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貴方が美しいということ【SF恋愛小説②】

この小説は、kesun4さんの詩
貴方が美しいということ
をイメージして書いています


 毎週水曜日は、放課後に彼女のところへ行ける。
 僕はそれ以外の日々を惰性で過ごした。学校生活、クラスメイト、授業、家に帰ってからも。
 気がつけば彼女の一挙一動を思い返し、あの魅惑的なエメラルドグリーンの瞳を思い描き、穏やかで耳に優しい声を反芻し、次は何を話そうか、何を持って行こうか……そればかり考える日々だった。
 彼女は本と音楽が好きだ。本は電子書籍より紙の本が好きだ。僕は色んなCDや本を調べたり、人に評判を聞いたりして、毎週水曜日に持って行った。
 フロアの中心のスペースは居住空間になっていて、大きなベッド以外にあまりモノが無いシンプルな部屋と、トイレと風呂場と簡易キッチンがあった。
 彼女は食べ物にもアレルギーを起こしやすく、厳密に選別、管理された食材を定期的に届けて貰って、生活しているらしい。なのでお菓子は持って行かない。外にも出られず、運動をしている様子もないのに、あんなに華奢で細いのは、そのお陰かもしれない。

 彼女は現在の生活にストレスを感じていない様子だった。僕が訪ねると、いつも喜んでくれ、二人でコーヒーを飲み、海百合についてレクチャーしてもらい、その後の時間は音楽を聴き、本の感想を話し合い、僕が持ち込んだタブレット機器で映像を観たりした。
 彼女はたいそう聞き上手で、いつもあっと言う間に時が過ぎた。少しずつ、でも確実に、僕がそこに滞在する時間は延びてゆき、帰る時間が来てエレベーターに乗り込む時の辛さは、大きくなっていった。


「海里!これ、こないだ言ってたやつ、CD」
 中休みの時間。クラスメイトのマイケルが僕の席に歩み寄ると、赤いケースに入ったCDを顔の横で一振りし、僕に手渡した。僕は手元のCDの裏と表を交互に眺め
「サンキュー!早めに返すな」
と言った。後ろの席から張(ちゃん)が声を上げた。
「海里、そんなん聞くんだ。……な、お前のオヤジ、ロボティクスの役員だろ。こないだのデモ、ヤバかったらしーじゃん。何か聞いてる?」
「何、ヤバいって」
すかさずマイケルが食いつく。張はマイケルに
「ニュースでやってんじゃん。子供の数が減ってる原因の一つがロボットだっていう団体がいて。ロボティクスは最大手だから、デモとか嫌がらせの標的になってんだよ。そこで事件が起こったらしい」
 先週、金城ビルの側で行われたデモで、デモ隊と警官隊との間に小競り合いが起き、怪我人が出たらしい。張が言っているのは、その件だろう。僕は溜息をついた。
「何も言われてない。最近、あんまり帰ってこないし。別にロボット作ってるのはロボティクスだけじゃないし、ロボットは百年以上前から人間の生活に浸透してるのに、今更、それが原因だとか言われても」
「子供なんて、もうずっと減り続けてんだろ?何で今になってそんな騒ぐんかな?」
張がもっともな質問をする。今度はマイケルが答えた。
「その減り方がヤバいってさ。減る国もあれば増える国もあって……ってのが普通だろ。でもここ数年、どの国でも生まれる赤ん坊がどんどん減ってるんだって。しかも減りっぷりが尋常じゃないらしい。このままだとマジでゼロになっちまう。そんな事、このゼウスでは史上初めての事だとかなんとか」
「何でお前、そんな詳しいの」
「うちの父親、役所の人間だから。家で電話してんの、こないだ聞いた」
 僕は呟く。
「ロボット関係なくね?」
 マイケルと張は顔を見合わせる。マイケルは僕に向かって
「ロボティクスがさ、ちょっと前に発売した子供型ロボット、あれがマズかったんじゃねぇの。出来が良すぎて、あれで満足して子供作らなくなる夫婦が増えてるとか、ネットニュースで見たぞ」
 僕は反論を試みた。
「いくら出来が良くても、本物の人間の子供と比べたらまだまだなんじゃないの?だって成長しないんだよ。人形かペットみたいなもんだろ。ロボットで満足する人達と、赤ちゃんの育児をしたい人達は、元々違う価値観を持ってるんだと思うけどなぁ」
「sunちゃんねるで、これは人類終了の前触れじゃないかって書き込みが盛り上がって……」
 そこで数学の教師が教室に入ってきた。張は話を中断して後ろの席にひっこみ、マイケルは慌てて自分の席に駆け戻った。
 僕はタブレットを机から引っ張り出しながら、知らず知らずのうちに眉間に皺を寄せる。胸がざわつく。
 毎週水曜日に向かうロボティクスのビル。そこで本当には何が作られているんだろう。デモの人々は何に、そんなに腹を立てているんだろう。


