をかけてしまう人がいるので、やっぱりちゃんと帰らないといけませんね」
「ああ、それがいい。知らない世界で生きていくのはきっと大変だから」
「はい、それで、どうか一冊の本を私に貸していただけませんか?物語の本を」

竜は積み重なった本の中から、一冊の書を取り出すと少女にふわりと手渡した。

「それをどうするんだい?」
「まだ、時間はありそうですから、あなたの前でこの本を朗読させてください。そうしたら私、もっと頑張れそうな気がするんです」

だって、ドラゴンを相手の朗読会、ですよと胸を張る相手にシャールは快く了承した。彼女と共に筒状になっている住居を飛び出ると、未だ満点の星が輝く夜空の下、全天見回す岩棚のテラスへと共に降り来たる。

「役者さんには、舞台が必要だろう?」
「はい、ありがとうございます。それでは初めさせていただきますね。……『どうか私を殺して、喰らってください。それが、あなたを助けた私からの最後の願いなんです』……」

―――――

「……!終わりました!」

一人と一柱の朗読会は、いつしか星空が朝焼けに変わる頃にようやく終わりを告げる。がらにもなく興奮した様子でかぶりを振るのはシャールの方だ。

「すごい、すごかったよ!私が黙々と読むのとは全然違うんだね!そうか、これが君の目指す世界なんだ」
「そう思っていただけたなら嬉しいです、まだまだ見習い、なんですけど」
「君なら、きっとうまく出来る。少なくとも私はそう信じるよ」
「ふふ、ありがとうございます……あっ」

日の出が差し入れた陽光と共に、少女の身体はうっすら光に包まれると共にぼんやりと霞んでいった。

「時間、なんですね。ありがとうございました、シャールさん。どうかご健勝でいてくださいね」
「もちろんだとも、私は生き汚い事には定評があるからね。君も、夢への道程を頑張ってくれたまえ」
「はい……!頑張ります!また……!」

その別れの言葉を最後に、夜は明けきって、二人の世界は分かたれた。

―――――

陽の光、カーテンの隙間から差し込む明かりに、夢見心地だった少女は目を覚ました。

「朝……いけない、制服のまま寝入っちゃってましたでしょうか」

ぼんやりした思考のまま身体を起こすと、ばさりと音を立てて何かが床へ転がり落ちた。手にとったそれは、まるで読めない文字の分厚い革表紙の本。

「あれ……?もしかして、夢だけど、夢じゃ、なかった……のかな」

贈られた本を抱いて、カーテンを開く。
世界は、今まさに朝日を迎え入れたところだった。

【千竜一夜の夢:終わり】

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