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貴方が美しいということ【SF恋愛小説④】

この小説は、kesun4さんの詩
貴方が美しいということ
をイメージして書いています


 拐われるようにして、半ば無理矢理、留学させられた僕が、何とか監視を掻い潜って、再びネオトーキョーの地を踏んだ時には、一年が過ぎていた。

 留学先では、ロボティクスの情報も、ネオトーキョーの新たな方針についての情報も、殆ど入って来なかった。それだけ規制が強力なんだろう。ネオトーキョーだけでなく、水面下では各国が同じ方向に舵を切った筈だ。
 最優先事項は子供を増やすこと。……つまり、娯楽としてのセックス産業は、大きく変革を迫られることになる。既にそれは起こり始めている。行き場を失ったセクサロイド達、そしてミキ。どうなっているのか心配だった。

 父からのメールで、叔父はあの後、病魔に侵され入院したと聞いていた。病院に赴き、所在を確認する。
 叔父はまだ入院中だった。父から病気のことを聞いたのは三ヶ月前だったが、あれからずっと病院に居ると言うことは、状態は良くないんだろう。


 昼下がりの明るい入院病練。個室のベッドに、枯れ木のように干からび、ひとまわり小さくなった叔父がいた。
叔父は僕を見て驚き、ニヤリと笑った。その笑い方にかつての面影が蘇る。
「海里じゃねえか……戻ってたのか。あっちで大学に進学するって聞いてたけどな」
「何とか監視の隙をついて出てきたよ。あんたが死ぬ前にどうしても会っとく必要があるから。聞きたいことも山ほどあるしね」
「そりゃそうだろうなあ。良かった、渡したいものがある。送ろうかとも思ったんだが、どっかで引っかかる可能性があるからな。最近はどの国も管理が厳しくなってるから……」
「動かないで。言ってくれれば僕が取る。荷物はどこ?」
「疑ってんのか?ま、無理もないか。左上の、青い開戸の中だよ。鞄があるだろ。中に、銀色の円盤みたいなDVDケースがある……それには監視カメラの映像が入ってる。あそこの映像だよ」
「!」
「殆ど没収されたんだが、それ一枚だけ、紛失したって言い張って何とか隠しおおせた。お前にやる」

 僕は逸る心を抑え、鞄からDVDケースを取り出した。だが、これはまだだ。一瞥して自分の鞄にしまい込む。
「叔父さん、ミキはどこにいる?」
「……」
 叔父は僅かに苦しげな顔になる。
「……その、鞄の中に、赤いカードフォルダがある。取ってくれ」
 僕は赤くて薄いカードのような物を取り出して、叔父に渡す。叔父は小さなボタンを操作して、何度かカードの立体映像を入れ替えた。
「これだ。会社からこいつに譲渡した。一千万で……かかった金を考えればタダみたいな値段だ」
 叔父は苦々しく吐き捨てた。僕はカードの映像を見、自分のスマホに登録した。
『アーティスト 甲 -kou-   000-707-777』
 僕は椅子を引き寄せて、ベッドの側に腰掛けた。
「僕が何に加担させられたのか、話して欲しい」
 叔父は脇のペットボトルから水を飲むと、軽く息を吐いた。


「……シンプルに言えば『男の為の女神』を作ろうって計画だった。……男のスケベ心に応える究極のセクサロイドを作れれば、爆発的な消費につながり、金が儲かる」
 叔父は少し咳き込み、水を一口飲んだ。
「ロボティクスはそう考えた。競合は多いが勝算はあった。ウチはロボットの身体……ハードを作る技術は他所より上だ。今までにない革新的なセクサロイド……見た目も、触った感触も、まるで人間と同じ……いや、カスタマイズできることを考えりゃ人間以上。
 ユーザーの理想の女をオーダーメイドで作ることができる。それは人型ロボットの歴史に残る仕事だ」
叔父の目は熱を帯びて輝いた。僕は無言で聞いている。

「下請けが新しく開発した人工皮膚。これが凄かった。しっとりして弾力があって。まるっきり人間と同じ。
 ただ、紫外線と衝撃に脆かった。長く紫外線に晒すと乾いて縮む。強く擦ったり叩いたりすると変色しちまう。そんなとこまで本物そっくりでね。二十四時間以内に薬品でケアすれば元に戻るが……ここが最後の難関だった」
 叔父はため息をついた。
「ソフト、つまりAIは、開発に優秀な人員を加えた事で順調に進んだが、ユーザーテストの段階で疑問符がついた。セクサロイドのAIは男を満足させるものでなくちゃならない。つまりセックスで本当に“快感を感じてる”と、そうユーザーに思わせないといけない。なのに、どうしても人工臭さが抜けない。なまじ見た目は人間な分、違いが鮮明になるんだな」