 僕が栽培室に通い出してから、半年が経った。
 彼女は、テーブルの上に広げた画集を眺め、いつものマグカップからコーヒーを口に含んだ。壁に備え付けられたCDプレーヤーから、歌が流れている。

“貴方は美しい
月や星空や海の様
儚く消える夢の様
美しいものは遠い所にしかなかった”

“貴方は美しい
けれどもそれを言葉には出来ない
美しいと言ってしまえば
貴方が遠い存在となってしまう”

「ここの歌詞が綺麗。この歌、素敵」
 彼女は目を伏せて微笑む。睫毛の影が頬に落ちる。僕はそれを眺める度に息が詰まりそうになる。この景色、この時間が永久に続けばいいのに、と強く思う。

 僕の視界に彼女が居て僕に微笑んでくれる。それだけで幸せ。……だったはず。なのに最近は、それに何かが紛れこみ、幸せを感じれば感じるほど、腹の底の、どろどろした熱い塊のようなものが大きくなってゆく。
 僕はそれを怖れる。その存在を彼女に気づかれまいとする。胸を焦がし、喉元に競り上がってくるそれを、コーヒーと一緒に苦く呑み下す。

“美しいと言ってしまえば
貴方が遠い存在となってしまう……”

 この歌詞が、今の自分の心を写し撮ったように思えて。
 彼女は。叔父の恋人。向けられる微笑みを勘違いしてはいけない。目の前に居るのに、触れることのできない、水面の月のように遠いひと。
「そうそう!」
 彼女がいきなり顔を上げて僕を見た。
「なに?」
 心臓が跳ねるのを悟られまいと、僕は強いて無表情を保つ。
「海里は来月、誕生日だって樹貴さんから聞いたの。いくつになるの?」
「じゅう、しち」
「おめでとう !何かお祝いさせて ?ああでも、私、一緒に出かけることは出来ないし、ネットで買ったものをあげることしかできない……私に何かして欲しいことある?」
 彼女から僕にして欲しいこと? ありすぎるほどに沢山ある。でもそれは口に出せない。僕は口を強くつぐみ、しばらく考え込んだ。
「……プレゼントを、させて欲しい。僕からあなたに」
「え? どういうこと?」
「僕がプレゼントしたアクセサリーを、あなたに着けて貰いたい。ダメかな?」
「でも、それだと私が貰う形になっちゃうと思うけど」
「それでいいから、お願い」
「……分かった、貴方がそれでいいなら。じゃあ、私、待ってるね……いいのかな、でも嬉しい。アクセサリーを貰うのは初めて」
「ええっ、叔父さんから何も貰ったことないの?」
「今の、この環境は彼からの贈り物。それだけで私は充分幸せ。彼にもそう言ってあるの、他には何も要らないって。こうして海里とも会えるし」
「そういえば、指輪のひとつも着けてるとこを見た事ないと思ってた。持って無いの?」
「無いわ。作業の時に汚れても困るし」
「ああ……」
 そうだった。僕が来る頃にはいつも仕事は終わっていたから、つい忘れそうになる。僕は彼女の手を取り、手を調べるフリをして、その滑らかな細い指の一本ずつを、根本から先の方までそっと撫ぜた。そこから目を離さずに
「そろそろ、僕に“しとね”の調合を手伝わせてよ」
 と言ってみた。しばしの沈黙。僕は目を上げ、彼女の顔を見てみる。
 彼女は手を僕に預けて、何かを堪えるような潤んだ眼で二人の手を見ている。僕と目が合うと、慌てて手を引っ込め微笑みを浮かべてみせる。
……これ以上はまずい。もう近づくな。
 僕は内心の声を無視して彼女との距離を詰める。白い花の香り。彼女は逃げない。もう一歩踏み込み、至近距離から彼女の首筋、鎖骨に指を触れる。ごく、微かに。
「……プレゼントは……ネックレスがいいかな。きっとあなたに似合う」
 小声で囁いた。間近で見る彼女の顔は熱に浮かされたような、陶然とした表情……けれど、ふと怯えたように顔がこわばり、一歩後ろに下がると僕に背を向けて、ゆっくりと海百合の水槽の方へと歩いてゆく。

 僕の気持ちを彼女は気づいてる?

