メガロポリス・ブレイクダウン
岩山、いや、塔だろうか、否、それは海上に深々と突き入れられた二本の脚だ。暗雲渦巻き、雷鳴轟く荒れ模様の海の真っ只中に、あり得ざる巨大存在が鎮座していた。
「……カナメ、今回のターゲットは、完全自律型メガロポリス、その中核の調査だったよな?」
「僕達が出発した時間帯には、間違いなくこのポイントに海上巨大都市が存在していました。ハガネさんの方に、画像回します」
海の巨人に比べれば、まるで蚊か羽アリほどのサイズの黒武者の胸中で、男女二人が情報連携。男の方はざんばら髪に三白眼、鋼鉄色のジャケットを引っ掛けた風体。女、いや少女の方は色素の薄い髪をシニヨンにまとめ、華奢なその身体を半袖シャツとキュロットスカートに包んだままに、タブレットをせわしなくフリック。
「確かに。つーことはアレか。コイツは俺達が来るのに合わせて、変形したのか」
「通信が途絶してから一ヶ月、ターゲットは想定挙動と異なる動作をし続けてたそうです。この形態移行も、自主防衛の現れかと」
「割に合わねぇ……タタラ、クライアントに割増要求と被撃墜時の危険手当請求しとけ」
「アイアイさー!」
ハガネの要求に応じて、前面モニタでカラフルなサポートAIが踊る。
同時に、岩壁めいて空に届く巨人が動いた。ゾンビの様に、つながっているのが不可解なほどの腕をかかげる。
「ッ!いくぞ!」
瞬間、天罰とみまごう光条が空を裂いた。宙をスズメバチの如く、俊敏に飛翔すれば、一切の破壊にふれる事なく巨人の眼前へと迫る。近づけば近づくほど、ただの岩壁に近寄っている様に錯覚してしまう。そのくらい巨人型自律大型都市は、巨大だった。岩盤がスライドすると、ミサイルの嵐が舞う!
「こちとら近接特化機なんだぜ、まったく!」
楕円を描くように、バレルロール機動からの抜刀居合。煙火を上げて迫りくる円筒を一刀の元に斬り捨て、巨人の山肌へと取り付く!
「一体どうするんです!?まさか真っ二つにする、とか言わないですよね!」
「今のフルメタル・ドーンの出力じゃ無理だな!だから鉄板通り、中からぶっ壊す!」
「中身が詰まってなければ良いんですけどぅ!」
その時はその時だ。どっちみち想定外の事態なのだから。
フルメタル・ドーンと呼ばれた黒武者の機動兵器は、剣閃を放ち自機が通れるほどに壁を切り抜く。ハガネの技量によるものか、外側に全ての破片が舞い散った後、その穴へと飛び込む!背後に迫る円筒!
「お邪魔するぜーっ!」
「ッ!?ハガネさん!下!下!生命反応!人間が居ます!」
「なんとーぅ!?」
通り抜けた穴は見る間に修復され、ふさがった壁を爆発が揺るがす。
だが二人の方はそれどころではない、ほのかな明るさの空洞内直下には、まるで別世界の様に都市ビル街が立ち並んでいる。黒武者のカメラ・アイが、大通りに立ち並ぶ、薄汚れた露店並びを捉えた。
「タタラ!路面に俺達を転送した後に機体を物質化解除!」
「了解でーす!」
二人の視界が、瞬きの間にコクピットから、雑然とした露店通りのど真ん中に移される。彼らの頭上遥か彼方で黒武者が、夕闇の幻の様に解けると蛍の群れが散る様に消えた。突如として現れた闖入者に、コピーアンドペーストされた様な、画一的造形かつ白一色の服装の一団が困惑する。
「……ここ、無人だったはずだよな?」
「はい、事前の説明では、本施設の試験運用は完全な無人状態で行われた、そう説明されていますよ」
「何から何までウソだらけだな、クライアントがタヌキか?」
「どうでしょうね、依頼が来るまで一ヶ月の間が有ったんですから、向こうにも想定外の事態が頻発、累積したのが実情かと」
「確かにな、しかしこれじゃ調査も……と」
完全なる部外者に、白い画一服装の原住民から激しい敵意が向けられる。日本出身の二人が聞いたことのない言語で。
「タタラ、翻訳頼む」
「はーい」
ハガネの胸ポケット、その中のスマホに居場所を移したAIが、今度は気だるく指示を受けた。周囲からの集音を、翻訳後にスピーカーから発する。
「出ていけ!余所者!」
「ここは俺達の安息の地だ!誰にも侵させはせんぞ!」
「まてまてまて、待った待った!」
いきり立つ包囲網を前にして、それ以上の大音声で一喝するハガネ。余りの迫力に、怒声をあげていた原住民も、スン……となって黙りこくる。
「こっちも状況がわからないんだ。俺達はここが無人だと聞いていたんだが、中に入ってみたらアンタ達とぶつかったって訳だ。そっちの事情を教えてくれないか」
「……俺達は難民だよ。ここには、コーディネーターの誘導でたどり着いたんだ」
包囲の正面から出てきた、一際屈強な黒人が反吐が出ると言わんばかりの不機嫌さで答えた。
「難民」
「そうとも、アンタも俺達を迫害しに来たのか」
「さっきも言った通り、俺達はアンタらが居るなんて一切聞いていなかった。信じるかどうかは勝手だが、こっちに喧嘩を売るのはやめておけ。さっきの巨人を見ただろう?」
やり合うのであれば、一方的な殺戮になる。そう言外に匂わせて、ハガネは難民たちを牽制する。