「既に、風俗の店で使う分には充分なレベルに達してた。販売台数も反響も絶好調で、俺達の評価はうなぎ登り。そんな時、開発部で凄い発明があった。
 簡単に言えば、AIを有機的に発達させる技術だ。語彙や経験を蓄積する事で疑似発達する従来のAIとは根本的に違う。人工脳の中で、人間と同様に人工シナプスを発達させる……人格が“有機的に進化”するんだ。つまり人間感情に近い複雑な反応を獲得できる、理論上はな。……ベースになる雛形さえ完成すれば、それをそっくりコピーして、大量生産に繋げることも出来る。」

 叔父はまた水を飲み、目線が遠くに彷徨う。
「数億出しても欲しくなるような究極の『理想の女』……ただ着手した途端、有機AIを育てる作業にはとてつも無く手間暇がかかる事が分かった。新しい技術だから今までのノウハウは使えないし、手探りだ。仕方なく、雛形完成までの作業は少数精鋭で時間をかけて、他の業務と並行して進めることになった。
で、さらに実験的な試みとして、AIに“自分を人間と思い込ませて”育ててみることにした。そうする事でより自然な、生の人間らしさに近づくことを期待して」

 僕は思い当たることを口にした。
「……もしかして、外に出るとアレルギーが起こって息ができなくなるってのは嘘だった?」
 叔父は僕に目を据えた。
「その通り。外の世界への好奇心も当然起こってくると予測できる。基本的には疑う事を知らず素直だが、万が一、自分の環境に疑問を抱いて、服とか帽子で皮膚を覆って脱出されたら困るだろ。
 ストレス解消も兼ねて、海百合の栽培と管理をやらせてみることにした。余計な横槍が入らないよう、プロジェクトを知る者の数も制限した。表向き、俺の女って事にしとけば、足繁く通ってもそれほど不自然じゃないし」

 叔父は唇を歪めた。話が不快な領域に入る兆候だろう。
「……文字通り、手取り足取り教えたよ、男とのセックスを。ミキは一度教えたことを忘れず、相手の動きに対応するだけでなく、そこから自分で工夫することも出来るようになっていった。少しずつ、経験値稼ぎと営業を兼ねて、取引先のお偉方に“お試ししてもらう”事を繰り返した」
「……だけど、ほんの僅か足りない。個人ユースのセクサロイドなら、ユーザーは『本当の人間のように自分だけを愛してくれる』ってレベルを求めてくる筈だ」

 叔父は真顔になって、僕を見つめた。
「ミキが愛せる相手が必要だったんだ。俺の力じゃそこまで行けない。認めるのはかなり癪だがね。
……AIが人を愛せるのか未知数だが、それが叶えば理想的な雛形が完成する。それだけじゃない、AI開発史に残る出来事になる。今後のAI技術開発にも恩恵を与える筈で……これ以前か以後かで、進化の性質はガラリと変わるだろう。

……で、話を戻すと。その為にどんな相手が良いか。今まで周りに居なかったタイプの男。擦れてない未成年がいい。けどそんな実験に自分の子供を差し出す保護者はいないだろう。
 それでお前に目を付けた。父親はロボティクスの役員。見た目も頭も悪くない。
 結果は……お前が誰よりも知ってるだろう。俺は賭けに勝った。ミキは史上初の、人間を“有機的に愛した”AIになった。こんな事態にならなけりゃ……俺は次世代のリーダーとして、今後のロボット開発を牽引する筈だったが……まあ、これが人生ってヤツか……」
 叔父はぐったりと頭を枕に預け、落ち窪んだ目で僕を見た。
「その、甲って男に譲渡したのは、ミキのボディだけだ……人工脳は抜き出して、シナプス情緒回路以外の……記憶部分は初期化した。……何を驚いてる。機密技術の塊みたいなモンだぞ、そのまま外部に出したりするわけないだろ。……ミキのパーソナル人格と記憶は残ってない、残念ながら」
「…………」

 沈黙。

 僕は前屈みに俯いて、虚になった自分の胸の空洞を覗き込んだ。ミキの死。彼女は死んだ。……どこかで覚悟していた。もっと心が動くと思ってた。なのに、冷たく固く凝って、寒さ以外何も感じない。

 しばらくして、叔父は口を開いた。
「なあ、教えてくれないか……史上初めて、AIの女と愛し合った気分ってのを。……ただ知りたいんだ……ミキはお前のどこに惹かれたのか」
 僕はしばらく黙ってから、叔父に言った。
「さあ。僕の方が知りたい……でも言えるのは、最初に惹かれたのは見た目だったけど……離れてた間、僕が思い出すのは、いつも些細なことだ……」
 僕は震える溜息をつく。
「コーヒーを淹れるのが上手だとか、僕が行く時間にいつもマグカップをテーブルに出してくれてたこと……持っていった本は必ず次に行く時までに読んで、丁寧に感想を聞かせてくれたこと……」
 僕は気持ちが昂るのを抑えつけて、話を続けた。
「テストの後とか疲れた時には、手の平をマッサージをしてくれて、上手でしょって笑ったこと……ノートに海百合とか、僕の絵を描いてて、それが下手で、隠そうとするのを無理矢理見て怒らせたこととか……そんな、ありふれた……どこにでもあるようなこと……」