 きっと。

 来ないでくれと拒絶されるわけでもなく、これ以上触れられるわけでもない。真意が掴めない。

 もっと触れ合いたい。でも怖い。全て台無しになってしまうかもしれない。僕達の間にあるものが何か、これ以上見つめるまいと目を逸らす。
 この半年で、僕と彼女の目線の高さは同じになった。
早く大人になりたい。彼女を守れるくらいに。


 夜の帳が降りると、薄暗い間接照明に浮かび上がる海百合は、青い宝石のように妖しく輝く。窓辺で腕組みをし、夜景を眺めていた樹貴は、ドアの開く音に首を巡らせる。
 中央の居住スペースから女が出てくる。女は黒いシャツに黒いパンツで、ベリーショートの髪形に黒縁眼鏡という姿だ。テーブル上に置かれた鞄に歩み寄り、手に持つ薬品の入った瓶と器具を鞄に戻した。特殊な聴診器を首から外し、それも畳んで鞄に仕舞う。
 樹貴は歩み寄り、女に呼びかけた。
「志保ちゃん」
 女はそれを無視し、椅子に腰掛けると鞄の隣に置いてあるノートパソコンに何かを打ち込み始める。
「心路(こころ)主任」
 女は手を止めず、樹貴をチラリと見た。
「ミキのメンタルはどう?」
 心路主任と呼ばれた女は、画面を見ながら
「確かに触れ幅が大きくなってる……支障が出るほどじゃないけど。そのせいか、前より表情が生き生きしてきたような気もする。あんたの策略通りって訳だ。気に入らない」
 樹貴はニヤリと笑い、フロアの数カ所に配置された極小の監視カメラのレンズを見やる。水槽の継ぎ目にある装飾に巧みに偽装されていて、知識が無ければ気づかない。
「オッサンのテクニックでどうにか出来る範囲は、もー超えててね。この先はピュアな少年の真っ直ぐな恋心でないと。いいじゃないか、ミキは唯一無二の女神。こんなイイ女との大恋愛なんてそうそうできない。感謝して貰いたいくらいだ」
「片棒を担がされる身にもなれ。悪趣味すぎて吐きそうだ」
「お前に言われたく無いな。子供型ロボットのプロトタイプを引き取ったって?個人的にデータを取りたいんだろ。やってる事は同じじゃないのか」
「トビオは家族だ。あんたのやり方とは違う」
「お前は家族、俺は相手を利用するマニピュレーター。……フン、技術開発に善も悪もない。ただ、このデータが社内に還元されれば、会社にとって善。サラリーマンにはそれが正義だ」
 心路はパソコンの蓋を閉めると立ち上がり、樹貴の目を射抜くように見つめ、低い声で静かに
「もう黙れ」
と言った。樹貴は気圧されたように口を閉じる。

 居住スペースからミキが歩み出し、二人に近づいてくる。グレイのバスローブを纏い、足は裸足だ。樹貴は微笑み、歩み寄るとミキを抱きしめた。
「問題ないよ。むしろ良くなってる。最近の君はますます魅力を増してる。完成まであと一歩だ。今晩も頼むよ」
「はい、樹貴さん」
 樹貴はミキの首元に銀色に光るネックレスを見て、耳元で囁いた。
「これ、海里に貰った?」
 ミキは身体を樹貴から離すと、張りつめた表情で沈黙する。樹貴は優しい口調で
「怒ってる訳じゃない、似合うよ。……けど“本業”の間は外しておいた方がいい。大事なんだろ」
「はい……」
 樹貴はミキの表情を観察した。ネックレスを外し、ミキに渡してやる。受け取って、手の中のネックレスを見つめるミキの浮かない表情。ミキは樹貴と目が合うと、気まずそうに目を伏せ、踵を返してとぼとぼと中央の居住スペースに戻って行く。
 いいね、こうでなくちゃ。樹貴は唇を歪めた。生きてる女の表情。嬉々として仕事されるよりずっとそそられる。我ながら屈折してるな、と自分の感情を分析する。腹の底に海里への羨望と……嫉妬を自覚し、歪めた唇はハッキリと苦笑に変わる。ふん、あんなケツの青いジャリガキに。
———- 惑わされるな。ミキがどんなに魅惑的でも自分の目的を忘れるな。
 樹貴はスマホを取り出すと、役員用出入口に待機する部下に「準備完了」の連絡をする。



(第二話/完)


この小説のイメージソング?kesun4さんの詩はこちらです!!↑
今回は歌詞として登場!kesun4さぁーん、やっと詩……出ました……出せました……すいません便秘のような表現ですね……(詩人に何てことを)

プロジェクト大人ラブストーリーは、まだ続くッ!
続きも読んでほしー⭐︎⭐︎⭐︎↓


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