「走るぞ、カナメ」
「は、はいっ!」
恫喝に相手が躊躇した瞬間に、包囲の中でもフラフラとして覇気のないヤツを押しのけ、一気に駆け出す。連中の手に武器は無いが、囲まれたままタコ殴りにされれば普通に死ぬ。
「エンジニアなのに走らせるなんて~っ!」
「ハイドゥハイドゥ、止まったら死ぬか死ぬより酷い目に遭うぞ!」
事情が飲み込めていない、難民の渋滞の中、少女を米俵めいて抱えながらかき分け進む。屋台通りを駆け抜ければ、徐々に難民の人影は減っていき、路地裏に回る。跳躍からの壁蹴りで、忍者めいて狭い壁を交互に駆け上がれは、あっさりと低いビルの屋上まで到着。追手は完全に振り切っている。
「は、はー……ソウルアバター搭乗の副次効果、知っては居たつもりなんですけど、ここまで身体能力が強化されるんですね……」
「必ずしも肉体が強化されるたー限らないけどな。それよりだ」
「なんでしょう」
「ここの暴走、難民の流入がトリガーじゃねーか」
ハガネの言葉に、カナメはしばし沈思黙考。のち口を開く。
「十分ありえると思います。さっきの方々は、皆似たような服を来ていました。民族衣装として共通ではなく、この都市内で自動生産された衣服でしょう」
「んで、巨人化したのは元々仕込まれていた防衛モードが、難民流入をきっかけに彼らを防衛対象として認識、発現したと」
「無人試験の段階で、勝手に有人化したら、想定外の挙動してもおかしくないですよねー」
「管理AIは試験続行と人命尊重を天秤にかけて、連中を守る方を選んだんだろーな。んなら行くぞ、中央施設にな。タタラは依頼主に、有人試験として難民の連中を採用出来ないか打診」
「はーい」
「そこまでこちらでお膳立てするんです?」
「考えなしに管理AIぶった切ったら、こちとら大量殺戮犯だぞ。今んとこ住民の生存には有効に機能しているし、どっちみちすぐ追い出せねぇんだから同じことだ」
「ですねー、了解です。運用面の効率性から、管理AIの場所を逆算します」
方針が決まれば、再度巨人の腹中にて黒武者を顕現させる。18Mを超える巨大兵器ですら、ここでは縦横無尽に駆け巡るスペースがあった。
「結果出ました、在り来たりですが巨人頭部が推定ポイントです!」
「よっし、飛ばすぞ!ルートナビ頼む!」
多層構造の胴体を、生命反応がある箇所は避けて切り裂きこじ開け押し通る。内部侵入まではそこまで考慮されていなかったか、怒涛の勢いで飛び上がるフルメタル・ドーン。十分すぎる広さの頚椎部を駆け上がると、頭部のコントロールルームへと隔壁をぶち破り、中へと踏み込んだ。上がる黄色い歓迎。
「あー!助け!助けが来てくれました!」
「え~、本当ですか~」
円柱空間は、ソウルアバターが飛び回るのに十分なスペース。そして中央には、ブラックモノリス型のUNIX柱が三本円周上に配置されていた。黄色い歓声をあげたのは、そのうち二本から浮かび上がる女性像電子ホログラムだ。
「何処の何方か存じませんが、助けてください!」
「おいおいおい、三権分立型AIなら、なんで残り一本が好き勝手してんだ!?」
「緊急対応時の強権発動を逆手に取られて、強硬派のスクルドに権限持ってかれてしまって」
「ごめんなさいね~あの子もいい子なんだけど、融通きかなくて~」
「はいOKわかった!」
事情を把握したハガネに対し、最後の一柱が姿を表す。ジャパンオカルトガールめいたホログラム像だ。
「だぁれ……私の庇護者に手を出すのは……?」
「コイツは対話無理くせえな!構造分析!」
「やってますって!」
ルーム内防衛システムが作動し、UNIXをバリア保護。そして壁面からはいくつもの火器!レーザー、ミサイル、マシンガン!一斉掃射!
「当たるかコノヤロー!」
隙間が無い様に見える弾幕を、黒武者は火線の僅かな時間差着弾を縫って、まるで空気人間の様にくぐり抜けていく!
「判別しました!根本から斬り落とせば、AIは保ったままコントロールを切断出来ます!」
「でかした!」
せっかちな死神の如く、銃火をくぐり抜けたフルメタル・ドーン!黒武者は紅く威嚇的に輝くモノリスへ、抜刀居合!バリアを裂いてあっさりと暴走UNIXが転倒した!途端、銃火は止んで、施設内も落ち着きを取り戻していく。
「コントロール、復旧しました。感謝しますね」
「マスター、こっちもクライアントから難民さん達への保護、確約しましたよー」
「上出来だ、タタラ。カナメもお疲れさん」
「一時はどうなることかと思いましたけどね……」
黒武者の眼下で、すぐに多層都市巨人は、緩やかに平面形態へと移行していく。物の数十分もたたずに、当初の海上メガロポリスの姿を取り戻していった。
「はい、コレにて一見落着ってやつだな。メデタシメデタシ」
「次は想定外の事態の時は、すぐに帰りましょー」
【メガロポリス・ブレイクダウン:終わり】
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