 叔父は沈痛な顔でしばらく天井を見つめ「そうか……」と呟き
「……で?タネあかしを聞いて、お前はどうする?俺を殺すか、ボコボコにするか。いいよ、お前にはその権利がある。ここでやるか?それとも、俺が退院してから、もっと安全なとこでやるか?」
 僕は目を上げて叔父を見上げた。
「放っといても、もうすぐ死ぬんだろ……それに、あんたが死んだら、ミキの事を憶えている人間が一人減ることになる……憶えていてあげたいんだ。彼女がどんなひとだったか。どんなに純粋で綺麗な魂を持っていたか」
 叔父は酷く驚いた顔をした。
「魂?AIだぞ。あるわけないそんなモン。所詮、女の形をした道具だ。道具に魂があるか?」
「そんな風に自分に言い聞かせていたんだろう。ミキを愛していたんだ、あんたも。……気づいてなかったみたいだけど、あんたが僕を見る目、ミキと会うようになってから、どんどん険悪になっていった。僕の気持ちに気付いているのかって怖かったけど……今、分かった。彼女があんたを選ばなかったことが、どうしても許せなかったんだね」
 叔父の顔がどす黒く染まり、醜く歪む。
「ハッ!知った風なことを。お前みたいなスネ齧りのヒヨッコに何が分かる。俺はこのプロジェクトに賭けてた。一生をかけた仕事が理不尽に奪われる辛さの何がお前に分かるんだよ!」
「あんた程の要職に就いていた人間なら、ミキを廃棄せずに済む方法なんていくらでもあった筈だ。自分で引き取る事だって出来た。なのに、記憶を抜いて、身体を二束三文で他人に投げ与えた。どう考えてもおかしい。……罰したかったんだ、彼女を。それから僕のことも」
「黙れッ!!」
 叔父は水の入ったペットボトルを僕に投げつけた。僕は咄嗟に腕でそれを弾き、ボトルは水を撒き散らして床に転がった。叔父はヒステリックに喚き散らした。
「ふざけんなっ違うっ!俺はっ、俺が……っ」
「さようなら。最後の瞬間まで、自分のしたことを後悔しながら死ね」
 僕は静かにそう告げると立ち上がり、病室の出口に向かった。
 後ろから、ギリギリと歯噛みしながら低く呻く声が追って来た。僕が病室の扉から廊下に出る頃には、声は地を這うような慟哭に変わっていた。


 甲(こう)、という名の自称アーティストは、大きな屋敷に住んでいた。アーティスト活動はあくまでも趣味で、本業は別にあるらしい。オシャレというより奇天烈で実用性がかなり低そうな家具や絵画が、広い室内のあちこちに配置されている。
 男は個性的なファッションに身を包んでいたが、態度は落ち着きがあり、育ちの良い人間特有の、気さくな態度でオブラートに包んだ無意識の傲慢さが透けて見えた。

 こちらから聞く前に、男は経緯について語り始めた。
「俺の身内がロボティクスの役員でね。極秘プロジェクトの噂は聞いてた。で、一度だけ、海百合のフロアに入れて貰えたことがあってさ。感動したわ。夢のような美しさ、まさに海百合の塔の姫君。忘れられない思い出だよ。
 ……だから例の身内からボディを買い取らないか、と打診された時は二つ返事で引き受けた。本当は頭の中身も一緒に欲しかったんだけど、それは無理だっつうことで諦めた。あの女神が損なわれるなんて我慢できない。美しさを何より愛する人間として、せめて綺麗に保存してあげたかった。気持ちわかるよな?」
 僕は頷いた。彼はホッとした様子で立ち上がり、先に立って歩き出した。
「この事は他言無用で頼むね。セクサロイドのボディを引き取ってどうこうするのも、最近の世間は煩いから。全く、娯楽のセックス大幅削減なんて気狂いじみてる。人生の楽しみ半減どころじゃ済まない」
 広い室内とドアを幾つか抜け、黒い扉の前まで来ると、彼は指紋認証に指を押し付け、扉を開けた。


(第四話/完)


この小説の原案&コラボ、kesun4さんの詩はこちら↑

はい、今回は目明し編、叔父さんと海里くんの対決(?)回でした。
次はいよいよ最終話。エピローグに「百年探しつづけた犬」のトビオと、黒猫のロボット「ミドリ」も登場しまっス!

プロジェクト大人ラブストーリーの明日は……あと、一話ッ!

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